不死身の勇者ろうらく作戦(4)
ジェネリーのプレッシャーに耐えかねたザイールは、発狂しそうになりながら逃げ出した。
だがそこへ、ジェネリーの魔法によって炎の防壁が現れ、ザイールの退路を塞ぐ。
その防壁は、演習で重歩兵隊が見せた集団魔法と同等の規模と火力だった。
「な、なによ!あれ!?一人であの威力なの!?」
重歩兵隊の集団魔法の威力を知るヴァリネスは、それに匹敵する魔法を一人で繰り出すジェネリーに戦慄した。
ザイールは炎の防壁に混乱しながら、右へ左へ逃げ回る。
そのザイールを少しずつ炎の防壁が追い詰めていく。
「あ、そうだった」
ジェネリーの魔法に気を取られていたヴァリネスだったが、自分の役目を思い出し、木の陰から飛び出した。
「ジェネリー!!」
「!?・・ヴァリネス副長・・・・どうして?」
「歓迎会の準備ができたから迎えに来たのよ!そんなことより!これはどういうこと!?団長は!?」
「・・・ヴァリネス副長・・・オーマ団長のこと・・お願いします・・・・一応、手当を・・」
「えっ!?ちょ、ちょっとジェネリー!?」
ヴァリネスにそう言い残し、ジェネリーは怒りと殺気を放ちながら、ザイールの所へ歩み寄って行った。
その姿をヴァリネスは呆然と見送り、それからズルズルとオーマの近くまで歩み寄り、しゃがみこんでオーマに声を掛けた。
「だ、団長・・・無事?・・熱かったでしょ?」
「・・・なんとかな。熱さより、息苦しさの方がヤバかった・・・喉渇いた」
「お酒なら持って来たけど?」
「・・・なんで酒?」
「演出よ、演出。新人の歓迎会に浮かれているっていう___」
「___っていうことにして飲みたかっただけだろ?」
「はは・・・・図星」
「まあ、いい。もらうよ」
「はい」
ヴァリネスは動けない(ことになっている)オーマに、懐から取り出した酒を飲ませてあげる。
そしてそのまま、矢を抜いて、手当らしいことをし始めた。
「にしても、すごい魔力ね」
「ああ」
「?・・ずいぶん冷静ね。予想していたの?」
「いや、驚いているさ。ただ、この作戦でジェネリーが覚醒する予感は多少あったんだ」
「そうなの?」
「あの子の魔力は“怒り”、特に自分に対する“怒り”に影響される。だから俺が彼女を庇えばザイールと自分に、相当な怒りを覚えると思っていた」
「それでジェネリーの素質が開花すると?」
「ある程度は魔力が上がると思っていたが、ここまでじゃない」
「そうよね。なによ、あの炎の壁。イワの部隊の集団魔法並みよ?あの子一人で帝国兵士約350人分の魔力って・・・これじゃ私の出番は無いわね」
「頼もしいじゃないか」
「けど危険よ。それに、あの子が勇者じゃないなら、他の候補の子もあの子並みってことでしょ?」
「だが、それ位じゃないと困るだろ?帝国に対抗できない。あれ位の子が複数人いて初めて帝国と渡り合える」
「まあ、そうね」
「むしろ、もっと魔力が上がって欲しい。あの段階じゃ、まだ、俺達二人でもどうにかなる」
「いや、それは無理でしょ」
「そうでもない。魔力は確かに桁外れだが、技術はまだまだ未熟だし、それに___」
「それに?」
「精神的にも未熟だ。初めて会った時に、少し伝えたんだがな。副長、出番は完全に無くなったわけじゃない。気を抜くなよ」
「?」
不思議に思うヴァリネスに対して、見ていれば分かるという態度で、オーマはジェネリーの方へ顔を向けた。
つられてジェネリーの方を見たヴァリネスの視界に映ったのは、予想外の光景だった。
「ぜあっ!!」
「フンッ!」
怒りの声と共に、殺意の込められた凶悪な火炎球がザイールを襲う。
だが、この炎をザイールは、笑みを浮かべながら簡単に回避する。
その挑発的な顔にジェネリーはさらに怒り狂う。
「ッアア!!」
先程よりさらに高火力の火炎球が再度ザイールを襲うが、これも躱されてしまう。
覚醒したジェネリーが圧倒するかに思えたが、実際は攻めきれず、このような攻防が続いていた。
「あ~、なるほどー」
「分かったか?」
「ええ、怒りに我を忘れて空回りしているわ」
怒りで冷静さを失くしているジェネリーの攻撃は、破壊力こそ有るものの、フリが大きく雑だった。
「ザイールだって腐っても貴族。あんな攻撃で仕留められるわけない」
オーマが言うように、ザイールは最初こそ桁外れの魔力に困惑していたが、攻撃を躱し続けることで慣れていき、今では完全にジェネリーの動きを見切っていた。
「クックククク、こんなものか!?驚かせおって!やはり訓練兵。戦いそのものは素人だな」
「クッ!」
「どうしたミシテイス!そんなお遊戯では私は倒せんぞ!騎士の誇りなどと偉そうに言っていても所詮、子供のお遊びだ!」
「何をっ!!」
戦闘経験値はザイールの方が上なのか、ザイールは自身に余裕ができると、しっかりジェネリーを挑発する。
頭に血が昇ったジェネリーは、ますます大雑把な攻撃を繰り返すようになる。
「ああ、不味いわ。本当にお遊戯になってるじゃない」
「ウチの遊撃隊と戦っていた時は、もう少し良い線いっていたんだが___」
「見てたわ。でも、挑発くらいであんな風になるんじゃ、そのうち死ぬわよ」
「そうだな、これから精神面も鍛えていく必要があるな」
「あの子の教育の最重要課題ね。まあ、そこさえクリアすれば最高の戦力になるから、楽っちゃ楽よね。・・で?」
「で?・・とは?」
「この場はどうするの?ってこと。私が行こうか?」
「・・・いや、もう少し様子を見よう。ジェネリーには前に助言してあるんだ。自分で気づければ、それに越したことは無い」
「ふむ・・・そうね。ザイールの方も決め手が無いし、もう少し様子見ても大丈夫かしら?」
「この周囲は固めてあるんだろ?」
「もちろん、誰も来やしないわ」
「よし。そうと決まれば・・・副長」
「何?」
「・・・・・」
「何よ?」
「もう一杯やろうか?」
「プッ、お酒持ってきて正解だったでしょ?」
様子を見ると決めた二人は、ジェネリー達にばれないよう飲み始め、戦いの行く末を見守るのだった。
「やはり、あの卑怯者の娘だな!どうせ軍に入ったのは見栄を張るためなんだろ?」
「き、きさま~~~!!」
攻撃を見切られただけでなく、父親が一番の挑発材料になることまで把握され、いよいよ戦いの主導権はザイールに握られる。
とはいえ、ザイールの戦闘力では、オーマが思っている通り、今のジェネリーを仕留めることは不可能だろう。
___だが、ザイールは自分の勝利を確信していた。
(いける!いけるぞ!!この調子なら必ず勝てる!こいつ、こちらに奥の手があることが分からんのか?暗殺が失敗したこの状況で私が逃げないことに疑問を持たんのか?警戒せんのか!?バカめ!!)
ザイールは心の中でジェネリーを嘲笑する。
だが、すぐに気持ちを切り替え、ジェネリーを倒す算段を練り始めた。
(ロメオの援護はあれから無い。やはりアレ一度きりか・・・もう一度、援護があれば確実なのだが。まあ、あのドブネズミを殺してくれただけでもありがたい。魔力が跳ね上がったとはいえ、この女は戦いの素人。あのドブネズミの方が厄介だったに違いない)
そんなことを考えながらも、ジェネリー、そして周囲を冷静に観察する。
そして、ヴァリネスのことを視界に捉えた。
(・・・奴らの仲間?いや、あの服装は民間人か?ならば問題は無いが・・・だが、他にも人が来るかもしれん。このまま時間を掛けるのは危険か?できれば、この女の魔力が尽きるのを待ちたかったが、仕方ない・・・殺るか!?)
覚悟を決め、ザイールは防戦から一転して、前に出て距離を詰めた。
「!?」
ジェネリーはザイールの意外な行動に驚き、ザイールはジェネリーを纏っている炎の火力に驚く。
(クソッ!!あれだけ魔力を消費していながら、まだこれほどの火力があるのか!?___だが!)
剣が交わり、双方驚くも、覚悟を決めていたザイールの方が一瞬早く持ち直し、ジェネリーに最後の挑発をした。
「結局、私を倒すことなどできんではないか、この無能め!あの男はお前の様な無能のために死んだのだ・・貴様が油断したせいで死んだのだ!!」
「ッ!!」
最後までとっておいた、“オーマ”を使った挑発の効果は絶大だった。
ジェネリーは、激しく心を揺さぶられる___いや、というより心を砕かれた様に思考が停止する。
当然、動きも止まる。
「フンッ!言ったそばから、また油断か!?もらった!アシッド・バブル・ストーン!!」
ザイールは自身の持つ切り札、とっておきの魔道具の力を発動した___。
このファーディー大陸には様々な亜人種がいると言われている。
その中でも、最も人間族と係わりが深いのが、“エルフ”である。
エルフは人間より長寿で、魔法も人間族より発展させている部族が多い。
その強力な力で、一部の人間族を支配下に置く部族もある一方、長寿で森林を生息域にしており数が増えにくいため、人間の支配下に置かれる部族もいた。
主従・対立・同盟と、様々な関係でエルフ族と人間族は交流して来たのだ。
その交流の中で、最も重要だったと言えるのが魔法で、特にエルフ族で造られた魔道具は強力な魔力が込められている物が多く、人間の国家で、“エルフの秘宝”と呼ばれ、重宝されてきた。
あるときは同盟の証に・・・あるときは服従の貢物として・・・。
他にも商売、強奪、窃盗と、これも様々な形でエルフの秘宝は人間社会に流通していった。
そして、そういった物はやはり権力者の下へ集まるものだ。
それゆえ、ファーディー大陸の人間族の権力者には、エルフから伝わった強力な魔道具を持つ者が割といる。
歴史のある国家、力のある国家は特にその傾向が強く、シルバーシュも例外ではなかった。
ザイールの持つ、ヒューロス家に代々伝わる“アシッド・バブル・ストーン”も、エルフの秘宝である。
ストーンといってもスポンジのような物で、魔力を込めて握りこむと、強力な魔力が込められた酸の泡が噴出される。
護身用のため、範囲が狭く、噴出する泡の速度も速くはない。
加えて、一度使うと再び石に酸が溜まるのに数日の期間を必要とし、一度の戦闘で一回しか使えない。
その代わり、防護魔法でも防げない上、泡の酸は強力で並みの防具は当然として、一級品の魔法防具でさえ跡形もなく溶かしてしまう。
覚醒して魔力が跳ね上がったジェネリーとて、無防備でくらっては一溜りもなかった___。
「ジェネリー!?」
「!?」
ザイールが使用した魔道具の魔力に驚愕し、ヴァリネスと共にオーマも叫びそうになる。
ジェネリーの体からジュウゥゥゥ・・・と、不快な音を立てて湯気が立ち込め、さらに肉が焼けた悪臭を放つ。
その不気味な様子をヴァリネスとオーマは、冷たい汗を垂らして見ていることしかできない。
立ち込めた湯気が取り払われ、そこにあったのは、アシッド・バブル・ストーンの酸を受けて全身が焼けただれ、顔も人の原型を留めていないジェネリーだった。
通常の酸とは違い、ここまで強力な魔力による酸はそう簡単には消えず、ジェネリーの肉体は今も溶解し続けている。
「あ・・・・ウソ・・・」
「・・・・・」
二人ともジェネリーの変わり果てた姿に言葉を失い愕然としている。
悠然としているのはザイールだけだった。
「フッ・・フハッ、フハハハハ!ざまーみろ!愚か者め!この私を相手に小娘が勝てるワケが無い!___さて、あの民間人も口封じに殺しておくか・・・ぬ?」
ザイールがヴァリネスを殺すためそちらに注意を向けると、オーマが生きていることに気付いた。
「貴様・・・生きていたのか?・・フン」
苛立ち、見下した態度を取るも、ザイールは距離を詰めずオーマの様子を見る。
ダメージはどれほどか?瀕死ならば止めを刺せるのか?
奥の手を使ってしまった以上、オーマがまだ力を残しているのなら撤退もやむなしか・・・。
勝利の余韻に浸かるのも束の間、ザイールは再び冷静になって、意識をオーマに集中する。
そのためか、呆然としていたオーマとヴァリネスの方が先に異変に気付いた。
「!?・・・・おい・・副長」
「ええ、私も気付いたわ。何、あれ?・・どうして?」
「何だ?奴ら・・・私を無視して、いつまであの小娘の死体を見ている?・・ん?」
二人の不可解な態度に、ジェネリーの死体を見るとザイールも疑問を抱いた。
「・・・・何故、止まっている?」
通常ならば跡形もなくなってしまうほどの強力な魔力の酸。
だが、ジェネリーの肉体は、顔が溶けて直撃した右半身も失くなって、墓場から這い出てきたゾンビの様な姿になっているが、それ以上は溶け落ちておらず、倒れもしない。
そして更には、ジェネリーの体から今だ、魔力を感じ取ることができた。
「ね・・ねぇ、団長・・・も、もしかしてあの子・・・」
「ああ・・・多分、再生している・・・」
二人が導き出した答えは恐るべきことだった。
完全に即死だったにもかかわらず、本人の意識がないにもかかわらず、ジェネリーは生きていて肉体を再生しているのだ。
潜在魔法で、そんな魔法は想像の範囲にすらない。
最初、肉体の溶解が止まって見えたのは、酸が肉体を溶解する速度と、肉体の再生速度が拮抗していたからだ。
だが今は、ジェネリーの魔力が再び高まり始め、肉体の再生速度が酸の溶解速度を凌駕し、肉体が再生して来ている。
そして、肉体が再生すればするほど魔力が大きくなっていく____。
「「!!」」
大きくなった魔力はどんどん増大し、先程覚醒していた時より強大になり、三人を驚愕させる。
そして____
ゴゴゴゴゴォォォオオオーーー!!
再びジェネリーの肉体から炎が舞い上がる。
その魔力と炎の勢いは、覚醒した時の桁外れの魔力より更に桁外れな魔力だった。
炎の柱、というより炎の塔と表現できる火柱から、完全に肉体を再生したジェネリーが現れた_____。




