ビルゲイン
サンダーラッツが解散し、少し時間が経った夕暮れ___。
市場などでも店が店仕舞いを始め、夜の店が開店し始める。
オーマ達遠征軍の宿舎に行く通りのレムザン通りも、いつものように妖しく光を灯しだす。
店の前に娼婦、男娼が姿を見せ、獲物を狙う淫魔のように、通りを歩く人に視線を送る。
いつもなら、その淫魔たちと同じ様に姿を見せ獲物を誘惑するリデルだが、今日は現れていなかった。
リデルは自分の店である“昏酔の魔女”で、オーナーのボロスと二人、VIPルーム(声が絶対漏れないように、魔法が付与された特別なプレイルーム)に居た。
部屋の灯りは点いておらず、窓から月明かりが差し込む位置から少しズレた位置にリデルは座っている。
そのため、リデルの表情は分からず、分かるのはそのシルエットだけだった。
だた、そのシルエットはいつものリデルとは違い、頭部にヤギの角のような形の影ができていた。
そして、座っているリデルに対し、オーナーのボロスがドアを背に直立して、報告書を読み上げていた。
「___です。その後、サンダーラッツの演習が実施された場所を調査した結果、怪しいところはありませんでした。ですが、そこから帝都の街へ戻る途中の森で、戦闘跡を確認しました。強力な酸のような魔法で地面が溶解した跡や、森の木々のてっぺんまで炎が燃え広がった跡がありました」
「酸のような魔法?」
「“アシッド・バブル・ストーン”です。シルバーシュ残党のザイールの所に流出していたのを確認できました」
「ああ・・アレね。そんなところに流れていたの・・・」
疑問を投げかけるも、ボロスの返答に対して関心を持つ様子が無いリデル。
その声は、いつもの色気は残るものの、明らかにいつもの幼さは無く大人びている。
「それより、肝心なのはもう一つの痕跡ね。サンダーラッツに、そこまでの火力を出せる炎属性の魔導士っていないわよね?」
「はい、サンダーラッツで最も炎属性の信仰魔法に長けた者はクシナ・センリですが、あんな痕跡を残せる程ではありません」
「シルバーシュ残党側には?」
「おりません」
「ってことはジェネリーね・・・フン、やっぱりオーマに下りた命令は勇者絡みね。恐らく、私達と同じように“魔王様”の誕生が近い事を知ったのね・・・。きっと、カスミの占いでしょうね。それで知って、大陸の負の力を観測してみて分かったんだわ」
「当たりますね、彼女の占いは・・・」
やり切れないような、信じられないような、溜め息混じりの口調でボロスは吐き捨てる。
「それはそうよ。RANK4(精神)の魔法で、自分の意識を天界とリンクさせて“本物の神”の御告げを聞いているのよ?神の言葉の解読に数年掛かるとはいっても破格の能力よ」
「厄介ですね」
「ええ・・・魔王大戦の後、帝国に潜入した時に殺しておくべきだったわ」
リデルは、カスミと自分の発した“魔王大戦”という言葉に、苛立ちを見せた。
「彼女が勇者ということは?」
「あるわけないでしょ、あの程度で。神の言葉を解読する必要すらなく、直ぐに理解できるなら可能性あるけど」
リデルの少し苛立った口調にボロスは背筋を凍らせて、失言だったと後悔し報告に戻る。
「ジェネリーが加わった後も、オーマは作戦を継続中のようです」
「勇者の素質が有りそうな人間が複数人いる、ってことね・・・」
「その人間達の特定も、カスミでしょうか?」
「それは分からないわ。“神の御告げ”なら候補ではなく、本物の勇者一人を教えてくれるでしょうし、普通に調べたのかもね。平民のオーマにやらせているってことは、確証は無いんでしょう。でも、かなりの素質が有るのは確かなんだわ。ジェネリーも、今は大したことないけど、強くなるでしょうね」
「・・・殺しますか?仮に本物の勇者では無かったとしても、我々の弊害になります。」
「考えておく必要はあるはね、けど今はまだ軽率。私達の数はそう多くない。正体を見せるなら、魔王様が誕生なさるか、本物の勇者が覚醒前に誰か分かったときよ。そのときは、勇者が覚醒する前に全力で殺すわ」
「失礼かと思いますが、勝算はあるのですか?」
「仮にジェネリーだったら、今なら問題無いわね。他の候補者も多分大丈夫よ。もし勝ち目が無ければ正体を明かさず、監視と分析を続けるわ。魔王様が誕生されたら、その情報をお渡しするだけでも意味がある・・・・・前回の敗因だしね」
「・・・・・」
リデルは、前回の魔王大戦で魔王軍が敗北したのは情報不足だと思っている。
悪魔や魔獣の個々の力に頼り、相手の戦力をろくに調べもせず、味方同士が連携しなかった。
特に勇者に関しては、相手が魔王の能力をよく調べ上げていたのに対して、無策で迎え撃ってしまった。
魔王大戦敗北後から今日まで、リデルはこのことをずっと後悔し続けている。
それもあって、この“ビルゲイン”を作ったのだ。
ビルゲイン___。
その本当の正体は、前魔王大戦後に魔王軍幹部の一人だったリデルが、ボスとなって作った組織である。
前回の大戦で、魔王が勇者に討たれた後、魔王軍は統率を失い散り散りになった。
魔界に還った者、最後まで人間と戦った者、適当な住処を見つけ人目を避けて暮らす者など、魔族達のその後の行動は様々だった。
そんな中、敵(ドネレイム帝国)から、魔王が周期的に誕生している事実を知ったリデルは、次の魔王大戦に備えるべく、可能な限りの魔族を連れて、人間社会に潜り込んだのだった。
言うなれば、ビルゲインとは魔王軍の諜報機関である。
「では、今後もサンダーラッツを監視する必要がありますね。ですが、難しいですね。勇者絡みの任務なら第一貴族の目もあるでしょうし・・・」
「そうね、カラス兄弟辺りにやらせるかしら?現状ではアイツらが一番厄介だわ。個々の戦力だって、三大貴族やカスミは私の様な最上級魔族並みだし」
また、自分の発した、今度は“三大貴族”という言葉に苛立ちを見せる。
だが、今度の苛立ちは一瞬で不敵な笑み変わった。
「でも大丈夫。もう手は打ったから」
「と、仰いますと?」
「今日、街でちょっかい掛けてきたの・・・ジェネリーに嫉妬されちゃった♪オーマさん色男ね♪」
娼婦のリデルに戻って、悪戯っ子な笑みを浮かべ、ボロスにそう告げる。
その発言にボロスは少し困惑する。
「この通り以外で声を掛けたのですか?目立ち過ぎでは・・・」
「大丈夫よ。こういう時のために、空気の読めないぶりっ子を演じているんだから」
「はあ・・・そ、それで?」
「きっと、この店に来るわ。街中で絡むのは止めてくれーとか。しばらく店には来れないーとか言いにね♪」
「なるほど。店に来たら如何なさいますか?」
「街で絡まない代わりに、店に定期的に来るように説得(調教)するわ。そしたら、第一貴族の目を掻い潜って監視しなくても、探れるでしょう?」
「魔法を使うのですね?」
「ええ」
「では、オーマが来店したら、このVIPルームに迎えます」
「お願いね♪」
この店のVIPルームは、壁・床・天井に、声が漏れないようにできる防音の魔法が付与された特別なプレイルームではあるが、それだけではない。
本当は魔法阻害の魔法も付与されており、部屋の中でどんな魔法を使用しても、外からは探知できないようにもなっている。淫魔のリデルが魔法を使用する際に利用する部屋だ。
ちなみにリデルの魔法能力は帝国水準で、RANK4(精神)STAGE7(召喚)で、魔法研究機関ウーグスの所長のカスミとほぼ互角である。
また、部屋の調度品等にも魔法が付与されており、精神属性を扱うリデルの魔法の力を高める効果がある。
更に、“プレイ”に使う、オイルやローション等のプレイグッズもリデルが作った特注品で、相手の魔法を封じ、魔法抵抗力を弱めることができる。
これらにより、この部屋の中でならば、リデルはその精神魔法で相手の記憶の改ざんすら可能になる。
数十年の時と手間を掛けて作った、リデル専用の尋問&拷問部屋だった。
「あ~・・・本当はオーマとは、気兼ねなく楽しみたいんだけどねー」
「ずいぶん、あの者を気に入っておいでですね」
「あの子は波長も合うし、性も美味しいのよー」
「ここに来る客で、彼位の魔力を持つ者は少ないですしね」
「持ってても肉体が衰えているし・・・肉体の生命力と魔力が両立しているのは、あの子くらいなのよ」
一通り会議が終わり、話しが雑談になり始めた頃、部屋のドアが丁寧に三回ノックされた。
「どうぞ、入っていいわよ」
外に居る相手の気配で誰が来たか分かっているリデルは、声を娼婦に戻さず入室を許す。
案の定、入って来たのは店の者。人間の姿をした悪魔だった。
入って来た悪魔は、二人に恭しく礼をした。
「どうした?」
「はい、オーマ・ロブレム様がお越しくださり、リデル様をご指名です」
「早速ね、この部屋で迎える。準備するわ」
「分かりました。では、私が案内してまいります」
ボロスと店員が一礼して、退室していった。
「フフッ、楽しみぃ♪・・・今日は“頑張って”もらうわよ?オーマさん♪」
可愛く無邪気な声と表情だが、邪悪な気配を放ち、リデルは入念な準備に入るのだった。
これから、リデルとオーマの長い夜が始まる____。