舞台と覚悟が整っていく(5)
FD921年4月中旬_____。
ドネレイム帝国軍とスラルバン王国軍(以後まとめて帝国軍と表記)側もココチア連邦軍とボンジア公国軍(以後まとめて連邦軍と表記)側も準備を終えて、両軍ともダマハラダ砂漠へと出撃した。
今回の戦争で両軍が出した兵の数は、帝国軍側が、北方遠征軍の約一万三千人、南方遠征軍の約一万四千人、これにオーマ達雷鼠戦士団の約千人とスラルバン王国が約四千人で、合計は約三万二千人。
これに対して連邦軍側が、ココチア連邦軍から約三万七千人、ボンジア公国軍が約三千五百人、そしてラヴィーネ・リッターオルデンの約千五百人が加わって、合計で約四万二千人であり、数の上では圧倒的に連邦軍側が有利となった。
両軍の兵数に差が出てしまった理由としては、帝国軍が自分達の狙った時期に戦争を起こせなかったというのが有る。
帝国軍側の計算では、本来、ココチア連邦がサウトリック地方の制圧に乗り出すのはもう二年先か、早くても来年で、一年間は時間的猶予が有ると踏んでいた。
だが、フレイス達ラヴィーネ・リッターオルデンがココチア連邦に加わった事により、ココチア連邦はサウトリック地方の制覇に動く時期が大幅に早まってしまって、その計算が狂ったのだ。
ドネレイム帝国は南部だけに軍を集中できるワケではない。
大陸西のラルス地方では、センテージ王国とゴレスト神国、それにイロード共和国に対しては外交で攻略しているものの、ノーファン共和国とポーラ王国には武力制圧をしたため、未だに残党狩りで兵の数が必要な状況だ。
それに三国との外交に関しても友好的に進めていはいるが、それはあくまで表向きで、裏では緻密な駆け引きが行われているため、一歩間違えれば戦端が開く可能性が残っている以上、迂闊に軍を動かせない。
大陸東のエリスト地方に至っては、ラルス地方よりさらに厳しい。
約半年前に、ろうらく作戦でヤトリ・ミクネを攻略するためにスカーマリス捜査を行った結果、スカーマリスを支配する准魔王たちを討伐した。
これにより、今年から帝国は東方軍軍団長ジョウショウ指揮の下、本格的にスカーマリス制圧を開始している。
魔族側は指揮官不在で、軍としてのまとまりが無くなっているとはいえ、人間より個の力が強い種族が多く、部族間の統治は行われているため、魔族との戦いに長けている東方軍とはいえ援軍を送れるほどの余裕は無い。
結果、帝国は大陸北のリジェース地方の制圧をほぼ完了している北方遠征軍しか援軍を送れなかった。
これに対して、ココチア連邦軍の総力は約七万と、帝国の総力よりは少ないものの、戦力をサウトリック地方のみに集中できる。
そして、この戦いの重要性を理解しているココチア連邦はこの戦いに、約半数もの兵を導入したのだった。
スラルバン王国が約四千、ボンジア公国が約三千五百の兵を出してはいるが、帝国と連邦との兵数差を考えれば、もはや代理戦争という肩書きは崩壊している。
事実上のサウトリック地方の覇権が決まる戦いで、帝国にとってはこの戦いに勝利する事で、ほぼ大陸制覇が確定する。
そんな重要な戦いで、帝国はこれまでに無い兵数差で戦う羽目になってしまった。
加えて、オーマが地の利が有ると判断して、このダマハラダ砂漠を戦場に指定したわけだが、これはあくまで“サンダーラッツがラヴィーネ・リッターオルデンに勝つため”に指定したもので、帝国軍全体に利が有るわけではない。と、言うより、帝国軍も連邦軍も万を超える兵数を用意している以上、その規模の軍を展開するために入り組んだ岩場などに軍を置くことは無いはずで、帝国軍は地の利を活かして戦うのは難しいはずだ。
実際、ダマハラダ砂漠に到着した両軍は、示し合わせたかのように広いスペースのある場所に軍を展開して向かい合っていた。
であるならば、全軍の約半数がサウトリック地方の暑さに慣れていない北方遠征軍である帝国側の方が、むしろ不利と言えるかもしれない。
とはいえ、これらは今更だろう_____色々な意味で。
(これで帝国軍の数が減ってくれたらなぁ・・・)
熱気で歪む両軍の景色を眺めながら、オーマはぼそりと呟く。
反乱軍まで結成したオーマが、今更帝国軍が不利になる事など気にするわけがない。
オーマにとって帝国は“敵”だ。苦戦して数が減ってくれるのは、むしろ願ったり叶ったりである。
オーマはこの戦いに関して、自分達以外の帝国軍の有利不利など、全く考えていなかった。
フレイスが相手でそんな余裕はまるで無かった____というのが一番の理由ではあるが、オーマ達反乱軍にとって、ここで帝国軍が消耗する事に不満など有るはずがない。
(でも、無理なんだろうなぁ・・・)
帝国軍が苦戦する事はむしろ望むところではあるが、オーマはこの願いは叶わないだろうとも感じていた。
帝国軍指揮官の北方遠征軍軍団長と南方遠征軍軍団長の二人は第一貴族で、この二人からすれば、そんな事は今更なのだ。
ココチア連邦にフレイス率いるラヴィーネ・リッターオルデンが加わった情報を得た時点で、自分達の予想する時期より早くココチア連邦が動くことは、その頃から分かっていた。
その頃から南部での戦いは向こうの方が数は多くなるだろうと予測しており、それならばそれを想定した準備と訓練をするだけなのだ。
地の利に関しても、ろうらく作戦のためにオーマの要望を通したのは、この二人だ。
第一貴族は第二貴族の様に見栄で無謀な判断はしないし、実力も確かだ。
地の利が悪くて勝算が立たないなら、二人はこの決定をしてはいない。
状況を見た上で、自分達の力と連携次第でどうにでもできると判断して、これらを決定した。
了承済みというわけだ。
北方遠征軍はもちろん、南方遠征軍の兵も質が良い。
ココチア連邦相手でも、倍の数でも戦う自信が有るのだ。
だが、これらでさえ今更なのだ。
この戦いは、フェンダーも言っていた通り、“サンダーラッツの戦い”なのだ。
このサウトリック地方の決戦は、サンダーラッツとラヴィーネ・リッターオルデンの戦いの勝敗次第で結果が決まる。
もしラヴィーネ・リッターオルデンがサンダーラッツに勝利すれば、例え南北の帝国軍と第一貴族の軍団長二人が奮闘しても、連邦軍の勝利は揺るがないだろう。
その逆に、サンダーラッツが勝利したなら、連邦軍にフレイス以外で勇者候補達を止められる者は居ないので、帝国軍の勝利が確定する。
フレイスと他の勇者候補が、このサウトリック地方の覇権争いに係わった時点で、帝国軍と連邦軍との衝突など今更重要視されるものではない。
だからこそ宰相のクラースは、帝国最強騎士フェンダー・ブロス・ガロンドをこの戦いに送り込んだのだ。
帝国は南部制覇と勇者を傀儡にするため・・・つまりは大陸制覇のため、この戦いでサンダーラッツを勝利させなければならないと、クラースは分かっていた。
(今までで一番負けられないな・・・)
そして、それはオーマも同じだった。
ここで負けて作戦失敗は許されないし、それ以前に敗北すればフレイスに殺されることになるかもしれない。
(大丈夫、作戦は完璧・・・のはずだ。ヴァリネスだってフェンダーだって太鼓判を押してくれたじゃないか・・・必ずできる!)
戦闘開始を前に、オーマは自分のすぐ目の前にある死、失敗、敗北・・・そんな背筋を凍らせるプレッシャーを必至に跳ねのける。
そして覚悟を決めて、オーマは皆の方を振り返った。
「「・・・・」」
そこにはいつものサンダーラッツのメンバー、それに新たに加わったベルジィと、助っ人のフェンダーの姿も映っている。
オーマにとっては、何度跳ね除けても纏わり付いて来る恐怖が霧散するかのような光景だった。
「・・・もうすぐ始まる。準備は良いな?」
「はい!」
「前回も勝てたし、今回だってやれるだろう」
「特に今回はベルジィのおかげで対策もばっちりですから!」
「煽て過ぎですよ、ユイラ。でも私も初めてのサンダーラッツでの戦いですから燃えています」
「私達だって燃えていますよ!ね?ご主人様?」
「ああ、勿論だ。だが、ご主人様言うな」
「良いムード」
「・・・・・・・」
「クシナ?」
「大丈夫です、ウェイフィー。別に臆しているのではありません。逆です」
「おお、クシナが燃えている」
「おっしゃ!やってやろうぜ!」
最初の会議の頃とは違い、この戦いに光明が見えている今は全員に闘志が宿っている。
皆のモチベーションに関しても、もう心配はいらない様だ。
「よし・・・雷鼠戦士団!配置に着け!!」
「「了解!!」」
ならば後は戦いが始まるのを待つだけだった_____。




