准魔王との戦い(23)
「全軍攻撃せよ!!」
「「了解!」」
ウザネがブルードラゴンナイツにした命令は、防御ではなく攻撃だった。
そして自身が展開した魔法術式も攻撃魔法だった。
(コイツ相手に防御は無意味だ!)
ウザネの奥の手の防護魔法を己の肉体のみで砕けるなら、他の者達の防護魔法では防げないだろう。
集団魔法でやれば防げるかもしれないが、その時はバルドールの後ろにいる上級魔族達に好き放題されてしまうだろう。
ならば攻撃は最大の防御。
防御を捨てでも攻撃に出た方が生存率は高いとウザネは判断した。
「アクア・ランス撃てぇーー!」
____ドドドドド!!
「エアロナイフ速攻!!」
____ビュォオオオオ!!
「アクア・ランス・ウェイブ準備!」
命令を受けて、小隊ごとに分かれたブルードラゴンナイツは、一小隊が速攻のアクア・ランスでバルドールを牽制。一小隊が速攻のエアロナイフでバルドールの近衛の上級魔族達を牽制。残りの隊がアクア・ランス・ウェイブの集団魔法の術式を展開する。
「フンッ!くだらねぇ!」
それを見たバルドールは捨て台詞を吐いて、それから魔法術式を展開した。
だが、速攻という訳ではないため、バルドールの魔法は間に合わず、牽制のアクア・ランスに続いてアクア・ランス・ウェイブにも、バルドールは襲われることになる。
____ズドドドドドド!!
だが、水の槍が混じった津波を受けてもバルドールはビクともしなかった。
「ハハッ!」
ブルードラゴンナイツの魔法の水槍は、まったくバルドールの黒く硬い鱗に刺さらない。
「な、何だと!?」
これにウザネは悲鳴に似た声を上げて、再び冷たい汗を流した。
無傷・・・。牽制のアクア・ランスはともかく、小隊での集団魔法のアクア・ランス・ウェイブを受けてもバルドールにはかすり傷一つ無い。
しかもバルドールの足元には魔法術式が今も展開されている。つまり魔法は使用していない。
素の肉体のみで、ウザネのブルードラゴンナイツの精鋭の集団魔法に対してノーダメージだったという事だ。
(なんて肉体をしている!?こんな強度を持つ魔物など見た事も無いぞ!?)
攻撃も凄まじかったが、防御力はそれ以上だ。
魔法も使わず、集団魔法に対して無傷など、ウザネにとって常識がひっくり返るほどの衝撃だった。
「____くそがぁ!!」
バルドールの圧倒的な強さに、ウザネは押しつぶされそうな恐怖に晒されるも、無理矢理自信を奮い立たせて展開している魔法術式を発動した。
「八寒地獄!」
氷属性を扱えるウザネの接近戦用の上級氷結攻撃魔法“八寒地獄”は、ウザネの得意技で鋼さえバターの様に両断する複数の氷の刃を錬成する魔法だ。
「ハハッ!」
襲い来る氷の刃を前に、バルドールは好戦的な笑いを浮かべて、再び大刀を一振りする。
____ブォオン!!
ここでも自身の魔法術式は残したままだ。己の肉体のみでウザネの上級魔法に刃を合わせる____。
____パキィイイイン!!
氷の刃が割れる_____ウザネの氷結魔法もバルドールの肉体のみの力によって迎撃されてしまった。
「なっ!?」
「ハッ!少しくらい魔法が使えるからって調子に乗ってんじゃねーよ!!種族としての格が違うんだよ!!」
「くそ・・・!!」
バルドールが、自分こそが強者であり絶対の支配種族であると、プライドを見せつける。
ウザネは悔しい思いをしながらも、返す言葉が見つけられなかった。
そのウザネの様子を見て、バルドールの笑みはさらに深くなった。
「ハハッ!なあ!?おい!さっきまでの威勢はどうした!?」
そして、自己顕示欲が満たされたことで、バルドールは更に勢い付く。
_____ブゥォオオン!!再びバルドールが大刀を振るうと、その剣風だけで人が吹き飛ばせそうな風が起こる。
「_____ぐっ!?」
_____バチュゥウン!!
両者の武器が爆発音の様な音を立てる____。
バルドールの一撃は、暴力に任せた直線的な攻撃ゆえ、軌道が単調で読みやすかった。
その攻撃に対してウザネは、両手で持った自身の刀で、読み切った軌道に刀を合わせて受け流そうとしたが、バルドールの一撃の威力と風圧が凄まじく、吹き飛ばされてしまった。
そして、その際にウザネの刀が割れる。
受け流しただけで刀が壊れるなど驚愕だが、バルドールの素の攻撃力はそれだけ異常だった。
むしろ防護魔法を使っていなかったため、死なずに生き残ったことが不思議なくらいだと、ウザネはバルドールの攻撃を受けて、そう感じていた。
(くそぉ!!まさか魔族の長がこれほどとは!!____間に合うか!?)
ここに来てウザネは、部下に攻撃命令を出したことを後悔し始める。
「____後退だ!!」
攻撃も全く通じず、防御も意味を成さない____。
分が悪すぎると思ったウザネは、逃げられるか分からないが後退することを決断し、部下達にこの場から離れるよう指示を出した。
「させるかよ!!」
ウザネのその言葉に、最初に反応したのはバルドールだった。
そしてバルドールは、ここでようやく準備していた魔法を発動した。
______ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン!!
バルドールが魔法を発動すると、鋼鉄製の5メートル四方の板が出現し、ブルードラゴンナイツを取り囲んだ。
「なっ!?」
ウザネは三度驚愕する。
バルドールが準備していたのは攻撃魔法でも防護魔法でもなく、敵を逃がさないようにするための金属性のトラップ魔法だった。
(こちらを敵とすら見ていなかったという訳か!?)
バルドールは前からこの魔法を準備していた。
これは、敵が後退することになると分かっていたという事を意味するだろう。
先の展開を読んでいた智者の様にも感じるが、そういう事ではない。
敵が後退することになると分かっていた理由が、人間とは違うのだ。
人間の場合なら、敵が後退する可能性を考えて準備する。つまり“予想”だ。
だが、バルドールの “分かっていた”は違う。
バルドールは、自分と人間が戦えば人間側が恐れて逃げるに決まっていると思って、獲物を逃がさないようトラップ魔法の準備をしていた。つまり“自信”なのだ。
最上級魔族としての種のプライドが、結果として戦略的に功を奏した形になっただけだった。
「さーて、人間共。調子こいてきたツケを払う時間だぜ?」
そう言ってバルドールは、獰猛な殺気を放ちながら、ゆっくりとブルードラゴンナイツとの距離を詰め始める。
慎重になっているのではない。
その証拠にバルドールの顔は完全に弱者をいたぶる加虐心を含んだ笑みで染まっていた。
相手をゆっくり追い詰め、恐怖させるための間合いの詰め方だった。
「くそぉ・・・」
ウザネは、そのバルドールの態度の意味を理解し憤るも、バルドールを止める手が思い浮かばず、見ている事しかできない。
「アクア・アーマー展開!」
ブルードラゴンナイツは各小隊とも、集団魔法でバルドールとの接近戦の準備をする。
___だが虚しい。
肉体の力のみで上級防護魔法を突破できるバルドール相手に、小隊規模の集団魔法では、その攻撃を防げるかどうかは限りなく怪しい。
しかもバルドールは、更に金属性魔法を発動し、自身の持つ大刀の切れ味と重量を増やして強化した。
これで、誰もが絶望的だと思うだろう。
実際にブルードラゴンナイツ達は、戦いに備えて構えてはいるが、その空気は恐怖に染まっていた。
中には、己の死を悟って顔を青くしている者や、足を震わせえている者もいる。
そして、ウザネもどうしたら良いのか分からずにいる。
やはり絶望的だった・・・・・だが、ありがたいことに“絶望的”だった。
そう。飽くまで絶望“的”であって絶望ではない_____希望はある。
この恐るべき肉体を持つバルドールに対抗できる手段は有る。
正確に言えば、対抗できる人物はいる。
その者は間に合うだろうか___?
もちろん間に合う。元々合流する予定だったし、更にバルドールは、“さっさと殺せば良いのに、勝ち誇りたくて時間を掛ける”という、悪者に有りがちなムーヴを起こしている。
それに、ブルードラゴンナイツ約50人を囲む巨大な鋼の板を造れば、目立ちもする。
合流予定ポイントでそんな異変が起きていたなら、普通はどうする?
当然、待ち合わせの人物を心配して急ぐというものだ。
つまり、“彼女”もそうしていたという事だ_____。