ベルジィの企て2
サンダーラッツ一行がバージアに来て十数日が経ち、暦の上では二月に入っていた。
この時期のバージアは、他の地方がまだ冬の寒さと積雪に悩まされる中、比較的暖かく過ごすことができる。
だが、その代わりという訳ではないが、バージアの乾季の風は、作戦が一向に上手く行かないオーマ達の心を更に枯渇させるものだった。
先週、数回に渡り商業区域でベルジィに網を張ってみたものの、まったく成果の得られなかったオーマ達は、一旦作戦を中止して、周囲に怪しまれないようゴットン商会の業務に精を出すことにしていた_____。
「はーい♪ただいま戻りましたー♪」
商品の仕入れ役のレインとユイラの二人は、ベルヘラからボンジアの港に届いた荷物を、馬車でバージアまで運ぶ仕事を任されていた。
船で持ち込まれたゴットン商会の荷物は、バージア商人たちからの注文が多かったため、馬車五台分にもなり、レインとユイラの二人だけでは運べなかったので、二人は短期で従業員を雇わなければならなかった。
偽装工作の商売の方は、本作戦と違って順調という事だ。
そして二人は、商業区域のある三階建ての建物の前に馬車を止める____。
ここはゴットン商会の事務所だ。
作戦が上手く行かない現状に、このまま宿暮らしを続けては怪しまれるとオーマは考え、商売が軌道に乗った段階で自分達の拠点を得るべく、空き家を見つけてゴットン商会の事務所を構えることにしたという訳だ。
「レイフィードさん、ラシラさん、ご苦労様でした」
馬車での長旅を終えた二人を、事務所から出て来たロジとクシナが出迎えた。
「ただいまです、ジデルさん。はい。これが今回の入荷リストです」
「はい、ありがとうございます。・・・・入荷漏れはー・・無さそうですね。お二人も荷物も無事で何よりです」
「はい、この辺りは国益にも繋がるからなのか、国境の警備も厳重で安全ですから、危険はなかったです・・・まあ、襲われても負けませんが」
「その通りです。任せてください」
「フフ♪そうですか」
長旅を終えたばかりだというのに元気な二人に、ロジは嬉しくなって微笑んだ。
「では、あっしらはこの辺で・・・」
「また、呼んでくださいよ。金払いの良い方は大歓迎だ」
「はい!ご苦労様でした。また、次の機会でもよろしくお願いいたします!」
「もちろんでさぁ!いつでも声を掛けてくださいよ!」
二人と一緒に荷物を運んできた従業員たちは、報酬をもらって満足げな表情を浮かべると、この場から立ち去って行った。
「えーと、じゃー荷物を倉庫に運びますね。えっと・・・他の方々は?」
「あー・・今、全員出払っているんですよ」
「ああ、そうだったんですか?なら、雇った人達に残って手伝ってもらえば良かったですかね」
「まあ、二人でも何とでもなりますよ」
馬車五台分の荷物だが、軍人のレインとユイラの二人とっては、面倒な作業ではあるが、無理という事はないようだ。
「じゃー、私達二人だけで運びますか」
「え?手伝いますよ?」
「いえいえ、ジデルさんは事務所に居てもらわないと・・セリナさんも」
「そうです。事務所を留守にはできないですし、私とレイフィード様でやりますよ」
「え・・・で、でも、お二人共長旅して来たばかりなのに・・・」
「問題ありません、これくらい。それよりも、ジデルさんは秘書兼事務員なのですから、忙しいでしょう?」
「そうですか?では事務所の一階デスクに居ますから、何かあったら呼んでください」
「「分かりました」」
そう言うと、ロジはクシナを連れて事務作業へと戻って行った。
「では、ラシラ。早速取り掛かりましょう!」
「はい!さっさと終わらせましょう!」
レインとユイラの二人はロジとクシナを見送ると、旅の疲れを感じさせぬテキパキとした動きで、荷物を運び出した_____。
「ほらほら♪どうしましたラシラ?鍛え方が足りないんじゃないですかぁ?」
「ぬ、ぬう・・・」
荷物運びを始めた二人___。
立場的には商人と傭兵だが、やはりフィジカルは武闘家として鍛えているレインの方が上なのか、レインの方が作業を捗らせているらしく、レインはいたずらっ子な表情を見せてユイラを挑発した。
魔法なら全くレインには対抗できないユイラだったが、単純な肉体の強さなら自分も長く遠征をして来て、通信兵として特殊任務もこなして来ていたので自信があった。
そのためか、レインの挑発に悔しい思いをして、その挑発に乗ってしまう。
「こ、こなくそーー!!」
レインの挑発に乗ったユイラは、レインとの作業差を埋めるため、一度に多量の荷物を運ぼうとして、視界が塞がるほどの量を積み上げて運び出した。
「ヒュ~♪凄いですね、ラシラ。でも、大丈夫ですか?」
レインは手ごろな荷物を持って軽やかに運びながら、口笛を鳴らしながら通り過ぎて行く。
「な、なんのこれしき・・・」
強がるユイラだったが、やはり荷物が多かったのか、潜在魔法を駆使してもヨタつき始めている。
「ま、負けません!・・・これくらい!」
_____と、強がるユイラに、不意に正面から___ドン!と、何かがぶつかった。
「___うわぁ!?」
積み上げられた荷物で前が見えていなかったユイラは、その衝撃にバランスを崩す。
ヨタヨタだったユイラがバランスを崩せば、当然抱えていた荷物も崩れてしまう。
____ガラガラガラ!
「い、痛った~~い!」
ユイラは、尻もちをついた挙句、崩れた荷物の下敷きになってしまった。
「す、すいません!大丈夫ですか!?」
起き上がったユイラにそう声が掛かると、先程の衝撃の正体がユイラの視界に入って来る。
それは、白銀のサラサラした髪をポニーテールにしているタレ目のおっとり顔の女性だった。
「すいません!すいません!ちょっと前が見えて無くて____!」
女性は心底申し訳なさそうにペコペコと頭を下げていた。
「あ、いえ・・こちらも荷物を積み過ぎて、前が見えていませんでしたから____」
その女性の態度で故意ではないと理解したユイラは、“お互い様という事で____”といった雰囲気を出し、散らばった果物や何やらの荷物の中身を拾い始めた。
「あ!手伝います!」
「そうですか?ありがとうございます」
結構な量の荷物が散らばってしまったので、ユイラは素直に女性の厚意を受け取って、二人での荷を拾い始めた・・・。
_____バラバラバラッ!
「ん?」
二人で荷物を拾っていると、また何かが落ちて散らばったような音がユイラの耳に入って来る。
ユイラがそちらを見てみると、白銀髪の女性の足下に数冊の本が散らばっていた。
どうやら荷物を拾っている間に、白銀髪の女性が自分の荷物を落としてしまったようだ。
「あの、落としましたよ」
「え?・・あっ!?ダ、ダメ!」
「え?」
本を拾ったあげたユイラだったが、女性の慌てた様子に何気なく本の表紙を眺めてしまった____。
「____って、これは!?」
その本の表紙は、半裸の男性たちが悩ましい表情で抱き合っているものだった・・・。
「こ、これは、もしや・・・BL!?」
「ダメぇ!!」
_____ガバッ!
女性は慌ててユイラから本をひったくった・・・・・。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・で・・・」
「・・・え?」
「・・ど・・・で・・・」
「?」
「一体どこで手に入れたのですか!!?」
「____はい?」
ユイラは盛大に食い付いた_____。
「へぇー、そんな店が在ったのですね・・・ありがとうございます、ノワールさん。今度、そのライオン・ケイブに行ってみようと思います」
「はい、是非!もしお店に好みの本が無ければ、声を掛けてください。お店にはもう置いていない本も持っていますから」
「本当ですか!?」
「もちろん♪ラシラさんは、せっかく出会えた“仲間”ですから!」
「ありがとうございます!私もノワールさんに出会えてよかったです!」
作業しながらBL本について話をしているうちに、二人はすっかり打ち解けていた_____。




