フレイスの実力(4)
“もしも好きな能力を一つ手に入れられるとしたら、どんな能力がいい?”
こんな会話、誰でも一度はした事が有るのではないだろうか?
女子風呂を除きたいから、“透明に成れる能力”、とか____
自分の将来が気になるから、“未来が見える力”、とか____
好きな人の気持ちが知りたいから、“人の心が読める能力”、とか____
自身の何かしらの欲望を叶える能力と、その能力を使って自身の欲望を満たす姿を妄想した事は、誰にでも一度くらいは有るだろう・・・日常での何気ない雑談だ。
そして、こういう会話で必ずと言っていいほどの確率で出て来るのが、“時間を止める能力”だろう。
時を止める能力が有れば、その時の止まった世界で、
気になる相手を使って性欲を満たす____
完全犯罪でお金を稼ぐ____
嫌いな奴に復讐する____
____と、自身の欲望を満たしたいだけ満たせるだろう。
問答無用、説明不要のチート能力だ。
このファーディー大陸には、この理不尽の代表の様な能力を行使できる魔法属性がある_____。
それが“時空属性”_____。紺碧の魔法術式の正体だ。
氷属性か樹属性から派生する幻影属性からか、氷属性か雷属性から派生する重力属性から派生する事で届く属性で、帝国の基準において最高ランクのRANK4に位置する信仰魔法の最高峰だ。
今現在のファーディー大陸でも、これまで使用者が確認されていなかっただけでなく、過去の魔法の伝承を見ても、“歴代の魔王の一体がそれらしい魔法を使用した可能性が有る____”というくらいの記述しか残っておらず、ドネレイム帝国魔法研究機関『ウーグス』の所長カスミ・ゲツレイが、“神の予言”を使用して確認するまで、その存在すら疑われていた。RANK4の四属性(虚無・時空・精神・生命)の中で最も希少な属性だ。
この派生属性を扱える様になったフレイスは、時空魔法“ツァイト・ディカイン・ツァイト(時間ではない時間)”で時を止めて、ミクネを迎撃したのだった。
補足として、フレイスがオーマ達の目的を知るために使用した魔法、“レーベン・シュトローム”も同じく時空魔法で、対象のこれまでの時間の流れを見ることが出来る魔法だ。
つまり、“他人の過去が覗ける魔法”だったのである_____。
「ふむ・・強かったぞ、戦巫女。私に一対一でこの魔法を使わせたのは貴殿が初めてだ。苦戦したよ」
フレイス自身はこんな事を言っているが、ダメージは軽微、魔力もまだ余裕がある。
不死身の勇者ジェネリー・イヴ・ミシテイスを、魔力と属性の特徴を生かして圧倒した。
閃光の勇者レイン・ライフィードを、経験と体術で圧倒した。
烈震の勇者ヤトリ・ミクネを、時空魔法で圧倒した。
フレイスは、勇者候補三人をたった一人で余力を残して圧倒してしまった。
「あ、ああ・・・」
更には、静寂の勇者サレン・キャビル・レジョンに対しても、三人を圧倒する姿を見せた事で、“この人は自分より強い”と思わせ、その気迫で圧倒していた_____。
「な、何て奴・・・」
「嘘だろ・・・」
「あ・・・あははは・・・・」
「ヤバイ」
「むう・・・」
サンダーラッツの一同は、正に“開いた口が塞がらない”状態だった。
勇者候補を圧倒して見せたフレイスの姿からは、昔以上の無敵感が漂っており、サンダーラッツの一同は絶望感を抱いて、こう思ってしまった。
“この凍結の勇者フレイス・フリューゲル・ゴリアンテこそ、真の勇者だ”、と_____。
フレイスに絶望的な戦力差を見せつけられて立ち尽くしているサンダーラッツを、ラヴィーネ・リッターオルデンの幹部たちは追撃することなく(フレイスから指示が出ていないので)その姿を悠然と眺めていた。
「あ~~最高ですわ♪サンダーラッツの方々のあの顔!是非とも見てみたいと思っておりました♪」
「完全に呆気に取られていますね。まあ、フレイス様の今の力を目にすれば当然のリアクションですけどね」
「それだけでは無いだろう。あの新顔の者達がフレイス様に圧倒されたという事実にも驚いている様子。かなりの実力者だったからな」
「かなり・・・と言いますか、飛び抜けていましたよ。あのダークエルフの娘に限れば、どうやったのかは分かりませんが、フレイス様の能力を暴いていますし・・・」
「何だったのだろうな、あの虹色の魔法術式は・・・」
「ただの新人と言うわけではないのでしょうね。“勇者候補”なんて呼ばれておりましたから」
「“勇者候補”・・・この単語で意味も目的も凡そ見当がつくが_____フレイス様?」
「ん?ああ、そうだ。彼女たちは勇者に成れる可能性を秘めた者達だ。ドネレイム帝国は魔王誕生に備えて・・・と言うより、自国の体制を盤石にするために勇者に成れる可能性が有る者達を探し、自国に引き入れようとしている。オーマ達の特別任務がそれだ」
「なるほど。確かに今のドネレイム帝国にとって、魔王と勇者はココチア連邦以上の脅威でしょうね」
「むしろ、唯一の脅威と言い換えれますわ・・・フレイス様を除いて」
「でも何故この街に?」
「恐らく、この街の異常現象を起こしている者も勇者候補なのだろう」
「正解だ、ロルグ。ついでに言えば、この私もそうらしい」
「「おおっ!?」」
フレイスに勇者の可能性が有ると聞いて、ラヴィーネ・リッターオルデンの三人は目を見開いた。
「それはそれは・・・フレイス様、流石です」
「まあ、フレイス様なら当然でしょう。現に他の勇者候補を圧倒しているわけですから」
フレイスなら選ばれて当然、というリアクションを見せるロルグとミューラーだったが、その表情は緩んでおり、満更でもない様子だった。
ただ一人、コレルだけは納得がいかないのか、目を細めて不機嫌な態度を見せていた。
「・・・・・」
「む?・・コレル?」
「どうしたのです?」
「・・・納得いきませんわ・・・」
「うん?何故です?」
「フレイス様なら勇者候補に名前が上がるのは当然だと思うが?」
「・・・何故、“候補”なのですか?」
「は?」
「フレイス様は、“勇者候補”ではなく“勇者”であるべきですわ!!」
「あー・・・」
「そういう事か・・・」
コレルの発言で、二人はそういう事かと納得し、“また病気が始まるぞ”と、げんなりもした・・・。
ロルグもミューラーも、他のラヴィーネ・リッターオルデンの幹部たちもフレイスに心酔しており、心から忠誠を誓っているが、コレルのフレイスに対する忠誠心はそんなロルグ達から見ても病的だった。
「あの最高に強く、美しく、気高いフレイス様が候補止まりなんて有り得ませんわ!絶対に真の勇者です!!そう、フレイス様こそ、勇者として魔王から世界を吸う運命を背負われた方・・・敗戦し、国を亡くしてもなお気高く生き抜き、勇者として返り咲き、世界を手中に収める_____ガウハァッ!」
コレルは鼻血ブーした。
どうやら勇者となったフレイスの姿を妄想して、興奮を抑えられなくなった様だ・・・。
「まったく・・・」
「病気ですね・・・」
ロルグとミューラーの二人は、毎度のことながらドン引きだった。
「何ですの!?お二人共、ノリが悪いですわ!・・・それとも、フレイス様が勇者として相応しくないと?」
「そうは言いませんよ。私もフレイス様が本物の勇者なら喜ばしい限りですし、フレイス様ならその可能性は十分に有ると思います。ただ____」
「うむ。ことは慎重でなくてはな。勇者候補はフレイス様お一人ではない」
「他の候補が何だというのです!現に三人ともフレイス様の足者にも及ばないではありませんか!」
「いや、候補がここに居る者達だけとは限りませんし・・・」
「それに、一人残ったあのダークエルフの娘は相当な実力者だ」
「ええ、ひょっとしたらフレイス様と同格かもしれません・・・」
「ッ!?そんなワケありませんわ!!殺しますわよミューラー!!あんな小娘がフレイス様と同格だなんて有り得ませんわ!!あんな小娘、私でも勝てます!何だったら今から____」
「____止めておけ、コレルよ。私達では無理だ。さすがに分かるだろう?フレイス様は簡単に圧倒していたが、あの四人は我々の手に負える相手ではない」
「そうです。それに、フレイス様は圧倒した“だけ”です。止めを刺していないという事は何かしら意味が有るのでしょう。フレイス様が“生かす”と判断しているのですから、無粋な真似は止めてください、コレル」
「____ぶぅ!!」
二人に言われて、頭に血を昇らせていたのは自分の方だと自覚したコレルだったが、気持ちは全然治まっていない様で、ほっぺを限界まで膨らませていた。
因みにだが、フレイスが勇者候補の三人を打倒しただけで命まで奪わなかったのは、言わずもがなオーマ達の作戦を把握しているからだ。
「それにしても・・・・勇者候補か。・・フフ♪私が勇者候補で、愛しの君が私を仲間に引き入れる任務を受けている・・・クックックッ♪必ずまた巡り合えるとは分かっていたが、何とも運命的だな・・・なあ?」
「・・・・・・・」
「ん?どうした?黙っていないで何とか言ってくれないか?運命の人よ。やはり私達は巡り合うべくして巡り合った____違うか?」
「フレイス・・・」
「うん?」
「フレイス・・・お前は・・・」
「何だ?運命の人よ?」
「フレイス、お前は_____」
この絶望的な状況の中、オーマはフレイスに思いの丈をぶちまけた_____。




