准魔王との戦い(26)
「デーモン・ドゥエル・イン・オール・アトロシティ(全ての暴虐に魔王は宿る)」
バルドールの最強魔法はシンプルで、自身の持つ大刀を最大限まで強化する補助魔法だ。
最硬に鋭利な刃になり、軽量化もされて羽の様な軽さになる。
おまけに防護魔法を突破する魔法耐性も備える。
これにより、バルドールの大刀は、エルフの秘術が込められた防具さえ切り裂く武器となり、バルドールの膂力と合わさって、ドラゴンでさえ一撃で葬る事ができるようになる。
人間に使うには、明らかにオーバースペックな魔法だ。
____ズドンッ!!
バルドールの金属性魔法で強化された大刀は、ジェネリーの潜在魔法で強化されている肉体をも切り裂き、刃が体に入り込むと、ジェネリーの左肩から下腹部まで下りてきた。
「があ!!・・あ、ああ・・・・・」
ジェネリーは下腹部から上が二手に分かれ、右半身と左半身をビラビラさせながら、大きくよろめいた後、ドシャッ!と地面に沈んだ____。
「ハ、ハハ・・・ハハハ・・・ハーハッハッハーー!!」
地面に沈んだジェネリーを見て、バルドールは歓喜の雄叫びを上げる。
その感情には勝利できた喜びと、もう強敵と戦わなくてよいという安堵があった。
あっさり決着が付いたように見えて、その実、バルドールの中ではギリギリの戦いだった。
自身の奥の手のアシッド・ペスト・ブレスで時間を稼いでからのデーモン・ドゥエル・イン・オール・アトロシティで武器を強化しての自身最強の一撃。
もし、これが通用し無かったら、バルドールに勝ち目はなかった。
“もし、自身最強の一撃でも絶命させられなかったら___?”
“もし、こちらが魔法を発動する前に、ジェネリーが戦闘に復帰していたら___?”
ありえる相手だけに、勝った今でも想像すると震えが起きる。
「認めてやるぜ・・・ちっぽけな人間共の中にあって、勇者だけは特別だった・・・って・・よ?」
人間とは言え、自分を追い込んだ相手ならばと敬意を払い、弔いの言葉を述べようとしてバルドールは止まる。
ジェネリーの体の異変に気が付いたのだ。
「あ?・・・え?何故?」
心底不思議だったのか、バルドールは今までの強い口調はどこにも無く、間の抜けた声を出してしまっていた。
魔力が上がっている____。
体はピクリとも動いていないのに、ジェネリーの体から魔力が溢れて来ていた。
おかしい・・・逆なら分かる。死んだ直後なら痙攣して体が多少動くことも有るだろう。
だが、絶命して魔力が高まることなど有り得ない。
人間、エルフ、魔族、全ての生き物にとって不可思議な出来事だ。
「う・・うわ・・・うわああ・・・・」
高まる魔力は遂にバルドールの魔力をも上回り、そこから更に高まって行く。
死んでいるはずなのに自分以上の魔力を絞り出すジェネリーに、バルドールは悲鳴の様な狼狽え声が無意識に出ていた。
_____ズゴォオオオオオオオ!!
「「ッ!?」」
突如としてジェネリーの体から火柱が上がる。
バルドールたち最上級魔族の最上級魔法や、帝国軍の精鋭による集団魔法ですら比較にならないほどの火力。
今度はバルドールだけでなく、その場にいるウザネ達ブルードラゴンナイツとバルドールの近衛である上級魔族達も気が付いて、驚愕の表情を浮かべていた。
「な、何だ!?一体全体なんだってんだ!!」
ついに我慢できなくなって、バルドールは叫び始める。
だが、そのバルドールの叫びに応える者は一人もいない・・・答えられるわけが無かった。
そして炎が収まると、その答えの代わりに、ジェネリーが全快した姿で立っていた。
「え?死んだんじゃ・・・・生きていた?・・・え?どういう・・・」
「ふう・・・やはり私は未熟だな・・・どうしても戦い方が不格好になってしまう。レインやサレンの様には行かないなぁ・・・」
目の前の現実を受け止められていないバルドールを他所に、ジェネリーは一人、呑気に反省を呟いていた。
「よし!戦るか!」
「・・・あ?」
「ん?どうした?続きを始めよう。バルドール」
「続き?つ、続きって・・・死んだんじゃねーのか?」
「ああ。死んだぞ。そして蘇った。これが私の能力だ。分かったか?分かったなら続きだ」
「よ、蘇った・・だと?」
ジェネリーは未だに理解ができていないバルドールに、自分の能力の答えをサラリと答えた。
だが、答えを聞いてもバルドールには理解できていなかった。
パニックのままで一向に戦う様子が無いバルドールに、ジェネリーは痺れを切らしてめんどくさそうに答えた。
「だからぁ!私は死なないのだ!再生能力と蘇生能力を持っている!不死身なのだ!分かったか!?」
「そ、蘇生能力?・・・不死身?」
「そうだ!だから生き返った。さあ、続きだ」
「______」
バルドールは再び声を失った。
今度は理解できない事に対してではなく、理解できたことに対してだ。
(ふ、不死身だとぉ!?何なんだそりゃ!!そんなの有りか!?魔王様ですら不滅の存在では無いんだぞ!?そんな力在るわけ___!?)
バルドールの頭の中に“勇者”の単語が再度過る。
歴代の魔王たちでも、不死身の存在になった魔王はいない。
だが、魔王すら滅ぼせる存在なら或いは_____と。
「・・・・・かよ・・・」
「ん?」
「・・・めて・・・かよ・・・」
「む!?」
ブツブツと何を言っているかは聞き取れない。
だが、少しずつ怒気と魔力が高まっているのをジェネリーは察知し、素早く構え、攻撃魔法の術式を展開した。
「認めてたまるかよぉーーーーー!!!」
バルドールは三度、爆ぜる様に駆け出した。
不死身の力____魔族からしても規格外のジェネリーの能力を、バルドールは否定する。
魔王ですら持ちえない力を人間が持つなど、バルドールの種としてのプライドが許せなかったのだ。
「ガァアアアアア!!」
「フッ!」
_____ズガガガガガガガギィイン!!
バルドールが狂った巨獣の如く猛攻を仕掛ける。
それに対してジェネリーは、落ち着いて冷静にその暴風の様な連撃全てを受けきって見せる。
先程とは打って変わって攻撃が当たらなくなって、バルドールは焦り始める。
「な、何故だ!?何故当たらねぇ!?」
「え?・・・ああ、そうか・・・」
バルドールの疑問に対して、ジェネリーは一瞬だけ困惑するも、直ぐに状況(バルドールの状態)を理解した。
バルドールの攻撃が当たらなくなったのは、バルドール自身が雑な攻撃をしているからだ。
先程ジェネリーを圧倒し驚かせたバルドールの洗練された剣技は、今は見る影もない。
バルドールは自分でそれに気が付いていなかった。
正確に言えば、バルドールは気付く事を拒否しているのだ。
気付けば、認めてしまう事になってしまう。
“准魔王である自分が目の前の人間に恐怖している”____と。
それを認めたくなくて、目を背けるために“種としてのプライド”を拠り所にして、無理矢理自分を奮い立たせていただけだった。
なんてことは無い、バルドールは恐怖で錯乱しているのだ。
(____これまでだな)
これに気が付いたジェネリーはこの勝負の行く末を悟り、攻撃魔法術式を止めて、防護魔法術式に切り替える。
「インフェルノ・アーマー!」
「くらえ!!」
____ズゴォオオオオオオオ!!
ジェネリーが、防護魔法を発動した後、直ぐそこにバルドールのアシッド・ペスト・ブレスが襲い掛かった。
バルドールの吐いた黒いブレスは、ジェネリーの業火の鎧によって蒸発する。
まるで、バルドールの次の攻撃が分かっていたかの様な動きだった。
「な!?何だ!?貴様は未来を見通すこともできるのか!?」
「あーあ・・・」
単純に我を忘れて攻撃が読みやすくなっていただけなのだが、今のバルドールはそれに気付かず、“不死身の力を持っているなら、未来を見通すこともできるのでは?”などと考えてしまい、こんな発言をしてしまう。
そんな事はジェネリーにはできないし、厳密にいえば不死身なのも魔力が続く間だけ(ただしその魔力は超膨大)なのだが、今のバルドールには、その事に気付く事も、探ることもできなくなっていた。
この相手はもう無力化するだけだ___。ジェネリーは心の中でそう思った。
「覚悟しろ!バルドール!!」
「ヒィッ!?・・お、お前ら!何している!?俺様を助けろぉ!!」
「「ぎょ、御意!!」」
命令を受けた近衛の上級魔族達は、恐怖で錯乱しているバルドールの姿に動揺しながらも援護に入る。
「ウザネ殿!」
「分かっている!全部隊!攻撃開始!!」
「「うおおおおおおお!!」」
上級魔族の動きに反応して、ウザネもすぐにブルードラゴンナイツに指示を出す。
そして、両軍入り乱れる乱戦へともつれ込む____。
ブルードラゴンナイツ50人対上級魔族20人。
個の強さを考えれば、魔族側が有利だろう。
だが、恐怖に支配された指揮官とそれに動揺する兵士達に、その有利が当てはまるわけはなく、この両軍の衝突は帝国側が一方的な展開で戦闘を運んで勝利した。
そして、そこで総大将であるバルドールの捕獲に成功する。
総大将の捕縛____。
力による支配を行う魔族にとって、総大将は自分達の拠り所でもある。
その総大将が生け捕りにされたとあって、魔族側の動揺はすさまじいものだった。
更にそれに続いて、もう一つの拠り所であるメテューノも生け捕りにされたと分かると、残った魔族達は完全に戦意を失い、軍の統制もできなくなり崩壊する・・・。
ジョウショウ率いるナタリア城攻略組による攻城作戦。
それは、僅か二日で敵総大将二人を捕縛し、城を制圧するという結果で終わるのだった____。