ビルゲイン包囲網(2)
フェンダーがボロス達にもボロス達の罠にも気が付けた事に、特別な理由は無い。
単純にフェンダー自身の戦闘経験で培った勘によるものだ。
第一貴族の中でも、皇帝の警護を務めるフェンダーの戦闘訓練は、過酷という言葉では語れないほどで、最早“訓練”等とは呼べないレベルだった。
同じ第一貴族のクラースやマサノリとの実戦稽古は勿論のこと、皇帝を暗殺から守るためには、暗殺の手口を学習する必要が有ると、幼少の頃からバグスと共に他国の要人の暗殺やらされ、強者との命懸けの戦闘を経験させるために裏闘技場での殺し合いに出場させられたりなどして、対人戦闘力を実戦で鍛えてきた。
対魔族に関しても、スカーマリスでの魔獣狩りの参加から始まり、様々な状況で様々な魔族と戦って経験を積んできた。
その中でも更に常軌を逸していた訓練の中には、カスミに最上級魔族を召喚してもらい、それと戦うというものがあった。
ディディアルやバルドールといった者達と並ぶ、魔王軍幹部にすら成れる可能性を持った最上級魔族との決闘で鍛えたフェンダーは、帝国東方軍以上に魔族との戦いに長ける。
そんなフェンダーの戦闘経験値は、他のどの帝国軍人より高く、オーマ達遠征軍以上だ。
ビルゲインのリーダーであるリデルの魔術結界ならばともかく、ボロスがこの日のために用意した魔術結界など、特別な事をしなくても見破るのは造作も無い事だった。
フェンダーは直ぐに剣を持たない方の左手を上げて、後から続く部下に指先でサインを出して命令する。
“魔族の魔術結界多数在り。上級魔法の罠に注意せよ!”
暗闇の中で指先を動かしても普通は見えないはずだが、精鋭騎士としてこういった訓練もして来て、事前に夜の闇で目を慣らしていた兵士達は、全員がフェンダーのサインと理解できており、防護魔法の魔法術式を展開して、全員が敵の攻撃に備えた。
それに対して指示を出したフェンダーは、罠を解明するため、土属性の魔法で壁や床など、建物内全てに魔法の砂を行き渡らせた____。
(・・・・何処に砂を行き渡らせても罠が発動しない。という事は、術者の意志で発動するタイプの罠か・・・ならば、先手必勝!)
術者がタイミングを計るタイプの罠なら、わざわざそのタイミングを待つ理由は無い。
フェンダーは罠を打ち破るため、また新たに魔法術式を展開した。
「破邪研匠!」
フェンダーは再び金属性魔法を発動したが、今度は鋼ではなく、金色に輝く金属で弓矢を造った____。
フェンダーの錬成した金属は、破邪研匠というフェンダーのオリジナルの金属で、魔法に対する干渉率を高める効果が有る。
この金属にフェンダーの魔力が加わると、フェンダーはこの金属で造った武具で、魔法を“物理的に”攻撃できるようになる。鎧や盾で防御する場合も同じだ。
つまりは、対魔法用の金属という事だ。
フェンダーは一度に3本の矢を射った____。
その3本全てが目には見えないはずの魔術結界のど真ん中に命中し、結界を無力化する。
そして、フェンダーはそこで終わらず、3、6、9、12と、3本同時撃ちを連発し、魔術結界を次々と破壊していった。
「くっ!おのれ!」
罠を見破られ、結界を破壊されていくボロスは、やむを得ず直ぐに魔法を発動する。
____ズドドドドドドドドドゥ!!
結界には十分に魔力が蓄えられていたのだろう、上級魔法のフレイム・レーザーが連射された。
「ふん!」
だが、フェンダーは全く動じず、一回鼻を鳴らすと破邪研匠の矢で、そのフレイム・レーザーさえ撃ち落とすという、恐るべき神業を披露する。
更には____
「___フッ!」
____ビュン!
「____ッ!?」
「か、閑々忍者!」
ボロスの作戦は結界と暗殺の二段構えだったが、フレイム・レーザーの連射に紛れて近づいて来ていた魔族の暗殺者も、フェンダーは見落とすことなく迎撃して見せた。
准魔王のディディアルや、同じ第一貴族であるハツヒナでも簡単には看破できない閑々忍者の動きに対して、フェンダーはより察知しづらい状況でありながら、しっかりと看破していたのだ。
そして、ボロスがその神業に息をのんでいる間に、フェンダーの方はそのまま何事も無かったように、結界とフレイム・レーザーの連射を破壊し続けた。
部下には既に指示を出しているため、気にもかけない。
実際、フェンダーの部下達は土属性の上級防護魔法でフレイム・レーザーの連射に耐えていた。
精鋭中の精鋭だけあって、事前準備できれば、この上級魔法の猛攻にも数を減らすことは無かった。
ボロスはその事にも、焦りを覚えた。
「一人も削れないだと!?くっ・・・」
この日のために魔力を蓄え、結界も射角を全て計算して配置し、暗殺者を鍛え、念入りに準備してきたが、それらが全く通じていない。
手も足も出ないとは、この事だった。
この様を見て、ボロスは直ぐに切り札を使う決断をした。
「突撃だ!!」
ボロスの突撃命令を受けると、店のボーイや、娼婦、男娼達が人の姿をやめて、肌を浅黒く変え、蝙蝠羽を広げて、爪と牙を剥き出しにしてフェンダー達に襲い掛かった。
そして、時間を稼ぐため部下達に突撃指示を出したボロス自身は、店の奥へと後退していった。
「____!?」
フェンダーは、暗闇の中で襲い掛かってくる魔族が居る中で、たった一人だけこの場から離れていく気配を察知する。
「こいつらの迎撃は任せる!」
「「了解!!」」
それを敵指揮官だと判断したフェンダーは、襲ってくる魔族の事は部下に任せ、自身はその離れていく気配を追うのだった____。
「くそ・・・皇帝の近衛騎士団・・いや、フェンダーという騎士があれほどとは・・・」
フェンダーの戦闘力と魔力は高いと思っていた。
だが、こちらの搦め手をこうも簡単に切り崩すほど戦い馴れているとは、全くの想定外だった。
恐らく、部下達も時間稼ぎ以上の戦果は期待できないだろう。
戦いが始まって、まだ1分も経っていない・・・。
夜明けまで耐えるどころではない・・・30人は少ないどころでも無かった。
フェンダー一人居れば、一晩も掛からなかったのだ。
ボロスは自分の計算違いを恥じつつ、最後まで抗うためリデル特製のVIPルームへと逃げ込んだ____。
____ガチャ!と勢い良くドアを開けてボロスは部屋へと駆け込む。
すると、その直後にパタンと、誰かが静かにドアを閉めた____。
「____なっ!?」
追われている自覚はあったボロスだったが、既に追い付かれていたのかと驚愕する。
そして、振り返ってみれば、そこには先程まで結界も暗殺者も破壊して大暴れしていたのに、息一つ乱していないフェンダーが立っていた。
「やあ、ボロス。ビルゲインの幹部として資料では知っていたが、顔を合わせえるのは初めてだな。自己紹介をしようか?」
「・・・必要ございません。知っておりますから」
「そうか、話が早くて助かる。この後も手っ取り早いと助かるのだが___」
「・・・何でしょう?」
「大人しく縛につけ」
「お断りいたします」
「なら、力づくだ」
「構いません」
両者の会話はそれだけで終わった。
リデルのため、魔族のため、絶対に譲れないボロス。
皇帝のため、帝国のため、絶対に譲れないフェンダー。
そんな両者が戦場でする会話など、そう多くは無い。
元々両者とも戦闘態勢だったため、両者の激突は直ぐに始まった____。
先に動いたのはボロスだった。
勇敢ともいえる行動だが、少し違う。どちらかと言えば、開き直りだ。
格上に追い詰められたボロスには、選択肢は殆ど無く、もう、“この部屋の仕掛けを使ってフェンダーを攻撃する”という事くらいしか、やることが無かったのだ。
それしかないのなら、決断は簡単だった。
そしてタイミングも何もない。
ここまで差があり、油断もしていない相手には“絶好のタイミング”など訪れないのはボロスも分かっている。
最早ボロスに出来る事は、“どうか通用しますように”と、願いを込めて、この部屋の仕掛けを発動するだけだった____。




