ベルジィの企て7
オーマ達サンダーラッツをバージアから排除するべく、オーマに幻惑の力を行使したベルジィだったが、オーマに自分の催眠術が効かない事に動揺してしまう。
更には、オーマに自分の提案を否定する理由を尋ねて、それが自分の為だと分かると再び動揺して言葉を失くしてしまっていた_____。
「今ここで俺達が撤退したらベルジィが困るだろう。彼女のためにもここで諦めるわけにはいかない」
「わ、わた___ベルジィのため?」
「そうだ」
「・・・・・」
____何を言っているのだろうか?
強がり?ヴァリネスにも言えない本音を隠している?____いや、ありえない。
オーマは今、ベルジィの幻惑の術中だ。その中でのベルジィの催眠術には、虚勢や建前などでは抗えないはずだ。
幻惑の術中でのベルジィの催眠術に抗うには、嘘偽りのない断固たる強い意志が必要だ。
つまり、オーマは本気でベルジィのためにこの作戦を切り上げるわけにはいかないと考えているのだ。
「ど、どうして・・・?」
「どうして?ちょっと考えれば分かるだろ?近い将来、魔王が誕生するからだ」
「____ッ!?」
“魔王”というキーワードが出て来て、ベルジィもヴァリネスの姿で眉間にシワを寄せた。
「もし、ベルジィが本物の勇者で、このまま一人でこの街に潜入し続けていたら、魔王が誕生した時にたった一人で魔王軍と戦う事になってしまうだろう。かといって魔王が誕生した後や、彼女が勇者として覚醒した後では、必ず帝国が関与して来るだろう。魔王軍と帝国軍が同時にベルジィを狙ってくるタイミングでは、ベルジィを守れない。俺達がベルジィを保護するタイミングは今しかないんだ」
「・・・・・」
「それに、恐らくベルジィは帝国を良く思っていないはずだからな」
「え?何で分かるの?」
自分の本心どころか姿すら見せていないのに自分の本音を言い当てられて、ベルジィはワザとではなく、本当に驚いたリアクションを見せた。
「もし彼女が帝国に友好的なら、このスラルバンとボンジアの戦争で、スラルバンに勝たせているはずだ。彼女は一時期スラルバン軍に所属して戦っていた。ならスラルバンを勝たせる意思は有ったのだろう。でもスラルバンを去った後はそんな様子は無い。かといってボンジアやココチアにも付かないのなら、スラルバンを見限ったわけでもないと思う。何故?と聞かれれば理由は分からないが、何か理由があって帝国を勝たせたくは無いんじゃないかと思う」
「な、なるほど・・・」
確信にこそ触れていないので安堵するが、そのオーマの洞察力に、ベルジィは警戒心を強めた。
だが、この時点でオーマに興味を抱き始めていることには無自覚だった・・・。
「彼女自身が嫌がっているなら、尚更帝国とは接触させたくない。ろうらく作戦や反乱計画の事を抜きにしてな」
「?その二つを抜きにしてって・・・どういう事?」
またしても不可解な事を言われて、もうベルジィは疑問と動揺の表情を隠す事もしなくなった。
幻惑の術中で姿がヴァリネスというのもあって、オーマに怪しまれていないのが幸いだった。
「彼女を尊敬しているからだ」
「はあ?馬鹿じゃ____」
この答えも全くの予想外だったため、困惑を抑えられないベルジィは、いよいよ苛立ちを見せてしまった。
だが、幻惑の術中では虚勢や建前は出せないはずである_____
一瞬、カッと頭に血を昇らせたベルジィだったが、その事を思い出し、直ぐにその熱を下ろした。
代わりに冷たい警戒心を思考の片隅に置きながら、オーマを見据えて質問した。
「_____何言ってんの?どういう事?」
「ベルジィがここに潜入している目的も動機も分からない。だが、彼女は実際にスラルバンとボンジアの両方から被害を出すことなく戦争を止めて見せただろう?」
「・・・・・」
これはオーマにとって驚愕すべき事だった。
父と母を戦争で亡くし、この大陸から戦争を失くそうとオーマは軍人になった。
そしてオーマは、その過程で犠牲は付き物だと割り切って来た。世界の平和という大義を成すためには血は流れる____と。
だからこそオーマは、流れる血の量より、流れる血の意味を重視して、ときには非情な手段を用いてでも戦い抜いて来たのだ。
だが、ベルジィは違った。
ミクネと同じ様にたった一人という状況でありながら、住民は勿論、両軍の兵士さえ傷つけることなく、この両国の争いを止めて見せているのだ。
「カスミから聞いた時も驚いたが、この街に来てより一層この事を痛感したよ・・・」
犠牲を覚悟すればもっと簡単に事を運べただろう。だが、彼女はそれをしなかった。
敵は殺すより、操ったり捕縛したりする方が困難であることを知っているオーマにとって、そんなベルジィは、驚愕すべき相手であり尊敬できる相手だった。
オーマはここに、ベルジィの勇者としての資質を見出していたのだ。
「・・・だからベルジィを帝国軍や魔王軍から守りたいんだ」
「・・・・・」
____幻惑の力の術中では、虚勢や建前は出せないはずである。
(そんな・・・)
はっきり言って、ベルジィはオーマを信用していない_____。
旧知の仲でもないし、スパイとして自分を欺いてきた男だ。そして何より帝国の人間である。
ベルジィには今のオーマを信用できる理由は一つも無い・・・はずだ。
だが、この発言をベルジィ自身の術中で言っている事実が、ベルジィのオーマに対する感情をかき乱す。
(どういう人なの?この人は?)
ベルジィのオーマに対する疑問がどんどん膨れ上がる______ならば、
「____ねぇ、団長」
「ん?」
ならば、その疑問を晴らす他はない。このオーマという人物を知る他はない_____。
「団長はこの戦いが終わって世界を手中に収めたらどうするの?」
「世界を?」
「だってそうでしょ?全ての決着・・勇者ろうらく作戦を終えて、反乱軍を決起して帝国を打ち破る____そしたら反乱軍は、帝国に取って代わって大陸で最大勢力になるわ」
「・・・・・」
「そして魔王が誕生した後、真の勇者と共に魔王軍と戦って魔王を打ち取った場合、真の勇者と他の勇者候補を配下に加えて大陸最大勢力を束ねる貴方は、事実上ファーディー大陸の覇者と言えるわ」
「・・・・・」
「そうなったら、貴方はどうするの?この世界を手に入れたら、貴方は世界をどうしたいの?」
「・・・・・」
オーマの事を見極めたくなったベルジィは、頭の中で色々と考えた結果、この質問を思い付いた。
この仮想未来の質問が、一番に相手の欲望が見えると思ったからだ。
____幻惑の力の術中では、虚勢や建前は出せないはずである。ならば、必ず本音の欲望が出るだろう。
ベルジィは真剣に___ではなく、軽いノリで言った方が本音も出やすかろうと思って、いつものヴァリネスのノリを再現してオーマにこの質問をした。
だが、そんな質問に対して、オーマは意外なほど真剣な眼差しでヴァリネス(ベルジィ)を見据えて答えた。
「____ヴァリネス。先ず、俺は大陸を支配する気は無い」
「___え?」
「そして、帝国を潰すつもりも無い」
「・・・はぁ?」
オーマの欲望が見えると思っていたベルジィは、ここでも意外な返答を聞かされて言葉を失くした____。
「支配者ってガラじゃないのもあるが、ちゃんとした理由もある。俺だってこの計画が全て上手く行ったら___って考えたことくらいあるからな。そして思ったのは、“この大陸に独裁者は居るべきじゃない”ってことだ」
「居るべきじゃないって?」
「魔王の存在があるからだ。いや、勇者の存在があるから___と言った方がいいか?」
「・・・どういうこと?」
「もし、一人の人間がこの世を支配したら、必ず不満を持つ者や反旗を翻す者が出て来るだろう。世界を手にした武力を使えば、それ自体は抑えることが出来るかもしれない・・・だが、その者達の“怨嗟の声”は抑えられない。という事はどうなる?」
「・・・いずれ魔王が誕生することになるわね」
「そしてその先は?」
「その先?」
「その先は、誕生した魔王に対抗するため、勇者を探すだろう。そして、必ず今俺達がやっている様に、独裁者が勇者を傀儡にしようとするだろう。なぜなら、勇者は魔王と同じくこの大陸の最高戦力だ。もし、自分の手に入らなければ、自分の立場を脅かされる可能性が有る。その恐怖から、必ずそうするだろう。つまり、もし仮に大陸を支配したとしても、その勢力や権力者は常に勇者という存在に怯え続けることになる。そしたら世界はどうなる?」
「・・・・・」
「自分を脅かす存在に恐怖して怯える者は、他人を信用できなくなって疑心暗鬼になる。権力者が疑心暗鬼になる事が、どれほど世界を危険にするか想像できるか?」
「・・・・・」
「結局、混乱が続くんじゃないか?だから、魔王と勇者という存在がある以上、大陸全てを支配する国や王は居ない方が良いと思っている」
「じゃー・・・」
「ああ。まだ計画の途中だから具体的な展望は無いが、少なくとも俺は大陸の支配者になる気なんかない・・・けど____」
「?」
「___けど出来るなら、この世から戦争も魔王も無くしてしまいたいと思っている・・・」
____そう。そう思ってオーマは帝国軍人になった。
これは子供の頃から抱きつつも、現実を知り、その現実に打ちのめされたオーマの夢だ。
だが、今も変わらずオーマが胸に秘めている本音だった。
「______」
この本音を前に、またもベルジィは言葉を失くしていた。
そして結局、オーマを催眠術で洗脳してこの街から排除・・・いや、自分の心から排除する事ができなくなってしまった。
ベルジィの企ては失敗に終わるのだった______。




