准魔王との戦い(6)
場面変って、サヤマ湖____。
「バーン・プリズン!」
「___!?」
___ボジュウウウウウ!!
ハツヒナが暗殺で湖に沈んでから暫く、その暗殺の実行犯である閑々忍者をサレンが魔法で捉え、その存在を消炭へと変えた____。
「よし!」
暗殺特化の閑々忍者は、暗殺こそ恐ろしいが姿を見せて対峙できれば上級の魔導士にとってはそこまで怖い相手ではない。サレンならば尚更だ。
だがそれでも、動きの速い閑々忍者を捉えるのは難易度が高いため、サレンは閑々忍者を仕留めるのに数分掛かってしまった。
「状況は!?」
サレンは風魔法で少しだけ宙に浮いて、スイ~っとスケートで氷の上を滑る様に湖の上を旋回して戦況を確認する。
この体を宙に浮かせる通称『飛行魔法』は、風属性のSTAGE5(発生)の技で、常人では使えない高難度の魔法だ。
しかも、扱えたとしても多量の魔力を消費し続けるので、持続させるのはさらに困難で、たとえサレンでも高い出費になる。
だが、湖の中からの攻撃も有り、シーヴァイスの様に雷属性を扱える者が居る以上、湖に足を入れるのは危険なため、仕方が無かった。
「「うおおおおおお!!」」
「「グゥウオオオオオオ!!」」
サレンが周囲の状況を確認すると、視界に入って来たのはシーヴァイス軍相手に一歩も引かずに奮闘するツクヨミの兵士たちの姿だった。
シーヴァイス軍は、水辺に強いリザードマンを中心に、ソル・リザードマンやグレイハウンドといった機動性のある魔物を前衛に置いて、後衛には湖に作った丘の上や塀、柵の影にリザードマンの弓兵、スカルメイジの魔導砲撃隊を並べてある。更には、マーダーパイソンを湖に潜ませ、遊撃として使っている。
総勢1500でのこの編成に対して、ツクヨミ約900人は一歩も引くことなく応戦していた。
「すごい・・・」
指揮官が居ない状況だというのに、陣形を乱すことなく維持しているツクヨミに、サレンは素直に感心して尊敬の念を抱いた。
「___けど」
とは言え、もちろん戦況はこちらが不利。直ぐにでもサレンが援護をしなければならない状況だった。
「仕方が無い」
本音を言えば直ぐにでも索敵魔法でハツヒナを捜索し、安否を確認したいところではあるが、それをしている暇は無い。
サレンは一旦ハツヒナの事を頭の隅に置いて、ツクヨミを援護するため魔法術式を展開した____。
ツクヨミは攻防共に得意の土属性で戦っていた。
理由は、ツクヨミは土属性の集団魔法が一番慣れているからだ。
隊ごとに違う不慣れな属性で集団魔法を行えば、指揮官のハツヒナが居なくなって動揺が走っている今の状況では失敗する可能性が有ったのだ。
敵にはリザードマンやグレイハウンドといった、土属性に耐性のある魔物が多い。
そのため、ツクヨミは思う様に数を減らせずにいた。
だが、ここにサレンの援護に入ると、すぐに状況は一変した___。
「ナパーム!」
サレンがリザードマンの苦手な炎属性の上級魔法を叩き込むと、リザードマン達は上からの火球と下の湖に挟み潰されたかの様に溶けて行く。
____ドドドドドン!!____ビュビュビュビュン!!
「ハイ・ロック・ウォール!」
____ズゴゴゴゴゴ!!
そして今度は敵の遠距離攻撃に対して土属性の上級防護魔法を発動。
敵のファイヤーボールや弓矢を、巨大な岩を空中に錬成し、その攻撃を防いだ。
____ズズズンッ!!
「「グギャオオオオオ!!」」
更に、敵の砲撃を防いだ後はその巨大な岩をそのまま水面に落として、下に居た敵部隊を圧し潰した____。
「・・・凄まじいな」
そのサレンの活躍ぶりに感心の声を上げていたのはシーヴァイスだった。
閑々忍者がハツヒナを暗殺した後、シーヴァイスは直ぐに後ろに下がり、丘の上の柵に囲まれた陣地に戻った。
今は護衛にアルケノン・ミノタウロスを2体置いて、サレンを観察している。
「やはり下がって正解だったな」
感心の声の次は、胸を撫で下ろす様な安堵の声を出した。
当初の予定では、暗殺が成功したら自身も兵士達と共に敵と戦う予定だった。
だが、ハツヒナとの戦闘の際にサレンの力を目の当たりにして、作戦を変更したのだった。
サレンの力は想像以上で、ただ単に相手の魔法を封じる力が有るというのではなく、それを素早く行う判断力と実行力があった。
そして、状況に応じて戦法を変える応用力も見せつけられると、シーヴァイスはサレンには戦闘のセンスも有るのだと分かったのだ。
そうしてサレンとの直接戦闘に身の危険を感じたシーヴァイスは、閑々忍者を囮にして後方に下がったのだった。
今のサレンの戦いぶりを見て、この判断が正しかったことを理解する。
「リデル様に感謝だな」
もし自分がリデルの傘下に入っていなければ、サレンとのここでの戦いは決戦となり、シーヴァイスは危険を承知でサレンの首を取りに行く必要が有っただろう。
だが、リデルの傘下に入って立場と役目が変わったため、ここはシーヴァイスの決戦の場では無くなっている。
シーヴァイスは危険を回避して“見”に回る事ができていた___。
「はぁああああ!」
サレンは、今度は水属性魔法でグレイハウンドの足下に渦を作りその足を止める。
上級魔法ではないが、STAGE5(発生)の高度な技だ。
「四大神の基本属性全てを使用している・・・伝説は本当か。しかもあの練度で・・・タイミングも良い・・・状況判断と相手の分析も的確という訳だな」
サレンの戦いぶりをシーヴァイスは味方が次々と屍になっていくのも意に介さず、つぶさに観察している。
ここでサレンを倒す必要が無いシーヴァイス____。
その優先順位はリデルからの任務を全うする事で、シーヴァイスが任されている任務は二つ。
リデルのターゲットであるジェイルレオを誘導する事と、ターゲットをリデルが狩るまでの間、帝国軍を可能な限り引き付ける事だ。
つまりはサレンがジェイルレオのもとへ行かないように、時間と体力・魔力を消費させる事だ。
ならば、今こうして自軍の兵士が死んでいくのも、作戦の範疇という訳だ。
「「シャーー!!」」
「___フッ!・・・はぁああああ!」
湖の中から遊撃のマーダーパイソンが音もなく忍び寄り、サレンを強襲する。
サレンはこの強襲もいとも簡単に躱して、カウンターで風の刃を当て、マーダーパイソン殺傷する。
「強襲の対処も上手い・・・。やはりただ魔法が上手いだけでは無いな」
シーヴァイスは、サレンの強襲された時の反応速度、回避の仕方も高い評価を付ける。
「もう少し材料が欲しいな・・・。___行け!」
シーヴァイスはサレンの力を更に見極めるために、今度は護衛のアルケノン・ミノタウロスに命令を出した。
「「グゥウオオオオオオ!!」」
「____ッ!?」
翼を広げて飛んだアルケノン・ミノタウロスは、2体共その見た目の重量感にそぐわぬ速度でサレンとの距離を詰め、更にその見た目にそぐわぬ速度で魔法術式を展開する。
「__クッ!」
凄まじい速度で距離を詰め、魔法の準備をするアルケノン・ミノタウロスに、マーダーパイソンに魔法をつかって隙が出来ている今では迎撃が間に合わないと判断したサレンは、スィースィーと的を絞られないよう、且つ味方への援護ができる距離を保てるように8の字を描く様に動いて距離と時間を稼ぐ。
だが、アルケノン・ミノタウロスの飛行性能は高く、サレンの動きに食らいついてくる。
サレンは少しの間しか時間と距離を稼がせてもらえず、アルケノン・ミノタウロス2体に挟まれてしまった。
とはいえ、サレンが稼ぐ時間はその“少しの間”で十分だった____。
「ヒリアイネン・バロ!」
アルケノン・ミノタウロス2体の中距離での挟み撃ちに、回避はできないと判断したサレンは静寂の力を発動して魔法封じの結界を張り、2体のアルケノン・ミノタウロスの信仰魔法を封じた。
「グゥウオオオオオオ!!」
「オオオオオオオ!!」
信仰魔法が封じられたアルケノン・ミノタウロスは、それならばと肉弾戦に切り替えてサレンとの距離をさらに縮めて来る。
「フッ!」
これに対してサレンも、また先程と同じ様に8の字を描いて時間と距離を稼ぐ。
それから静寂の力を解除して、新たな魔法術式を展開し、術式が完成すると同時に発動した。
「リボルバー・アクアマグナム!」
サレンとアルケノン・ミノタウロスが上級魔法の術式を同時に展開すれば、当然サレンの方が先に魔法を発動できる。
アルケノン・ミノタウロスも静寂の力が解けたと同時に魔法の準備を始めていたが、先にサレンに魔法の水弾を撃たれてしまい、体にいくつもの風穴を作って湖に沈んでしまった____。
「ハハッ!」
自軍最強の兵士をあっさりと殺されたにも拘らず、シーヴァイスからは笑いがこみ上げていた。
「なるほど!あの力、潜在魔法までには及ばないのだな!」
シーヴァイスが笑った理由は、サレンの“源流の英知”の力の底が見えたからだった。
思い返してみれば、ハツヒナと戦っていた時に静寂の力を受けたときも、シーヴァイスは潜在魔法を封じられることは無かった。
前回と今回の事で、サレンの力は信仰魔法を封じるだけの力なのだとシーヴァイスは確信する。
「ならば勝機有り!行くか!」
勝機を見出したシーヴァイスは、次の一手を打つために行動を開始した____。




