舞台と覚悟が整っていく(1)
フレイスの時空魔法対策もできて、対ラヴィーネ・リッターオルデンとの戦いに向けての作戦も出来上がると、オーマはフェンダーと一緒に戦いの舞台を整えるべく、直ぐに次の行動を開始した。
先ずは翌日、今回の南部戦争に参戦する南方遠征軍と北方遠征軍の指揮官達と打ち合わせを行い、ラヴィーネ・リッターオルデンと戦える様にお膳立てを依頼。
これは、南北の遠征軍軍団長の二人が第一貴族で、オーマがクラースから請け負っている作戦内容を知っている事と、オーマの横にフェンダーが並んでいる事もあって、他の指揮官達からも文句が出る事は無く、問題無く全面協力して貰える事になった。
次に敵を迎え撃つ戦場の選択だが、オーマはこれに“ダマハラダ砂漠”を推薦した。
スラルバン王国内の帝国と連邦を繋ぐシルクロードは、殆どが砂砂漠地帯だが、スラルバン王国とボンジア公国との間には、両国を隔てる様に幾つかの岩石砂漠地帯が存在する。
その中で、バージア近くの南部にある岩石砂漠地帯は、“ダマハラダ砂漠”と呼ばれている。
ダマハラダ砂漠はスラルバン王国とボンジア公国の主要戦闘地域の一か所で、定期的にボンジア公国がスラルバン王国に攻め込むのに利用していたり、ココチア連邦も斥候を出していたりする。
そのため一部の指揮官達からは、敵の方に地の利が有ると、他の戦場へと誘導するべきとの声も出たが、オーマはこれをフェンダーに頼んで拒否してもらった。
そうした理由は、オーマ達側に幻惑の勇者ベルジィ・ジュジュが居るからだ。
帝国南北軍の第一貴族以外の指揮官達は、ベルジィの存在をまだ知らないので、ダマハラダ砂漠を戦場にすると向こうに地の利が有ると考えている。
だが、ダマハラダ砂漠を利用した部隊は敵味方問わず、殆どがベルジィの幻惑の力によって無力化されて来たため、状況をしっかり把握しているのはベルジィだけである。
そのため、地の利を得られるのは自分達になると考えたからだ。
こんな調子で、オーマはフェンダーと遠征軍の第一貴族達の力を借りて、他の細かい部分でも自身の意見を通して行った。
そのため、殆どオーマの我が儘に応えてもらう形となって、遠征軍はサンダーラッツのお膳立てをしつつボンジア公国とココチア連邦の連合軍を相手にする事になってしまったのだが、第一貴族達にとってはそれも想定しての北方遠征軍の増援でもあったので、やはり不満は出なかった。
こうしてオーマは、ボンジア公国とココチア連邦の連合軍を迎え撃つ戦の大方針を、自分の作戦通りに決めることが出来た______。
「ふう・・・ここを出発したら、いよいよだな」
各指揮官達との打ち合わせを終えたオーマは、一人、グレイパ駐屯地をのんびり散歩していた。
一緒に居たフェンダーは会議室に残って各指揮官達の相手をしてくれており、出陣の仕度もヴァリネスがやってくれているおかげで、少しだけ時間に空きが出来たのだ。
そうしてラヴィーネ・リッターオルデンとの決戦を前に緊張をほぐしていると、懐かしい顔見知りに会った。
「オーマ・ロブレム」
「!?オルド師団長!」
敬愛する上司との再会に、オーマは嬉しくなって小走りでオルドに駆け寄った。
「お久しぶりです、オルド師団長。師団長もこちらに来ていたのですね」
「ああ、増援としてな・・。まったく暑いな。リジェース地方で冬を過ごして、冬が開けたらサウトリック地方への遠征というのは老体に響く」
「リジェースの冬を過ごした後に、サウトリックの夏を過ごすことになったら、誰でも堪えますよ」
「ハハハ、そうだな。・・・それで?“師団長も”と言ったが、君もこの戦争に参加するのか?」
「え?ああ・・はい、そうです。詳しくは申し上げられないのですが・・・」
「そうか・・」
含みのあるオーマの言葉と態度で、オルドは昔と変わらずオーマの心中を察してくれた。
「苦労しているな。だが・・・いや、むしろ・・・変に聞こえるかもしれないが、顔を見て少し安心した」
「え?」
「西方連合軍との戦いの後に送り出してからずっと心配していた。何せ三大貴族のクラース様からの召集だったからな」
「・・・・・・」
「だが、その表情を見て分かった。つらい思いをしてはいる様だが、希望は有るのだろう?顔に生気が有る」
「・・・はい。ありがとうございます。心配してくださっていたのですね」
“あの時”と同じ様に自分の心配をしてくれていたオルドに、オーマは胸がすく思いになって、改めてオルドに尊敬と感謝の念を抱いた。
「気にするな。若者の将来を憂うのはこの老将の生き甲斐みたいなものだ。誰もが生き残ってくれるわけではないからな・・・・・・オーマ、あの新人を覚えているか?」
「あの新人?」
「西方連合での戦いで君とモメた男だ」
「ああ・・・そう言えば居ましたね」
生意気な新人との衝突は、“ドブネズミ”になって以降ちょくちょく有った事なので、正直オーマは一人一人までは覚えていない。
更に言えば、今はそれどころではないので、オルドに言われるまでオーマの記憶からはすっかり抜け落ちていた。
「彼はどうしていますか?」
「死んだよ・・・」
「・・・・・“何”で、ですか?」
オーマは“何故”とは聞かず、“何”と聞いた。
彼が生き残るには難しい人物だとは分かっていた。
なので、死んだと聞いても驚きは無いし、軍の指揮を乱しかねないほど自分とモメた相手を思いやれるほどオーマはお人好しではない。
オーマは彼が死んだことに驚きも悲しみもしなかったが、何が理由で死んだのかには興味が向いていた。
「生贄だよ」
オーマの質問に対するオルドの返しは、短く、ため息混じりのものだった。
オルドの話によれば、あの西方連合軍との戦いの後、帝国はラルス地方を攻略するべく、直ぐに次の手を打っていた。
西方連合の五ヶ国(ポーラ王国、ゴレスト神国、ノーファン共和国、イロード共和国、センテージ王国)に対して、ポーラ王国は属国とし、イロード共和国は引き続きスパイを使って帝国派を拡大し内部から支配、センテージ王国とゴレスト神国に対してはオーマも知る様に外交戦を仕掛けていた。
そしてノーファン共和国に対しては軍事侵攻を行った。
増援に来ていたオルド達もしばらくの間、このノーファンとの戦争に参加していたそうだ。
「その時に、敵戦力を探るため“適任”な人材が欲しいと言われてな・・・」
「そうですか」
「偽善だな・・・・若者の将来を憂うのが生き甲斐と言っておきながら、私のした事といえばこんな事だ」
「その様にご自身を下卑する必要はございません」
「・・・・私は自分で彼が“適任”だと思って送り出したのだぞ?」
「そうだとしてもです。誰かがやらなければならない事だったはずです」
オーマはそう断言した。それが指揮官の役目だ。
何より、どんな戦況だったのかは分からないが、オルドがそう判断したのなら、恐らくオーマがオルドの立場でも私情を抜きにしても彼を“適任”だと思っていただろう。
オルドが安易に部下を死なせるのが嫌いな事など、オーマはずっと前から知っている。
「そうか・・・ありがとう。だがなオーマ、私はこんな事を続けてもう長い。彼には性格に問題が有っただの、これが指揮官としての責任だのと、言い訳を続けるのはもう疲れて来た。長くやり過ぎたよ・・・」
「オルド師団長・・・」
悲しく笑うオルドに、オーマは胸を締め付けられた。
オルドは人格者だ。たとえ、 “死に急ぐ者を死に急がせただけ”だとしても割り切れないのだろう。
オルドはあまりにも長く、利用できる者を利用するよう第一貴族に利用されてきた人物だ。
その時間を思えば、オーマにはこれ以上の慰めの言葉を口にすることは出来なかった。
その代わりというべきか、帝国第一貴族達に対して、しばらく忘れていた嫌悪感を思い出していた。
何も知らない若者を自分達の利益のために利用し、その若者を利用するためにオルド師団長の様な人格者な上官達をも利用する・・・・相変わらず反吐が出た。
だからなのか_____
(____オルド師団長が反乱軍に加わる可能性は無いだろうか?)
そんな、第一貴族に長く苦しめられているオルドを解放してあげたいと思ってか、オーマはオルドを反乱軍に加える事を考え始めた_____。




