祭りと生贄とフェンダー(後半)
____ガランッ!
ルーリーの手から剣が滑り落ちた・・・。
ルーリーがフェンダーと鍛錬を始めて一刻になろうかという頃、ここまで殆ど休まずに剣を振り、魔法を撃ちこんできたルーリーに限界が来る。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
それでもルーリーはまだ納得できないのか、再び剣を拾おうとするが、指先が痙攣して上手く拾えない。
それに先程から、何もしていないのに息が切れている。魔力が枯渇している状態だ。
「陛下、本日はこれまでに致しましょう」
フェンダーは代わりに剣を拾うと、ルーリーにそう告げる。
「ッ!・・・け、けど!」
「これ以上は体を壊すだけです。体を休めるのも、肉体を鍛える上で重要にございます」
優しく、労わる様に____だが、それでも有無を言わさぬ様にフェンダーは言い切った。
「・・・・分かった」
いつものやり取りで、フェンダーがこの言い方をした時は、聞き入れてもらえない事を知っているルーリーは、渋々了承した。
「はぁ・・・」
今日の鍛錬は終わり____。
そう自分の中でスイッチを切ると、ルーリーの肉体は本当に限界だったらしく、腰がストンと落ちて、立ち上がれずにルーリーはそのまま後ろに手をついた。
「陛下、タオルをお持ちいたします。そのままお待ちください」
フェンダーはそう言って、スタスタと歩いてテラスに置いてあるタオルと運動用の飲料水(魔法ではなく、普通に水分補給に適した材料を混ぜた飲み物)を取りに行く。
「・・・・・」
ルーリーは、そのフェンダーの後姿を観察する様に眺める_____フェンダーの息は全く切れていない。
かれこれ一刻もの間、自分に本気で責められ続けていたというのに、傷一つ負わず、息も切らしてない。
「ふぅ・・・」
このことで、今日も鍛錬の成果を実感できず、ルーリーは深いため息を吐いた____。
フェンダーがタオルと飲料水を持って戻ってくると、ルーリーはそれを受け取り、感謝の言葉を添えた。
フェンダーはその言葉に「感謝は不要にございます」と返す。
皇帝という立場の人間は、些細な事で感謝を述べてはならないからだ。
威厳がどうのと、面倒なことだが仕方が無い。
皇帝の言葉は国の代表であり、個人の言葉では済まない場合がある。
そのため、感謝も謝罪も慎重でなくてはならない。
ルーリーもこの事は重々承知しているが、気心知れた者と公的でない場に居る時は、ついつい言葉が出てしまう。
ルーリー個人としては、“人に何かをしてもらうのが当たり前ということは無い。だから人に何かをしてもらったら感謝するのが当たり前”という価値観がある。
皇帝の立場とは相反する価値観だが、これはこれで良いだろう。
この相反するものが有るから、ルーリーの人に何かをしてもらった時の態度が“威厳”になるのだ。
皇帝なら何をしてもらっても当たり前____もし、ルーリーがこんな風に考える人物だったなら、だた“傲慢”に映るだけだろう。大事なのはバランスだ。
ルーリーは若いながら、自分の気持ちと物事のバランスを取るのが上手い。
人をまとめる立場に必要な要素だ。
フェンダーが、ルーリーは人の上に立つ才が有ると評価しているのは、決して身内贔屓ではないのだ。
だからこそ、ルーリーに説教しておきながら、ルーリーの“お前といる時くらいはいいじゃないか”という苦笑いに、“まあ、そうですけど”といった苦笑いを返すのだった____。
ルーリーは、受け取ったタオルで汗を拭き、飲料水を一口。
それからルーリーは、一緒に渡された錠剤を一粒呑む。
軍で使われている薬で、ほんの少しだけ魔力を回復させる効果が有る。
本当に微量なので、戦闘中には使われない。使うのは戦闘後だ。
戦闘後にこの薬を飲んで、少し魔力を回復させ、潜在魔法で肉体の傷と疲労を回復させるのだ。
水分補給をして、潜在魔法で肉体を回復させ始めて時間が経つと、先程より頭がクリアになって来る。
ルーリーは、頭が軽くなって来ると、フェンダーと先程の鍛錬の反省会を始めた。
そうして反省を進めていけば、やっぱり自分は至らないという結論になり、ルーリーは落ち込むのだった。
「情けないな・・・本当に」
「陛下、それは____」
フェンダーは慰めの言葉を出そうとしが、喉を詰まらせる。
効果が無い事が分かっているからだ。
フェンダーはこれまで、こういう場面では何度となく励ましの言葉を伝えてきた。
昔はそれで元気を取り戻す事もあったが、今ではそれも無い。
ルーリーは最早、言葉では立ち直れず、結果を出さなければどうにもならないところまで来ている。
フェンダーはずっとルーリーの相手をして来て、その事を痛いくらいに理解していた。
「申し訳ないな、フェンダー。私は出来の悪い教え子だ」
「その様な事はございません、陛下」
フェンダーは、さすがにルーリーのこの言葉はきっぱりと否定した。
「私の方こそ至らぬ教師です。やる気のある教え子に、ためになる助言一つできないのですから」
「フェンダーは悪くないだろう?私に稽古をつけてくれる者はフェンダーだけじゃない。そしてその全員が、私が強くなれない原因が分からないと言っているんだ。なら悪いのは教え子の私だろう」
「教師全員が至らぬという事もございます」
「それは____」
「案外そうかもしれませんよ?絶対などという事はございませんから」
「は、そうか・・・ありがとうな」
ルーリーは、それはさすがに無いだろうといった態度だが、その上でフェンダーの自分を慰めたい気持ちを理解して、再び苦笑いを見せた。
フェンダーとしては、わりと本気の言葉だった。
本気でルーリーに稽古をつける第一貴族全員が悪いと思っているのではなく、ルーリーに本気でそう思ってもらって人の所為にして、少しは自分を許してほしいと思っての言葉だった。
フェンダーは、人格者であるルーリーが、こういった事で他人の所為にする事など無いと知りながら、そう言わずにはいられなかった。
案の定ルーリーは、フェンダーの意見を、フェンダーを咎めぬ言い方で否定した。
「ありがとう、フェンダー。私のことを思っての言葉だろ?嬉しいよ。でも、やっぱり私にはそんな風に考えることは出来ないよ」
「陛下・・・」
「剣や魔法の鍛錬に限らず、軍事や政治もクラースやマサノリに頼りっぱなしだ。いつも、そうして私を支えてくれる者達を無下にするなど、例え心の中であっても出来ないよ」
「陛下、それは____」
貴方を自分達に依存させるためです_____そう言いかけて、フェンダーは思い止まる。
言っても無意味だ・・・いや、むしろ自分がルーリーに咎められる。
ルーリーは、クラースとマサノリを信じ切っている。
ルーリーは若くして父を亡くし、悲しむ暇も無く皇帝という立場に立たされた。
そんなルーリーを、自分達の野心に利用するためとは言え、二人はちゃんと支えて来たのだ。
そうやって支えられてきたルーリーが、二人を信じてしまうのは、仕方が無い事だろう。
「あの二人には特に助けられている。今も、私がこうしている間、クラースやマサノリが、新たに帝国の理念に賛同した西の国をまとめ、南の戦争を終わらせようとしているのだろう?彼らには感謝しかない」
「・・・・・」
フェンダーはルーリーに悟られないように奥歯を絞めた。
ルーリーが二人に賛辞を贈る時はいつもこうだ。
ルーリーがクラースやマサノリの事を信頼しきっている事に、フェンダーは毎回怒りと不安を噛み締めなければならなかった_____。
二人は、鍛錬後のいつもの自虐と慰めのやり取りを済ませる。
その会話が終わると、話題はルーリーがこの時期に一番関心を持っているものに変わった。
「もうすぐ四高の絆祭だな」
「はい」
「待ちきれんな」
「陛下は毎年のあの祭りがお好きなのですね」
フェンダーは、ルーリーが毎年12月に入ると、あの祭りを待ちきれないといった内容の話をし始めるのを、毎年聞いている。
「楽しみ・・・というか、ありがたいと思っている」
「ありがたい?」
「ああ。あの祭りは帝国の建国と、その崇高な目標を掲げて結んだ四家の絆を祝う祭りだ。それと同時に、その目標に良く貢献をしてくれた者を晩餐会に呼んで、称賛するだろう?こういった祭りで、皆に日頃の感謝を伝えられるのは、ありがたいことだ」
「陛下・・・」
「今年は、オーマ・ロブレムも参加するのだろう?平民の者では初参加だな」
「はい。彼をご存じなのですか?」
「ああ。亡き父が英雄と呼んだほどの人物だ。その後は色々あったらしいが、気になっていた。この祭りにクラースが招待したという事は、その後の汚名も返上したという事だろうし、会うのが楽しみだ」
クラースがオーマを招待したのは、オーマをその後の生贄にするためなのだが、ルーリーはその事をしらない。
「あれも、クラースが段取りを組んでくれているのだろう?楽しみだ♪」
そう言って、先程とは打って変わって、鼻歌を歌いだすほど元気になる。
「・・・・・」
フェンダーは、ルーリーが元気なったこと自体には喜んでいたが、その理由に胸が締め付けられるほどの不安に駆られていた。
____そう、この祭りは、 “全て”クラースが段取りを組んでいる。
そしてルーリーは、クラースを疑う事なく、“その段取り通りの立ち回りをする”事になるのだ。
ルーリーには、ありがたいのだろうが、フェンダーにはクラースに利用されているように見えて、オーマだけでなく、ルーリーもまた生贄に見えてしまうのだった____。




