准魔王との戦い(15)
帝国軍の手によってナタリア城の城門が破壊され、城内に帝国軍兵が侵入してきたという報は、直ぐにバルドールとメテューノにも報告された____。
「失礼します!バルドール様!メテューノ様!城門が突破され、敵兵が敷地内に侵入して来ました!」
「あらあら・・・」
「チッ!くそがぁ!!どいつもこいつも情けねぇ!」
攻城戦が開始されてから僅か二日____。
帝国軍の高度な集団魔法が用いられたとはいえ、スカーマリスの精鋭も集まった自分の城が、こうも簡単に追い詰められているという事実に、バルドールは怒りを顕わにし、自分の手を握り潰してしまいそうなほど拳を硬くしていた。
帝国軍が強いと知ってはいても、所詮は人間_____バルドールは未だにそう考えている。
そんな相手に追い詰められ、自分の城の門が開けられてしまうなど、元魔王軍幹部にして准魔王という最上級魔族のプライドを持つバルドールが許せる事では無かった。
その今にも怒りと殺意で噴火しそうなバルドールの様子に、周りに居るグレーターデーモンやアルケノン・ミノタウロス他、名だたる上級魔族達は、恐怖で膝を震わせながら立ち尽くすばかりだった。
そんな中で唯一、バルドールと同格の准魔王メテューノだけは、バルドールの態度をめんどくさそうに眺めながら、気怠くバルドールに声を掛けた。
「それでぇ?いつまでそうしてんの?バルドール」
「あぁん!?」
「“あぁん!?”、じゃないでしょう?総大将さん。どうすんの?って話なのよ。総大将のあんたが指示を出さないと先に進まないでしょ?」
「決まってんだろ!!俺様の城に土足で入った人間なんざ全員皆殺しだぁ!!メテューノ!てめーも来い!」
「嫌」
「あぁん!?」
指示を出せと言っておきながらその指示を拒否するメテューノに、バルドールは物理的に人を殺せそうなほどの怒気を放つ。
だが、それに怯えるのはやっぱり周囲の上級魔族達だけで、メテューノは平然とした態度で、バルドールに言い返した。
「だってそうでしょう?私達二人共城内に入った敵と戦ってたんじゃ勝利は無いわ。門は開いたし、シーヴァイスやジェイルレオからは連絡が無い。生きてんのか死んでんのか分からないけど、援軍が期待できないなら守っているだけじゃ勝てないでしょ?」
「ぬ・・・」
メテューノの意見はもっともで、頭に血が昇っているバルドールもさすがに少しだけ冷静さを取り戻し、メテューノの話に耳を傾けた。
「相手を退かせるために、こっちから打って出る必要が有るわ。雑魚を相手にしていたら埒が明かないもの。一気に敵の総大将を狙うべきだわ」
「それをてめーがやると?」
「私とあんた、どっちが強襲に向いている?それとも手下にやらせる?閑々忍者にでも命令すれば並みの指揮官なら殺してくるでしょうけど、ドネレイム帝国の第一貴族、特に東方軍の軍団長であるこの総大将相手には無理だと思うわよ?頭を冷やして考えなさい」
「・・・・・」
「それに敵が城内に入って来ている今なら、あんたが城内で暴れて敵を引き付けてくれれば、殆ど邪魔されることなく空から敵総大将を強襲できるわ。いい加減ピンチなんだから、考えなさいよ」
「チッ、うるせーな・・・分かったよ。ならメテューノ。俺は城内のごみ掃除をするから、てめーは飛行部隊を連れて敵総大将を空から強襲して八つ裂きにしろ」
「ふぅ・・了解。ああ、そうそう。一応言っておくわ。ちょっと前に外の様子を見た時、城の周りの兵士達を狩っている部隊にサンダーラッツが居たわ」
「サンダーラッツ?・・なんだそいつら?」
「タルトゥニドゥで源流の英知と一緒に“枯れ木のおじさん”と戦った連中よ。現地の魔族達から聞いた特徴と一致していたわ。聞いた話じゃ、帝国でも精強で知られる北方遠征軍の一団らしいわ」
「ほーん・・ディディアルの野郎と戦って生き残ったのか・・。だが、それは源流の英知が居たからだろ?」
「でも、あの娘一人で枯れ木のおじさんが召喚する一団を潰して、枯れ木のおじさんも逃がさず仕留めるのは難しいはずよ。あの枯れ木のおじさんは野心家だけど臆病じゃない?・・その癖偉そうだから嫌いだったんだ」
「確かに・・・必勝じゃねーと自分自ら戦場に立つ奴じゃねーから、逃がさず仕留めるのはな・・。なら、そのサンダーラッツとかいう連中がディディアルの計算を狂わせる要因くらいにはなっていたって事か・・・」
「だと思うわ。あんたも足元をすくわれないようにね」
バルドールは、少し考えるそぶりを見せたが、直ぐに大きな鼻を鳴らした。
「フン!・・くだらねぇ!俺はあんな臆病者とは違う!誰が来たって蹴散らすだけだ!そんな余計な忠告してんじゃねぇ!てめーは自分の心配でもしてろ!」
「(チッ・・・)あー、はいはい。じゃー気を付けてね」
「行くぞ!お前ら!」
「「御意!」」
一応メテューノの忠告は聞いていたものの、最期には自分のプライドが勝ったのか策一つ考えることなく、自分の配下を連れて部屋を出て行ってしまった____。
「あ~あ・・・」
その様子をメテューノは最初と変わらず呆れた様子で見送った。
(フン・・・馬鹿が。どうしてあいつは、ああもプライドが高くって単細胞なのかしら?考える力はあるくせに・・・)
しっかり学び、頭を使えば戦略も戦術もモノにできる才能が有るにもかかわらず、プライドの高さと暴力への信奉が強くて、“頭を使うという行為そのものが小細工である”という価値観のバルドールに対して、メテューノは終始イラついていた。
バルドールと居る時は不遜な態度に見えていたが、あれでもメテューノなりには抑えていた方だったのだ。
(だから負けるんだよ_____)
メテューノのバルドールに対する怒りは収まっておらず、メテューノの心の中での悪態は続く。
ただバルドールだけが失敗するなら気にはしないが、自分も巻き込まれては悪態をつきたくなるのも無理はないだろう。
特に、自分が参加した戦を負け戦にされたのなら尚更だ_____。
メテューノはこの戦いは既に敗北していると思っていた。
力を信奉し、力押ししか出来ない指揮官が力で押されているのだから、そう思うのも無理は無い。
メテューノが敵総大将への強襲案を強行する姿勢を見せていたのは、つまりはそういう事だ。
もちろん、負けたくは無いので、勝てそうなら敵総大将を撃ちたいところだが、それが無理ならバルドール達を囮にして、メテューノはさっさと自分の城に撤退するつもりで強襲を提案したのだ。
(仕方が無いでしょ?・・・死ぬ気は無いし・・・)
タルトゥニドゥに行って、敵の目的が、“一人の魔族探し”と分かったので、敵がバルドールを捕らえてカスミ・ゲツレイが記憶を覗けば、この地にそんな魔族は居ないと分かるはずなので、辺境にある自分の城にまでは侵攻してこないだろうと踏んでいる。
だからこそ、バルドールの言葉を拒否して別行動を選択したのだ。
(それにしても・・・シーヴァイスの奴は何であのバカを総大将にしたのかしら・・・この城があのバカの物だから仕方が無いんだけどさ・・・)
それでもバルドールの性格を知り、頭が回るシーヴァイスなら別の手段を用いるか、自分を総大将に指名しそうなものだ・・・。
(まあ・・・私もあんまりやる気があったわけじゃないからねぇ・・)
シーヴァイスの目的を知らないメテューノは、最後にそんな事を考えてから、帝国軍の総大将を強襲するべく、自分の部下を連れて城の窓から飛び立って行った____。