ぶちまける者達(2)
フレイスの父、ボルディン・フリューゲル・ゴリアンテは一言で言えば、“ぶっ飛んで豪快な男”だった。
ボルディンは一人娘のフレイスを育てる上で、綿密なプランとスケジュールを組んでフレイスに英才教育をするも、もしフレイスが己の力でそれを打破できるのであれば、それで良しとする人物だった。
戦闘訓練をやるにしても、闇討ちしてでもいいから訓練相手を事前にぶちのめせれば、その日の訓練を休みにして遊びに行っても構わない____という具合だ。
おかげで何人もの講師と訓練相手がフレイスにぶちのめされ、最終的にはロルグしか講師と訓練相手に残らなかった。
そんな具合で、戦闘や勉強だけでなく、料理や音楽といった分野に至るまで、フレイスは父ボルディンによって完全実力主義で教育されて来た。
父親からそんな教育を受けて来たフレイスだったので、恋愛に対しても当たり前の様に、“私に相応しい男は自分より強い者であるべき!”という価値観が生まれていた。
だがある日、そんなフレイスの恋愛価値観が“少しだけ”変わる会話を父親とした事が有った_____。
「____フレイスお嬢様」
「何だ?爺?」
「はい、ホーエン家の御嫡男ミシェル様が、フレイス様との交際を掛けて一騎打ちをしたいと・・・・」
「ああ・・・あの男か。断る」
「うん?何だ?フレイスよ、決闘から逃げるのか?」
「人聞きが悪いです父上。相手をする必要が無いという意味です。ミシェルはハッキリ言って弱い。戦わずとも勝敗は分かりきっています」
「そうなのか?ロルグ?」
「は・・・フレイス様でしたら、百回戦って百回勝利するでしょう。ミシェル様には失礼ですが、フレイス様の練習相手にもならないでしょう」
「そうか・・・・・」
「そういうわけだ、父上。この決闘は断ろうと思う。爺、ミシェル殿には暫く都合が付かないとお伝えしてくれ」
「かしこまりました」
「____待て」
「は・・・」
「・・・父上?」
「フレイス、やはりその決闘を受けよ」
「え?・・何故ですか?」
「ミシェルがフレイスより技量が低いというのは理解した。だが、戦いの勝敗とは常に強者が勝つとは限らないだろう?ならば、やってみないとな」
「仰っている事は分かりますが・・・・」
「大体にしてお前は大陸最強の騎士になるのだろう?そうなったら、お前より強い存在など、勇者か魔王くらいしか可能性が無いだろう」
「では、勇者か魔王と結婚すれば良いのでは?」
「______」
“勇者はともかく、魔王はダメだろう”____と、ロルグは心の中でツッコんだ。
「確かに、それでもいい____」
「______」
“いいわけないだろう”____と、ロルグは心の中でツッコんだ。
「だがそれだと、子を残せるか分からないではないか。魔王は勿論、勇者も男とは限らんしな」
「むう・・・子を産めないのは困ります」
「そうだろう?フレイスよ、お前は“最強”となれるだろうが、“無敵”にはならんだろう。だから、いつか必ずお前に敗北を味合わせる者が現れるはずだ」
「そうでしょうか?」
「そうだとも。この武の名門ゴリアンテ家に生まれた運命を考えれば、お前と運命で繋がっている男は、武勇でお前に劣るとも、必ず生き延びてお前に勝利する男だろう。だからミシェルと決闘せよ。ミシェルが運命の男なら、お前より弱くとも必ずお前に勝利する」
「は・・・分かりました______」
この時のフレイスには、ボルディンの言っている内容にも、何故それをそんなに自信をもって断言できるのかも分からなかった。
実際にミシェルとの決闘ではフレイスが圧勝したので尚更だった。
だが、自分が最強となるなら、自分より強い者を伴侶とする____というのは確かに矛盾するなと思って、その事だけは頭の隅に閉まっておいた。
そして数年後、ドネレイム帝国との大戦で父の言っていた事は本当だった分かり、オーマ・ロブレムを運命の人として見るようになったのだった______。
「最強たるこの私に勝利した男オーマ・ロブレム。伴侶とするに最も相応しかろう?」
「・・・ボルディン様が仰っていた通りだと?」
「そうだ」
「むう・・・そういう事でしたか、それで・・・その・・“愛する人”と・・・」
「?」
ロルグ・・・と言うよりラヴィーネ・リッターオルデンの幹部たちは、フレイスがオーマのことを“愛する人”とか“運命の人”と言っていたのは、てっきりライバル関係を比喩した表現なのだと思っていた。
フレイスには何と言うか、“そういう気”が有るのだ・・・。
気取って詩的な表現を好むというか・・・悦に入った言い回しが好きと言うか・・・自分を物語の主人公の様に扱うというか・・・そう、子供の頃の“ごっこ遊び”をしているというか・・・。
もっと可哀想な言い方____いや、もっとちゃんとした言い方をすれば_____
「ただ悦に入って詩的な言い回しをしていただけではなかったのですね・・・」
「ちょ!?なんて事を仰いますのミューラー!?フレイス様を“中二病”だなんて!!」
「言ってません。コレル」
「いいではないですか!フレイス様のそういう“イタい”所も可愛らしいのですから!!」
「だから言ってません。コレル」
「ちょっとくらい抜けていた方が、愛嬌が有るではないですか!!」
「だから言ってねーーって!!」
「_____!!」
「_____ッ!」
向こうでコレルとミューラーがよく分からない言い争いを始めた頃、オーマ達もようやくフレイスの“夫”発言を呑み込めていた。
「副長、どうやらフレイスは本当に本気で惚れてくれているみたいだな」
「そうみたいね。以前の戦いで恨んでいるのかと思っていたけど、逆に自分の伴侶に相応しいって認めてくれていたのね」
「つまり・・・フレイスは攻略済み?」
「そういう事になるかしら・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「「うっしゃーーーー!!」」
「こ、今度は何だ?」
サンダーラッツ一同は、盛大に声を上げた。
勇者ろうらく作戦遂行において、最大にして最難関と思われていたフレイスが既にオーマにホレていると分かったのだ。テンションも上がろうというものだ。
何よりこれで戦わなくて済むのかと思うと、首の皮一枚つながったと心の底から安堵していた。
「フレイス!俺達の事情は分かっているのだろう!?」
「ん?・・ああ、反乱計画のことか?」
「そうだ!頼む!力を貸してくれ!」
「構わないぞ」
「「おおっ!?」」
「再び私に勝てたらな」
「「___________」」
首の皮一枚つながっていなかった_____。
「な、なんでだよ・・・・」
「確かにお前は私に勝った。だが私も生き残り、以前より強くなってお前と巡り合った。だからもう一度確かめたいのだ」
「ふざけんな!!」
「一回勝ったじゃない!認めなさいよ!!」
「そうだ!そうだ!」
「ぬか喜びさせやがって!」
「チートな上に、意地悪です!」
「「意地悪!意地悪!意地悪!意地悪!いじ_____」」
「____うるさーーーーーーーーい!!それはもういい!!」
サンダーラッツが再び逆ギレからヤケクソの抗議活動を開始したが、フレイスが即行で黙らせた。
「ハァハァ・・・とにかく!オーマよ!今ここで私の愛の告白と必殺の一撃を受けてもらおう!!」
「何故に必殺!?」
「私の運命の男は、たとえ私より弱くとも私に敗北することは無い。ならば、私の渾身の一撃を受けても生き延びるはずだ!」
「無茶苦茶だな!?」
「そんな事ない!理にかなっているだろう!」
「死んだらどうするんだよ!?」
「その時はその時だ。お前は私の運命の男ではなかったという事だ」
「理不尽!!」
「戦とはそうだろう?国を背負って殺し合った仲じゃないか、今更だろう」
「そんな事ない!」
「いや、有る!!さあ!我が愛する人よ!我が必殺の一撃を受けよ!必ず殺す!!生き残ったら結婚しよう!!」
「もう、何処からツッコめばいいのか分かんねーなーーー!!?」
「ロルグ、ミューラー、コレル!牽制だ!」
「ハッ!」
「りょ、了解です!」
「かしこまりました!こうなればヤケクソですわ!」
三人はいまだ事情を飲み込めていない(特にコレル)が、それでもフレイスの号令が飛ぶと体が反応して、魔法術式を展開していた。
「ミューラー!」
「はい!ロルグ様!」
フレイスの“牽制”の一言で、三人は直ぐに自分達が何をすべきか把握していた。
ロルグとミューラーは炎属性の連結魔法で、サンダーラッツ一同の手前(怪我人の勇者候補と手当てと護衛をしているロジ・イワナミは無視)に炎の壁を作り出す。
「アクア・マグナム!」
そしてコレルは、自身の特技である散弾式の水属性魔法砲撃を一番厄介なサレンに向けて発射した。
「「ッ!」」
_____ボジュゥウウウ!
もちろんサンダーラッツとサレンは、一瞬でこれに対応してみせる。
だがフレイスの技量なら、この一瞬で十分だった。
「もらった!」
「うぉおおおおおお!?」
難なくオーマの懐に入り込んだフレイスは、絶対零度の刃で渾身の一撃を撃ち放った_____。




