准魔王との戦い(3)
トウエツ街道____。
准魔王の一人ジェイルレオは、500ほどの兵を連れて帝国軍の補給線の中継地点を目指し、トウエツ街道を帝国方面に向かって進んでいた。
「やれやれ・・・長旅は年寄りにはしんどいのぉ」
森林の似た様な景色の道を進む中で、ジェイルレオはタラタラと歩きながらタラタラと愚痴をこぼす。
ジェイルレオは獅子の獣人だが、肉体は獣人の中では非力な方だ。
普段の生活も、魔法の研究で室内に籠ってばかりで体を鍛える事もしない。
その上で、年を取ってどんどん衰えていっているので、今の素の体力は中級魔族を下回りこの強襲部隊の中で一番貧弱かもしれない。
無論、魔法で肉体を強化すれば、上級魔族も紙切れを千切る様に引き裂けるが、戦場では敵と遭遇するまで魔力を温存しておく必要が有る。
ただの移動で魔力を消費して肉体を強化すると言った事などしない。
そのため、移動の時間はジェイルレオにとって最も不愉快な時間だった。
「帰ったら移動用の魔道具でも作るかの・・・」
ジェイルレオはまだ戦ってもいないのに、もう帰った後の事を考えている。
そうしてしまうのは、単純に退屈を紛らわせるといった理由だったり、研究が好きだったりという理由もあるが、もう一つ理由がある。
実はジェイルレオは他の魔族と違い、戦い、虐殺、支配といった事にあまり関心が無いのだ。
先ず、自身が幼少時代に苛められていたというのもあって、同族に親近感を持ってないから魔族に対して仲間意識が無い。例外は魔王だけだ。
そして、弱者をいたぶる趣味もない。“昔の自分と同じ目に合わせてやる!”、といった考えも無い。
ジェイルレオの個性は魔族らしからぬものなのだ。
そういう訳で、この戦いも、自分の研究所を壊されたり、自分が研究できなくなったりするのが嫌なので戦うだけで、他の魔族とは違い戦いそのものにも興味は無く、人間をいたぶる気も無かった。
ただ____
「せめて、良い素材に巡り合えればのぉ・・・ヒャッ♪」
ただ、“魔法の研究以外に興味が無いから人に危害を加える気が無い”というのは、“魔法の研究のためならば人に危害を加える事もいとわない”という事でもある。
もし戦場に魔法の研究に役立ちそうな“素材”があるならば、どんな残酷な手段を用いてでも手に入れて、研究のためにどんな残酷な事でもするだろう。
ジェイルレオは自身の研究の為ならば、同種・異種、強者・弱者を問わず相手にどんな仕打ちでもできる。
そう言った意味では、やはりジェイルレオは人間にとって危険な存在だろう。
だから、戦場もジェイルレオにとって全く楽しみが無いという訳でもなかった。
“自身の研究素材を手に入れる”____。ジェイルレオはこの事だけを楽しみにしながら歩き、時々、杖を持つ方とは逆の手に、首から下げている平らな金の皿の様な物を持って眺めていた。
しばらく進むと、ジェイルレオが首から下げている金の皿が薄らと光り、ピーという音を立てて、メモリの入っている金の皿の部分に光の線と点を描いた。
「来おったか!」
その反応を見てジェイルレオは、“待ってました!”と言わんばかりに嬉々とした声を上げる。
ジェイルレオが首から下げている金の皿の様な物は、“ヴァサーゴの瞳”という名で、昔、魔界で見つけたヴァサーゴの死体を使ってジェイルレオが自分で作成した索敵用の魔道具だ。
効果範囲は500メートルとヴァサーゴの索敵範囲には遠く及ばないが、魔力だけでなく生命反応や霊体反応も感知し、索敵できる。
「西に300の距離・・・ほ?魔力反応とな?遠距離からの魔法攻撃かの?ヒャッヒャッヒャッ♪」
ジェイルレオは、嬉しくて湧き上がってくる笑いを抑えられなかった。
というのも、“ヴァサーゴの瞳”に出た魔力反応は、魔法の研究素材になりそうな者が複数いる事を示していたからだ。
加えて、遠距離での魔法の打ち合いはジェイルレオの得意分野だ。
「では参ろうかッ!!」
自分の得意な戦法を相手が選んでくれたのだから、逃げる理由は無い。
ジェイルレオは、右手に杖、左手に黒いオーブを持って二つの魔法術式を展開する。
そして部下にも指示を出す。
「全体防御態勢!10時の方向からの魔法攻撃に備えよ!」
先程の、タラタラと歩き愚痴っていた時とは違い、覇気のある准魔王らしい声が響き渡る。
体の芯に響くその声を聞いて、全体がその指示に従い足を止め、魔法が扱える者は防護魔法の準備に入った。
「グレーターデーモン!貴様らは反撃の準備じゃ!防御はアルケノン・ミノタウロスに任せい!!」
「「御意!!」」
ジェイルレオが更に生き生きと指示を出すと、アルケノン・ミノタウロスは上級防護魔法の準備を、グレーターデーモンは上級攻撃魔法の準備に入る。
ジェイルレオの護衛の上級魔族が魔法術式を展開していると、敵の魔法術式からは更なる規模の魔力が検出される。
その膨大な魔力は、300離れた距離でも、魔道具を使わなくても感知できるほどだった。
「あの小娘じゃな!!」
魔道具を使わなくても分かるその魔力量。そして、その属性が“風”であることから、ジェイルレオは相手が何者であるかを理解する。
極上の素材が相手と分かって、ジェイルレオは更に嬉々として獰猛な殺気を放つ。
「戦巫女・・手に入れば最高の研究素材じゃ!ヒャッヒャッヒャッ♪」
頭の中で戦巫女を研究でどういう風に利用するかを考えると、ジェイルレオは己の興奮を抑えられない様子だった。
そして、そんなジェイルレオの気持ちを表したような魔法術式が二つ完成する____。
____ゴォオオオオオオ!!
先に魔法を撃ったのは敵の方だった。敵の居る10時の方向から旋風が吹き荒れる____。
威力、規模ともに最上級魔族のジェイルレオでも背筋が凍るほどの上級魔法だった。
だが、嬉しさの方が勝っていたのか、ジェイルレオは笑みを浮かべて興奮していた。
「なるほどの!その規模で攻撃するならば確かに初手じゃろうなッ!」
更にジェイルレオは、戦巫女の先手の魔法は、味方を巻き込む可能性を考えての事なのだと理解する。
「それで遠距離の打ち合いか!!望むところじゃ!」
敵の作戦も理解したジェイルレオは、その作戦に喜んで応じた。
____ビュォオオオオオ!!
撒き上がる風_____。ジェイルレオは、風の上級魔法で防御に入る。
____バシィイイイイイイイン!!
先頭の戦槌赤熊の部隊が居るところから、10メートルほど離れた所で炸裂音が響く。
敵の攻撃魔法と、自身の防護魔法の威力はほぼ互角だったらしく、両者の魔法は相殺された。
だが___
「ヒャッ♪」
_____ビュォオオオオオオオ!!
魔力は互角だったが、ここで装備の差が出た。
ジェイルレオの持つ杖は、“覚めない悪夢”と呼ばれる魔道具で、発動したどんなレベルの魔法でもその効果時間を延長できるというものだった。
だが何故、敵の攻撃を防げたのに効果時間を延長する必要が有るのだろうか?
(ヒャッヒャッ・・分かっておるぞ。狙いは波状攻撃じゃろう?)
戦巫女の攻撃が終われば、敵はこちらに反撃のスキを与えず、間断なく攻撃してくるとジェイルレオは読んでいた。それをさせないために防護魔法を張り続けたのだった。
「こちらも手数を増やさんとのぉ♪」
そう呟くと、ジェイルレオはもう一つの黒いオーブに込めた魔法を発動する____。
「「カカカカカカカ!!」」
発動したのは召喚魔法____。
ジェイルレオとグレーターデーモンの後ろに、10体のスカルメイジの魔導砲撃部隊が2小隊、計20体召喚される。
「ディディアル程ではないが、魔道具を使えばわしとてこれくらいの召喚は可能じゃ」
ジェイルレオは決して召喚魔法に長けているわけでは無い。
ジェイルレオでは一回で召喚できるのはスカルメイジ10までが限界だ。
だが、手に持っていた黒いオーブの力を使い、その倍の数を召喚して見せた。
スカルメイジ魔導砲撃隊、2小隊___。
帝国軍のレベルから考えて、申し分ない戦力と考える。
「砲撃準備じゃ!・・・っと、後は念には念を入れておくかの・・・」
召喚したスカルメイジ隊に指示を出し、更に自分は今使用しているモノとは別にもう一つ、防護魔法を準備する。
そして、グレーターデーモンの準備が整うと、防護魔法を解除し、反撃を開始する。
「撃てぇえい!!」
「御意!インフェルノ!!」
「インフェルノ!!」
ジェイルレオの指示でグレーターデーモン2体が魔法を発動すると、敵の居る10時の方角へ二つの業火が伸びる___。
「メテオストライク!」
「メテオストライク!」
もう少しで着弾というところで、土属性の上級魔法を発動する女と男の声が響く。
____バコォオオオオン!!
____バコォオオオオン!!
それぞれの上級魔法がグレーターデーモンの上級魔法と衝突し、どちらも相殺された。
「まだじゃ!撃てぇえ―――!!」
グレーターデーモン達の魔法が相殺されるのを見るや、ジェイルレオはスカルメイジの1小隊に砲撃命令を出す。
10体のスカルメイジは、炎属性の中級魔法ファイヤーボールを互いに連結させ、集団魔法にして発射した。
_____バチバチバチィイイイ!!
再び敵に向かって炎が伸びたが、それも再び、今度は雷属性の魔法で相殺される。
だが、ジェイルレオはまだ手数を残しているため、驚くことなく更に追撃の指示を出す。
「もう一度じゃ!!」
ジェイルレオの怒号が飛ぶと、残ったスカルメイジ小隊が、先程と同じ様に炎属性の中級魔法を集団魔法にして発動した。
____ドォオオオオオオン!!
___着弾。
今度は何者にも妨げられることなく、ファイヤーボールが相手の陣に着弾した。
「ヒャッ♪手数はこちらの方が多かったようじゃな」
相手は帝国軍ゆえ、一兵卒まで防護魔法を使用していると思われる。
そのため、こちらの魔法が着弾したものの、ダメージはそれほど期待できないのは分かっている。
だが、遠距離攻撃の打ち合いで、自分達に分があると判明し、ジェイルレオは上機嫌になった。
(その気になれば、まだスカルメイジ小隊を召喚して手数は増やせる。この勝負は貰ったの♪素材が手に入ったらどうしようかのぉ)
勝利を確信し、戦巫女を手に入れたらどんな実験をしようか?などと、ジェイルレオはそんな事まで考え始めた。
(____ッ!?)
だがそんな矢先、突如としてジェイルレオに悪寒が走る___。
何事かと我に返って、“ヴァサーゴの瞳”で索敵すると、敵の居る方角とは真逆の4時の方向から巨大な魔力反応が検出された。
「この魔力量は戦巫女か!?では先程のは!?」
戦巫女以外に自分と同等の魔法を扱える者は居ないと思っていたジェイルレオは、自身と同等の魔法を扱える存在が二つあることに戦慄するのだった____。