祭りと生贄とリデル
スカーマリスにはペルトリア城という名の城がある。
場所は北東、大陸最果ての山岳地帯、准魔王“空の怪威”メテューノの根城だ。
メテューノは帝国との戦いで、タルトゥニドゥに行って帝国側の目的が分かったとき、自分の根城に退却する可能性を考えて、一部の戦力をこの城に残していた。
そのため、兵数は多くないが、精鋭の上級魔族がまだ多く残っていた。
今回のスカーマリス戦争で、他の准魔王達がその殆どの戦力を投入して敗れたため、結果として、今現在のスカーマリス魔族最大の戦力となっている。
そんな残されたメテューノ傘下の上級魔族達は、帝国への対策のために集まっていた____。
「____報告です。帝国軍に大きな動きはありません。今はバルドール城を修繕し、防備を固めています」
「では、直ぐには攻めてこないか?」
「なら安心だ」
「バカを申すな!時間の問題だろ!」
「そうだ。ただ単に冬に備えているだけだ。春になれば侵攻してくるだろう」
「だ、だが、スカーマリスは人間にとって肥沃な土地は少ない。それに准魔王が全て倒されたのだ。こんな辺境まで来るか?」
「その通りだ。ここまで攻めてくる確証はない」
「下らない・・・」
「都合の良い意見にすがるな!馬鹿者め!来ない保証もないであろう!?」
「准魔王を全て排除したのだから、帝国はもう我々を脅威とは見ていないだろう」
「ならば、一気にこのスカーマリス全土を掌握しに来る可能性も有る」
「ああ、そう考えて備えるべきだ!」
「ま、待て!た、戦うのか!?」
「・・・他に道が在るのか?」
「い、いや・・・だが、勝算は有るのか?」
「そ、それは・・・」
今現在のスカーマリス最大戦力であり、恐れ知らずであるはずのメテューノ傘下の上級魔族達。だが、その言動は弱気な者が多い。
いかに勇猛な上級魔族とはいえ、その上の最上級魔族である元魔王軍幹部達が全て帝国に倒されているのだから、強気になれないのも仕方が無い。
「プッ!クックックック・・・。揃いも揃って情けないわねぇ・・・まあ?いくら魔族とはいえ、主人が死んだら大抵の者はこうなるかしら?」
悲鳴にも近い弱気な発言が飛び交う中、それを嘲笑う女性の声が、会議を囲むテーブルの外から響いた。
「「誰だ!!」」
その場の全員が声のする方に視線を送るが、そこには誰も居ない_____はずだったが、スゥッと浮かび上がる様に一体の女性の淫魔が現れた。
そして、その場の全員がその姿に魅入られた____。
その姿が美しく、妖艶である事もそうなのだが、魅入られた一番の理由は、この女性淫魔の魔力が、自分達の主人である准魔王さえ上回っているからだった。
「だ、誰・・・い、いえ、どなたですか?」
「貴方は一体・・・・・」
「・・・・リデル様?」
この中に前魔王大戦を生きた者が居たのだろう。現れた女性淫魔の名が判明する。
「あら♪私を知っている古株が居たのねぇ・・・意外。でも、それなら少し心が痛んじゃうかも・・・」
リデルは、皆が呆気に取られている中でも、気にせずマイペースだった。
「え、えっと・・・」
「皆の者、この方はリデル様だ。准魔王の方々と同じく、前大戦で魔王様より一軍を預かっておられた方だ」
「なんと!?」
「本当か!?」
「いや、だが、この方から感じる魔力は____」
「ああ!間違いない!」
古参の者からの紹介、何よりリデル自身の持つ魔力が、それが真実だと物語っており、一同は歓喜のリアクションを見せる。
そして、リデルに期待の眼差しを贈り始めた。
上級魔族の自分達しかいない今の状態では、どう頑張っても准魔王を負かした帝国を追い出すことは出来ないと、全員が感じている。
だが今、目の前に、准魔王以上の力を持った魔族が現れたのだ。
もし、リデルが指揮を執って帝国と戦うのならば_____と思わずにはいられなかった。
「リデル様、今までどちらに・・・いえ、ここには、何用で来られたのですか?」
「もちろん、あんた達に会いに来たのよ♪帝国にいいようにやられていたけど、メテューノの性格なら戦力を残していると思ってね♪」
「おお!で、では我々と戦ってくださるのですか!?」
「ええ、“貴方達と”戦ってあげるわ。魔王様のためにね♪」
「おお!」
「やった!」
リデルの意思表示に、その場の全員が希望に瞳を輝かせた。
元魔王軍幹部___それも自分達の主人以上の力を持った人物が加わってくれるのなら、心強いなんてものではない。
声を上げた者には、拳を握り、この戦いに勝機さえ見出す者もいた。
「リデル様!我らは貴方様を新たな主とし、如何なる戦場にもついて行きます!」
「はい!」
「何なりとご命令を!!」
「あら、そう?そうねぇ・・・じゃー、あんた達!パーティーを始めるわよ!」
「「おおーーーーー!!」」
全員がリデルの号令に奮い立ち、声を上げた。
その瞬間____
____ザンッ!____ボト・・・
「は?」
「へ?」
「な、何?」
リデルの一番近くに居た上級魔族の閑々忍者の首が落ちる_____。
リデルは氷の刃を手にしていて、その姿に笑みを浮かべていた。
「なっ!?」
「リ、リデル様!?一体何を!?」
「うああああ!」
一瞬何が起きたのか分からなかった者達も、仲間がリデルに殺されたのだと分かると、弾ける様に悲鳴を上げた。
その動揺する周りの姿に、リデルはクックックッと喉を鳴らしながら質問に答えた。
「だからぁ、パーティーよ。お祭り。そう、“血祭り”ってね♪」
「な、何だと!?」
「い、一体何故そのような真似を!?」
「ああ、それはねぇ、“これ”のためよ」
そう言ってリデルは、心臓の形をしていて怪しく紫色に光る黒い石を見せた。
「そ、それは、ジェイルレオ様のレジネスハート!?」
「ま、まさか・・・ジェイルレオ様を殺したのは____」
「そう、私♪」
「な、なんだと!?」
「ば、バカな!?何故そのような事を!?」
「どういう事だ!?」
「うるさいわね。そんな事はどうでもいいのよ。それより、これを早急に使いたいんだけど、魔力が枯渇しちゃっているのよ。だからさ?」
「き、貴様・・・まさか」
「そう♪あんた達の魔力で補充しようと思ってね♪生贄になってもらいに来たのよ♪」
そう言い切ると、リデルは魔法術式を展開する。
その魔力は、准魔王のそばに居た上級魔族達でも、これまでに見たことが無い程の魔力だった。
「う、うわっ・・」
「ひぃ!?」
「い、嫌だーーー!!」
ようやく事態が呑み込めた上級魔族達は、我先にと脱兎のごとく逃げ出した。
「逃がさないわ、誰一人としてね____氷結リンク」
_____パキィイイイン!
リデルが氷結魔法を発動すると、パキパキと音を立てて地面に氷が張られ、上級魔族達の足を捕らえた。
「あ、あああああ!!」
「やだやだやだやだーーーー!!」
「た、助けて!!」
勇猛なはずの上級魔族達が泣き叫ぶ____。
こればっかりは相手が悪い。
リデルは再びクックックッと喉を鳴らしながら、地面の張った氷以上の冷たい殺気で、上級魔族達を殺めて行った・・・。
そして、この城に居た上級魔族達は、一夜で全員が死体になってしまった______。
メテューノ傘下の上級魔族達を虐殺した後_____。
「アーハッハッハーーーー♪」
リデルは一人、死臭漂う部屋で、心底痛快だと大声で笑っていた。
人間の姿で娼婦をしていた頃の笑い方の癖が残っているので、大きく口を開けて笑うのは珍しいことだった。
「ハハッ♪やったわ!そう!そうなの!あの予言は本物の魔王様を指したものだったね!」
上級魔族達を生贄にして、レジネスハートに魔力を補充したリデルは、その力でカスミと同じ“神の予言”の魔法を使った。
そして、カスミがオーマに伝えた魔王の予言が本物だという事を突き止めた。
「あの女、わざわざ本物の予言をオーマに教えていたのね・・・何故かしら?罠?私が動くのを待っている?代わりに探させる?・・・フフ、これまで私の存在に気付けなかった連中が、私を釣れるとでも思っているのかしら?」
カスミの意図は、正直リデルには分からない。
だが、そんな事は今となってはどうでも良かった。
リデルにとって最も重要なことは、本物の勇者か魔王を探し出すこと。
その最大のヒントが手に入ったのだ。
「必ず!必ず!探し出して見せますわ!魔王様!待っていてくださいませ!」
高揚が抑えられないリデルは、狂気的な笑みを浮かべて、魔王の憑代を探し出すべく、月夜に羽ばたいていくのだった____。




