准魔王との戦い(21)
メテューノの眼前でそびえ立つ一人の女性____。
その女性は、その服装、その見た目の若さ、それに似合わぬ圧倒的な魔力、その魔力で帯びる雷、全てメテューノにとって不自然に感じるものだった。
メテューノはその雷を纏う姿を見て、自分はこのメイドの雷に打たれて感電していたのだと理解する。
だが、理解しているくせに納得できてはおらず、自分が彼女に攻撃されたのだという自覚もできない。
メテューノ自身はそんな自覚はまったく無いため、まだ意識の焦点が合わなかった。
「だ、誰・・・?」
メテューノはこの場でそんな呑気な質問をしてしまう。
名前など知ったところで意味は無い。
だが、メテューノは自分と周囲全てを含んだこの状況に混乱していた。
「レインと申します。サンダーラッツに所属する貴族、ジェネリー・イヴ・ミシテイス様に仕えるメイドにございます」
そのメイドは柔らかい表情であっさりと答えてくれた。
だが、やっぱりメテューノの頭は混乱したままだ。
貴族に仕えるメイドと知ったところで意味が分からないし意味も無い。
(何?メイド?メイドが何で?・・いや待って、サンダーラッツ?)
意味の無い質問に思えたが、 “サンダーラッツ”という単語に反応し、メテューノは俯いて考え込んだ。
(サンダーラッツ・・・タルトゥニドゥで枯れ木が戦った連中だ。でもこいつは・・いや、この場に居るなら枯れ木との戦いの場に居てもおかしくは____!?)
そこまで考えて、メテューノの中で一気に答えが出た。
(・・・そうかい。こいつも勇者候補。シーヴァイスやジェイルレオが言っていた様に、源流の英知や戦巫女だけじゃなかったってワケか・・・枯れ木のおっさんが負けた原因も・・・)
“恐らくコイツが原因だろう”____。そう思って顔を上げたところで、目の前からメイドが居なくなっている事に気が付いた。
メイドがメテューノに気付かせずに気配を消したのか、居なくなっていた事に気が付かないほどメテューノが考え込んでいたのかは、もうメテューノでも動揺し過ぎて分からなくなっていた。
(ど、どこへ!?)
メイドを見失ったメテューノはキョロキョロとあたりを見渡す。だがメイドの姿は無い。
_____バリバリバリバリィイイイイイ!!
「____!?」
メテューノが辺りを見渡していると、メテューノの頭上で大きな雷鳴が轟いた。
(親父?)
父親であるアパトが自分を援護しているのだと思って、メテューノは顔を上げた。すると____
____ズズゥウウウウン!!
空から巨大な黒い塊が落ちてきた。
「・・・・・親父?」
どう見ても雷に打たれ黒焦げになったアパトなのだが、メテューノはその現実を受け止められず疑問を抱いてしまった。
そして、それから少し遅れてスタッとメイドが地面に着地した。
「ふぅ・・これですべて片付きましたね。こちらの捕獲作戦は成功です」
「え?・・親父?・・・親父が殺られた?」
目の前の事態にメテューノは只々混乱するしかなかった。
(殺られた!?このメイドに!?雷で!?親父は雷竜だぞ!!雷竜を感電死させるなんて___!?)
雷竜の王ゆえアパトは当然高い雷耐性を持っている。
そんなアパトを雷で殺すなど、異常としか言えない。
だが、状況的に目の前のメイドがその異常な芸当をやったとしか言えない・・・。
メイドの持つ魔力を見れば、それを可能にしてもおかしくは無いと思えるのだが、メテューノはもう冷静になれなくなっている。
そのため、目の前の現実を受け止めて理解する事ができなかった。
もうメテューノは正気に戻れない。正気に戻るための材料が今この状況には無い____。
「う、う・・うぁああああ!!」
怖い怖い怖い怖い怖い____!
突如として起きた出来事にメテューノはどんどん恐怖心を露にする。
“もう、この場に居たくない___!!”
メテューノの中で限界が来た____
メテューノは動けるようになった翼をはためかせ空に逃げる。
「やってらんないよ!!」
一度行動が決まれば腹が括れるというものなのか、逃げの一手を決断した瞬間からの動きは恐怖して錯乱しているわりにスムーズな動きだった。
翼を一度羽ばたかせる。そこに速攻の風魔法で翼に風を送り急上昇。それから防護魔法の術式を展開。
展開した術式の属性は風。相手の攻撃を防ぎつつ自分の飛行速度を上げられる属性だ。
メテューノは、これをほぼ一瞬で無意識に行っていた。
そして視線を下に移して、最も警戒すべき意味不明なメイドの姿を確認する。
「___よし」
メテューノも雷竜の娘、雷耐性は高い。そのため、他の魔物より圧倒的に感電からの回復が速かった。
そのため、メイドはメテューノが雷で麻痺されて動けなくなっていると思ったのだろう、反応できずにいた。
メテューノはそう思って、手応えを感じていた。
だが_____
____ピカッ
「____あ?」
____ズッ!!
「____あ?」
メイドの姿がピカッと光って見えた次の瞬間、メテューノの腹部に何かがめり込んできた。
____バリバリバリバリィイイイイイ!!
「ガァアッ____!?」
遅れて響いた雷鳴をきっかけにメテューノの全身に激痛が走る。
そして再び感電して、思考しか動かせない状態に戻ってしまった。
(何だこれ!?攻撃された!?二度目!?なんて速さ!まるでこいつ自身が雷になったみたいに___ッ!)
メテューノは自分に再び起きた現象に対して、今回はすんなりと答えを出した。
(属性融合だ!!)
それは、最上級魔族や幻獣でも簡単には到達できない魔法技術の最高峰。
ここでようやくメテューノは先の出来事、自分が地面に落ちていた事や、バズやフェイク・フェニックス達が死んだ答えに行きついた。
(勇者・・・)
長い年月を生きるメテューノでも、魔王とその側近の一部しか使用しているのを見た事がない。
人間、しかもあのような若さで、この技術を会得しているなど、それ以外考えられなかった。
(なんてこった・・・よりにもよって・・・)
戦巫女や源流の英知以上の存在が居るとは思っていなかった。
(私の勘も鈍ったね・・・)
そして地面に落下していく中で、“さっさと逃げておけば良かった”、“もっと慎重になっておくべきだった”と後悔して、逆さになった世界を眺めながら落ちていくのだった_____。
「レイン殿、ご苦労様でした」
「お疲れ様です。ジョウショウ閣下」
強襲部隊を撃破して、戦闘を終えたジョウショウは、部下がメテューノや他の“素材”を搬送している中、魔族の長の一人を捕縛したレインに、自ら歩み寄って声を掛けた。
「見事な手前であった。あれほどの魔族を、ああも容易く捕縛するとはな」
「とんでもないことでございます。閣下の采配あってこそです」
共に社交辞令のような言葉を並べる。だが、二人ともお世辞ではなく本心だった。
いつもの狩りでは余裕のジョウショウだったが、今回ばかりは本気を出していた。
速攻上級魔法、召喚魔法、そして奥の手であるアマノニダイの秘宝も使用した。
“マサノリの命令でそうする手はずだった”のだが、結果として本当に本気を出すまで追い詰められたのだ。
そんなジョウショウにとっても強敵だった相手をレインは子供扱いし、他の雑魚も蹴散らしてメテューノを捕縛したのだ。
これは、ジョウショウの想像を遥かに超える所業だった。
(これほどの実力だと知っていれば、あのような危険を冒す必要も無かったな・・・)
レインの強さをもっと低く見積もっていたジョウショウは、自分達がしっかりとお膳立てしなくていけないと思っていた。
ヒノカグヅチに多少の被害が出る事も覚悟して戦っていた。
だが、レインの強さがこれほどなら、もっと早い段階でレインを投入しても作戦は成功していただろう。
そう思うからこそ、単純に魔族の長を雑魚扱いした事では無く、自分の想定を上回ったという意味で、ジョウショウはレインに本心の称賛を送っていた。
そして、これはレインの方も同じだった。
ジョウショウ自身の強さ、ヒノカグヅチの強さ、どちらも世間で噂されている以上の実力を持っていた。
レインがオーマ達から聞いていた話とは大きく違っていた。
(兄様が上級魔族クラスの強さなら、この男の強さは最上級魔族クラス・・・第一貴族は皆こうなのでしょうか?支配階級の者が強いとは限りませんが・・・)
実力主義で、力を信奉する帝国には当てはまらないだろう。
帝国は地位の高さ=戦闘力の高さと言っていい。
少なくとも三大貴族、カスミ・ゲツレイ、東西南北の遠征軍と防衛軍の軍団長達は、このジョウショウと互角かそれ以上と見た方が良いだろう。
最上級魔族と同等の強さであるドネレイム帝国の第一貴族たち_____。
勇者候補のレインでも、その層の厚さに冷たい汗をかいてしまう。
これに加え、帝国は策謀にも長けており、勇者さえ手駒にしようとしている・・・。
(・・・嫌な奴らです。兄様達と早急に対策を講じなければなりませんね。そのためにも、このチャンスを活かすべき・・私が個人で第一貴族に探りを入れられる機会は少ないですから・・・)
レインは今後の為、一つでも多く第一貴族の情報をオーマの下へ持ち帰るため探りを入れることにした。
そして、これもジョウショウの考えと同じだった。
(この娘の強さは私の予想を上回っていた・・私では勇者候補の強さは測れんという事だ。情けない・・・)
マサノリの右腕であり、武人である自分が相手の力量を見誤る____これはジョウショウにとって屈辱的な事だった。
ジョウショウのプライドは酷く傷つけられたが、ジョウショウはそこで変に意地になったりしない。
第二貴族の者達の様にプライドを守るため、“たまたまだ!”とか、“いや、本当は大した奴じゃない”などと現実から目を背けて誤魔化したりはしない。
自身の実力不足を認めた上で、今自分に出来る事をやるのがジョウショウという人物だ。
(勇者候補の実力については、カスミが研究しているはずだが、今はタルトゥニドゥだ。だが、それより何より、完璧には味方とは言えない、あ奴だけに任せるというのも危険だ。・・・マサノリ様やクラース様はどうだろう?勇者候補の力量をちゃんと量れているのだろうか?あの方たちの実力を疑いたくは無いが、情報は一つでも多い方が良いだろう___)
そう思ったジョウショウも、少しでもレインから情報を得るため、会話を続けることにした。
「・・・それにしても、その若さで属性融合を会得しているとは、レイン殿には神々しささえ感じられます」
「そんな・・・私の方こそジョウショウ閣下の魔法技術と戦術幅には驚かされました。私は魔法の熟練度こそ幻獣や精霊と契約できるレベルに届いていますが、まだ召喚魔法は会得しておりません。ジョウショウ閣下のあの幻獣は、どのような経緯で契約したのですか?もしよろしければ参考までに教えて頂けませんか?」
「ああ・・・(召喚魔法をまだ会得していない?本当か?)・・あれは叢原火と言って、古来よりこの東方の地で崇められている_____」
お互いの思惑が一致しているため、二人は示し合わせたかのように戦闘や魔法に関する話題で言葉を交わす。
そして相手の実力を認めて、本心で勝算を送る一方で、相手から少しでも情報を引き出そうと探りを入れ合うのだった____。