警戒すべき相手(後半)
会議が終わり、サンダーラッツ一同は、第一区画からいつもの第二区画に戻って来た。
すると、隊長隊は緊張から解放され、ようやく明るい表情を見せ始めた。
「んー!はぁー、あーしんどかったー、ここは空気が上手いぜー」
「空気はあまり変わらんだろう。だが、気持ちは分かる」
はっきり言えば、空気は貴族区画の方が良い。
広くて自然も多く、人も少なく、道も整備されていて土埃が少ないからだ。
だが、貴族区画に居るというプレッシャーと、慣れ親しんだ場所に戻ってきた解放感から、そんな言葉が出る。
「以前、団長が言ってましたが、第一区画は戦場より緊張するって本当でしたね」
「嫌な場所」
「でもすごいじゃないですか!第一区画は一般の方はもちろん、奥にある施設には第二貴族でも滅多に入れない場所です!皆さんが認められている証拠です!任務も頑張って行きましょう!」
帝国の事も貴族の事も良く思っていないジェネリーだが、サンダーラッツが認められているのが嬉しかったのか、やや興奮気味だった。
「やる気満々ですね、ジェネリー。正直以外です」
「うん。上からの命令は、もっと嫌がるかと思ってた」
「まあ、正直思うところは有りますが、魔王に関する案件なら、そんなこと言ってはいられません!魔王は全人類の敵!魔王対策は全人類の課題ですから!人類を救うと言ってもいい重大な任務を任されて光栄です!!」
ジェネリーのやる気がビカー!っと光る。
「うわっ!眩しい!眩しいよ!ジェネリーちゃん!」
「まさに騎士の鏡だな・・・少し同情してしまうが」
「あんな風に思っていた時期がボク達にもありましたねぇ」
「こんな性格じゃあ利用され放題」
「そうですねぇ、叶うなら、このまま真っ直ぐに成長してほしいものです」
「どうしたのですか?皆さん」
解放的になっていた時から一転し、テンションの低い隊長達に、ジェネリーは不思議そうに小首をかしげた。
「何でもない」
「ジェネリーさんの前向きな姿勢を見て、見習うべきだと思ったんですよ」
「そうだぜ!俺達もジェネリーちゃんを見習って、魔王から人類を救うんだ!やろうぜ!ジェネリーちゃん!」
「ハイッ!!」
「調子のいい・・・」
「フランが人類を救うぅ?」
「はは・・フラン、さすがに胡散臭いよ」
「フラン臭いよ」
「俺は臭くねーだろ!?」
「「はははははっ」」
ジェネリーと隊長達の会話が弾む。
その後ろでオーマとヴァリネスが、皆から少し離れて歩いている。
二人は皆と違い、研究所に居た時はわりと普通だったのに、今は二人とも考え込んでいてテンションが低い。
二人は長い付き合いで、お互い同じ事を考えていると分かっていたため、顔を見合わせるでもなく会話を始めた。
「思ったより話しが短かったな」
「ええ。てっきり使者の護衛か何かで、一緒に行動することになると思っていたから、もっと細かい打ち合わせがあると思っていたわ」
「プロトスを攻略できればレインが、レインを攻略できればプロトスが攻略できる。そう思っていたから、両方と接点があれば、やりやすい方から攻められると思っていたんだが」
「特に団長は若い女の子より、真面目な領主の方がやり易いもんね」
「後ヤバイのが、俺達がレインを落とす前にマサノリがプロトスを落としてしまったら、プロトスと接点を持つ機会が無くなる可能性が有る」
「先にプロトスを落とされたら、こっちがレインの攻略を終え次第帰還、ってことになるかもね」
「さらにヤバイのが、マサノリがプロトスを先に落としたら、プロトスを通じてマサノリがレインを落とすかもしれないって事だ」
自分の頭の中に無かった意見なのか、ヴァリネスは疑問の表情でオーマの顔を覗いた。
「勇者候補の口説き役は団長じゃなきゃいけないんでしょ?」
「基本そうだが、今回は俺でなくてもいいだろ?奴らが俺を指名したのは、奴らが勇者を利用する理由を作るためだ。マサノリ自身が籠絡できれば必要無いし、仮にできなくても、レインなら俺の代わりにプロトスが生贄に成れる」
「じゃー何?私達が先にレインを口説かないといけないってこと?」
「そういうことだ」
「協力というより競争ね」
ヴァリネスはうんざりと言いたげな溜息を漏らす。
そのヴァリネスの顔を、今度はオーマが何かを言いたげに覗いている。
その視線と意図に気付いたヴァリネスは、“どうぞ”と顎をしゃくった。
「・・・わざとだと思うか?」
「何が?」
「わざと俺達が外交に関われないようにしたと思うか?」
「考え過ぎね。帝国の外交で平民を使うなんて普通に無いわ。今回の形が一番自然よ・・・でもわざとだと思うわ」
はっきり言い切ったヴァリネスに、オーマは少し驚いた。
「ほう?興味深いな、何故そう思う?」
「研究所の応接室に潜んでいた奴らよ。あの子達は気付いてなかったけど、団長は気付いていたでしょ?」
「ああ。誰だかは分からないが・・・でも」
「ええ、誰だか分からないからこそ、誰だか分る。私達が帝国の隠密部隊で正体が分からない相手は二人しかいない」
「十中八九、カラス兄弟だな」
オーマの答えにヴァリネスは目で同意する。
二人とも応接室に居た時から、その存在に気が付いていた。
そして、これで第一貴族が自分達を疑っていると、二人の中で確定した。
疑っていたからこそ、こちらの提案は拒否して、オーマ達を使者に加えなかったのだろう。
オーマは納得したが、ヴァリネスの話はそこで終わらなかった。
「で、何であの二人が居たと思う?」
「・・・単純に隠密能力だけで選んだワケじゃないのか?」
「単純に隠れて、聞き耳立てるだけなら他でいいじゃない。わざわざあの二人を使わないでしょ。最悪バレても第一区画の施設内じゃ、こっちは何もできないんだし」
「カラス兄弟じゃないといけない理由があった?」
「多分だけど・・・ねぇ団長?ウェイフィーも言っていたけど、何であの子達も呼ばれたのかしら?」
「それは俺も気になっていた。ジェネリーは呼ぶ予定だったが、アイツらを呼ぶ予定は無かったし、今日の打ち合わせの内容なら俺だけでいい」
「そうよ。一緒に行動するのでないのなら、マサノリがあの子達と会う必要無いもの」
「その事と、応接室に潜むのがカラス兄弟になる理由が関係するのか?」
「似非鴉が変装するため」
「!?」
「前からカラス兄弟の能力は疑問だったの。死屍鴉の盗聴と暗殺能力と、似非鴉の変装能力。特に似非鴉の能力はね」
「死屍鴉の盗聴能力は恐らく風属性、通信兵の延長上の能力って想像つくもんな。具体的には分からんが」
「ええ、でも似非鴉の能力は見当もつかない。体格、体臭、顔、声、性別の全てをマネるのよ?殆ど変身能力よ」
「属性も、RANKも、STAGEも分からんな」
「でもね?それほどの能力を使うのは、それなりの準備やリスクが必要だと思うの」
「リスク無しで一瞬では無理か?」
「分からないけど、あんな高度な魔法を一瞬でノーリスクで出来るなら勇者候補レベルよ」
「さすがにそれは無いか」
「だから、あの子達が呼ばれた理由って、今後のために似非鴉が変装できるようにして置く為じゃないか、って思ったのよ」
「今後のため・・・」
それが何を意味するのか、オーマには分かり過ぎるくらい分かることだった。
「私達を疑ったから手を打って来たのか・・・それとも最初からこうするつもりだったのか・・・」
「くそ。やはり、何とかしてプロトスと通じて置きたいな」
オーマは悲痛な表情で、絞り出すようにそう呟いた。
分かっていた事ではあるが、それでも自分が殺される計画が進行していると実感すると、死神に背後に立たれたようで悪寒が走り、顔が青くなる。
「どうしたんですか、団長!?」
オーマの様子に気付いたロジが心配そうに声を掛ける。
その声で他のメンバーも、オーマとヴァリネスの方を振り返った。
「どうしました?団長?」
「元気ない・・・」
「そういえば、研究所を出てから声を聞いていなかった」
「顔色悪いぜ、団長」
「大丈夫ですか!?オーマ団長!?」
オーマの様子を心配して、ジェネリーが駆け寄って来る____が、いきなり横から何かがオーマにぶつかって来てジェネリーの邪魔をした。
ぶつかってきた物体は柔らかく、オーマの横半身にフワフワな感触を伝えて来る。
さらにそこから、甘く淫靡な匂いがオーマの鼻孔に触れ、それが電流となって鼻から脳へ、脳から股間へと流れ、オーマを欲情させようとする。
オーマは一瞬興奮するも、この感触と匂いに覚えがあったので、何とか理性を保つ。
そして、その物体と顔を見合せた。
「オーマさん、みーっけ♪」
その声は明るく、幼さを感じさせながらも色気がある。
その声と顔で答え合わせできたオーマは、その子の肩を掴んで体を離した。
「何だ、リデル。こんな街中で」
「あー!何だってヒドイ!オーマさん見つけて嬉しかったからですよぉ!ずーーっと心配してたんだから!」
「し、心配?」
「そう!オーマさん、せっかく帝都に戻ってきたのに全然私に会いに来てくれないんだもん。心配だったし、淋しくってぇ」
「・・・心配なのは店の売り上げでは?」
「あ、ああ・・・それはスマナイ」
ボソッと呟いたイワナミの言葉にオーマも半分同意だったが、リデルのキャラと色気に押されて謝ってしまうのだった。
「____オーマ団長。その方は誰ですか?」
ジェネリーが冷淡な目つきと口調でそう言い放つ_____。
すると、ピキィ!という音が鳴り響き、その場が凍り付いた。
((あ、何かヤバイ・・・))
サンダーラッツ全員の心の中で警報が鳴る。そして誰も声を出さない・・・出せない。
オーマも同じだったが、質問されているので、そうもいかない。
無視したかったが、ジェネリーの雰囲気がそれを許さない。
「え、えーと・・あの、か、彼女はなぁ・・その、何と言うか、そう!お、俺がよく行く店の店員でー・・・」
自分でも何を言っているのか意味が分からない。
さっきの悪寒とは比べ物にならないほど、顔を青くして、誰かに助けを求めたくなった。
こんなときは、いつもヴァリネスだった。
オーマはヴァリネスに哀願の目を送ると、ヴァリネスからいつもの、モールス信号式のアイコンタクトが送られてくる。
(バカッ!!“よく行く”とか言うな!)
「あ!ああ、そうだな。違うんだ。“よく行く”というのは語弊があって___」
「“よく行く”お店の方ですか。どんなお店なんですか?」
「ヒッ」
ジェネリーにピシャリと言い切られ、オーマの心臓を跳ね上がり、小さい悲鳴が上がる。
そして、凍った空気に、更なる圧力が掛かった。
サンダーラッツのメンバー全員が、その重く冷たい空気に冷汗を流す。
その空気からオーマを救いに入って来たのは、リデルだった。
「ちょっと何なんですか~?オーマさん、この感じの悪い人誰なんです?サンダーラッツの団員にこんな人いませんよね?兵装だって違うしー」
___救いに来たのではなく、爆弾を落としに来たの間違いだった。
オーマは心底勘弁してほしいと思いながら、精一杯取り繕い必死に抵抗した。
「ああ、彼女は新人だよ。服が違うのは彼女が第二貴族だからで・・」
「第二貴族ぅ?・・ああ!少し前に噂になった(というより、噂した)方ですね。初めまして、オーマさんの恋人のリデルです♪」
「ブゥウウウ!!」
更なるリデルの爆弾は、しっかりとオーマに着弾した。
「こ、恋人ぉお?」
聞いたことないジェネリーのヤンキー口調と目つきには、怒気だけじゃなく殺気も込められていた。
((いらん事を言うなっ!!))
サンダーラッツのメンバーは、そのジェネリーの殺気に、更に冷たい汗を流し顔を引きつらせる。
オーマは泣きそうな顔で、ヴァリネスに信号を送る。
(副長ぉ!どうしたらいい!?)
(わ、私だって分からないわよ!)
ヴァリネスも助けたい気持ちは有るものの、良い案が浮かばず焦る。
(た、助けてくれ・・・正直恐い)
(わ、分かっているわよ。私だって、こんな空気は耐えられない・・・)
覚醒したジェネリーの魔力を間近で見ている二人の恐怖は、他のメンバー以上だった。
あのチート能力が自分達に向けられることを想像すると、第一貴族より恐ろしい。
だが、恐怖すればするほど、いい案は浮かばないもので、団長と副長二人そろって半泣きになる。
それに助け船を出したのはクシナだった。
「ふー・・恋人じゃないでしょ?リデル。ジェネリー、彼女はリデル。私達がよく行くレムザン通りにある“昏酔の魔女”という店の娼婦ですよ」
「えへへ、そうでーす♪オーマさんの一夜の恋人、リデルでーす♪」
「娼婦・・・・」
ジェネリーは据わった目でリデルを睨んだ後、その視線をオーマにスライドさせる。
ジトーッという効果音が聞こえそうなジェネリーの目線が、オーマの心臓に蛇の様に絡みつき、締め上げる。
「オーマさんって、そういうの好きなんですね・・・不潔です」
「グフッ!!」
オーマは血反吐を吐くほどのダメージを受けた。
「あー!失礼!私、不潔じゃないもん!」
「いえ、不潔です」
「ひっどーーい!」
冷淡なジェネリーの物言いに、リデルはプンスカとアザト可愛く怒っている。
(あちゃー、やっぱジェネリーはこの手のことには抵抗があったのねぇ。予想してたから、フラン以上に会わせたくなかったのに)
ヴァリネスはどうしたものかと考え込んでしまう。
その代わり、尚もクシナがフォローに入っていく。
「そんな言い方は失礼ですよ、ジェネリー」
「で、ですが・・・」
クシナは真剣な表情でジェネリーに迫った。
ジェネリーが怖くないわけではないだろうが、団長や副長に対してもそうであるように、自分より強い相手にでも自分の意見を言うのがクシナの気質だった。
そういった意味で、サンダーラッツで一番肝が据わっているのはクシナかもしれない。
クシナに迫られ、今度はジェネリーがたじろいだ。
「貴族のあなたが、こういった事情を知らないわけないですよね?」
「えっ?」
「世の中の“仕組み”というものを、です」
「うっ・・・」
クシナの言うことは図星だった。
ジェネリーは知っている。軍人のこういう面や、娼婦が身を売る事情など、元はシルバーシュの支配階級だったジェネリーが学んでいないわけなかった。
「で、でも・・・その、クシナ隊長は平気なのですか?副長はともかく、クシナ隊長も私と一緒で、こういうのは受け付けない人だと思っていました」
「えっ?ちょ、私はともかくって!私って、どういう風に思われているの!?」
「人間観察鋭いな、ジェネリーちゃん。短い時間でよく副長を理解している」
「フラン!?」
「別に普通。副長は欲望ダダ漏れだし」
「ちょ!?ウェイフィーまで!?・・・・何このとばっちり・・・」
とばっちりの副長には同情するが、クシナが説得中なので、オーマは黙っている。
「まあ、正直、抵抗はありますね。副長と違って」
「まだイジられるの!?私!?」
「ふ、副長、落ち着いてください・・・」
「えーん、ロジくーん」
「・・・・そういうところな」
ロジに甘えて、ちゃっかりいい思いをする副長に、同情した事を後悔して蹴り飛ばしたくなったが、クシナが説得中なので、やっぱりオーマは黙り続ける。
「前に演習で言ったじゃないですか、“いつ死んでもおかしくない状況で自分を抑えすぎるのも”と」
「・・・」
「まして、本心じゃないなら尚更です」
「え・・・」
「「えっ!?」」
クシナの発言に一同、驚く。
「そこまで抵抗が有るわけじゃないですよね?」
「う・・・」
「ただ、団長には、こういう事をしててほしくはなかったのでしょう?」
「ちょ!?クシナ隊長!?」
クシナに更に図星をつかれ、ジェネリーは慌ててしまう。
「あー」
「なるほど」
「そういう・・・」
「ふーん」
「あー、なるほどぉ、オーマさんに惚れてたんですねぇ。じゃーお邪魔でしたか?」
「ち、ちが・・・」
「第二貴族がなんでサンダーラッツに、って思ってましたけどー・・・へ~~」
「貴様!!いい加減に!___」
「ハイハイ、そこまでよ!」
からかわれて恥ずかしさが限界に達したジェネリーは、リデルに食って掛かろうとしたが、ヴァリネスがパンパンと手を叩いて、それを制した。
「もうやめなさい、ジェネリー。リデルも、そのくらいにして。客の連れをからかうなんて趣味悪いわよ」
「う・・・」
「ヴァリネスさんに言われちゃしょうがないですねぇ。じゃー、ばつが悪いので私は行きます」
「私も今日は帰らせていただきます。問題無いですよね?」
「ええ、問題無いわ。二人とも、またね」
「またなー」
「さようなら」
「バイバイ」
「オーマさん、ちゃんとお店に来てくださいねー。必ずですよ~。それじゃあね~♪」
「・・・・・」
オーマは再びジェネリーにジト目で睨まれる。
「ハハハ・・・」
オーマは生返事しかできず、手だけ振って二人を見送った。
二人の姿が見えなくなった後、メンバー全員の溜息がこぼれた。
「いやー、死ぬかと思ったわー。正直、カスミ所長やマサノリ総督より恐かったぜ」
「団長と“一生の別れ”になると思った」
「すごい殺気でしたね」
「ああ、まったくだ。クシナ、助かった」
「お安い御用です」
「でも、よくジェネリーが本心じゃないって分かったな」
「え?ええ、まあ、それは“女の感”ってやつです・・・」
少し気まずそうなクシナの様子に気付かず、オーマはただ感心する。
「ほー、大したもんだ」
「えー・・・」
「いや~~」
「どう考えても・・・」
「ねぇ?」
オーマ以外のメンバーは、クシナがジェネリーの本心が分かったのは“同じ気持ちだから”だと気付いていた。
「クシナ・・・」
「ウェイフィー・・・」
「今日は飲もう?」
「・・・・はい」
「あ!俺も行くー♪」
「ボクも行きます」
「今日は肝が冷える事ばかりだった。愚痴大会といこう」
クシナの複雑な心境を察して、隊長達はクシナを労わるのだった。
「はー、今日は本当に疲れたわ」
「まったくだ」
貴族区画の出入り、マサノリ達と打ち合わせ、カラス兄弟の監視、リデルの乱入、ジェネリーの怒りと、今日一日の間に色んな事が起きて、オーマの心労は限界にきていた。
(これじゃ、遠征軍として戦場に出た方がマシだ・・・)
またオーマの心が折れそうになるが、すでに後には引けない。
オーマは残り少ない気力で、ヴァリネスに相談を持ちかけた。
「なあ、副長、ジェネリーとリデルのことどうしよう?」
「どうって?」
「いや、上手く言えないんだけど、このままじゃ良くないと思って・・・」
「まあ、言いたいことは分かるわ。私に任せなさい。私は皆と飲みに行かず、ジェネリーの所に差し入れでも持って行くわ。上手くフォローしとく」
ヴァリネスは胸に拳を当てて、“ドンと来い!”とドヤ顔をして見せた。
瀕死のオーマにはメチャメチャかっこよく映った。
「おお!さすが、助かる!」
「ふふーん♪感謝しなさい♪」
「そりゃーもう!」
「・・・ついでに、第二貴族にイイ男がいないか見てくる」
「・・・・・」
「いや、何でもないわ」
しっかりとダダ漏れたヴァリネスの欲望を聞いたオーマだったが、今は何も言わないことにした。
「そ、それでリデルは?」
「リデルがどーかしたの?」
「い、いや彼女もあのままってワケには・・・」
「何?リデルもハーレムに入れたいの?」
「そ、そんなんじゃねーよ!」
「どもった」
気が付けば、飲みに行くと騒いでいた隊長達も会話に入っていた。
「い、いや、本当だウェイフィー。俺が言いたいのは、また街中であんな風に絡まれたら困るってことだ」
「まあ、そうね。あの様子だと店に行かないと、また絡んできそうよね」
「そ、そうなったら、やばいよな?」
さっきの修羅場を思い出し、フランは震えだす。
「今後仲間になる子の中にも、そういう事への免疫が無い子も居そうですもんね、勇者候補なら」
「もう街中では声は掛けないよう、伝えるしかないのでは?」
「だ、大丈夫か?もし、バレたら・・・」
「フランさっきから気にしすぎ」
「い、いや、恐いんだよ。見ただろ?さっきのジェネリーちゃん」
「二度とあんなトラブルは御免だな」
メンバー全員、さっきのジェネリーを思い出し、血の気が引いていく。
歴戦の猛者であるサンダーラッツが、軍学校出たての新人にビビるのは何とも情けないが仕方がなかった。
「どうする?副長?」
「うん、団長、やっぱり店に行ってきなさい。街中では声をかけないよう、リデルを説得してきて」
「ふう、それしかないか・・・・」
「じゃあ、決まりね。私はジェネリーの所、団長はリデルの所、後のメンバーはクシナのケアよ」
「「了解」」
「・・・なんでクシナのケア?・・・まあ、いいか。では解散!」
ヴァリネスの指示とオーマの号令で、サンダーラッツは別れた。
クシナを連れて飲みに行くメンバーは、クシナを励ましながら、飲みに行く店の相談を始める。
ウェイフィーだけは話しに加わらず、リデルの店に向かうオーマの背中を眺めていた。
「でも、何でリデルは団長に声を掛けたんだろ?普段はしないのに・・・それだけ団長が好き(金づるとして)なのかな・・・」
通常、ああいった店の子は、店の前以外では声をかけない。陽が落ちる前なら尚更だ。
声を掛けて、ばったり恋人や妻子などと鉢合わせたら、店にとっても損にしかならない。
リデルはオーマが独身であることも知っているし、ジェネリー以外のメンバーとは顔見知りなので、声をかけても大丈夫ではある。
だがそれでも、今まで日が出ている時に声を掛けてきたことは無かった。
「声をかけても大丈夫だと思ったら、ジェネリーが居ただけかな?それとも・・・」
____何か別の理由でもあるのだろうか?
ウェイフィーの感が警報を鳴らしており、ウェイフィー自身もその感を信じているのだが、その理由にどうしても行きつかない。
(やっぱり気にし過ぎかな・・・でも)
「おい!ウェイフィー!何やってんだ?」
「お店決まりましたよー!」
気が付けばゆっくり歩いていたらしく、メンバーよりだいぶ離れていた。
「あー、ゴメン」
ウェイフィーは考えるのを辞め、小走りでメンバーに合流し、街中へと消えて行った___。