皇室晩餐会(カスミとの再会)
四高の絆祭当日の夜、オーマは皇室晩餐会に出席するため、帝都第一区画を訪れる。
晩餐会は、帝国第一区画の本城(ドミネクレイム城)の更に奥にある皇族用の別宅の屋敷で開かれる。
この皇族の屋敷は、オーマでも訪れるのは初めてだった。
「今日はそこで皇帝に会うんだな・・・」
まだ見ぬ屋敷、まだ見ぬ皇帝を前に、オーマは一縷の望みのようなもの抱いて屋敷まで足を運んだ____。
オーマは皇帝の屋敷の前まで来ると、扉の前に居る皇帝近衛騎士師団の第二貴族と思われる騎士に招待状を見せた。
「お待ちしておりました、オーマ様。どうぞ屋敷へとお入りください」
「はい・・ありがとうございます」
生まれて初めて第二貴族に敬われ、オーマは緊張を抱いて屋敷に入った____。
(____あれ?)
オーマが屋敷に一歩足を踏み入れて、最初に抱いたのは違和感だった。
寒い____。
もちろん外ほどでは無いが、この屋敷の中は暖房効果のある魔法のマントを脱ぐと、少し肌寒かった。
帝都の第一区画の建物は、全て温度や湿度を調節できる魔道具が設置されているので、夏は涼しく、冬は暖かいはずなのだ。
だが、この皇帝の屋敷はそういった魔道具が完備されていないのか使用していないのか分からないが、平民が住む一般の建物の室内と変わらない気がした。
更に、オーマの視界の第一印象も、“らしくない”といった違和感だった。
(思っていたより、質素だな・・・)
帝国皇族の屋敷にしては調度品が少ない。
他の第一貴族の屋敷や、ドミネクレイム城などは、歩く廊下にも“これでもか”と威厳を見せつける様に、貴重な調度品が並んでいたが、皇帝のこの屋敷はそんな事は無く、通路の途中や階段の踊り場の隅に花が飾ってある程度だった。
(こ、これは・・・)
皇帝の屋敷と言うから、本城に負けないくらい豪華だとオーマは思っていた。
だがそんなことは無く、むしろオーマが今まで見て来た第一区画の貴族の屋敷や施設の中で一番質素だった。
「____フフッ、そんなに意外ですか?」
「!?・・・カスミ様」
そんなオーマの心中は表情に出ていたのだろう、カスミがクスクスと笑いながらオーマに近づいて来た。
「お久しぶりですね、オーマ殿。夏にゴレストでご一緒して以来ですね」
「ご無沙汰しております、カスミ様。お元気そうで何よりです。カスミ様も晩餐会に呼ばれたのですね」
「ええ、私は毎年参加しています」
「そうでしたか」
冷静に考えれば当然だ。
この帝国で、三大貴族と同等の影響力を持つカスミが呼ばれない訳が無い。
オーマは内心で失言だったと反省した。
「まあ、正直に言えば、祭りにも晩餐会にも出ずに、研究に没頭していたいのですが・・・さすがに皇室晩餐会には参加しないわけにもいきません。それに___」
「それに?」
「陛下とお会いするのは楽しいので、他の貴族の方と違って面倒ではないのです」
「は、はぁ・・・」
本心なのかこちらを試しているのかは分からないが、場所が場所なだけに、オーマはカスミの、“貴族と会うのが面倒”という発言に気のない返事を返すだけだった。
だが、皇帝がどんな人物か気になっているオーマにとって、カスミの“陛下と会うのは楽しい”という発言には興味が湧いた。
「カスミ様は陛下とお会いするのが、お好きなのですね?」
「あー・・・オーマ殿?その言い方は___」
「___あ!」
カスミの気まずそうなリアクションで、オーマは直ぐに自分の不敬さに気が付いた。
相手は主君なのだ。会うのが楽しみなのは、当然でなくてはならない。
“会いたくない”も“嫌い”もあってはならないのだ。
我ながらバカな質問をしたとオーマは反省した。
「し、失礼しました」
「はい。大目に見ましょう。ただ、他の方には聞かれないように」
「はい。反省して注意します」
この場で見知った人物に会えたことで、それがカスミであっても、少し気が緩んでしまっていたようだ。
カスミはオーマの失言を優しく訂正しつつも、どうやら“楽しみ”という発言はこの場に合わせたものではなく本心なようで、オーマの質問には答えてくれた。
「陛下は下々の者に心を砕く方ですよ、オーマ殿」
「え?」
「この屋敷・・・他の第一区画の建物とは違うのですが分かりましたか?」
「あ・・・はい。空調や室温を管理する魔道具が置かれていないようですね」
「一応、置いてはあります。ですが、陛下の意向で使われておりません」
「陛下の?」
「はい。陛下は、私的な場では出来る限り庶民と同じ生活を心掛けているのです。防衛設備はさすがに稼働させていますが、生活の利便性を上げるだけの魔道具は稼働させておりません」
「・・・そうなのですか。素晴らしいですね」
____と、こうは言ったオーマだったが、内心では冷たい感情が流れていた。
オーマは内心でこの皇帝の考えを、“金持ちの道楽だ!”と吐き捨てていた。
金持で偉い人間が庶民の生活を真似たところで、その気持ちまで理解できるとはオーマは思わない。
結局のところ財力も権力も持っているので、庶民と同じ生活をしても、その生活で生まれる危機感や不安といったネガティブな感情を持つことが出来るとは思わないからだ。
気さくに接してきたマサノリに対しても抱いた感情だが、偉い人間は下の気持ち理解できなくても、知識を持って配慮さえしてくれればそれでよく、後は命令するだけでいいとオーマは考えている。
上に立つ人物全員がオルド師団長の様な人格者だとは思わないし、それを期待する気も今のオーマには無い。
上の人間からの下の人間に対する“対等でいいよ”といったスタンスや考えそのものが上から目線だし、下に居る者達が言える発言では無いので、この発言自体が庶民の考えを理解できない人物だと証明している様なものだ。
そんな風に考えているので、民の生活を真似ただけで“自分は民を理解している”などと思うのは自己満足でしかないと思い、今のスレてしまっているオーマはこういった態度を偽善だと嫌っていた。
「フフッ、不快に感じましたか?」
「え!?い、いや・・・」
「また顔に書いてありましたよ?」
「う・・・」
どうやら、またも表情に出ていたらしく、カスミに本心を見透かされてしまった。
(そんなに顔に出してたかな?)
あまりにカスミに心を読まれて過ぎて、そんな事を思う。
そして、やはりまだ緊張しているのだと理解し、気合を入れ直した。
カスミの方は、オーマの本心も緊張も気にする風でも無く、話を続けた。
「まあ、気持ちは分かります。人は誰しも“自分のことを分かった気になっている人”は嫌いですから」
「・・・・・」
「私も、陛下がその様な理由でこんな生活を送っているのでしたら、好きになっておりませんでした」
「・・・え?」
「陛下自身、これで民の気持ちを理解できるなどと思っておりません。あの方はまだ若いですが、もっと聡明です。あの方がこの生活を送っているのは、自身が民と向き合い続ける戒めとするためです」
「戒め?」
「はい。“民の気持ちを理解する”ではなく、“理解し続ける努力をする”という気持ちの表れです」
「・・・・・・」
「16歳ですよ?面白くないですか?」
「・・・・・・」
確かに面白い____。
もしカスミの話が本当なら、皇帝ルーリーはかなり聡明な人物だとオーマも思う。
そう・・・かつてオーマが憧れて、帝国の理念に共感する切っ掛けになったルーリーの父、オードリーの様だ。
「・・・カスミ様」
「はい?」
「ありがとうございます。陛下にお会いするのが、“本当に”楽しみになりました」
「!?・・・オーマ殿。ですから、その様な言い方は____」
「はい。申し訳ありません。ですが、これで最後です」
「・・・・・」
そう言ったオーマの表情は、先程のカスミから見て不安と緊張で感情がダダ漏れだった時のものではなく、何かを決意した迷いの無いものに変わっていた。
オーマは、今夜の晩餐会での緊張を“皇帝陛下を見極める”という決意で克服し、皇帝の会うのを楽しみにするのだった_____。




