幻惑の勇者ろうらく作戦会議3(1)
「第十回勇者ろうらく作戦会議を始めます____」
「「・・・・・」」
ソノアの新薬開発のサポートを始めて時が経ち、乾季が終わる三月に入ったこの日、オーマの号令で作戦会議が開かれた。
今回はいつもの様なサンダーラッツ幹部からの軽口は無く、直ぐに真剣な雰囲気がゴットン商会の事務所に流れていた。
これは、今作戦がいまだに成果が出ていない事と、今回の会議が緊急で開かれたためだ____。
先日、スラルバンとの国境付近にある帝国の駐屯地で待機しているはずのサンダーラッツのナナリーが本国のクラースからの伝言を連絡して来た。
“ココチア連邦に動き有り”____と。
暦が二月から三月に変わって、どこの国も冬を超えて春が来ているのを感じながら活発になる時期だ。
ココチア連邦とボンジア公国も活発になっているというわけだろう。
ボンジアとスラルバンとの間に再び戦火が広がる可能性が有るのは勿論、ココチア連邦が本格的にスラルバンに介入してくる可能性だって有る。
最早、いつどこで戦端が開いてもおかしくは無いというわけだ。
そのため作戦を急ぐよう通達があったのだ。
この知らせを受けてオーマは、現在の新薬開発のサポートを継続しつつも、それ以外にもベルジィを探し出す術がないかを再び検討するべく、皆を集めて会議を開いたというわけだった_____。
「____って、言われてもなぁ・・・んなもん簡単には見つからねーだろ」
「フランの言う通りだな。その方法が無いから、ソノアさんの新薬開発事業のサポートをしている訳ですから・・・」
「現状、ソノアさんの薬を除けば、サレンさんの静寂の力しか可能性がないですよね?」
「じゃー、その辺りをもう一度検討してみるか?」
「ふむ・・・」
ミクネの発言を切っ掛けに、一同は再びサレンの静寂の力でベルジィを探し出す方法考え始めた・・・。
それからしばらくして、クシナがぼそりと口を開いた。
「狙撃手が相手を狙撃する上で、確実に狙撃できるタイミングは相手の攻撃の打ち終わりを狙う事です」
「?」
「まあ、そうだな・・・狙撃に限った話じゃないが・・・」
「でも、それが?」
「三月に入って、どこの勢力も動き始めました。その中でココチア連邦も帝国に対抗するために動くはずです。遅かれ早かれ、間違いなくスラルバンにも来るでしょう。ならば、その前に必ずこのバージアにスパイを送り込んでくるはずです」
「ああ!」
「なるほどー」
「そのスパイをベルジィが幻惑の力で排除する瞬間を狙うわけね?」
「その通りです、副長。ベルジィは単独です。ここでの暮らしが長いと言っても、我々が手分けすればベルジィより先に潜入したスパイを見付け出せるでしょう。スパイを見付け出して、その動きをマークしていれば、ベルジィが仕掛けて来るのを待ち伏せできるかと・・・」
「そしてベルジィがそのスパイに仕掛けるタイミングで、サレンに静寂の力を使ってもらうってわけか・・・」
「はい。仮にタイミングがズレてサレンが仕掛けられなかったとしても、入り込んだスパイをマークしていれば、ベルジィの手口が分かるかもしれません」
「ふーん・・・。どう思う?団長?私は良い手だと思ったけど・・・」
「同じく」
「俺もだ」
「サレンは?」
「はい。私もそれなら行けるかと・・・」
「だそうですが、団長の意見は?」
「そうだな・・・」
クシナの提案を多くの者が評価してオーマの判断に注目する中で、オーマは少し考えてから口を開いた。
「良い手だとは思う。少なくとも打つ手が無い現状では選択肢の一つだろう。だが、高いリスクもある」
「どんな?」
「ココチアからのスパイは、いつか必ずこの街に来るだろうが、いつ頃かまでは分からない」
「でも、割と早い時期じゃない?もう来ている可能性だって有るわ」
「そうですね。年内にスラルバンにアクションを起こすつもりなら、のんびりはしないでしょう」
「そうだな。だが、やはり不透明でもある。出来るならスパイを送り込んでくる前に見付け出したい」
「うーん・・・」
「まあ、それはそうですが・・・」
「ココチアがスパイを送り込んで来た後だと色々と面倒なんだ。単純にココチアのスパイが入り込んでくると動きづらくなるというのもあるが、例えばココチアからスパイが入って来て、首尾よくそいつらを見つけ出せて、ベルジィが幻惑を仕掛ける現場も押さえてベルジィを発見できたとしよう。問題はここからだ。俺達の作戦はそこで終わらないだろう?」
「そうね。ベルジィを籠絡しなくちゃだからね」
「むしろ、そこからが始まりだな」
「そうだ。だが、ベルジィにスパイが排除されたと分かったココチアはどうすると思う?」
「・・・・・」
「それは・・・」
「そこで慎重になって足踏みしてくれれば良いが、強硬手段に出る可能性だって有る・・・いや、むしろそっちの可能性の方が高いと思っている」
「何で?」
「ココチアは帝国に対抗するために急速に軍備を拡大している。そしてその中で、あのフレイスが加わった」
「「・・・・・」」
「ココチア連邦だってフレイスの武勇は知っているだろう。その力を信頼して・・・あるいは実力を量るために、この現場にフレイスを投入してくる可能性だって有る」
「でも、それは・・・相手にとってリスクにならない?」
「そうです。連邦だってせっかく手に入った好カードを失いたくはないでしょう」
「まあ、あくまで可能性の話だ。でもやはり可能性の高い話だと思う。お前達、あのフレイスを思い出せ。あいつが連邦に挑発されて“やれますか?”と問われて、“NO”と言うと思うか?」
「「有り得ない・・・」」
勇者候補以外のサンダーラッツ幹部達が声と気持ちを揃えて断言する・・・。
サンダーラッツ幹部達はフレイスと直接対峙した事があり、ある程度フレイスの性格も知っている。
フレイスは高潔で、誇り高く、慈悲深い・・・お手本の様な騎士道精神を持っている人物だ。
だが、オーマ達が恐れるフレイスはそれだけではない。そう言う、人に尊敬される人格だけではなく、高い知性を持ちつつも闘争心が高く好戦的で、敵に対しては容赦しない冷酷さといった、人に恐れられる人格も備えているのも知っている。
挑発に対しては、それが挑発だと分かった上で、“その挑発に乗って真正面からぶっ潰してやろう!!”という性格なのだ。
昔のオーマに似ているので、サンダーラッツ幹部達は良く分かっている。
世のため人のため、打倒帝国のためなら、現状が分からない状況で正体不明の相手と戦う事にも、迷いを持たない女性なのだ。
そんなフレイスの性格と、ココチア連邦という国の特徴、現在の情勢を考えると、多少の不安要素があってもフレイスが戦場に出てくる可能性は十分に有るとオーマは判断している。
「その可能性を考慮した場合、ココチアとの戦端が開くまでにベルジィを仲間にしなくちゃならない」
「ベルジィがココチアのスパイに幻惑を仕掛けてから、よーいドンッ!のレースになるわけね」
「ココチア連邦がバージアに来るのが先か・・・」
「我々がベルジィをろうらくするのだが先か・・・」
「・・・まったく勝敗が見えないレースですね」
「そうだ。ベルジィがココチアから来たスパイに、どんな幻惑を仕掛けるのか分からないから、ココチアがどのタイミングでベルジィの攻撃に気付くか分からない。そして俺達はベルジィの性格が分かっていないから、ベルジィを仲間にするのにどれくらいの期間が必要かも分からない・・・」
「確かにリスクが高いですね」
「それにココチアが軍を派遣したら、間違いなく帝国も軍を動かすでしょう」
「そんな中でベルジィを口説くとなったら、益々先が見えないですね」
「団長の仰る通りですね。ベルジィさんを見つけた後の展開に対する計算が甘かったです。申し訳ありません」
「謝罪はしなくていい、クシナ。現状は他の意見も無いし、ベルジィを見付け出すのに有効な手段なのは間違いないんだ」
「そうよ。後の展開だって、ベルジィを探し出せなきゃ始まんないわ」
「副長の言う通りだ」
「はい・・・」
落ち込んだ様子のクシナを団長と副長でフォローする。
その後、クシナの意見を一案としてストックしつつ、別の有効な手段が無いかと会議を続けるのだった____。




