淫魔との甘い夜(罠)
娼館“昏酔の魔女”に到着したオーマは、受付でオーナーのボロスに迎えられた。
何事かと思っていると、今日の昼間のリデルの行動を知ったボロスが、「ウチの店の子が、ご迷惑お掛けしたお詫びです」と、この店一番のプレイルームを用意すると言ってきた。
ただ話をしに来ただけなので、一階のテーブル席でよかったのだが、部屋代もプレイ代もタダと言われ、正直ムラムラしていたのもあって、ボロスのお詫びを受け取ることにした。
ジェネリーに対して後ろめたい気持ちもあったが、そこはヴァリネスに期待することにした。
それからしばらく、受付のソファーで待った後、ボロスの案内でVIPルームに通された。
「ちゃんと釘は刺しておかないとな・・・」
リデルの強烈な色香に翻弄されないように気を引き締め、VIPルームのドアの前に立つと、深呼吸をしてからそのドアをノックした。
「ハ~イ♪」
少し甘味のある明るい声がしてからドアが開くと、リデルが無邪気な笑顔で出迎えてくれた。
黒い下着姿がリデルのスタイルの良さと無邪気さのギャップを強調し、オーマの心臓を鷲掴み、鼓動を跳ね上げた。
「どうぞ~♪」
そう言って絡めてきた手は、シルクのように滑らかで心地好い。
寄せてきた起伏のあるしなやかな体からは、またいつものように淫靡な香りが鼻孔を刺激し、脳を溶かす。
いや、“いつもより強力”かもしれない。
魅了の魔法でも使っているのか?と思うほどの誘惑で、ドアが開いて2、3歩部屋に入っただけでオーマは既に翻弄されていた。
そして、誘われるがままベッドに連れて行かれる___
(い、いかん、いかん!何をボーッとしている!)
再度気を引き締め、話をしようとしたが、「えい♪」と、あざとく可愛い声でベッドに倒され、ボフンッ!と体が一回弾んでからベッドに沈んでいく。
筋肉質なオーマの体が弾むベッドの弾力、体が沈む羽毛の柔らかさ、女性の肌に勝るとも劣らないシーツの肌触り、最高級VIPルームのベッドのクオリティを密かに堪能しつつ、上に乗って来たリデルと仰向けになって向き合う。
「フフ・・・じゃーたっぷり楽しみましょうね♪」
「い、いや、ちょっと待ってくれ、その前に話がしたい」
理性が無くなる前に話がしたいオーマは、顔を赤らめながらも、行為に及ぼうと唇を近づけてきたリデルの肩を掴んだ。
「話?話って何ですかぁ?」
「ひ、昼間の件だ」
「あーごめんねぇ、でもオーマさんってば、全然会いに来てくれないんだもん」
「わ、悪かったよ・・・(いや、なんで謝ってんだ、俺)」
リデルに弱いからなのか、女慣れしていない童貞だからなのか、思わず謝ってしまう自分が憎かった。
「あ、いや、だが正直あれは困る。今後は控えたほしい」
「えー!何でぇ!?今までは、そんなこと気にしていなかったじゃないですか~!」
「いや、今までレムザン通り以外の場所で絡んで来たこと無いだろ」
「じゃーこの通りなら良いんですね?」
「いや、困る」
「えー何でぇ?」
ぷく顔で拗ねたように言いながらも、リデルはオーマのボタンを外して服を脱がせていく。
「もう私に飽きたんですかぁ?」
「いや・・そういうわけじゃない」
「くすん・・・もうオーマさんは私の事好きじゃないんだ・・・」
「い、いや、違うって、そうじゃないって」
「本当ですかぁ?じゃあ、ちゃんと気持ちを伝えてください」
「え?な、何故?」
「んーー!」
「わ、分かったよ・・・」
店員と客なのだから、そんなことする必要は全く無いのだが、何故かリデルに押し切られ告白する羽目になる。
釈然としないが、すっかり全裸にされたオーマはやや棒読みで気持ちを伝えた。
「えー。あたなは私のような恋愛に縁の無い淋しい独り身の男にとって、女神のような方です」
「んー。何か気持ち込っていない気がするけど、いいでしょう♪」
「(なんなんだよ、もう)・・・なあリデル、君だって基本的にああいうのが良くない事だって分かっているんだろ?オーナーはさっき俺に謝って来たし、VIPルームを用意したことだってそうだろ?」
「えー、でもぉ・・」
「毎回、俺をタダでVIPルームに呼ぶ気か?」
「フフッ・・それもいいかも♪」
「いいのかよ・・・なあリデル、頼むから」
オーマの口調は、少しウンザリするような言い方になった。
そのオーマの様子に、ここまでだなと察したリデルは、ようやく態度を変えた。
「ハァ・・分かりました。これ以上駄々をこねたら本当に嫌われそうだし・・もう外では声を掛けません」
「本当か?」
「うん、オーマさんは軍人さんだから、上からの命令じゃーしょうがないよね」
「えっ!?」
リデルの一言でオーマは固まる。
「な、な、な・・・」
「以前フランさん達が聞き込みに来た時に、言ってましたよ?」
「あ、あいつ~~~!!」
オーマはあのお調子者の顔を思い出し、その顔をひっぱたく。
(任務の事をリデルにバラすってどういうつもりだ!?情報開示は慎重にと言われているんだぞ!?)
今さら第一貴族の言うことなんてどうでもいいが、これに関しては部下の迂闊さを呪う。
「___どこまで聞いた?」
さっきとは打って変わって、真剣な表情とやや強い口調でリデルに詰めた。
「いやん。怒らないでぇ、ただ上からの命令で忙しいって言っていただけだよ?そのことだって誰にも喋ってないよ」
「・・・本当だな?」
「うん・・オーナーに言われているから、そういった事には慎重だよ。オーナーが誰だか知っているでしょ?」
「・・・・・」
確かに。この店のオーナーのボロスは帝国の闇組織“ビルゲイン”の幹部だ。
個人的な弱みを見せるべき相手じゃないが、軍事行動、特に第一貴族の息がかかった物事に係るほどボロスは世間知らずじゃない。
「大丈夫。オーナーもバカじゃないから、そんなこと言いふらしたりしないし、首をツッコまないよ。私も、一番のお得意様と仲悪くなっても良い事一つも無いもん」
「・・・分かった」
その言葉を聞いて、情報が漏れる心配は無いと判断したオーマは、後でフランをシバくと決め、話しに戻る。
「じゃーまあ、そういうワケだから、しばらく目立つ行動はしたくないんだ。だから、今後はこの通りでも声を掛けるのは止めてくれ」
「あ~あぁ・・淋しいなぁ・・・でも仕方がないか」
「ありがとう」
「ただし!!」
「うお!」
急に顔を近づけてきたリデルにオーマは驚く。
リデルはオーマの驚く顔を両手で押さえ、じっとオーマを見つめる。
綺麗な瞳、透明感のある透き通った肌、整った造形の顔立ち、そして、ほぅっと熱の入った吐息がオーマの顔を撫で、オーマを魅了する。
オーマは先程までの怒りを忘れ、リデルに魅入ってしまった。
悪くなったムードを盛り上げ直すのは、一流娼婦のリデルにとっては簡単なことだった。
相手がオーマなら尚更である。
「そ、その代わり・・・何だ?」
「その代わり、ちゃんと店に来てくれる?」
「え・・・」
「お願い・・・」
リデルの潤んだ瞳が、オーマの瞳を捕らえて離さない。
昼間にムラムラさせられて、今はずっと股におしりの感触がある・・・オーマの抵抗力は最早無かった。
「わ、わかった。時間に空きができたら、できる限り顔を出すよ・・・」
言い訳のようだが、この辺りが落としどころのように思う。
リデルは街中ではオーマに係らない。その代わり、オーマは定期的に店に行く。
冷静に考えれば、客であるオーマが譲る必要は全く無いのだが、なんだかんだでリデルの事を気に入ってしまっている。
つくづくオーマはリデルに甘いと思った。
「じゃー決まり♪この話しはお終いね。これから楽しみましょう♪」
「あ、ああ・・・」
「ぶー、オーマさんもっと気持ち込めて!ただでさえ、さっきオーマさんのせいで盛り下がったんだし」
「す、すまん・・・ってこれ何だ?」
リデルは話しが終わると、オーマの体に透明なトロみの有る液体を塗っていた。
「ンフフフフー♪このVIPルームで使える特製のオイルだよ♪先ずはマッサージしてあげる」
「あ、ああ・・・」
オイルがリデルのしなやかな指先で指圧するように塗られる。
リデルの指先が、適度な力加減でゆっくり滑らかにオーマの体をなぞり、筋肉をじんわりとほぐしていく。
ベッドの寝心地の良さと合わさって、体が解けていくような感覚で疲れが抜け、リラックスできた。
さらにリデルは自身の体にもオイルを塗り、今度は自身の体をオーマの体に滑らせていく。
ヌルヌとした感覚とリデルの柔らかい肉体、そして淫靡な匂い。
ほぐれていく筋肉とは裏腹に、オーマの陰茎はリデルの体が自身の体をなぞる度に血を集め、硬くなる。
リデルの肉体による癒しと興奮。
何度も味わっているものだが、今日は特別強い快楽を感じる。
だが、この夢見心地を味わっている最中、体に少しだけ違和感を持ち始める。
肉体の感覚が無くなっているような、ではなく、本当に肉体の感覚を奪われている感覚だ。
というのも、肉体だけじゃなく肉体の魔力の感覚も鈍くなっているような気がするのだ。
過去に戦場で、“凍結の勇者”ことフレイス・フリューゲル・ゴリアンテに魔法を封じられたことがある。
あの時は、氷属性の魔法で冷気を当てられた状態でだったが、その時の感覚に似ていた。
「・・・このオイル何が入っているんだ?」
「えっと、実は少しだけ媚薬が混ぜてあるの。あーでも体に害がある奴じゃないよ。どうかした?」
「少し、変な感覚だ」
「オーマさんも?軍人さんに使うとみんなそう言うの。魔力の感覚が鈍くなるって。嫌ならやめようか?」
「いや・・問題無いなら構わないんだが・・・」
「私は何度も使っているけど、問題ないよ?」
「そうだな・・店の物だもんな。続けてくれ」
「は~い♪じゃー次はうつ伏せね♪」
寝返りをしながら、(・・・問題ないだろう)と、警戒心を解く。
この場でリデルがオーマの魔力を封じる理由が無い。
仮にあったとしても、リデル自身にも塗っているのでは意味がない。
恐らく、オイルに入っている媚薬の効果だろうと考え、さっさと結論を出してリデルの奉仕を堪能する。
(フフッ。まあ、私は淫魔だから効かないだけなんだけどね~♪)
オーマの背中にオイルを塗りながら、リデルはそうほくそ笑む。
そして、背中も自身の肉体で十分に魔封じのオイルを行き渡らせると、不敵な笑みを浮かべる。
その表情は娼婦リデルではなく、魔王軍幹部リデル。
獲物を狙う肉食動物のような獰猛ささえ感じさせる。
まさに悪魔の表情のまま、オーマの耳元で淫らで甘美な声で囁いた
「___たっぷりと楽しみましょう」
その一言と共にリデルは魔法を発動し、オーマは自我を失う快楽の闇に吸い込まれていった____。
「ありがとうございました。またのご来店を心よりお待ちしております」
ボロスの見た目からは想像できないほどの丁寧な挨拶で見送られ、オーマは店を出た。
「うう・・・体が重い・・・・」
精根尽き果て鉛となった体を引きずりながら、横から光が差し込むレムザン通りを歩く。
ここまで体の疲れを感じるのはいつ以来だろう・・・不眠不休で戦った激戦のような疲れだった。
だが、心地好い疲れだ。
戦場のような下向きになる疲れ方じゃない。
戦で例えるなら、強敵と戦い抜いて大勝利を収めた後だ・・・満足感がある。
実際、体は重いが気分は軽い。
「でも、次行くときは精のつく物を食べて行こう・・・次の日休みにして」
今日はもう一日ダラダラすると決めて、オーマは宿舎へと帰って行った____。
オーマを見送った後、ボロスは主人の下へと向かう。
主人の居るVIPルームのドアを丁寧に三回ノックすると、主人から上機嫌な返事が返ってくる。
その返事で、凡そ首尾よく事を運んだのだろうと確信し、ボロスは部屋に入った。
部屋に入ると、リデルが上機嫌に鼻歌を歌いながら身支度を整えていた。
「失礼します。ずいぶん楽しそうですね。上手くいったのですか?」
「ええ、バッチリよ♪情報も魔力も極上のものが手に入ったわ。やっぱりオーマはいいわねぇ♪彼から魔力を吸い上げれば、私まだまだ強くなれそう」
「それは何よりでございます、リデル様。あの、それで___」
「うん。まず、やっぱり第一貴族がオーマに下した命令は勇者の引き入れだった。何人か勇者になりそうな素質を持つ子を見つけていて、その勇者候補達を帝国に取り込むよう命令されていたわ」
「ジェネリーがその一人だったというわけですね」
「そう。そして彼女は攻略済み。次のターゲットはレイン・ライフィードって子みたい。後で、他の候補者も含め、まとめてリストにして渡すわ」
「ありがとうございます・・・しかし、何故彼なのでしょう?」
ボロスは何気なく自身の素朴な疑問を口にする。それに対しリデルは心底楽しそうな笑みを浮かべた。
「第一貴族が勇者を自分達の手駒にするのに、オーマの死が必要らしいわ」
「生贄ですか・・・」
「フフフッ♪」
「?」
ボロスは小首を傾げ、不思議そうな表情を見せる。
リデルが楽しそうにしている理由は、オーマが第一貴族に追い詰められている事に対するサディスティックな感情からだと思っていたが、どうも違うらしい。
そのボロスの疑問を察したリデルは、笑みを一層深めて答えを教えた。
「オーマの奴、反乱を起こす気よ」
「反乱!?帝国に対してですか?バカな・・・」
驚きながらボロスは呟く。正直無謀だと思う。
先ず軍の規模が大きい。そして今の魔法技術が発達した帝国は個々も強い。
特に第一貴族の何人かは上級悪魔のボロスでも手に余る。
ビルゲインでも、一対一で第一貴族に勝利できるのはリデルくらいだろう。
今の帝国には、魔族で構成されているビルゲインですら勝つのは不可能だ。
そんな帝国相手に、自分達より弱いオーマ達に何ができるだろう。
人数にしてもサンダーラッツの全団員が反乱に加わっても千人位だ。
勝算皆無、無謀としか思えない。
「勝算無くはないんじゃない?勇者がいれば」
「そのリストに居るという保障はありませんよね?」
「まあね。でも候補に上がる位だから、ジェネリー見ても分かるように、全員才能はあるでしょう。全員を味方にすれば、帝国から身を守るくらいはできるでしょ」
「そうでしょうか・・・」
それでも厳しいとボロスは考える。
「場合によっては助けてあげても良いし」
「!?サンダーラッツを引き入れるおつもりですか!?相手は人間ですよ!」
「そんなに大きい声出さないでよ。“場合によって”って言ったでしょ?」
人間を仲間にすると言った言葉に思わず声を荒げたボロスを、リデルは宥める。
「オーマが勇者を見つけて、その命を差し出すっていうなら眷属にしてもいいかな、ってことよ」
「そ、そうでしたか、失礼しました・・・・それで、今後の方針は?」
「そうね・・・先ずは____」
その後、リデルはボロスと今後の動きについて話し合う。
真剣なやり取りの最中、リデルは時折悪魔らしい邪悪な笑みを見せるのだった___。




