動き出す凍結の勇者(後半)
「ふぅ・・・」
最上級魔法を放って一帯を凍らせたフレイスは、一呼吸入れて両手に持った武器をしまう。
それが訓練終了の合図となり、フレイスの殺気が消え周囲の温度が戻る。
フレイスが訓練を終えたのを見て、アーグレイはラヴィーネ・リッターオルデンの隊長達と共にフレイスの下へと歩み寄る。
「お疲れ様です。フレイス様」
「ああ、アーグレイ。それに皆も・・お疲れ。全員揃ってどうしたのだ?」
「はい。連邦評議会で我らラヴィーネ・リッターオルデンに通達が出たのでお伝えに来たのですが、皆も集めた方が手間が省けると思いまして・・・」
「ほう?では・・・」
アーグレイの会話の言い回しで通達内容を察したフレイスは、獰猛な笑みを見せる。
アーグレイも、フレイスのその闘争心剥き出しの笑みに釣られて、ニッと白い歯を見せてから連邦評議会からの通達内容を口にした。
「出撃命令です、フレイス様。後のドネレイム帝国との戦いに向けて、ボンジア公国と共にスラルバンを攻略せよとのことです」
「我々だけでか?」
「必要とあらばココチアからも兵を出すと言っております」
「そうか、結構」
フレイスはそれを聞いて安堵の様子を見せる。
別にラヴィーネ・リッターオルデン(約1500人)だけでも、ボンジアと連携すればスラルバンくらいなら攻略する自信は有るが、それなりに被害は出るだろう。
だが、あくまでフレイス達の標的はドネレイム帝国だ。その前段階で兵の数は減らしたくはない。
バークランドはもう亡くなっていて、同郷の兵士の補充はもうできないのだから、好戦的な性格のフレイスでも慎重に成らざるを得なかった。
「スラルバン如き大したことは無いが、兵を無駄にはできないからな」
フレイスの心内と同じ言葉を口にしたのは、2メートルにまで達する長身で細身の体格を持ち、金色のサラサラした髪を背中まで垂らしている男、サスゴット・ヴィーデルだ。
ラヴィーネ・リッターオルデン5番隊、疾風槍隊の隊長だ。
疾風槍隊は隊員が風属性で統一されており、ハチェット(手斧)とジャベリン(投げ槍)に風魔法を加えて扱い、近距離と中距離での戦いを得意とする遊撃隊だ。
「フンッ!スラルバンとの戦いで死ぬようなバカはいないだろうよ?サスゴット」
鼻を鳴らして自信満々に自軍の兵士の自慢をするのは、188センチメートルとサスゴットより頭一つ小さいものの、横はサスゴットの倍の広さがあり、縦の厚みもある巨体を持つアデリナ・ヴォルフという女性だ。
ラヴィーネ・リッターオルデン4番隊、砂壁盾隊の隊長を務めている。
砂壁盾隊は重厚な鎧を身に纏い、両手に盾を持つ超守備型の歩兵隊だ。
全員が土属性で、特に砂魔法を巧みに扱い、柔軟な戦法でどんな戦場でも味方の盾と成る。
「アデリナ姉さん、自信が有るのは結構だけど今からはしゃぎ過ぎだよ。まだスラルバンの情報すら集めていないのにさ」
出撃命令が出てフレイスを含む皆が闘志をむき出しにしている中で、ただ一人落ち着いた様子を見せる男がいる。茶髪で左右の泣きホクロが特徴の美青年、ミューラー・ヘルグイネンだ。
ラヴィーネ・リッターオルデン3番隊、視暗弓隊の隊長を任されている。
視暗弓隊は、偵察、暗殺、工作を担当する斥候部隊だ。
魔法の属性は隊で統一されては無く、小隊ごとに決めていて、基本四属性全てをカバーしているため、幅広い戦術を持っている。
隊で属性を統一していない代わりに、兵士は精鋭が選ばれているため、フレイスとアーグレイが指揮するラヴィーネ・リッターオルデンの一番隊、氷演武隊を除けば、一番の精鋭で構成されている。
「うるさいですよ、ミューラー。皆の盛り上がりに水を差さないでください」
「や・・で、でもコレルさん」
「黙りなさい。私達は今まで遊んでいた訳ではありません。故郷を失っても腐る事なく、心身ともに来るべき日のために磨いてきたのです。今すぐにだってドネレイムと戦うことだってできます。スラルバン軍なぞ私達だけで殲滅できます・・・フレイス様、さっさとぶっ殺しに行きましょう」
「「おー・・・」」
水色の長髪を真ん中分けした女性が、過激な発言をして全員をドン引きさせた。
ミューラーと同じくらいの年頃、ラヴィーネ・リッターオルデンの幹部の中で一番若く、体格も一番小柄だ。
それに加えて童顔なのもあって、一見するとこの中で一番大人しく見える。だが実際は超好戦的な性格をしており、今もこの中で一番殺気立っている。
この女性の名は、コレル・ヘンデルス・フィルソマー。
フレイスと同じバークランド貴族の家柄ながら、フレイスに憧れてラヴィーネ・リッターオルデンに自ら志願した女性だ。
入団してからは、その性格とフレイスと同じ氷属性の魔法を扱える様になる才覚に恵まれたのもあって、ラヴィーネ・リッターオルデン6番隊、水突弾隊の隊長となるまでの騎士となった。
水突弾隊はその名前のイメージ通り、水属性で統一された砲撃隊だ。
冬になれば簡単に氷点下に達するリジェース地方では、水も外気で簡単に凍るため、水魔法の放出技術(STAGE4)を持っていると、戦場の各場面で様々な戦い方が出来る。
例えば、威力が無くても敵部隊に水を掛けただけでも、直ぐに水が凍ってしまうため敵部隊を消耗させる事ができたりするので、バークランド帝国では砲撃隊は水属性が主流だった。
「フレイス様・・・我々は皆、ようやく廻って来たドネレイム帝国との戦を前に疼いている様子。どうかご指示を____」
丁寧な口調ながら並々ならぬ闘志を見せているのは、黒髪に長い髭を貯えている男。アーグレイより年を追っているように見えるが、実際はアーグレイより少し若く30半ばで、名はロルグ・シュナイダーという。
ラヴィーネ・リッターオルデン2番隊、聖炎刃隊の隊長だ。
聖炎刃隊は炎属性で統一された突撃隊だが、魔物・・・特にアンデッド対策のために浄化の技も備えた対魔族部隊でもある。
だからと言って、対人戦が他の部隊に比べて劣るのかと言うと、そんな事は決してない。
特に隊長のロルグは、フレイスが幼い頃にゴリアンテ家の当主から武術の稽古を任されるほどの武芸の達人で、個人の実力は、フレイスに次いでラヴィーネ・リッターオルデンで二番手だ。
そのロルグに鍛えられた聖炎刃隊の隊員は、皆が優れた武芸の技を持っている。
そして軍人キャリアの長いロルグに指揮されることによって、一糸乱れぬチームワークも発揮する。
「もちろんだ、ロルグよ。国を亡くして以降、残党として凍える日々を過ごして来た我らに、ようやく廻って来た春だ。我らの武勇で盛大に祝ってやろうじゃないか」
「では、早速ボンジアへ軍の受け入れ態勢を整えてもらうよう、人を送ります」
「よろしく頼むアーグレイ。それから、そのまま兵をまとめて直ぐにボンジアに向かってくれ」
「フレイス様は?」
「先にスラルバンのバージアに斥候として向かう。どうせボンジアも例の異常現象とやらで、現状を把握していないだろう。だからボンジアに行っても、“先ずは潜入部隊をバージアに送って___”となるはずだ」
「分かりました」
「アデリナとサスゴットの二人はアーグレイのサポートだ。兵をまとめてくれ」
「了解だよ。フレイス様」
「お任せを___」
「ロルグとミューラー、コレルの三人は、私と共にバージアに潜入するぞ」
「御意」
「了解です。フレイス様」
「何処までもお供致しますわ、フレイス様」
「それとミューラー、お前の部隊から四人一組の小隊を三つ編成しろ。連れて行く」
「分かりました。精鋭を集めておきます」
「よし・・・では皆!この戦いを抜ければ、ようやく我らの宿敵にして愛しの君であるドネレイム帝国との戦いだ!スラルバンとの児戯などさっさと済ませて愛しの君に会いに行こうじゃないか!」
「「____!!」」
フレイスの言葉で、今度はミューラーを含む全員が目を見開いた。
「ラヴィーネ・リッターオルデン出撃だ!!」
「「おう!!」」
打倒ドネレイム___。
一同の宿願である彼の宿敵との再開を目指して、ラヴィーネ・リッターオルデンの者達は、熱い闘志と凍れる殺気を纏って動き出すのだった____。




