不死身の勇者ろうらく作戦(5)
「ヒッ!ヒィィイイイーーーー!!」
あまりに常軌を逸した魔力に、ザイールは腰を抜かしてへたり込んでしまった。
オーマもヴァリネスも、そのザイールの姿を笑わない。
自分達がザイールの立場なら、同じ様に無様な姿をさらしていたに違いないからだ。
二人はただ呆然として、ジェネリーの後姿を眺めている。
ジェネリーは再生した自分の肉体を確かめる様に、グッパ、グッパと手を握って開いてを繰り返している。
そして一通り納得して、ザイールを睨む。
「う、うあ・・・・あ・・・」
睨まれたザイールは、恐怖で完全に意気消沈している。
「どうした?かかって来ないのか?私の様な小娘には負けないのだろう?」
完全に人の領域を超えた魔力もあって、その静かな物言いは、ザイールにとって恐怖でしかなかった。
「ま、待て!待ってくれ!!もういい!お前のことは諦める!だから許してくれぇ!」
「・・・・・」
「も、もう嫌だ!お前とは、もう戦いたくないんだ!お願いだ!!」
「・・・醜い」
「へ?」
「醜いと言ったのだ。自分が優勢な時は偉そうにして・・・不利になったとたん媚びを売る・・・今の父の様だ。さんざん私や父を愚弄したのだ、最後まで潔く戦ったらどうだ?私は小娘なのだろう?」
「い、いや、訂正する。お前・・あ、貴方様は小娘などではない。し、真の騎士だ」
「やかましい!」
「ヴァギャーーー!!」
ジェネリーが片方の手を前にかざすと、ザイールの足元から炎が噴き上がり、ザイールを焼いた。
ザイールは強力な炎で巻かれるも、なんとか転げ回って逃げる。
だが、ほんの一瞬、その身に受けたジェネリーの炎の威力で、自分の“死”が濃厚になって、さらに震え上がる。
オーマとヴァリネスは、その様子を引きつった表情で見ていた。
「・・・・・何なの、あれ?」
「ど、どうやら、まだ、あの時は覚醒していなかったんだな・・・・」
「どういうRANKとSTAGEかしら・・・」
「分からん・・・一見すると、失った肉体が再生しているから、潜在魔法RANK6(細胞)STAGE5(再生)の様な気がするが、炎と共に肉体が再生したようにも見えた。もしそうなら、信仰魔法の可能性もあるかもしれない。でも、即死の状態から復活しているから、無意識で魔法を発動した可能性もある。それなら潜在魔法でしかあり得ないから、潜在魔法RANK6(細胞)より上のRANKかもしれん」
「・・・つまり測定不能ってこと?」
「少なくとも、現在の帝国の基準では計れんだろう」
「な、なによ、それ・・・・勇者ってそんなレベルだったの?いや、もちろん魔王と戦える存在なんだから、一国・・あるいはそれ以上の戦力を有する可能性が有るのは分かるわ。でも、だからって・・・・」
「実際に目の当たりにすると、非常識なんてもんじゃないな」
「・・ねぇ、ジェネリーが勇者なんじゃない?それとも勇者候補の子達みんなこのレベルなの?」
「分からん。だが、一つ心当たりがある」
「何?」
「前に、軍学校の図書館で読んだ、過去の勇者の伝承だ。いつかの代の魔王は、巨大な竜の死体が憑代になって誕生した魔王で、邪竜だった。その邪竜の吐くドラゴンブレスは凶悪で、あらゆる物を腐敗させ、一撃で人間の町を滅ぼしたそうだ。どんな強力な魔法や武具でも防げず、邪竜は瞬く間に大陸の三分の一を不毛の地へと変えてしまった。だが、その代の勇者は不死身の能力を持っていて、邪竜のブレスで肉体が朽ち果てても瞬時に再生し、邪竜を打ち取ったそうだ。腐敗のブレスでどれだけ肉体が朽ちても復活し続けたことから、その勇者は“不死身の勇者”と呼ばれたそうだ」
「不死身の勇者・・・・」
「不死身の再生・・いや、蘇生能力を持つ勇者だったそうだ。ジェネリーの能力も再生ではなく蘇生だったとしたら、本物の勇者じゃなかったとしても、歴代の勇者に匹敵する力を持っていることになる」
「そ、蘇生能力を持った“不死身の勇者”・・・・じゃー、ジェネリーは戦闘で死ぬことは無いってこと?」
「・・・ひょっとしたらな」
「な、な、なによそれーーー!!あり得ない!!卑怯よ!!もうチート!チート!チート勇者よ!!」
「チートだなー・・・」
「いや、何でそんな落ち着ていられんの!?あんなチート能力目の当たりにして!!」
「まあ、敵になるわけじゃないし」
「・・・・敵になったら?」
「・・・・考えたくもないな」
「団長・・・私、この作戦頑張る」
「うん・・俺も頑張る」
二人は顔を引きつらせながら、改めてこの作戦の重要性と危険性を理解した。
そして、遠くを見るような目で、ジェネリーにいたぶられるザイールを見て、思わず同情してしまうのだった。
「副長・・もう一杯くれないか?なんだか、飲まずにはいられなくなってきた」
「はい」
オーマが酒を使って現実逃避する間も、ジェネリーの猛攻は続く。
「ヒィィイイイ!!や、やべ!やべろ!!やべでぐだざい!!」
ザイールはジェネリーの放つ爆炎で、あっちへ、こっちへ吹っ飛ばされながらも命乞いをしている。
「見苦しいと言っている!!お前の様な奴に相応しい死をくれてやる!!」
「待ってくれ!た、確かに私はお前達を殺そうとした!だが、結果として誰も殺していない!後ろを見ろ!」
「ブッ!や、やべッ!・・・」
自分の事が話に出て、オーマは思わず吹き出す。
「ふざけるな!!」
「本当だ!!お前の団長はまだ生きている!!
言われて、ジェネリーは振り返りオーマを見た____。
「団長!団長!!しっかりして!!死なないで、お願いよ!!」
ジェネリーの目に映ったのは、口から血を流して倒れているオーマと、そのオーマに涙(目薬)を流しながら声を掛けるヴァリネスだった。
それを見たジェネリーは、ゴゴゴゴゴゴゴ!と、火山噴火前の様に怒りを唸らせ、鬼の形相でザイールを睨みつけた。
「・・・・貴様・・どれだけ人を馬鹿にすれば気が済む?団長は血を流して倒れたままだが?」
「いや、血じゃねーよ!!アレはワインだよ!!」
「このアホッ!!この状況で酒を飲む馬鹿がどこにいる!」
「後ろにいるって!!」
「くどい!!」
「ギャアアアァーーーー!!」
完全にザイールの方が正しいのだが、ジェネリーが聞く耳を持つことは無く、制裁の爆炎をお見舞いする。
「「む、むごい・・・」」
オーマとヴァリネスは、人外レベルの魔力による容赦のない攻撃にドン引きした。
その後、しばらくの間、ジェネリーは気が済むまでザイールを痛めつけた。
ザイールは痛めつけられ、消し炭になりながらも生きていた。
ジェネリーの力なら瞬殺できたはずだが、彼女の真面目な性格が、罪人は役所に引き渡すという理性を辛うじで残していたのだろう。
だが、言い換えれば、一思いに殺してほしくなるほど痛めつけられたとも言える。
そう思うと、オーマとヴァリネスはザイールを憐れに思うのだった。
我に返った後、オーマが一命を取り留めたと知ったジェネリーからは、あの鬼の形相は見る影もなく、溢れる喜びの涙を抑えられず泣き崩れたのだった___。
シルバーシュ残党の暗殺計画からすっかり夜が明け、オーマ、ヴァリネス、ジェネリーの三人は、都市の警備を任されている防衛軍の詰所に居た。
ザイールの身柄を引き渡す際、本来ならば事情聴取と幾つかの手続きが必要となるが、宰相クラースが手を回していたのだろう、特に何もせず引き渡しを終えた。
面倒な手続きを無視して引き渡しを終えることができて、ヴァリネスは機嫌が良い。
だが、作戦を終えたオーマの機嫌はもっと良い。
その理由は、オーマを見るジェネリーの表情で明らかだった。
「本当にありがとうございました。私の命を救ってくださったご恩は一生忘れません」
頬を赤く染め上げ、真っ直ぐオーマの瞳を見て、そう口にするジェネリーの姿は完全に恋する乙女だった。
「いや、こちらこそ助けられたよ。ヴァリネスの話しじゃ俺が射られた後、ザイールを倒したのは君なんだろ?君こそ俺の命の恩人だよ、ジェネリー」
「命の恩人だなんて、そんな・・・元々ザイールの狙いは私だったのです。むしろ巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした」
「気にするな。二人でいる時だからこそ、二人とも無事だったんだと思う。なら、むしろ巻き込まれて幸運だったよ」
「で、でも私を庇って怪我までさせてしまって・・・」
「戦場じゃ常だよ。こんなこと」
「で、ですが・・・」
「ハイハイ、そこまでにして。二人の性格じゃ感謝と謝罪の無限ループになりそうだわ。私、眠いんだけど」
「あ!すいません」
「む、そうだな」
「いい?ジェネリー。私達はもう仲間なの。だから迷惑だの何だのなんて考えなくていいわ。人間誰だってミスして仲間に迷惑かけるんだから、今度仲間があなたに迷惑をかけたとき、助ける決意をして感謝の言葉を言えれば、それでいいのよ」
「そ、そういうものですか?」
「そうだな、誰にも迷惑かけず生きるなんて無理だし、お互いに迷惑をかけないというなら、仲間である必要が無い。お互いに迷惑をかけあって、お互いにそれを助け合っていこう。それが俺達、サンダーラッツだ。分かったかい?」
「・・・はい!分かりました!私もサンダーラッツの一員として、最初は迷惑ばかりかけると思いますが、必ず仲間と助け合える団員になります!!」
「その意気だ」
「よろしくね♪あなたの歓迎会は、また日を改めてやりましょう」
「そうだな。俺達は今日の所は宿舎に戻る。ジェネリー、君も家に帰るんだ」
「はい!今後ともよろしくお願いします!本当にありがとうございました!」
ピシッと一礼してからジェネリーは手を振って二人を見送った。
背を向けて歩く二人の背中を、ジェネリーは羨望の眼差しで眺めていた・・・二人がどんな表情をしているかも知らずに____。
「クククク・・・」
「フフ・・ウフフフフ」
「クックックッ・・悪い顔をしているぞ、副長~」
「ウフフ~。団長こそ、してやったり、って顔ね」
「そりゃなぁ」
「そうよねぇ」
「上手くいったなー」
「上手くいってしまいましたねー」
「「デュフフフフ♪」」
二人は前を向きながら、呟き合う。横を向くとニヤけ面がジェネリーに見られてしまう。
二人の表情は、イタズラが成功したときのクソガキのような顔をしていた。
今までとは違う作戦。その内容も女の子を籠絡するというもの。
ふざけた内容にも拘わらず、自分達の命がかかった作戦。
その作戦が成功して、自分達の野望へ一歩近づいたことを実感すれば、浮かれてしまうのは無理もないかもしれない。
「これは・・・ひょっとして、行けるのではないか?副長?」
「いけるんじゃないかしら?団長~♪」
ジェネリーが、最初から自分達のことを尊敬という形で好感を持ってくれていたとはいえ、初めてのろうらく作戦が成功して、二人は自信を持つ。
ジェネリーの恋する潤んだ瞳で見送られながら、二人は野心を剥き出しにした笑みを浮かべて、宿舎へ戻るのだった____。
____不死身の勇者ろうらく完了。