皇室晩餐会(ベルジィ・ジュジュ)
皇族屋敷の入り口のロビーでカスミと話したことで、緊張をほぐすことができたオーマ。
さて、ではそろそろ会場の大広間に行こうかと、オーマはカスミに伺いを立てた。
「オーマ殿。その前に____」
だが、カスミからは“待った”が入った。
「何でしょう?カスミ様?」
「例の件はどうですか?」
「・・・例の件?」
第一貴族からの“例の件”は、今は心当たりが有り過ぎて何の話だか分からない・・・。
「魔王を見つけるという件です」
カスミは、周囲には誰も居ないが、小声で呟いた。
「あ、ああ、それでしたら_____」
他の第一貴族にも内密に行えと言われいている(実際は知っている)この案件。確かに話をするなら会場に入る前だろう。
オーマは、ああ___と、納得の表情を見せ、回答した。
「申し訳ありません。今現状、全く手掛かりすらありません」
カスミに教えられた魔王の予言。
“長く、身が凍るような冬が終わって、春が訪れる
春の訪れを祝い、皆の心に光が差せば、ワインが落ちる
こぼれたワインが広がること無く、地にしみ込んでいけば、それは疫病の始まりだ
疫病は地獄の業火でも燃え尽きず、神の罰を受けても裁かれない
陽の光とは対立し、時に夢を見て、時に立ち止まる
そうして自殺の五芒星を描き、六つの星が欠ける夜を迎え、世に平穏をもたらす王が誕生する”
この魔王の予言を聞いて、この“疫病”が魔王を指しているというのは誰でも想像が付くだろうが、カスミとタルトゥニドゥで分かれて以降もその前も、この世に疫病が蔓延したという話は聞かない。
東方に行って、スカーマリスにもアマノニダイにも足を踏み入れたが、そういったものを見聞きすることは無かった。
なので、オーマはその事をそのままカスミに報告した。
「そうですか・・・」
「ご期待に沿えず申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です。一筋縄ではいかない事だと分かっていましたから・・・。ちなみに、疫病そのものではなく、そう表現できそうな現象や事象にも心当たりが無いという事ですか?」
神の言語のため、疫病がそのままそれを指すとは限らない、何かの現象や事象がこの大陸に蔓延するのをそう表現している可能性も有る・・・というより、そっちの可能性の方が高い。
そういうつもりで聞いたカスミだったが、オーマの回答は変わらなかった。
「はい。心当たりはありません」
そう言ったオーマだったが、本当は心当たりが有る_____それは帝国だ。
帝国の侵略行為は、オーマにとって大陸に蔓延する疫病と表現できるもので、そこから、魔王の憑代は帝国の侵略行為に関係するモノでは?と推理もした。
だが、こんな事はたとえ相手がカスミであっても言えるものではない。
なので、オーマはこれ以上話を詰められたくなくて、反射的にカスミに聞き返した。
「カスミ様はどうですか?何か心当たりはございますか?」
「そうですね。今のところ、疫病という表現が当てはまりそうなのは、ドネレイム帝国くらいですが___」
「・・・・」
自分で言うんだな____と、オーマは呆れつつも、カスミらしいと思った。
当然オーマでは、その事に対してリアクションを起こせなかった。
「____ですが、疫病と呼べそうな事態を起こせそうな人物には心当たりが有ります」
「え?・・・誰ですか?」
「ベルジィ・ジュジュです」
「____ッ!?」
勇者候補の名前が挙がって、オーマの心臓は跳ね上がり、ほぐしたはずの緊張が戻ってきた_____。
「ベルジィ・ジュジュ・・・勇者候補の一人ですよね?どういう事でしょうか?」
「オーマ殿は彼女に関して、どこまで知っていますか?」
「申し訳ありません。頂いた資料に記載された情報のみです。まだ、独自では情報収集しておりません」
「ということは、国家機密の彼女の魔術分析データもまだですね?」
「はい。スラルバン王国の元宮廷魔導士で、今は辞職して国内に潜伏して、スラルバン王国とボンジア公国の戦闘行為の妨害をしている可能性が有るとしか・・・」
「分かりました。恐らく次のターゲットになるでしょうから、せっかくですし知っている事を教えましょう」
「是非、よろしくお願いいたします」
オーマがそう返すと、カスミは「分かりました」と、次のターゲットになるだろうベルジィ・ジュジュについて語り始めた_____。
ベルジィ・ジュジュ、26歳。元スラルバン王国の宮廷魔導士の一人だった人物。
18歳の頃に、基本の水属性から派生して樹属性を扱えるようになると、魔導士としての頭角を現して、20歳に精鋭の魔導士として宮廷に入ることを許される。
そして、そこから僅か2年でスラルバン王国一の魔導士となる。
スラルバン王国は決して魔導先進国ではないので、そこで一番と言われても、帝国軍人のオーマはピンとこなかったが、カスミ曰くベルジィの実力は本物で、その時から既にフレイス・フリューゲル・ゴリンアテ同様に目を付けていたと言う。
そうして、帝国第一貴族にも注目されるようになったベルジィだったが、数年前にボンジア公国とスラルバン王国の戦争が始まり暫くすると、宮廷魔導士を辞職して行方をくらませた。
スラルバンに送ったスパイからの報告によると、ボンジアの攻勢が激しかったため、スラルバン王が自国のバージアという町を戦略上放棄する決定をした時に、ベルジィが猛反発をしていたため、この衝突が原因でベルジィは王宮を去ったと言われている。
だが、これには異論を唱えている者も居るという・・・。
何故なら、ベルジィとバージアとの間には、関係性が全く無かったからだ。
ベルジィの故郷でもなく、軍人としてバージアに配属された事も無い。どころか、公式の記録にはベルジィはバージアに足を踏み入れた記録すら無い。
ベルジィは多くを語らない性格の人物だったらしいので詳しい事は分からないが、スラルバン王に反発して王宮を去るほどバージアに思い入れが有るようには思えないという。
このため、ベルジィの行動の動機が不透明過ぎて、色々な憶測が飛んだ。
単純に自国の領土を明け渡す事に反対したとか、自国の消極的な戦い方に愛想が尽きたとか・・・。
様々な憶測と噂が飛び交うも、未だにベルジィがこの決断をした理由は判明していない。
そして、彼女が王宮から居なくなって暫くすると、バージアの近辺で戦闘が行われることが無くなった。
このことから、彼女はバージアに潜伏していると見当がついた。
だが、現場の部隊からはベルジィと接触したという報告は無いため、彼女は単独でスラルバン軍もろともボンジア軍の侵略を妨害していると思われる。
そして、ボンジアの侵攻がバージア手前で止まっている以上、スラルバンはバージアの放棄ができず、軍も撤退できないでいる。ボンジア軍もバージアを占領できないため、その手前で足止め状態だ。
そして、ここでの影響が他の戦場にも影響して、両国の戦争は膠着状態となった。
ベルジィは、たった一人で二か国の戦争を冷戦状態に持ち込んでしまったのだ____。
「____では、バージア近辺の戦闘行為を妨害している犯人が、ベルジィだと完全には特定されていないのですか?」
話を途中まで聞いて、オーマが最初に抱いた感想は、その情報の不透明さだった。
スラルバンの者達もカスミも、ベルジィがバージアに居て当たり前だという風だが、スラルバン王宮を去った後のベルジィと接触した人物の証言が無い以上、その後の全ての内容が憶測でしかない。
加えて、ベルジィがスラルバン王の意向に逆らって、宮廷魔導士を辞職してまでバージアを単独で保護する理由が分からない以上、オーマはベルジィの行方をバージアと決めつける気にはなれなかった。
「まあ、それはそうですが・・・間違いありません」
この不確定な内容に対して、研究者であるはずのカスミは自信たっぷりに断言した。
「状況的に彼女でしかありえないのです」
「状況的?」
「オーマ殿。ここから彼女の魔導士としての力量を分析した結果の情報・・・つまり、軍事機密の内容になりますが____」
____と、カスミはそう前置きしてから、一度ゆっくり呼吸して再び話を始めた。
オーマもそれに合わせて、集中力を上げて、カスミの話に耳を傾けた_____。




