皇室晩餐会(真の忠義を持つ者)
「お?そうか?じゃー、そうさせてもらうぞ。ルーリーでいいか?」
「ぶっ!?」
ルーリーの“フランクでいい”という言葉を鵜呑みにして、言われるまま言葉を崩したミクネにオーマは吹いた。
「お、おいミクネ、何いきなり失礼なことしてんだ」
「何でだよー、本人がそれでいいって言ってんじゃんか」
「あれは言葉の綾だろうが!ありがとうございますって感謝した後、謙遜して丁寧にお断りするんだろ!」
「へえー、そうなのかー。人間社会って難しいなー(棒)」
「すっとぼけんなよ。お前、分かってやっているだろ」
「♪~、さあ?何のことでしょう?」
先のフェンダーの世辞を真に受けたオーマに呆れていたミクネが、このことを分かっていない訳が無いのだ。
だがミクネは、ワザとらしくすっとぼけている。
(こいつ・・・マジか。ミクネの気持ちも分からんでもないが・・・)
ミクネからすれば(というよりオーマからしても)ここは敵の本拠地で相手は親玉だ。
できる事なら今すぐ、この場に居る者達をぶっ飛ばしたいところだろう。
(だからって、何て挑発だよ・・・)
正直、周りが怖い____。
クラースとマサノリを見れば、チラリとこちらの様子を見ていたが、苦手なミクネに係る気が無いのか、視線を戻して無視された。
アマノニダイの高官達も、ミクネの言動に苦笑いだったが、ここはアマノニダイの伝統、“触らぬ神に祟りなし”ムーヴを決めていた。
そのことにオーマは少しほっとしたが、今一番怖いのは後ろに居る帝国最強の騎士だ・・・オーマは恐る恐るフェンダーの顔色を窺った。
「フッ」
「?」
フェンダーは、フッと笑うだけだった。
その笑い方は、オーマやミクネをバカにした感じではなく、“そんな事は気にしませんよ”といった感じだ。
そのフェンダーの態度にオーマが困惑していると、何故フェンダーがそんな態度なのかを教えてくれる、ルーリーの笑い声が響き渡った。
「アーハッハッハッハーーー♪オーマ、ミクネ!お前達は面白いな!」
「お・・・」
「へ、陛下・・・」
二人のやり取りを見て、ルーリーは大笑いしていた。
「陛下・・あの・・・」
「ん?何だ?オーマ?」
「い、いえ、あの怒っていらっしゃらないのですか?そ、その・・・ミクネが・・・」
「ああ、別に怒ってないぞ。私は言葉の綾ではなく、本当にお前達と仲良くなりたくて言ったつもりだ」
「え?」
「む・・・」
まったく裏表のない顔でルーリーはそう言った。
再びオーマがフェンダーの顔色を窺うと、フェンダーは“どうだ!我が主は!”みたいな得意気な顔をしていた・・・様にオーマには見えた。
「せっかくだ、ヤトリ殿、私もミクネと呼んで構わないか?」
「え?・・・あ、ああ」
「ありがとう。では改めて、よく来てくれたミクネ、会えて嬉しいよ」
「お・・・おう」
ルーリーがスッと出して来た手を、ミクネは釣られて握ってしまう。
どうやら、こういう場での立ち居振る舞いは、完全にルーリーに軍配が上がるようだ。
「な、なんだよ・・・そんな風に受け止められたら、私が幼稚な振る舞いをしたみたいじゃないか・・・」
「“みたいな”じゃなくて、お前が幼稚な振る舞いをしたんだよ」
「あー、何だよオーマ!ルーリーの味方するのか!?」
「そういう話じゃない」
「プッ♪ハハハハハ♪二人は本当に仲が好いんだな。まるで恋人同士だ」
「はっ!?」
「え♪?」
ルーリーの一言で、ミクネの機嫌が180度変わった。
「本当か!?本当にそう見えるか!?」
「へ、陛下・・・そ、それは一体どういう・・・」
とんでもない誤解だが、この場の雰囲気と、ろうらく作戦でミクネを口説いてしまっている事実で、否定はできないオーマは言葉に詰まってしまう。
「だって、私は皇帝だぞオーマ?よほど気心知れた仲でないと、私の前でそれだけの痴話げんかは出来んだろう?恋人同士と言われても違和感ないぞ?」
「えー・・・」
「いや~♪そうかな~♪」
“いや、違和感だらけでしょ!?”と、ツッコミたいオーマではあるが、ルーリー相手ではそれも出来ない。
「オーマ。ルーリーは良い奴だ。やっぱ、難癖付けて喧嘩してぶっ飛ばすのやめた」
「お!?お前、そんなこと考えていたのか・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
そんな物騒な事を、この場で、しかも自分より強い者が近くに二人も居る中でやろうとしていたのかと、オーマは呆れを通り越して青ざめた。
アマノニダイのために帝国と命懸で戦う覚悟が有るからだろうが、さすがにマズイ・・・先の軽口の比ではない。
実際、今のミクネの発言には、フェンダーだけでなく、カスミさえも表情を消していた。
一触即発な空気が漂い始めたが、ルーリーは余裕な態度を崩さなかった。
「何だ、ミクネは私をぶっ飛ばそうとしていたのか?なら、尚更仲好しになれたよかったな!」
「む・・・」
「・・・・」
「へ、陛下・・・」
「ん?何だ?オーマ?」
「い、いえ、それはさすがに・・・よろしいのですか?」
「ん?」
「い、いえ、さすがに今のミクネの言葉は・・・」
オーマはさすがにやばいと思って、責任者としてミクネに謝罪させようとしていたため、ルーリーがそのミクネを許容する態度を見せた事に戸惑ってしまう。
「ああ、本当に大丈夫だ。確かに、ミクネほどの魔導士が私を襲うというのは恐ろしいが、私のそばにフェンダーが居るなら私は何も怖くない」
「ぬ・・・」
暗にフェンダーよりは弱いだろうと言われて、ミクネは少しだけ眉をひそめる。
フェンダーの方は、表面上は少し苦笑いをしただけだったが、先の冷たい気配は無くなっていた。
(助かった・・・)
フェンダーが留飲を下げてくれた事に、オーマはホッとする。
そうして、改めてルーリーと顔を合わせると、ルーリーは何やら含みのある表情を見せていた。
「?」
「・・・ありがとうな、オーマ」
「え?」
「ん?」
「・・・・」
「・・・・」
オーマの何に対して礼を言ったのか分からないルーリーの一言。
これに、ミクネもカスミもフェンダーもキョトンとしていた。
だが、オーマには直感で理解できた。
(俺がミクネに謝罪させようとしていた事を理解していた!?_____あ)
「へ、陛下、先の一言は____」
「____構わん」
「!」
____やはりそうだった。
先のルーリーの一言は、オーマのためにフェンダーの留飲を下げるための一言だった。
ルーリーはこの場は身内の気楽な場だと言ったが、皇室晩餐会である事実は変わらない。
ミクネの発言を、責任者であるオーマが放置する事も許されないが、謝罪すれば、それはそれで危険だ。
帝国の平民が、皇室晩餐会で第一貴族に無礼を働いたという事になるのだから・・・。
ルーリーは、オーマのその立場を汲み取って、ミクネの発言を冗談で済ませたのだ。
まだ16歳の若者でありながら、ここにいる者達の意図を察して、大事にならない様に己の人格と言葉だけで、この場を治めてしまったという事だ。
(なんてこった・・・器が違う)
何気ない一言、些細な言動だったが、オーマはこれまで生きて来て、この若さでここまでの人格と器を備えている人物を知らない。
オーマの中で、当時の皇帝に忠誠を誓っていた頃の記憶がよみがえってくる・・・。
オーマは気が付けば、跪いて頭を下げていた。
「お、おい、止せよオーマ。どうしたというのだ?」
「感服しました、陛下。私は今、陛下に先代のオードリー様の姿を見たのです」
「父の?・・・そうか、オーマは父と面識が有るものな。オーマにとって父とはどんな人物なんだ?・・・後、いい加減立ってくれ、恥ずかしい」
ルーリーの苦笑いを見て、オーマは立ち上がり、ルーリーの瞳を真っ直ぐに見て、先代皇帝のオードリーに対する思いを口にした。
「陛下の父君、オードリー様は私の生きる道を示してくださったお方です」
「生きる道?」
「はい。戦争で両親を亡くした私は、オードリー様の理念に心を打たれて、軍人になりました。オードリー様へのこの忠誠心は____」
“帝国の真実を知った今でも変わりません”_____と、言いかけてオーマは止まる。
ルーリーがオードリーと同じ様に尊敬できる人物を分かって、オーマは嬉しい気持ちが止まらず、この場で将来敵となる人物に、言う必要のない事を言ってしまう。
その事も、ルーリーに忠誠心が芽生えた事も、反乱軍のリーダーとしては良くない事だが、オーマは止まらなかった。
だが、さすがに第一貴族に対する敵対心だけは見せられず、オーマは咄嗟に後半の文章を変えた。
「____この忠誠心は、オードリー様に直にお会いした際に報われました。・・・今の陛下と同じ様に」
「ほう・・・父はどんな言葉をオーマに伝えたのだ?聞いて良いか?」
「はい・・・陛下は、私を“第二の大地を持つ者”と言ってくださいました」
「!?」
「第二の大地?」
「真の忠誠を持つ者は、国を育む大地と同じ様に、その忠誠と貢献によって国を育むゆえ、その者はその心に国を、人を、命を育む大地を持っているのだといってくださいました」
「ほーう」
「・・・・・」
ルーリーが感心したようにオーマの話を聞く中、フェンダーは誰にも気づかれずに驚きを顕わにしていた。
(オードリー様がオーマに“第二の大地”の話をされていたとは・・・)
フェンダーも、この話はオードリーに聞かされて知っていた。
そして、フェンダーはその時に、オードリーから以下のようにも聞かされていた。
“私は、この話は真の忠義を持つ者にしか話さない”______と。
(オードリー様は、オーマを真の忠義者と思っていらっしゃったという事だ)
フェンダーは人にばれない様に周囲を観察する・・・・今のオーマの話に反応した者は居ない。
この場で、今の話を知る者は、自分とオーマしか居ないのだ・・・。
(何という事だ・・・)
フェンダーは心の動揺を必死に抑え込む。
フェンダーの中で、あの時のオーマの抹殺計画と、今オーマにやらせている作戦の事に対して、後悔と罪悪感が押し寄せてきている。
(今、目の前に前皇帝に認められた真の騎士がいる・・・。フェンダーよ、いいのか?その者を、自分の野心のために主人を主人とも思わぬ連中と共に利用して捨てようとしている・・・それがオーマと同じ様に、オードリー様に真の騎士と認められた私がする事なのか?・・・それが陛下に対する忠誠か?)
フェンダーは必死に抑え込むも、自身に問わずにはいられず、今の帝国の状況にも疑問を持たずにはいられなかった_____。




