舞台と覚悟が整っていく(3)
帝国軍がスラルバン王国とボンジア公国の戦争に参加する準備を進めている頃、ココチア連邦側もこの戦争に参加するべく、ボンジア公国のヤーズラル軍事基地に軍を派遣した。
そして、バージアでの斥候を終えたフレイス達も、このヤーズラル軍事基地に向かい、先に着いていたラヴィーネ・リッターオルデンと合流していた______。
「____失礼します。フレイス様、戻りました」
副団長のアーグレイは、ボンジア公国軍とココチア連邦軍の指揮官達との会議を終えて、ラヴィーネ・リッターオルデンの幹部の控室へと戻って来た。
「お帰り。私に代わっての交渉、ご苦労だったアーグレイ」
「お気になさらずに・・こんな事でフレイス様の手を煩わせる気にはなりませんから」
「いや、別に手間では無いのだぞ?殴って言い聞かせていいならな?」
「ダメです」
実力主義で育ってきたフレイスは、“分からず屋”達をそうやって“説得”して来た。
そのため、ココチア連邦に来てからの交渉役はもっぱらアーグレイがやっていた。
「そうか、分かったよ。私は予定通り戦場でサンダーラッツと戦えれば文句はない。それで?どうだった?」
「はい。正直苦労しましたが、フレイス様の望み通りに話をまとめて来ました」
「フッ♪そうか。さすがだアーグレイ。感謝するぞ」
「それにしても時間が掛かりましたわね。バークランドなら戦の大方針なんて一日と掛からずに決まりますのに、三日も掛かるとか・・・」
「骨を折ったね、アーグレイの旦那。まったく、どうにも連邦ってヤツは・・・自分は責任負いたくなくて前に出ないくせに、誰かが前に出ると“目立つな!”と言わんばかりに否定的な意見で黙らせようとする。物事を決めるのに時間が掛かってしょうがないよ」
「ああ、ずいぶんと“勝手なマネをするな”と言われた。言い方が遠回し過ぎて嫌味だったな」
そもそも、フレイスが勝手にバージアに斥候に出た事もあって、会議に参加していた者達は最初からラヴィーネ・リッターオルデンに対して不満を持っていた。
しかも、その斥候から持ち帰って来た情報も、フレイスがオーマのことを報告すると後々面倒になりそうだからと、詳しい内容は報告しなかったため、彼らが手にした情報は有意義なものが少なかった。
唯一有益な情報と言えたのは、これまでのダマハラダ砂漠での異常現象が、元スラルバン王宮魔導士のベルジィ・ジュジュの力によるものだった____という事くらいだろう。
そのため、ことさらアーグレイに対して厳しい視線が集まり、会議に参加していた指揮官達は終始アーグレイに対して嫌味な口調だった_____らしい。
「まあ、奴らから見れば我らは余所者ですし、事実、私達は自分達の判断で行動していましたから、そうなるでしょう」
「よく説得できましたね」
ラヴィーネ・リッターオルデン側の要望は、今回のサウトリック戦争において“遊撃”を務めるという事____これだけだった。
理由は勿論、サンダーラッツを狙いたいからだ。
だが、これだけでも、ラヴィーネ・リッターオルデンを酷使しつつ手柄が欲しいココチア連邦の指揮官達からは、大軍の先鋒中央(一番槍のすぐ後)をやるように圧力を掛けられたので、アーグレイは要望を通すのに骨を折った。
「まあ、最終的には、“我々の標的”が帝国の特別な戦力を持つ部隊で、その危険性を示して理解してくれたよ。例の“幻惑の力”を持つ魔導士のおかげかな?今までずっと彼女一人に好きなようにやられていたワケだからな」
「そんな人物達の相手はごめんだと?」
「そうだ。もちろん表向きはそんな発言はしなかったがね」
「何ですか、それ。要はビビったって事ですよね?」
「有り体に言ってしまえばな」
「はあ?何ですの?」
「情けない・・・帝国に唯一対抗できる戦力と言われながら、怖気くとは」
「だが、そのおかげで我々は好きに動ける・・・サンダーラッツに集中できるのですよね?」
「ああ。ただし、その部隊を撃破後は、そのままバージアを“制圧できるようなるまで攻撃しろ”と言われたがね」
「?・・・どういう意味ですの?」
「“バージアを制圧しろ”ではなくて、ですか?」
「ミューラー、それだとバージア攻略の手柄があたし達の物になっちゃうだろ?」
「ああ・・・そういう・・」
「そっちが我が儘言うなら、こっちに手柄を寄こせ、って事なわけだな・・・」
「はあ・・・ビビっているくせに・・・」
「それに、こっちが我が儘言おうが言うまいが、奴らは手柄が欲しいだろう?最初の彼らの提案も、先鋒中央だったのだろ?」
「それって、一番槍の名誉は上げたくないけど、その力は最前線で使いたいって事ですよね?」
「まあ、そうだろう」
「露骨過ぎだ・・・」
「国を亡くした身のこちらの足下を見ているのさ。遠慮なんか要らないって思っているんだろうね」
「ムカつきますわ!フレイス様を自分達の出世のために利用するなんて!アーグレイ様!?何故断らなかったのです!?」
「フレイス様が気にするとは思わなかったからな」
「その通りだ。よく分かっているじゃないか、アーグレイ。ココチア連邦内の手柄なんてどうでもいい。フフ♪これで運命の人との運命の再戦が実現する・・・クフフフフ♪」
フレイスはオーマ達との再戦が楽しみ過ぎて“イって”しまった_____。
「あう・・・嬉しそうですわ、フレイス様」
「それは・・ご自身の伴侶となる方との決戦なのですから心躍るのでしょう」
「・・・サスゴットさん?この話をした時から気になっていましたが、もしかしてサスゴットさんは、あのオーマ・ロブレムがフレイス様の伴侶となるのに賛成ですの?」
フレイスがオーマを伴侶にするつもりだった事は、バージアに同行していないアーグレイもアデリナもサスゴットも知らず、フレイス達がバージアから帰還した時にその話を聞いた。
それを知ったとき、アーグレイとアデリナが驚きを見せる中で、サスゴットだけはその時から受け入れているかのような様子を見せていた。
「フレイス様がお決めになった事なら賛成も反対もないでしょう?・・・まあ、ただ、その話を聞いて納得いくことは有りました」
「納得?」
「我らの敗因です。あんな負け方は納得いきませんでした。ですが、オーマ・ロブレムがフレイス様の運命の人で、フレイス様と結ばれる運命だったのだと言われれば、少しは納得できるのです」
サスゴットは前回の敗因が自分にあると感じていて、今もなお引きずっていた。
「またか、サスゴット・・・」
「アンタは真面目だね。勝負は時の運でもあるのにさ」
「そうそう、それこそフレイス様の“運命の人”の運だったのさ」
バークランド大攻勢での敗北に関しては、フレイスは勿論、他の幹部達もサスゴットという人物(戦場で油断や慢心をするタイプではない)を知るが故、責めるつもりは無かった。
「いいえ!あれはサスゴットさんの不注意ですわ!それによって敗北したのです!!」
コレル以外は_____
「コレル・・・いい加減にしたらどうだ?」
「そうそう、仮にサスゴットさんが敗因だったとしても、その後に無事に撤退で来たのはサスゴットさんのおかげじゃないですか。ねえ?アデリナ姉さん」
「ああ。あたしはそもそも、このメンバーが全員無事に生き残った時点で敗北だとは思っていないしね。戦士にとっての敗北は死んだとき・・・いや、“敵に殺されたとき”だけだよ」
「その後にバークランド自体が敗北したのも、結局は総力で帝国に負けていたからだ。あの強襲の失敗が原因で___とはならんだろう」
「そんなに自分のキャリアに傷が付くのが嫌か?コレル?」
「私のことはいいのです!サスゴットさんの判断で私が死ぬことになっても恨んだりしませんわ!ただフレイス様に敗北を与えたのが許せないのです!フレイス様が敗北する運命なんて無いはずです!それなのに・・・それなのに・・・・・しかも、それによってあの男がフレイス様の伴侶になる・・・・フレイス様とオーマ・ロブレム・・・・はぐぅがぃあがああ!!」
「「おいおい・・・」」
コレルの人外の奇声が木霊し、いつもの様に一同はドン引きした。
フレイスだけは一人まだ、“イって”いた_____。




