准魔王との戦い(22)
時間を少し戻して、メテューノがジョウショウのヒノカグヅチと接敵したばかりの頃____。
ナタリア(バルドール城)城壁内で帝国兵と魔物達が入り乱れる乱戦の中、東方遠征軍第二師団師団長のニジョウ・ウザネは、ヴァリネスと打合わせた後、更に兵を増やしてブルードラゴンナイツの精鋭約50人を連れて、ナタリア城本丸の入り口前に辿り着いた。
「よし。各隊、防御陣形でこの場に待機だ」
ヴァリネスと打ち合わせた通り、ウザネは入り口前でジェネリーと合流するため、部下たちに待機命令を出す。
すると、近くに居た第二貴族の若い近衛が、ウザネに質問してきた。
「ニジョウ師団長。中に入らないのですか?」
「ああ・・・。助っ人が到着してからだ」
「そうですか・・・分かりました」
若い近衛はそう言うも、明らかにトーンが沈んでいた。
更に、その表情には不満がありありと見て取れた。
分かったとは口だけで、全然分かってない_____。
恐らくこの若い兵は、手柄を立てたいのだろうとウザネは察した。
「・・・不満か?」
「あっ!?い、いえ!その様な事は____」
「嘘をつくな。顔に書いてあるぞ」
「う・・・・」
「まあ、気持ちは分かる。だが、今回は危険な相手だ。事は慎重でなくてはな」
「そ・・そうでしょうか・・・?」
「ん?」
「恐れながら、二日で城門を突破できましたし、その後の敵の動きも鈍いですし、大したことは無いのではないでしょうか?魔族の長がどれだけ強いのかは分かりませんが、我々だけで十分なのではないかと・・・」
「お前・・・」
“その考えは危険だ”_____ウザネは、そう言いかけて止まる。
確かに城攻めは順調だ。だからと言って、相手の力に対して高を括るのはよろしくない。
危険な考えだし、自惚れに見えるので、態度を改めさせた方が良いと思うが、ウザネはその血気盛んな若い近衛を邪険にはせず、柔らかい眼差しを向けた。
ウザネはその若い近衛の真意を察していたからだ。
これは東方軍の、特に第二貴族によくある事なのだ。
他の地方軍とは違い、東方軍は行ってみれば“狩場の管理”が役目なので、見様しい戦果を上げる機会が他の軍より圧倒的に少ない。
せいぜい年に数度行われる狩りで、“誰がどれだけの獲物を、何体仕留められるか”を競うくらいだ。
それだって個の力では、魔族相手に後れを取る兵が殆どなので、最低でも小隊規模での戦果となる。
それでも例えば、末端の平民の兵士達であれば、ある程度の出世はできるし、手の内を知り尽くした相手を狩るだけなので、他の地方軍の兵士達より安全で生存率が高いため、退役まで安全に高給を貰える軍団として人気だったりもする。
だが、第二貴族はこうは行かない。
その様な狩りだけでは、出世できないし、貴族としての面子も立たない。
東方軍の第二貴族は社交の場で自慢できるような武勇伝が無いため、他の軍の第二貴族に舐められたりすることもある。
だから東方軍の第二貴族、特に若い者は戦果を求めて焦る傾向が有るのだ。
つまり、敵を安く見ているのでは無くて、手柄を他の軍の者に渡したくなくて、このような言動になったという訳だ。
ウザネも第二貴族なので、この事は良く分かっている。
だから相手を叱咤して面子を潰すような事はしない。それでは逆効果だ。
「安心しろ。彼女には手伝ってもらうだけだ。せっかくの手柄を渡したりはしないさ。そうでなければ、わざわざ“ドブネズミ”から役目を奪ったりはしない。ちゃんと我らの武勇伝になるようにしてやる」
「あ、あの・・・」
「そうしたいのだろう?顔の出ているぞ。他の地方軍の連中の自慢話を聞くだけの舞踏会などうんざりだ、とな」
「あ、あは、あはははは・・・」
ウザネに図星を付かれたのだろう、若い第二貴族の近衛は顔を赤くして照れ笑いを見せる。
そして、その周りで話を聞いていた近衛達も笑い声を上げた。
「グゥオオオオオオオオ!!」
「「____ッ!?」」
ウザネ達が笑い声を上げていると、それに応えるかのように何者かの猛々しい咆哮が響き渡り、ウザネ達は直ぐに身構えた。
その咆哮は建物の中から響いているようだが、扉を挟んでいながらもウザネ達にはっきり届いていた。
そしてその咆哮には、それ自体に“強さ”があった。
魔族との戦いにおいて百戦錬磨であるウザネ達の下腹に、鉄槌でも打ち込むかのようなその咆哮は、その声を聞いた者全てに恐怖を与えるものだった。
「来るぞ!!」
ウザネは入り口の扉を見据えながら、兵士達に向かって叫ぶ。
入口からは、先程の声の主と思われる存在の気配がどんどん強くなっていく。
この相手は気配を殺す気が無い。むしろ相手を威嚇する様に鋭く獰猛な殺気を撒き散らしている。
ウザネは、これだけで相手は自己顕示欲が強く、好戦的で、自分に絶対の自信を持っている魔族だと分かった。
「この戦況でよくもまあ・・・」
城門を突破され、魔族側が追い詰められている状況だというのに、自分が負けるなど微塵も思っていない堂々たる気配を放つ存在____。
ウザネはこの相手が自分達の標的であると察した。
そして扉が開くと、黒く大きな巨体が、その巨体と同じ位の大きさの肉切り包丁に似た大刀を持ち、グレーターデーモンなど見覚えのある上級魔族を20体ほど連れて現れた。
上級魔族が20体もいる風景は圧巻だったが、ウザネの注意は黒い巨体にのみ注がれていた。
「リザードマン・・・」
敵の姿を見てウザネがボソッと呟く。
すると黒いリザードマンは眼球だけを動かしてウザネを見下ろし、口から罵声を飛ばした。
「帝国のクソ人間!俺様の城に攻め込んで来ておいて、笑ってんじゃねーぞ!舐めてんのか!?」
「“俺様の城”か・・やはり貴様が総大将だな?」
「バルドール様だ。そう呼べよ。クソ人間」
「ニジョウ・ウザネだ。ウザネ様と呼べ、バルドール」
挑発的な両者の口調には、はっきりと殺意が籠っていた。
「命令してんじゃねーぞクソ人間!俺様を誰だと思っている!?」
「敗軍の将バルドールだろ?だから勝者として命令している」
「!?・・・てめー、楽には死ね無くなったぜ?」
「その言葉そっくりお返しする」
バルドールとウザネの二人は、言葉を交わすたびに狂気の笑みを見せ合い、殺気をぶつけ合う。
「・・・・・」
「・・・・・」
そして、二人の笑顔のしわがより一層深くなった次の瞬間____
「____死にやがれぇ!!」
バルドールは爆発を起こした様な叫び声を上げると、地面をドンッ!と踏んで、爆ぜる様に飛び出した。
「____速い!?」
鈍重そうな見た目とは真逆で、爆発的な速度で間合いを詰めてきたバルドールに、ウザネからは先程の狂気的な笑みも余裕も無くなる。
(間に合わない____仕方が無い!)
ウザネは、両者の距離は十分に魔法の準備ができる距離だと思っていたが、それが判断ミスだと気付き、懐から魔道具である白縁の手鏡を取り出した。
「アイシクル・ミラー」
ウザネが魔道具の力を発動すると、一枚の等身大の氷でできた鏡が、ウザネとバルドールとの間に現れた。
この魔道具は、使用者以外の触れた者以外全てを凍らせ、魔法さえも反射する上級氷結防護魔法の力が宿っている。
アマノニダイの宝珠で“井氷鹿”という、これと似た様な力を持つ魔道具が有るが、それを模して帝国で造られた物だ。
帝国製ゆえエルフの物よりは劣るが、それでも人間国家の中では最高峰の魔道具である。
「しゃらくせぇ!!」
周囲を凍らせる冷気を放つ氷の鏡をお前に、バルドールは躊躇することなくその大刀を振り下ろした。
_____パキィイイイン!!
バルドールが巨大な大刀を振り切ると、高い硬度を持つはずの氷鏡はガラス細工の様に簡単に砕け散った。
「なっ!?」
上級防護魔法の効果が有るはずだが、バルドールは魔法も使わず己の肉体のみで、一撃で砕いて見せた。
これにはウザネも驚愕の表情を見せていた。
(一撃!?肉体のみで!?砕かれる可能性は有ると思っていたが、コイツは____!)
決して油断していたつもりは無いのだが、想像を絶するバルドールの膂力に、ウザネは冷たい汗を流した。
だがウザネは、ここから更にバルドールに恐怖することになるのだった_____。