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チート勇者ろうらく作戦  作者: 脆い一人
第五章:幻惑の勇者ろうらく作戦
255/380

動き出す凍結の勇者(前半)

 FD921年3月初旬、ココチア連邦の首都コースティア_____。

3月は冬の終わりを告げる時期だが、殆どの地域ではまだ身を切る寒さが続いている。

 そんな中、サウトリック地方の最南端に在るココチア連邦は違う。

ココチアの3月は、冬の乾季が終わり暑季になり、心地の良い温かさになる時期だ。


「ふぅ・・・鎧だと少し汗ばむな・・・」


 この男、アーグレイ・フォリス・フォルビッチは、そんなココチアの気候に慣れていない様子だ。

理由はアーグレイが北方のリジェース地方の出身で、この地域には来たばかりだからだろう。

アーグレイが身に纏っている鎧も、ミラージュ・パイソン・フィッシュというリジェース地方の川に生息している魔獣の鱗を使ったスケイルアーマーで、北方で造られているため熱さには向いていない。

 ミラージュ・パイソン・フィッシュの鱗は、鋼の様に硬く、光を反射していて、素早く動くと透明に見える特徴がある。

これを、北方の魔導職人が丹精込めて加工し、魔法の付与を施すことによって、気配を薄め、魔法による魔力探知を阻害する効果を持った一級品の魔導鎧となる。

この鎧は、かつて北方のリジェース地方で覇を唱えていたバークランド帝国の将校だけが着用を許されていた魔導鎧だ。

そう___。アーグレイ・フォリス・フォルビッチは、バークランド帝国軍第六師団、“ラヴィーネ・リッターオルデン(雪崩騎士団)”の副団長を務めている男だ。

 バークランド帝国が崩壊した後、しばらくの間は残党として野に下っていたが、ラヴィーネ・リッターオルデンの団長がココチア連邦からの誘いを受けた事によって、ここコースティアにやって来たのだ。


「それにしても広いな・・・毎回思うが不便じゃないのか?老体にはこたえるぞ・・・」


 アーグレイは今年で40歳になる。軍人としては年配だが、老人というわけではない。

だが、この都市の広さが、アーグレイにそんな老け込んだ愚痴をこぼさせる。

 極寒の地であるバークランド帝国では、少しでも寒さを防ぐため、風が吹き込まない様に建物が密集している。

広いスペースは出来るだけ農作物を育てるのに使いたいという理由もある。そのため、建物は民家でも三~四階建てが普通だ。

 だがココチアはその逆で、土地が広く暑さを和らげたいからなのか、民家自体も広く風通しが良い上、建物同士の間も広い。

サウトリック地方の人間にとっては普通なのだが、リジェース地方出身のアーグレイは特にそう感じている。

そういう訳で、先程までいた連邦議員たちが詰める国会議事堂から、自分の主が居る軍の宿舎まで、結構な距離を歩く羽目になっていた。


「まあ、もうすぐこれ以上に歩く羽目になるのだし、早めに砂漠を歩く事にもこの暑さにも慣れんとな・・・」


 汗ばむ体で気持ちがダレかけていたアーグレイだったが、今回、ココチア連邦議連より言い渡された役目を思えば、弱音は吐けないと気持ちを持ち直す。

そして、ずっと主人が待ち望んでいた報告をするために、軍の宿舎へと急いだ____。






 ココチア連邦の首都コースティアの軍の宿舎から数分歩いたところに、かなり広い軍の訓練場が在る。

 その広さは、ドネレイム帝国の首都ドネステレイヤに在る訓練場の3倍は在るだろう。

千人・・・或いはそれ以上の人数での軍団同士の演習もできるほどだ。

 そして今、その広大な訓練場に異変が起きている。

その広い訓練場の一角だけ、北方の冬の様に身を切る冷たい温度になっている一帯がある。

別にそこだけ異常現象で温度が下がっているわけではない。

この極寒の正体は殺気____。一人の人間が放つ殺気によるものだった。


 アーグレイと同じスケイルアーマーを着用した女騎士で、両手にはそれぞれ短剣と片手斧をもってスキなく構えている。

ブロンドグレージュの長髪を後ろで束ねているが、風に揺られる前髪のサラサラ感で、髪質の良さが分かる。

身長は約167センチと女性としてはやや高め、スラッと伸びた体は一見細身に見えるが、しっかりとした筋肉の上に程よく脂肪が乗って肉感があってセクシーだ。

肌は雪のように白く、パッチリと開いた二重瞼からスッと伸びた高い鼻、その瞳と鼻とのバランスを崩すことなく厚くもなく薄くもない唇がプルンと色気を出している。

美人のお手本の様な整った顔立ちだ・・・。

整った顔立ち、色気のある身体、スキの無い構え、相手を射殺すほどの殺気・・・まるで神話に出て来るヴァルキリーの様だ。

この姿を見て幾人の味方が魅了され憧れを抱き、幾人の敵が恐怖で足を竦ませただろうか?・・・・その数はもう、数えるのもバカらしい程だろう。

 この女性こそが数年前、北方の大戦でドネレイム帝国の存続さえ脅かした、フレイス・フリューゲル・ゴリアンテ(24歳)の姿だった。


「・・・・・」


 アーグレイは、宿舎に到着したついでにラヴィーネ・リッターオルデンの幹部たちも連れて、その姿を見守っている。


「____ッ!!」


 フレイスは周囲を凍らせる様なさっきの温度を、更に冷たいものに変えて魔法術式を展開する。

氷属性の最上級魔法の術式だった。

魔法術式の規模はやはり勇者候補らしく、常人のそれではない。そして術式の速度もやはり並ではない。

フレイスが最上級魔法の術式を完成させるのに要した時間は約3秒。比較としてオーマを例に挙げると、オーマが雷属性の最上級魔法である“雷霆ケラウノス”の術式を完成させるのに10秒ほど掛かる。

言い換えればフレイスは、ドネレイム帝国で一番と謳われる雷属性の使い手の約3倍の速度で魔法術式を完成させるのだ。

この速度で最上級魔法を繰り出せるのは大陸広しといえど、勇者候補の一人、サレン・キャビル・レジョンだけだろう。

魔法の扱いに長けたダークエルフにあって“神の子”と呼ばれる彼の少女に全く引けを取らない魔導の技術を持っているのが分かる。


「ニヴルヘイム____」


 透き通った美声を使って小さく鋭い殺気の込められた音で呟き、フレイスが最上級魔法を発動する。

フレイスが魔法を発動すると、フレイスの足下の術式がカッと白く光りを放ち、フレイスの正面の世界だけが白く刳り貫かれた様に凍り付く_____。フレイスはほんの数秒ほどで、生物が何人も生きられない凍結された世界を造り出して見せた。

 ほんの数秒で戦況を逆転させるフレイスの魔導士としての姿。

この彼女の姿に、幾つもの相応しい字名が付けられている。


“氷の闘神”、“冷酷なる令嬢”、“殲滅の氷撃”、“戦を凍てつかせる者”・・・etc.


そして“凍結の勇者”_____。


(____誇らしい)


アーグレイの心の中で、そんな言葉が生まれて来る。



 アーグレイは、若きフレイスが将校となって、ラヴィーネ・リッターオルデンの団長に就任してからずっと副団長としてフレイスに仕えている。

アーグレイ自身は、特別な強さは持たないものの、面倒見の良さと細かい気づかいができる老兵として、若い兵から人気が有ったため、16歳というバークランド帝国軍としては最年少の若さで団長に就任したフレイスをサポートする役目を任された。

フライスがどれだけ強く才能があっても、若干16歳では部下に舐められ、最初の内は兵を統率するのに苦労するだろうという上からの配慮だった。

だが、実際に騎士団の運営が始まると、そんな様子はまるで無く、フレイスはその強さとカリスマで、直ぐに部下の心を掴んだのだった。

アーグレイが期待されていた仕事は全く無く、最初からフレイスの秘書・・・小間使いとも言える様な役目を行う羽目になってしまった。

だがアーグレイは嬉しかった。

 バークランド帝国も、ドネレイム帝国に負けず劣らず・・いや、ドネレイム帝国以上に実力主義の社会性を持っている国だった。

実力がある者は出生問わず、尊敬され優遇される社会だ。ドネレイム帝国と同じ王政と貴族社会だが、ドネレイム帝国ほどはっきりと厳しくは無い。貴族になれずとも、実力次第で国の要職に就くこともできるのがバークランド帝国だった。

そんな実力主義社会で、軍人としてどっぷりとバークランドの色に染まっていたアーグレイにとって、フレイスの姿は、“生意気な若造”と下卑するものでは無く、“使えるに相応しい才覚を持った人物”と思えるものだった。

だからこそバークランドが滅亡して尚、アーグレイ・・・いや、ラヴィーネ・リッターオルデンの団員たちは、フレイスに付いて来たのだ。

 そして、フレイスと共にドネレイム帝国を打倒することを夢見ていた_____。

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