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チート勇者ろうらく作戦  作者: 脆い一人
第二章:閃光の勇者ろうらく作戦
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レインの想い

 サンダーラッツの一行がベルヘラに来て数日____。

旅行者として街に馴染み始めた頃、街の雰囲気が変わる。


「・・・何か様子が変ね」


 口調こそ軽いが、真剣な表情でヴァリネスが訴える。

ヴァリネスがこう言うときは、警報として信頼できる。

 サンダーラッツの面々はそれを聞いて、怪しまれないように周囲を注意深く観察する。


「うーん。警備の人たちが緊張している?」

「そうですね。いつもよりピリピリしている気がします」


オーマもそれに気付いて、気持ちを雷鼠戦士団団長に戻して指示を出す。


「少し情報を集めよう。皆、散って街の様子を探れ。昼にまた合流しよう。セリナとフェイは市場だ」

「分かりました」

「らじゃー」


クシナとウェイフィーは、スルスルと人ごみに紛れて姿を消した。


「フラップとワムガは例によって“裏”だ。ラシラも連れて行け」

「分かりました」

「へーい、んじゃ、ワムガ、ラシラちゃん、ゴロツキのたまり場にでも行こうぜ」

「はい」


イワナミ、フラン、ユイラの三人は、すぐ横の狭い道へと入って行った。

 残ったのは、オーマ、ヴァリネス、ロジ、ジェネリーの四人だ。


「オルス団長、我々は何処に行くのですか?」

「港だな。何度か足を運んだが、商船の行き来ばかりで海軍船はあまり見られなかった」

「そうね。街の警備の様子が変ったのなら、港の海軍の様子も変っているかもね。行ってみましょう」

「分かりました」


 四人は港へと歩き出した___。






 ベルヘラの港はかなり大きい。

大通りの広場を抜けて市場に入り、そこから海の方へと向かう坂道を下りると、その坂道に沿うような形で港が在る。

そこは一般の旅行船や商船の船着き場で、坂を下りて真っ直ぐ行くと港湾倉庫、その反対側の道を行くと木造の塀と門が在り、その先が軍港だ。

ちょうど塀と門を中心に、上から見て弧を描いて、軍港と一般の港に分かれている。


 軍港には大型、中型、小型のガレー船が数十隻停泊している。

 その中に、他の船とは明らかに異質な様子の軍船が一隻在る。

大きさは、他の大型船(全長約50メートル)より小さく、全長40メートル程だが、軍船で唯一塗装されており、碧と白の船体をしている。

 その船の名はブルーライフィード号。

プロトス指揮下の海軍の最新鋭にして唯一の魔導船で、ベルヘラ海軍の旗船である。

船体に対魔法用の防護魔法が付与されており、魔法防御力が強く燃えづらい。

船底にも魔法が使われており浸水しにくく、さらに舵にも風魔法が付与されていて、緊急の際はある程度波や風に逆らって船を動かすことができる。

帆にも風を送る魔道具が付いていて、漕ぎ手の人数が少なくとも普通の船より速度が出る。

 防御や機動性だけでなく、攻撃面でも魔法が使われている。

船の衝角も魔法が付与されたもので、攻撃力は飛躍しており、甲板には兵士の能力を高める補助魔法が付与されている。

 後、港と連絡が取れる通信魔道具も積んである。

これは、艦隊の旗船を務める大型・中型船にも搭載しているが、ブルーライフィード号の物が一番良い性能だ。

帝国の物のように、持ち運びできるようなコンパクトな物でもなく、通信時間も短いうえセキュリティも弱いが、通信距離は長く、ジース海峡(ベルヘラとワンウォールの間の海峡)内なら、必ずどちらかの港と連絡が付く。

 このファーディー大陸で魔導船は、センテージ王国に一隻とココチア連邦に二隻、計三隻しか存在しない。

その三隻の中では一番小さいサイズだが、性能は一番だろう。


 その船の上でレイン・ライフィードは、海と空だけの広大な景色を眺めながら、何にも邪魔されず吹く風に短い髪を揺らしていた。

レインの締め上げられるような苦痛の心を、その景色と風が少しだけ慰める。

だが全部ではない。

 この広大な景色を見れば、大抵の者が自分はなんてちっぽけな存在なんだと感じ、抱える悩みもちっぽけに感じて立ち直るだろう。

この何にも邪魔されず吹く風をその身に浴びれば、心の中にまで新鮮で涼しい風が入り、苦しんで熱を帯びる心を癒すだろう。

 だが、そのどちらも完全にはレインの心を晴らすことはできない。

自分が暮らす国が国でなくなる瀬戸際なのだから無理もないが、そういうことではない。

 そもそもレインの生まれはベルヘラではなく、ワンウォール諸島だ。

ベルヘラやセンテージに思い入れが無いワケではないが、この地を故郷とする者たちほどの想い入れはない。

 そのレインがセンテージの行く末を案じている理由、ここに来ても気分が晴れない理由は____


「・・・お義父様・・・・」


父親となってくれた人が理由だった。



 レインは元々ワンウォール諸島の生まれで、両親は小さい島々を行き来する渡し舟を漕いで日銭を稼ぎ、素朴な生活をしていた。

だがレインが子供の頃、何の代わり映えもしない毎日に退屈し、外の世界が見たいと両親にわがままを言って、お金を貯めてベルヘラに家族で旅行に行くことになった。


 そのベルヘラ行きの客船で、海賊に襲われたのだ____。


 乗客が逃げまどい、船員たちが襲われる中、レインは両親とはぐれ、海賊に海へと投げ出されてしまった。

そこに現れ、海賊から人々を助け出したのが、プロトス率いるベルヘラ海軍だった。

レインもプロトスに救助された。だが、両親は海賊達に襲われ亡くなっていた。

 その後、レインはずっとプロトスの袖を掴んで離れなかった。

船にいる間、船を降りた後、その後も数日の間、ワンウォールの孤児院に預けられる手続きの際もずっとだ。

子供の頃の話しだが、レインはずっと記憶している。

 あの時、プロトスのそばを離れなかったのは、怖かったからだ。

海賊に襲われたショックと、両親を亡くしたショックで、レインは自分の世界全てが怖くなっていた。

だから、自分を助けてくれたプロトスにすがり、依存したのだ。

 そんなレインの態度に、周りの大人達はどうしたものかと頭を悩ませていた。

その時、プロトスの方からレインを引き取ると申し出てきたのだ。

そしてレインは、レイン・ライフィードとして、プロトスの養子になった。


 その後にレインがプロトスから聞かされた話では、プロトスもレインに依存していたと言う。

当時、プロトスは最愛の妻を亡くしたばかりで、その悲しみから逃げるように仕事に没頭していた。

そんな日々が続いたある日の海上警備での巡回中、レインを助ける出来事が起きたのだ。

そして、亡き妻との間の生まれていたであろう子供像をレインに投影し、依存してしまっていたと謝罪された。


 レインは全く気にしていなかった。


 プロトスは、本当にレインに良くしてくれた。

都市を預かる領主の身でありながら、レインとの間に時間を作り会いに来てくれた。

教育係にだけじゃなく自分からも、勉強や武芸を教えてくれた。食事だって、今でもできるだけ一緒に取るようにしている。

 お互いの依存から始まった親子関係だが、レインは感謝しているし、プロトスはレインの中でもう完璧に“もう一人の親”で、唯一の生きている家族だ。



 そんなレインが、今回の帝国との一件で一番心配しているのは、唯一の家族のプロトスと、そのプロトスの気持ちだった。

正直に言って、レインはプロトスが納得するなら、センテージが帝国に併合されても構わないと思っている。

 聞いた話では、帝国は酷い圧政はしていないというし、虐殺はもちろん、支配下に置いた国の民を奴隷化する、といったことも無いそうだ。

支配階級だった者も人によっては第二貴族という形で迎えられ、役職に就き、領土も貰えるという。

もしそうなら、センテージが併合されても、プロトスは第二貴族としてこのベルヘラの領主になることもできるかもしれない。

 本当かどうかは分からないが、プロトスが「帝国内で反乱などが起きていないことを考えると事実だろう」と言っていた。

ならば無理に抵抗しなくてもいいのでは?とも思う。

 もちろん、プロトスが祖国のために戦うというのなら、地獄の果てまで付いて行くつもりだ。

あるいは、帝国が実は民の不満一つ許さず、不満すら言えないような圧政、暴政を敷いているなら一人でも戦うつもりだ。

両親を海賊に殺されたレインにとって、理不尽な暴力で人の命が奪われるのは許せることではない。


 レインは今、普段の仕事や習い事だけじゃなく、教師やメイドの仕事なども勉強している。

もしプロトスが再婚したら、生まれてくる子供の教育とその身の回りの世話ができるようにだ。

レインはプロトスに対して、今まで育ててくれた恩を返すため、プロトスの子供の教育係に成ろうと思っているのだ。


 そう考えるレインだが、帝国が非人道的な国家の場合は、プロトスの元を離れてでも騎士道を選ぶだろう。

最も、帝国がそんな国だったら、プロトスが併合を受け入れるとは思わない。

帝国がそんな国なら、プロトスはセンテージ王の元を離れてでも抵抗するだろう。

ならばやはり、レインはプロトスと共に帝国を受け入れるか、拒絶するかの二択で、プロトス次第なのだ。


 そんなプロトスが置かれている状況は厳しい。

レインは海の地平線を見ながら、プロトスがこの景色を見て少しでも気分が晴れるなら見せてあげたいなどと考えていた。

気持ちの良い風を受けても、壮大な景色を見ても考えるのはそんな事。

プロトスの気分が晴れなければ、レインの気分も晴れないのだ。

叶うのならば代わってあげたいが、プロトスの代わりが務まる者など、自分はもちろん、センテージには一人もいない。


「___ならばせめて、与えられた仕事はしっかりとこなさねば」


レインがプロトスのためにできることは、今はそれくらいで、それが一番だ。


 振り返って船内の様子を見渡せば、乗船した時より周囲は騒がしくない。

船員たちによって出航準備が整ったからだろう。

その証拠に、プロトスにこの船を任されている船長の海軍将校ダグラスが近づいてくる。


「レイン様。巡回組の全ての船の出航準備、整いました」


 背が高く、お腹周りにやや贅肉が付いているが、がっしりした体格をしている。

顔も四角く、もみあげと髭が繋がって顎まで伸びている。

プロトスと同じ位の年の見た目で、恐らくレインの倍近い年齢だが、口調も態度も丁寧だった。


「ご苦労様です、ダグラス船長。では、早速出航しましょう。よろしくお願いします」


 ダグラスに対してレインも丁寧な態度を取る。

今、レインはプロトスの代行、つまり艦隊を指揮する提督という立ち位置で、船長のダグラスより上の立場だが謙虚な姿勢を忘れない。

本来のレインには役職がない。あえて言うならプロトスの秘書官だが、正式なものではない。

 そんなレインで提督代理が務まっているのは、プロトスの娘という事と海軍指揮官たちの厚意に他ならない。

レインもそれが分かっているため傲慢な態度など取らない。



「了解です。第一、第二、第三艦隊、出航!!」


「「出航ー!」」


「「出航ー!」」


 ダグラスが号令を出すと、乗組員の全員が復唱し、伝言ゲームのように指示が各艦隊に伝わっていく。

実際は魔道具の光で合図しているのだが、各員のやる気のみなぎった声がそう感じさせる。

海軍の士気の高さが伺える。


 ベルヘラ海軍の船の編成は三隻で一艦隊、それが六つで全六艦隊ある。

普段のセンテージとワンウォールを繋ぐエルス海の巡回は、午前と午後をそれぞれ一艦隊ずつ日替わりで巡回するが、海上警備強化ということで午前三艦隊、午後三艦隊のシフトに変更されている。

船員たちにとって、ここ数日間は大変なことになるだろう。

 だがプロトスもまた大変だ。軍は維持するだけでお金が掛かる。加えて、船も動かすだけでお金が掛かる。

国の命運の懸かった外交の準備のためとあらば仕方ないが、西方連合での敗戦の後にこの出費は頭が痛いことだろう。

プロトスが頭を抱える姿を想像し、レインはまた胸が痛くなる。

 さらに帝国と対立した場合、たとえベルヘラ海軍が強力でも戦費の事を考えると、どこまで抵抗できるのかも心配になる。

 先の事を考えると、やはりレインの心は暗い気持ちになる。

そんな暗雲たる気持ちとは裏腹に、晴天の中ブルーライフィード号は出航するのだった____。

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