港湾都市ベルヘラ
マサノリ達と打ち合わせを終えて数日後、サンダーラッツ一同は目的地に到着していた。
センテージ王国港湾都市ベルヘラ____。
西南地方の温暖な気候の地域で、海岸沿いに在るこの都市は、南国に近い様相と天候に恵まれている。
領主の館や軍の施設、大商人などの住居はレンガや石造りで出来ている。
そして、庶民の家は土造りが多い。
その領主から庶民までの建物の多くが白い塗料で塗装されており、燦燦と照りつける太陽が反射して街は華やかに映る。
また、道も石畳で整備されている所が多く、土埃が少なく歩きやすい。
帝国は占領した都市で自国の富をアピールするため、インフラ整備に力を入れているが、その帝国の街と比べても遜色ない。
ベルヘラに住む人々は、北方育ちのオーマ達からすると陽気で明るい人が多く、賑やかで雰囲気が良い。
特に、市場や港は大いに賑わいを見せていて、人によってはうるさく感じるかもしれない。
北方や東方の、わりと静かな地域の出身が多いサンダーラッツ一行には、人の賑わいも、街の雰囲気も、照りつける太陽も別世界に感じるものだった___。
「す、すごい賑わいですね・・・」
「そうか?帝都も賑わっていると思うぞ。人だってここより多いし」
「そうですが、賑わっている質が違うと言いますか・・・少し落ち着かないです」
「ぶっちゃけ、うるさい」
「クシ・・セリナとフェイは苦手よね、こういう雰囲気」
「副・・ネリスは大丈夫なんだな」
ヴァリネスとフランは、まだメンバーの偽名呼びに慣れて無いのか、少し会話がもたついている。
センテージ王国に入ってから、サンダーラッツの面々は身分を隠すため、偽りの名で傭兵団に偽装している。
格好も普段の私服でも、帝国軍のレザーアーマーでもなく、傭兵らしい鋼の軽装鎧だ。
名前はそれぞれ、オーマはオルス、ヴァリネスはネリス、イワナミはワムガ、フランはフラップ、ロジはジデル、ウェイフィーはフェイ、クシナはセリナ、ジェネリーはミスティと名乗っている。
そしてもう一人、茶髪のショートカットで、目の下の泣きぼくろがチャームポイントの二十代前半の女性が同行している。
今回連絡役として連れてきた通信兵、ユイラ・ラシルだ。
連絡役なので、殆ど作戦には加わらないが、彼女にも念の為ラシラと名乗るように伝えてある。
「ええ。暖かいし景色は綺麗だし、これで若いイケメンが情熱的に口説きに来てくれたら言う事無しね。あ、後うまい酒と美味しい食事」
「さっそく欲望がダダ漏れだな。ところで、ミスティは大丈夫か?」
「大丈夫です。確かに騒がしいと感じなくも無いですが、それ以上に見る物すべてが新鮮で楽しいです」
「ミスティちゃんって意外と順応性有るのね。じゃー、一番ヤバイのは___」
そう言って、フランが視線を移した先にいたのはロジだった。
ジェネリーと同じく北方育ちで、ジェネリーのような順応性が無いからか、強い日差しに当てられて、ボーっとして足がフラついている。
「あっ・・・」
「___っと、ジデル、大丈夫か?」
足がもつれて、倒れそうになったロジをオーマが抱きとめる。
華奢で小柄なロジは、オーマの胸にすっぽりと納まった。
「すいません・・・オルス団長」
陽射しでのぼせたロジの赤ら顔は妙に色っぽく、上目遣いの潤んだ瞳と相まってオーマは変な気持ちになる。
ロジに自分の“男の部分”を刺激され、思わず固唾を飲む。
「ああ。気にするな、ジデル。これくらい何でもない」
「ありがとうございます」
ロジの優しく高い声と俯いた表情もまた妙に可愛く、オーマの顔に熱がこもる。
「ひ、陽射しの所為かな・・・」
オーマが空を見上げながら、照れ隠ししていると、ゴゴゴゴゴという効果音が鳴り響く。
「“ひ、陽射しの所為かな・・・”っじゃねーーー!!このクソ団長!!ロジくんとイチャついてんじゃねーぞ!殺すぞ!?おっ?コラァ!やんのか!?ゴラァ!!」
「ネ、ネリス副長落ち着いて!」
「名前!ジデルの名前、間違えてますよ!」
「あ~~ん?これでどう落ち着けってのよ!?あんなカワイイ男の娘とイチャつかれて、アンタたちは黙ってられるの!?」
「黙ってられる」
「普通になー」
「あ~ん!?」
焦って止めに入るクシナとユイラとは対照的に、ウェイフィーとフランの反応は淡白だ。
いつも通りのサンダーラッツのノリだが、周囲の視線が集り始め、この場ではマズイとオーマは判断する。
「落ち着けネリス、誤解だ。とりあえず人が寄って来る前に移動しよう。ジデルも少し休んだ方が良いだろ?」
「あ・・はい、できれば・・・ネリス副長行きましょう・・」
「うん、行く~♪ジデルくんは何が食べたいかなぁ?」
ロジに話しかられ、あっという間にヴァリネスの機嫌が直った____いつもの事である。
「そ、そうですね・・食欲はないですけど、せっかくだし・・さっぱりしたものでしたら・・・」
「そうねぇ♪さっぱりした物が好いわよねぇ♪じゃー、さっぱりした新鮮な魚介と美味しいお酒を味わいに行きましょー!」
「「・・・・・」」
「ん?どったの皆?ほれ、行くわよ」
「り、了解・・・」
「ハァ・・・」
「いつもの事とはいえ」
「変わり身、速すぎだろ・・・」
機嫌の直ったヴァリネスを先頭に一行は歩き出す。
「はぁ・・良いのでしょうか?一応は任務中なのですが・・・」
「固いなぁセリナ。着いた初日くらいはのんびりしようぜ?・・ねえ?オルス団長?」
「そうだな」
「ですが、総督も後から来るんですよ?常に一緒にいるわけではないですが、連携を取るのですから早い内に情報収集した方が良くないですか?」
自分でも固い事を言っている自覚があるクシナだが、気にしいな性格のためか他の皆のように、直ぐには羽目を外せずにいる。
「情報収集はもちろんするが、急ぐ必要は無い。総督は国を代表して両国の親善会合のため使節団を編成して来るんだ。時間が掛かる」
「いつ来るのでしょうか?」
「正確には分からない。いつ暗殺とかされるか分からないから、国の代表者の日程は公表されない」
「帝国は恨まれているからな~」
「でも到着する日が近くなれば、ベルヘラも使節団を迎えるため騒がしくなるから、ある程度は分かるだろう。だから総督のことは、今は気にしなくていい。むしろ、今は街の人の目を気にするべきだ」
「街の人の目?」
言われてクシナとフランは少し周りを見るが、特に気になる所はない。
再び視線をオーマに戻し、“どういうこと?”と訴えた。
「良い都市だが、帝国と違って大きくない。その割に人の出入りが多いんだ。人が多く出入りする場所で、良く教育された警備兵は目敏い。おまけに狭い街だから、他所から来た者が妙な行動をすれば直ぐに怪しまれる。観光や商売で来ている者と、そうでない者くらいは直ぐ見分けるだろう」
「確かに・・。センテージで一番国益を生んでいる街ですし、警備兵の質は良いでしょうね」
もう一度注意して周囲を見渡すと、所々で巡回している警備兵を見かける。
一見するとごく普通に巡回しているが、サンダーラッツのような戦闘経験者が見れば、かなり周囲の気配に気を配っているのが分かる。
「なるほど・・・急に聞き込みを始めるより、先に街に馴染んだ方か良いわけですね」
「そういう事だ。今回の作戦はいつもの戦場とは違う。いつもなら多少怪しまれても期間は短いし、最終的に軍事行動に移って有耶無耶にできたが、今回はこの街の領主とその娘と懇意にしなくてはならん」
「そうですね」
「よし。じゃー、俺達もこの街の人やネリス達に習って、今夜は騒ぐとしよう」
そのオーマの提案にクシナは柔らかい笑顔で同意した。
一度決まれば現金なもので、昼間は市場の屋台を食べ歩き、夜は市場でオススメされた店で海鮮料理に舌鼓を打ちながら酒を飲む。
普段の生活では味わえない海の味を堪能し、サンダーラッツ一行のベルヘラ初日は豪遊で終わった___。
ベルヘラ領主の館____。
三階の一室、大きな窓から光が差し込む政務室に、若い女性が訪れている。
この部屋の主、ベルヘラ領主プロトス・ライフィードの愛する一人娘、レイン・ライフィード。
年の頃は二十歳くらい。金髪で長めのショートボブにウェーブがかかっていて、明るく爽やかな色気がある。
だが顔立ちはやや幼く、瞳は緑でぱっちりしており、明るく猫のような気まぐれな雰囲気がある。
服装は、白いシャツに碧いジャケット、碧いズボン。
仕立てのいい上品な上流階級の服だが、武装しており、ブーツと手甲は金属製で、両肘両膝に茶色のレザーガードを付けている。
顔立ちと服装で上品なお嬢様のようにも見え、戦う軽装戦士のようにも見える不思議なバランスが有る。
レインは机を挟んで、向いに居るプロトスから、不吉な報告を受けていた。
「____帝国から使節団が来るのですか?」
レインの声は高く、少しかすれている。高音のハスキーボイスで、声にも明るさと色気がある。
海軍で指揮官として船に乗って海に出ることが多く、声を張る機会が多いのが理由だろう。
「そうだ。王同士の会談の前段階として、このベルヘラで帝国の使節団を迎え親善会合を行うことになった」
「帝国と・・・和平を結ぶのですか?」
「結べるはずないだろう」
「え?」
使節団の話を聞いて、強張った顔をしていたレインはプロトスの言い切りように驚き、目を見開く。
「この状況で帝国が会談を求める理由なんて一つだ。どうやら帝国はセンテージを無傷で手に入れたいらしい」
「・・・この国が帝国に取り込まれるのは時間の問題ということですか?」
「恐らくな・・・センテージ王も、まだご決断なされていないが、やむを得ずといったご様子だ・・・」
「お義父様はどう思っておられるのですか?」
センテージの暗い行く末を前に、レインが一番心配しているのは義父プロトスだった。
「私も陛下と同じといったところだ・・・正直受け入れたくはないが、先の西方連合での敗北が大きい」
「・・・抗う術は無いと?」
「帝国は海軍を持っていないから、私の海軍艦隊とワンウォールの勢力を加えれば、戦えないこともない。だが勝算は皆無だ。無駄に兵と民が死ぬだけだ・・・」
「・・・・」
そう言いつつ、落ち込んで顔を伏せているレインを見てプロトスは思う。
レインの力を使えればあるいは____と。
もし、レインが自身の力を上手く制御して扱えたならば、恐らく屈強な帝国兵士相手でも一騎当千の活躍をして見せるだろう。
レインという最強の個と帝国に無い海軍力、そして帝国を危険視する他国を呼び込めたら、勝算も立つかもしれない。
西方連合と北方のバークランドは敗れたが、南のサウトリック地方のココチア連邦など、帝国と戦える国はまだ残っている。だが___
「難しい・・・今のままではな」
「・・・・」
勝算は低い。何より帝国が建前とはいえ講和を求めている以上、無下にはできない。
プロトスはそういった諸々の事情を踏まえて答えたつもりだったが、レインの受け止め方は違っていた。
「申し訳ありません、お義父様。私が不甲斐無いばっかりに・・・・」
レインは、自分が力を制御できないのが原因だと思ったようだ。
肩を落とし、先程より更に落ち込んだ様子で呟くレインに対して、プロトスは慌てて擁護する。
「い、いや、レインのせいではない。色々な状況を踏まえて、だ。もし仮に帝国と徹底抗戦した場合、我らが勝利するためには他国、特にココチア連邦等と手を結ばなければならない。それが上手くいくとは限らないし、上手く事が運び、帝国を退けたとしても、同盟を組んだ国と対等な関係を築けるか分からないのだ」
これはレインに対する慰めだけじゃなく半分は事実だった。
「実際に、帝国を退けるための他国勢力とはココチア連邦だが、この国も決してお人好しというわけではない。帝国を退けた後はもちろん、同盟を結びに行った際も、何を要求されるか分からない。そしてその要求を、センテージが拒否できるかも分からない。ココチアの属国になる可能性だって有る」
「だとしても、それも私が自身の力を制御して、帝国との戦で活躍し、英雄としての風評を得れば、また違ってくるのではないですか?」
一見すると、自分に自信の有る者の発言のようであるが、そうではない。
確かに、レインは自身の才能を自覚している。
だがその自覚は、自身が力を制御できず暴走して引き起こした事故によるトラウマからくるものだ。
どんなに優れた才能と力を持っていても、それを扱えず味方を傷つけるようでは宝の持ち腐れだ。
レインはその事にコンプレックスを抱いている。
でも、それは仕方のない事だ。
センテージは、帝国ほど魔法に関して技術発展が進んでいない。
だからレインは、帝国軍人のように魔法のイロハを教わっていないのだ。
同じ勇者候補のジェネリーが二年間、帝国の軍学校で最先端の魔法技術を教えられても、完全には制御できていない事をレイン一人のせいにするのは酷な話なのだ。
レインの発言を受け、プロトスは教え子に言い聞かせるように説諭する。
「その考えは危険だよ、レイン。自分が上手くやれれば___自分のせいで___などと考えるのはな・・奢りに等しい」
「そ、そんなつもりは!」
「分かっているとも。レインが奢っているわけではないと、その発言が私に対する気遣いや、自分自身の責任感から出ていることもな・・・しかし、視野が狭くなっているという点では同じだ。帝国にレインに匹敵する才能を持つ人物がいないとも限らないだろう?」
「そ、それは・・・」
「帝国の方が人も多く、魔法技術も発達していて人材育成も上手い。レインに匹敵する才能を持つ者が居る可能性は十分に有る。そしてもし居た場合、最先端の魔法技術を学んでいる相手の方が有利だ。そういった点から言っても、やはり戦争とは国力なのだ。レイン一人の責任になどならない。分かったな?」
「・・・はい・・・・」
落ち込む気持ちを残しながらも、レインは冷静になる。
だからといって、目の前の問題に光明が差すわけでもないが・・・
「とにかく、先ずは帝国の使節団相手に外交戦だ。その準備ともなれば忙しくなる。すまないが、レインの手も借りるぞ?」
「はい!もちろんです、お義父様。何でもお申し付けください」
「ありがとう。では、私は使節団を歓迎するにあたって、他の貴族や大商人達の組合に顔を出して根回しをする。レインはしばらく海軍に就いて、港と海上の治安を強化してくれ。我々にとって海軍と港と海は帝国へ存在感を示すのに有効だ。海賊共に舐められるような姿を帝国に見せるわけにはいかない」
「了解しました!」
レインは表情を引き締め返事した。
二人は親子の関係から、上司と部下へとスイッチを切り替える。
そして、任務を遂行するべく行動を開始するのだった____。