皇室晩餐会(幻惑の勇者伝説)
「両国の戦闘の妨害行為は、その内容から100%彼女にしか出来ないことだと断定できるのです」
帝国の国家機密である、ベルジィ・ジュジュの魔導士としての能力分析について語ろうというカスミは、話の冒頭でそう断言した。
「どういう事ですか?」
「妨害された両軍の兵士達は、死者どころか怪我人一人出ていません。理由は簡単です。戦闘行為を行っていないからです」
「ベルジィは戦闘行為自体をさせていない・・・」
どうやっているのかは分からないが、そんな事が現実に一人の人間で出来るなら、確かに勇者候補になるだろう。
「ですが、現場の兵士達は皆、口を揃えて戦闘行為を行ったと証言しているのです」
「どういう事ですか?作戦が失敗した事を誤魔化すウソでは____」
「___ないのです。兵士の一人二人がそう言っているのではなく、指揮官から末端の兵士まで全員がそう言っているのです。そして、その証言にもズレがありません。何月何日何時に何という作戦を行ったと、兵士全員の報告書にズレが有りません・・・しかも、敵味方両方で」
両国に送ったスパイから集まった報告では、確かに両国とも同じ日時と時間に戦闘行為を行っている報告が上がっているという。
そして、その報告内容も完全に合致するという・・・。
この不可思議な出来事に、オーマは今まさに不思議だという表情を見せていた。
「戦争をしたくないスラルバンとボンジアの兵士達が、結託して戦争を反対するために口裏を合わせたとか・・・」
「可能性はゼロではありませんが・・・ほぼゼロですね。全く現実的ではありません」
「・・・ですよね」
自分でも言っていて無理が有ると思っていた。
だが、そんな憶測を出してしまいたくなるほど、カスミから聞いたこの話は、不可思議な内容だった。
「それよりも、もっと現実的・・・まあ、こちらも非常識ではありますが、この現象に辻褄を合わせられるものが有ります」
「・・・それは?」
「RANK3の幻影属性・・・つまり幻ですね」
「RANK3の?・・・・」
RANK3幻影属性____。
RANK2の氷属性か樹属性から派生する属性で、様々な幻を世に投影し、見る者を惑わせることが出来る属性だ。
しかし、これはあくまで幻でしかなく、人の記憶まで操れるわけではない。
それが出来るのは、幻影属性から派生するRANK4の精神属性だ。
だが、たとえ精神属性でも、敵味方両方の兵士全員の記憶を操作する事など、不可能だとカスミは言う。
「精神属性をSTAGE8まで極めた私でも、そんな人数の記憶の改ざんは無理です。一度に一人、一日で二・三人が限界です」
「は、はあ・・・でも、それですとRANK3の幻影属性は尚更無理なのでは・・・」
「・・・オーマ殿。“幻惑の勇者”の伝説はご存じですか?」
「幻惑の勇者・・・知っています」
幻惑の勇者伝説_____。
ある代の魔王の憑代となったのは一人の騎士の鎧だった。
その鎧を身に着けていた騎士は、強く、気高く、誠実で優しい、理想の騎士を絵に描いたような人物だった。
同じ騎士の貴族たちから尊敬され、下々の者達からも敬われ、老若男女に好かれていた。
そんな英雄譚にも出てきそうな騎士だったが、悲しくも不幸になってしまう。
原因は嫉妬だ。
ただし、相手の嫉妬はこの騎士に対してではない。この騎士の恋人に対してだった。
騎士は、ある高名な貴族の令嬢に熱烈に婚約を迫られていた。
だが、騎士は幼い頃から共に寄り添ってきた幼馴染の平民の女と結婚した。
その結婚は多くの者に祝福されたが、その貴族の令嬢は女を恨む・・・。
ある時、領地のすぐそばの森で、凶悪な魔獣が現れたと報告が入る。
領主はその騎士に討伐を命じ、騎士はこれを引き受けた。
これが騎士の不幸だった____。
騎士が魔獣の討伐に出かけている間に、貴族の令嬢は、騎士の妻を亡き者にしてしまったのだ。
魔獣との激闘で傷つきながらも、討伐を終えて帰って来た騎士は、屍になった妻に迎えられ絶望した。
「おお!!主よ!何故!?何故なのですか!?私は必至に己を磨き、人々を助け、国に献身的に尽くしてきました。人に恥じる行いなど、ただの一度として、しておりません!!何故、私は最愛の人を奪われなければならないのですか!?何故!?」
騎士は傷を癒す事も忘れ、妻の亡骸を抱きながら嘆き続け、そのまま妻を胸に騎士も息を引き取った____。
人は愛を奪われれば、憎しみを生む
騎士の大いなる妻への愛は、憎しみに変わり、世に蔓延していた負の力を呼んだ。
そして、その力は騎士と騎士の妻の血が付いた鎧に宿り、騎士の鎧は魔王となった。
誕生した魔王は、無敵の生きた鎧だった。
あらゆる物質を凌駕した硬度を誇り、温度にも強く、冷まそうが熱しようが凍らせることも融かす事も出来ない。魔法ではないため、魔力による限界も無い。
剣でも魔法でも傷一つ負う事無く相手を屠る姿は、まさに完全無欠だった。
更には、自身の形状を自由に変えることもでき、その特性を生かして分裂。魔王リビングアーマーによる騎士団を編成した。
そして、人間の国々を蹂躙していくと、人々はいよいよ絶望した。
だが、そんな魔王騎士団に怯える人々に対して、その代の勇者はこう言った。
「人々よ。恐れる必要は無い。形状を変え、分裂できるのなら、あの魔王は完全無欠でも何でもない。直ぐに討伐して見せよう」
そう言った勇者は、その卓越した魔術で魔王騎士団に幻を見せて、同士討ちをさせて魔王を滅ぼした。
完全無欠の魔王自身が、魔王のその鎧を打ち砕く剣だったのだ。
こうして人の世に再び平和を取り戻した勇者は、魔王さえ惑わせる幻を操った事から、“幻惑の勇者”と呼ばれ、人々に称えられたのだった____。
_____と、これが幻惑の勇者伝説なのだが、ここでオーマは大きな疑問を抱いた。
「ですが・・・確か、幻惑の勇者は精神属性の使い手だったはずでは?」
そう、当時の魔法技術では幻惑の勇者の能力は解明できていなかったが、現在、勇者を研究する学者の間では、幻惑の勇者は精神属性だったという説が有力視されている。
「確かに、研究者の間ではそれが定説とされていますが、私個人の考えは違います。私自身が精神属性を扱えるので断言できますが、精神属性の魔法を集団に掛けるのは、魔王や勇者であったとしても不可能です。世の理から外れ過ぎています。世の中から逸脱した存在に見える魔王や勇者も、神の作った世の理から誕生する存在である以上、その力は世の理に沿ったものです。世の理を外れた所業など、神にしかできません」
魔王も勇者も、神によって作り出された世の理の存在のため、神の所業までは出来ないとカスミは言う。
「では、カスミ様が考える幻惑の勇者の力とは?」
「私は薬物属性と幻影属性の組み合わせだったのではないかと考えています」
「な!?RANK3の上位属性を二つですか!?」
聞いた事も無い仮説に、オーマは目を見開いて驚きをあらわにした。
「そ・・そんな事できるのですか?」
「一つの派生属性から更に上位の派生属性を二つ得る____。現在の魔法論では“不可能だとは断言できない”といったところです。だからこそ、ベルジィの能力を解明する事は、魔法技術の大いなる発展につながるので、興味は尽きないのですが・・・」
可能性を否定することは出来ないという事らしい____。
「カスミ様がそう思う根拠は何なのですか?」
「予想でしかないので、根拠はありません。ただ彼女の起こした現象の説明がそれしかできないからそう言っているだけです。これに付け加えるならば、幻惑の勇者の職業は薬剤師だったそうです」
「薬剤師・・・幻影属性だけでなく、薬物属性も備えていた可能性が有ると?」
「はい。それと、ベルジィも薬物属性を扱えたという記録はありませんが、宮廷で魔法の研究をする中で、豊富な薬物の知識を得ているそうです」
「RANK3の属性を二つ持ち得ていた可能性が有ると?」
「はい。そして、もしそれが可能だった場合、幻覚症状を引き起こす毒物に幻影魔法を組み合わせれば、RANK4の精神属性以上の効果を上げられるでしょう。バージアで起きている今の現象も実現可能なはずです」
「・・・・・」
樹属性から幻影属性と薬物属性の二つの派生属性を得た魔導士____。
これまでの定説に無い能力に、オーマは上手く感想を抱く事さえできなかった。
「お気をつけください、オーマ殿」
「え?」
「魔力・魔法技術とも現在はサレンかフレイスが一番でしょうけど、ベルジィのこの“集団に対しても嘘を現実に体験させる力”は別の意味で危険です」
「・・・・・・」
ベルジィの幻惑の力は、かなり恐ろしい能力と言えるだろう。
もし、そんな力の餌食になれば、今いる勇者候補達4人が全滅しても不思議じゃない。
ベルジィはハツヒナの上位互換・・・いや、超位互換の魔導士とも呼べる存在だ。
(例によって、戦う方向で考えるなって事だな・・・)
勇者候補の中で最年長であり、宮廷魔導士という経歴から見ても、ミクネに負けず劣らず自身の才能を自覚して経験を積んでいるだろう。
それは、たった一人で国家間の戦争を止めている事から証明されている。
毎度のことながら、勇者候補に上がる者のチート能力に、怯えざるを得ないオーマだった____。




