祭りと生贄とフェンダー(前半)
帝国の本城ドミネクレイム城、中庭____。
ドミネクレイム城の中庭は、上から見て正六角形の形をしている。
入口の対面には、巨大な石造りの噴水滝があり、植木も置いて中庭全体に清涼感を出している。
左右には大きな屋根付きのテラス。木製の椅子とテーブルだけでなくソファーも置いて、そのテラスを囲む様に花壇が円状に在って、大人数が落ち着ける空間が出来上がっている。
花壇の花は東西南北から取り寄せたもので、色とりどりの花が咲いていて艶やかだ。
生態の違う東西南北の植物が、全てこの冬の時期に花を咲かせているというのは不自然に感じるだろう。
その通り、自然じゃない。魔法によるものだ。
この花壇の花に使っている水は、魔法研究機関ウーグスが、季節・気候・土地に関係無く農作物を育てられるようにするための、魔法の性質変化の実験開発中の水だ。
この水に限らず、石造りの噴水滝、その周りの植物、ソファー等の家具に至るまで、全てウーグスが実験で作ったもので、この中庭自体が魔法の研究場でもある。
そう聞くと、情緒が無くなりそうなものだが、そうは言っても、建築物も植物も一流の職人が建築、栽培して管理しているため、パッと全体を見ても細かい所を見ても美しく、ここだけ季節から逸脱しているのも有って、どこか幻想的にも感じる。
もちろん居心地も良くて、よく人が集まる。
テラスで優雅にお茶会が開かれる事もあるし、今日のように中央の広いスペースを使って、鍛錬を行う者も現れる。
この中庭は魔法防衛設備の実験も行われているため、同じく全ての物に防護魔法が付与されており、魔法を撃ちこんでもそう簡単には壊れない。
実際に、先程から鍛錬をしている一人の少女が魔法を撃ち続けているが、中庭のどこも傷付くことは無かった。
その少女の見た目は、オレンジ色のゆるっとふわっとしたカールのミディアムヘアで、パッと見た目は可愛らしい雰囲気がある。
ぱっちり開いた瞳は青色だが、宝石のように透き通っているため、光の加減次第で白や水色にも見える。
顔立ちが人形かと思うほど精巧に整っているため、幼さを残しながらも大人びていて、良い意味で人間離れした魅力がある。
真紅を基調とした黄金の装飾がされた鎧を身に纏っていおり、その隙間から見える肌は白く透き通っている。
少女の方も、庭の事など気する様子もなく、一心不乱に対戦相手に魔法を撃ちこんでいた。
いや、闇雲に魔法を撃ちこんでいる、と言い換えてもいい。
鍛錬を開始した当初は、少女なりにあれこれと戦術を考えて魔法を使って戦っていたが、対戦相手には全く通用せず、傷一つ付けられなかった。
そうして打つ手が無くなると、今は我武者羅に攻める様になっていた・・・・当然、通用はしていない。
だが、相手に通用しないこと自体は仕方が無い。
少女の対戦相手をしている白髪のアイビーカットの男は、この帝国で最強の騎士なのだから。
そう、少女の相手をしているのは、帝国三大貴族の一人、フェンダー・ブロス・ガロンドである。
そして、帝国三大貴族にして、皇帝の護衛を預かるフェンダーが稽古をつける相手など、一人しかいない。
ドネレイム家五代目当主、ルーリー・イル・ラッシュ・ドネレイム_____。
ドネレイム家の四代目であるオードリー・イル・ラッシュ・ドネレイムが41歳という若さで病死したために、当時若干12歳で皇帝の座に付くことになってしまった、今年まだ16歳になったばかりの若き皇帝だ。
帝国最強の騎士相手に16歳の少女が通用しないのは当然の事なのだが、皇帝ルーリーがフェンダーとの鍛錬で焦っているのは、フェンダー相手に自分の力が通用しない事ではなく、その力自体がフェンダーの技量と関係無く弱いと感じているからだった。
誤解の無いように言っておくが、ルーリーは決して弱くはない。
ルーリーの基本属性は水と風だが、帝国の英才教育で鍛えられていて、どちらもSTAGE3(連結)まで届いており、大陸最強の帝国軍の一般兵士の基準には既に到達している。
若干16歳ながら、帝国の職業軍人の域に到達しているのだから、立派なもののはずだが本人は納得していない。
___いや、周りに納得してもらえないと思っている。
ルーリーは皇帝として、“表向き”の立場は理解している。
帝国は貴族社会だが、同時に実力主義社会でもある。
当然、そのトップに立つ者が弱者であることを良しとしない。
そのため、第一貴族がそうであるように、皇帝にも強さを求められるのだ。
ルーリーは、その帝国の支配者に求められる強さには明らかに届いておらず、そのことにコンプレックスを抱いていた。
そして、ルーリーが自分の強さにコンプレックスを抱いてしまう原因が、もう一つ有る。
それは、一般兵と比べればルーリーは強いが、同じ支配階級である第一貴族と比べた場合では、強いとは言えないからだ。
帝国第一貴族の英才教育は、ジョウショウやハツヒナの強さから見ても分かるように本物だ。
他の第一貴族たちが16歳の頃には、皆すでにSTAGE4・5まで届いていた。
その事を知っているルーリーは、やはり自分の成長は遅れていると感じ、焦りが出てしまうのだ。
ルーリーは皇帝という立場もあって、彼女のその未熟を表立って非難する者は居ない。
____だが、内心ではどうだろう?
ルーリーはそう考えてしまう。
自分の弱さに、他の貴族たちは内心で幻滅しているのではないか?帝国の恥さらしと思っているのではないか?
そんな風に思ってしまうのだ・・・。
「・・・・・」
フェンダーは、そんなルーリーの気持ちを痛いほど理解していた。
ルーリー自身が口に出したことは無いが、頭に“超”がつくほどの一流の騎士であるフェンダーには、ルーリーの戦い方で、その心の機微を容易に察する事ができた。
ルーリーの焦りやコンプレックスに対するフェンダーの想いは複雑だった____。
先ず、フェンダー個人の感情では、ルーリーが弱い事など、全く問題にならない。
フェンダーのルーリーに対する忠誠心は本物だ。
代々皇帝を守護する家柄だが、それを差し引いてもフェンダーはルーリーを皇帝として認め、忠誠を誓っている。
ルーリーは若干16歳にして、その精神は高潔で思いやりにあふれている。
欲に溺れず、民に心を砕く明主なのだ。
戦闘の才は無くとも、人の上に立つ才には恵まれている人物で、フェンダーはその人格に惚れこんでいる。
そのため、欲に溺れず、民に心を砕く優しさと高潔ささえあれば、戦闘力などルーリーには求めない。
自分や兵が手足となって戦えば良いのだと思っている。
だが、同時にフェンダーは、ルーリーの取り巻く環境が、彼女が弱い人間であることを許さない環境であることも理解していた。
これは、帝国の“表向き”の話ではない。裏の話___帝国内に潜む危険の話だ。
ズバリ言ってしまおう____
帝国内に潜んでいる(とフェンダーが思っている)ルーリーの危険とは、クラースとマサノリの事だ。
フェンダーは二人と同じ三大貴族で、よく顔を合わせる。
そこで、薄々だが感じていた____。
クラースとマサノリの二人は、自分達の主人を主人として見ていない____と。
そんな風に思う事が、極稀に有るのだ。
極稀・・・本当に薄らとしか感じない違和感だ。証拠など無い。
だがフェンダーは、この違和感に十分な警戒をしていた。
この二人は、勇者だけでなく、皇帝陛下も傀儡にするつもりなのでは?____と。
もしそうなら、たとえ同じ三大貴族とはいえ、到底許せるものではない。
だが、クラースとマサノリを相手にする場合、現状はかなり厳しい・・・。
もし、クラースとマサノリが皇帝にとって敵だった場合、ルーリーとフェンダーにとって、二人はどんな相手より脅威となる存在だ。
戦闘ならばフェンダーの方が有利だが、それは一対一に限る。
流石にフェンダーでも、クラースとマサノリ二人を相手にするのは不可能だ。
それに、あの二人をもし敵に回せば、他の第一貴族も敵になる可能性が高い。
恐らくカスミ・ゲツレイも敵になるだろう。
ジョウショウ等ならばとにかく、カスミが相手となると、フェンダーでも勝利を約束するのは難しくなる。
それに何より、彼らを討つなら、それなりの大義と証拠が必要になる。
だが、あの二人から自身の立場を危うくするような証拠など、奇跡でも起こらない限り出ることは無いだろう。
駆け引きや策謀は、向こうの方が遥かに上だ。
そのため、いざという時に備えて武芸くらいは____と思うのだが、現状芳しくない。
ルーリーが伸び悩んでいる理由は、第一貴族の英才教育でも、フェンダーでも分からない。
その事と、自分一人ではルーリーを護れない事に、フェンダーもまた無力感を抱いてコンプレックスにしているのだった_____。




