准魔王との戦い(7)
敵部隊の主力であるアルケノン・ミノタウロス2体を、少し時間を取られながらも問題なく仕留めたサレン。
だが、まだ休んでいる暇は無いと、次の援護射撃の準備をしつつ、サレンはツクヨミの状況を確認した____。
「よし!このまま押し込んで行けば敵を殲滅できる!あと少しだ!踏ん張れ!!」
「「おう!!」」
ツクヨミと魔族との戦いは、サレンの怒涛の援護が入ったおかげで、戦況が変化していた。
ツクヨミの前衛部隊は、敵前衛のリザードマン部隊を押し返し、そのまま部隊の両翼を広げてリザードマン部隊を半包囲していた。
そうして前衛に余裕が生まれると、後衛部隊も他の仕事に掛かっていた。
「撃てぇえーー!!」
____ドンドドンドン!!
ツクヨミの砲撃隊長の号令で、一斉に投石機から性質変化で通常の岩より硬くなった岩が放たれる____。
ツクヨミの後衛部隊は、土属性の集団魔法で投石機などを作り、丘の上などに居る敵軍後衛への攻撃を開始していた。
このような調子で、戦況は逆転しており、見れば兵の数も逆転している。
恐らく、もうサレンが援護をしなくても、このままツクヨミだけで敵部隊を押し切って勝利するだろう。
「____どうする?」
戦況を確認して、サレンは次の行動に複数の選択肢が出てきて、少しだけ迷う。
____必要無いだろうが、念のためにツクヨミを援護しようか?
____ここはもう任せて、自分はハツヒナの捜索を開始しようか?
____いや、それより敵の指揮官を抑えるべきだ!
「___ッ!?居ない!?」
頭の中で選択肢を選びながら、シーヴァイスの存在を確認しようとしていたサレン。
だが、元居た場所にシーヴァイスはおらず、他のどこを探してもその姿は無かった。
「どこ!?」
部下を残して撤退したのなら良いが、その可能性は低い。
最初のハツヒナの暗殺同様に何かの策を講じているに違いないだろう。
サレンは湧き上がる不安に肌を泡立てられながら、必死にシーヴァイスを探した。
「____居た!」
シーヴァイスが居た場所は、戦っている集団の先、ちょうど敵味方の前衛を挟んでサレンと対極な位置に居て、ツクヨミに横撃を仕掛けるため、水属性の魔法術式を展開していた。
シーヴァイスが準備している魔法術式の規模は凄まじく大きく、ヤトリ・ミクネ以外では見たことが無い程の術式の規模だった。
「マ・・マッシブ・タイダルウェイブ・・・」
見たことは無いがシーヴァイスの用意している魔法術式の規模と属性で、あの術式の攻撃魔法が水属性最大最強の攻撃魔法だと分かり、サレンは背筋を凍らせた。
「ダメぇえ!!」
サレンは風魔法を発動し、弾け飛ぶようにシーヴァイスとの距離を詰めた。
それと同時にシーヴァイスを迎撃する準備も開始する。
(相手は海洋系の魔物。なら水属性は無理。でも雷属性が扱えるなら風か炎属性も扱えて耐性が有るはず____なら!)
その判断は一瞬。サレンは、土属性の魔法術式を二つ展開する。
「ダイヤモンド・ショット!」
シーヴァイスの攻撃魔法は規模が大きいため、術式の完成に時間が掛かっている。
そのためサレンが先に魔法を発動できた。
「フッ」
土属性の性質変化で作られた金剛石の散弾が、シーヴァイスをミンチにするべく飛んで行く。
だが、シーヴァイスは不敵な態度で笑っていた。
___ザパァッ!!____ドドドドドドドン!!
「____ッ!?」
「か、閑々忍者!?」
もう少しでシーヴァイスに被弾するというところで、ハツヒナの時と同様に湖の中から閑々忍者が姿を現した。
閑々忍者は防護魔法と自身の肉体を貫かれ絶命しながらもシーヴァイスを守り抜いていた。
「フフッ、でかした____行くぞ!」
部下を犠牲にして稼いだ時間で、シーヴァイスは大規模な魔法術式を完成させた。
「ツクヨミの皆さん!逃げてください!!」
身を引き千切る思いでサレンは叫ぶ。それと同時にもう一つの魔法術式も完成させる。
「え?サレン様?」
「何だ?」
「おい!あれ!」
「なっ!?」
サレンの叫びに反応したツクヨミ兵を筆頭に、次々にシーヴァイスの尋常ならざる魔法術式に気付く者が現れ、ツクヨミに動揺が走る。
だがシーヴァイスは、ツクヨミが混乱する事さえ許す気は無かった。
「マッシブ・タイダルウェイブーーー!!」
シーヴァイスが魔法を発動すると、魔法陣から大量の水がズドドドドドドと、凄まじい勢いで放出され、湖の大きさを超える大津波が発生した。
「ハイ・アース・ウォール!」
人間も魔物も関係無く全てを飲み込うとする大津波に、サレンはツクヨミを守るため決死の覚悟で巨大な土の防波堤を造り上げる。
____ドパァアアアアン!!
津波が土の防波堤に衝突すると、激しい音と共に波が打ち上がり、ツクヨミが波に攫われるのを防いだ。
だがそれは一時の事。
波の勢いは止まらず、防波堤ごと波で攫うほどの力で流れ、防波堤は今にも壊れそうだった。
「やっぱり・・・時間が足らなかった!」
サレンの魔法はシーヴァイスの魔法に気が付いてから準備したもののため、大きさはツクヨミを守れる規模だったが、強度が十分では無かった。
「___ダメ!持たない!」
今にも壊れそうな防波堤に、サレンは悲痛な声を上げる。
「ありがとうございます!サレン様!もう十分です!」
「え!?」
悲痛なサレンの叫びに返事を返したのは、ツクヨミの副団長だった。
「三人一組だ!!分かったな!」
「「了解!!」」
副団長の声に反応したサレンの視界に入って来たのは、各隊長達の指示で三人一組になり土魔法で舟を作るツクヨミの姿だった。
「サレン様!時間稼ぎはもう十分です!サレン様も避難を!!」
「____ッ!はい!」
シーヴァイスの大津波を前にしても、冷静さを取り戻して避難準備をしているツクヨミを見て、無事に避難できるだろうと感じたサレンは、魔法を解除して自身も避難するべく風魔法で上空へと逃げだした。
____ズドドドドドド!!
大きな津波が敵味方関係無く全てを呑み込む勢いで流れていく____。
この波の勢いでは、例え水属性の耐性がある魔物とて無事では済まないだろう。
だが、波にのまれたのは魔物だけで、ツクヨミの兵士達は舟を作って乗り込み、波に呑まれることなく助かっていた。
「舟同士の衝突に気を付けろ!」
「こっちにも風を送ってくれ!!」
「浸水した!?舟の補強を頼む!」
「_____!?」
「_____!!」
三人一組になったツクヨミの兵士達は、一人が船の維持、一人が操舵、そして最後の一人が風を起こしたり、船を補強したり他の船と連携を取ったりとサポート役を務めて、一致団結して何とか乗り切っている。
「良かった・・・・・よし」
ツクヨミの兵士達の無事を確認して安堵したサレンは気持ちを切り替えて、追撃してくるであろうシーヴァイスに備えて魔法術式を展開する。
______ザザーーーン
だが、迎撃準備を整えて待つも、シーヴァイスは一向に姿を見せてはこなかった。
______ザザーーーン______ザザーーーン
________________________。
そうして1分ほど時間が経つと、波の勢いは弱まって行き、ほどなくして波は完全に収まった。
「ど、どういうこと?」
波が止まり、水笠の増した湖にツクヨミの兵士達の船が浮いているだけの状態になってもシーヴァイスは現れない。
「・・・逃げた?そんなはずは・・・」
サレンは迎撃用の魔法陣を残したまま、新たに魔法術式を展開。索敵魔法を発動した____。
「____え!?」
索敵魔法を発動すると、サレンは直ぐに湖の中の異変に気が付いた。
「な、何が起きているの!?」
サレンが湖に索敵魔法を発動すると、湖の中に多くの個体反応が出る。その殆どに生命反応が無い。
恐らくマッシブ・タイダルウェイブによって死亡したシーヴァイス軍の兵士達だろう。全滅だ。それは良い。
問題なのは、一つだけある生命反応だ。
状況的にこれがシーヴァイスのはずなのだが、サイズが明らかにおかしい。
人間とさほど変わらない大きさのはずだったのに、湖の中から出た生命反応の大きさは約30メートルという異常な大きさだった。
この大きさは津波を起こす前の湖の水嵩では収まらないサイズだ。となれば、現れたのは津波の後だろう。
召喚魔法?いや、そんなはずはない。サレンはシーヴァイスが大津波を起こしてからずっと、意識をシーヴァイスから逸してはいない。
シーヴァイスは召喚魔法を使っていないし、シーヴァイス以外にこのサイズの生物を召喚できる存在は、この場にはいないはずだ。
というより、シーヴァイスでも召喚できるか怪しい位だ。サレンでさえこのサイズの生物の召喚は出来ないのだから・・・。
「・・・失敗した?」
余りにおかしな状況に、サレンは本気で自分の魔法発動の失敗を疑った。
だが、咄嗟の事とはいえサレンの魔法失敗も考えにくい。
サレンは最高峰の魔導士。ほぼ無意識でも失敗することなく魔法を使用できる。
「・・・失敗じゃない」
失敗ではない___。
「なら____」
サレンの索敵魔法通り、これがシーヴァイスなら___。
サレンの顔色がみるみる青ざめていく。
そして、それと連動する様に湖の水面の色が濃くなっていく____いや、影が濃くなっていく。
それを見て、サレンは遂に自分の中の感情を抑えられなくなった_____
「ツクヨミの皆さん!!逃げてぇえええ!!」
____ズドォオオオオオオン!!
サレンは爆発したように叫んだ。
だが、その悲鳴は湖の中から出てきた生物の水しぶきによってかき消され、ツクヨミの兵士達は水の勢いで舟ごと吹き飛ばされてしまった____。