皇室晩餐会(英霊の勇者伝説)
ここで前魔王大戦にも触れておこう。
先代の勇者、リッツァーノ・トレステバインの“英霊の勇者”伝説について_____。
前魔王大戦の魔王の憑代となったのは、当時の近代戦争の“戦術”だった。
約100年前のこの頃、人間同士の戦争でも、数百人規模の魔術部隊での信仰魔法砲撃戦術が使われ始めた。
当時は、帝国の才能(RANK)と練度(Stage)という基準も無いため、当然、“連結”といった技術も無いので集団魔法といった技も無い。現代ほどの魔術の多彩さはもちろん無く、基本の四属性の魔法を遠くから飛ばすだけというものだった。
だがそれでも、当時のこの信仰魔法による遠距離攻撃は、稚拙な技術ながら戦場で凄まじい猛威を振るっていた。
理由は二つ。
一つは、魔法技術が発展していないので、防護魔法も発達していなかったため、防ぐ技術が低かった事。
もう一つは飛距離だ。拙い魔法技術ながらその魔法砲撃の飛距離は、当時の弓矢や投石機などの他の遠距離攻撃の射程距離を大きく上回っていたのだ。
これらの理由で、当時の魔法砲撃は、防御力の低い相手に遠くから一方的に攻撃ができため、絶大な戦果を上げることが出来ていた。
やはり、どんな時代のどんな戦場でも、“相手の攻撃が届かない所から一方的にこちらが攻撃できる”という戦術は、圧倒的に有利なのだ・・・・・やられた側が、卑怯だと“負の感情”を向ける程に_____。
そう、前魔王は、この戦術の理屈そのものを憑代として誕生した魔王だった。
“相手の攻撃が届かない所から一方的にこちらが攻撃できる”を体現して誕生した魔王は、投石器や破城槌をくっつけた様な攻城兵器の様な見た目をしていて、星の外___つまり大気圏に出現した。
そして、“メテオ・ストライク”というオリジナルの魔法を使って、大気圏の外にある星を地上に落とすという攻撃を可能にした。
この魔法による一方的な攻撃手段によって、当時スカーマリスに存在した人間の国々は為す術もなく大打撃を受け、その後に魔王軍に攻め込まれて全滅した。
この恐るべき魔王に対抗するために覚醒した勇者が、“英霊の勇者” リッツァーノ・トレステバインだ。
リッツァーノが勇者に覚醒すると、自身の持つ特別な血統の力が解放された。
リッツァーノは、実は精霊王の血を引く人間だった。
遥か昔に、精霊王とエルフの間に生まれた子と、人間との間に生まれた子の血統だったのだ。
精霊王の血が流れるリッツァーノは、准魔王メテューノと雷竜アパトとの関係と同じ様に、この血によって精霊王との契約魔法を可能にし、あらゆる属性の精霊・大精霊たちを召喚できた。
そして、リッツァーノは召喚した大精霊たちの力を借りて、魔王の落とす星々から人々を守り、大気圏まで運ばれて魔王を撃ち滅ぼした。
こうしてリッツァーノは、その血統を使った究極の召喚魔法によって精霊たちを統べる姿から、“英霊の勇者”と呼ばれ、大陸中の人々に称賛されたのだった____。
「リッツァーノは素晴らしい力を持った人物でした。帝国がここまでの魔法技術を手に入れられたのも、大戦後に彼が魔法研究に協力してくれたからです。彼からは、“研究を通して多くの力を得る”ことができました」
「フェンダー様は、リッツァーノ様と同等だと?」
「さすがにそこまでとは言いませんが、私の知る“全ての存在”の中で、一番彼に迫る魔導士ですね」
「・・・・・」
つまりは、カスミ自身よりも今の勇者候補たちよりも強いと言いたいのだろう。
(まさか、フェンダーがこれほどの人物だったとは・・・)
決して舐めていた訳では無いが、オーマはフェンダーという人物は三大貴族の中では格下だと思っていた。
だが、どうやらフェンダーは第一貴族の中でも特別強く、特殊な位置にいる人物らしいと、考えを改めた。
そうして、オーマは会場に入るまでの間はフェンダーの事を考えていたため、カスミの言葉の意味は気にも留めなかった・・・・・そう、この先代の勇者リッツァーノという存在こそが、オーマの知りたがっている第一貴族の強さの秘密に直結していると分かっていない以上、ここでオーマがカスミの言葉の意味に関心を持てないのは、仕方が無いだろう_____。
フェンダーに扉を開けてもらい、オーマ達三人は会場に入る。
「あ・・・」
中に入ると、やっぱり温度調節の魔道具は使用されておらず、肌寒い空気が漂っていた。
その会場は、先程のロビーと同じ位の広さで、椅子やテーブル、ソファーなどがゆったりとした間隔で置いてあり、人が自由に歩き回って雑談できるようにしてある。
皇室晩餐会という事だが、その形式はどちらかと言うと、日ごろの労を労うためのフランクな雰囲気づくりに重点を置いているようだった。
会場に居るのは30人といったところ。
当然といえば当然だが、第一貴族にしろ、アマノニダイの高官にしろ、品の良い高級な身なりをしている。
パッと見て、三大貴族のクラースとマサノリ、先のスカーマリスで一緒だったジョウショウやシュウゼンといった見知った者も居るが、その他殆どがオーマが会った事が無い者達だった。
この者達も部屋の温度を気にする様子は無く、それでもリラックスして談笑していた。
オーマ達が入って来ると、その会場にいる者達はチラッと一瞬こちらの様子を窺う所作を見せるが、ジロジロ見るといった失礼な態度は見せず、そのまま会話に戻る。
こういった会に出席した時にオーマが受ける、奇異なものを見る目や、見下すような視線は一つも無かった。
それがオーマには、かえってプレッシャーだった・・・。
「ふん!すかしやがって・・・本当は私やオーマが来て珍し鬱陶しいと思っているくせに・・・」
「・・・・」
「・・・チッ」
横で、ミクネが今にも噛み付きそうなことを言っていたが、フェンダーが隣に立つと大人しくなる。
「ではミクネ様、オーマ殿、陛下の下にご案内いたしましょう。どうぞ____」
そう言って、またもフェンダーはオーマ達をエスコートする。
どうやら会場に入っても殺気立つミクネを見て、今回はこのままミクネを見張るつもりらしい____。
(ミクネには悪いが、その方が良いだろう)
この会場の雰囲気に呑まれない様にするので精一杯なオーマでは、ミクネがここで問題を起こしても何もできないので、素直にフェンダーに任せることにした。
(すまないが、利用させてもらうぞ)
フェンダーの方はと言うと、このミクネの態度を理由に三人と共に皇帝のそばに侍り、皇帝がクラースに利用にされないようにしたい、という思惑があった_____。
フェンダーに連れられて進んだ先には、白・赤を基調とした服に金の装飾品した男二人と、着物を着た女一人が居て、その奥に細身の少女が居るのが分かった。
「陛下、カスミ様、ヤトリ様、オーマ様をお連れしました」
「おお!」
奥の少女がそう歓喜の声を上げると、壁になっていた三人は無言で気を利かせ、頭を下げてその場から離れた。
壁になっていた者達が離れると、そこから一人の少女が現れる_____。
(この子・・・いや、この方が・・・)
明るい赤色(金赤)濁った赤色(深緋)そんな生地の貴族服で、真紅のマントを羽織り、髪もオレンジで赤系統。そんな赤々とした印象の少女。
その少女には、皇帝と紹介されなくとも、一門の人物と感じる風格があった。
透き通った瞳はぱっちりして可愛らしいが、同時に力強さもあって、可愛いと強いという真逆ともとれる魅力が合わさっている顔立ちだ。
「ドネレイム家五代目当主、ルーリー・イル・ラッシュ・ドネレイムだ。カスミ、オーマ、それにヤトリ殿、よく来てくれた」
ルーリーの声は、舞台で鍛えた劇団員の様なハキハキとした強さを感じる口調ながら、高めの声で年頃の可愛さがあり、こちらも真逆ともとれる魅力が合わさっていた。
「陛下、今年もこの四高の絆祭の晩餐会に招待して頂き、陛下に拝謁する機会に恵まれ、大変光栄に思います」
ルーリーの挨拶に、カスミが代表して返事を返す。
そうしてカスミが頭を下げると、オーマと・・・一応ミクネも頭を下げた。
「ハハッ。三人とも、そう畏まらないでくれ。皇室晩餐会とはいっても、中身は殆ど身内の忘年会だ。もう少しフランクで構わないぞ?」
ルーリーはそう言うと、ニカッと年相応の笑顔を見せた。
その姿にオーマの心臓はドキンッと跳ね上がった。
マサノリがオーマと初めて会った時と似た様な振る舞いだったが、マサノリの時と違ってオーマは本当に気持ちが軽くなった。
オーマの現皇帝ルーリーに対する第一印象は、“敵とは思いたくない相手”だった____。




