シーヴァイスの任務
ベーベル平原から東へ行ったところに、大きな城がある。名前はバルドール城___。
元の名はナタリア城という名前の城だったのだが、城主が准魔王の一人、バルドールに代わってから、バルドールが自身の名前を城に名付けた。
この城も、元は繁栄を極めた人間国家の王族が住んでいた機能的で優美な城だったが、バルドールがベーベル平原を沼地に変えたのと同様に、この城も自分達好みに改装してある。
この城を会議のために訪れた准魔王の一人シーヴァイスは、そのバルドールのために改装されて広くなった城の廊下を歩いている。
「____クソがぁあ!!」
「・・・・・」
シーヴァイスが向かう扉の先でズシンッ!!という音と共に、この城の城主の荒ぶる声が響く。
何があって荒ぶっているのか何となく予想がついているシーヴァイスは、特にその事に驚くことも無く、落ち着いた様子で丁寧に扉をノックしてから王広間に入室した___。
「荒れているな、バルドール」
「シーヴァイス・・・ああ。つい先ほど部下からしょーもない報告が上がってな」
「負ける事は分かっていただろう?」
「ふん!」
バルドールは大きな鼻の穴を鳴らして不機嫌さをアピールする。
頭では理解していても、気持ちでは納得していない様子だ。
何とも最上級魔族らしい価値観のバルドールであるが、そのバルドールにシーヴァイスは冷たい感情を抱く。
(フン・・・そんなに負けるのが嫌なら普段から勝つための対策と準備をするべきだろうに・・・群れのボスやお山の大将じゃないんだぞ・・・まあ、今となってはどうでもいい事だがな・・・)
リデルの傘下に入ったことで、完璧にバルドール達を見捨てているシーヴァイスは以前の様に准魔王たちの怠惰な態度にイラついたり、身の危険を感じたりすることも無くなっている。
もうすぐ、この高慢な連中に付き合う事もなくなる。
今はただ、心の中で冷たく吐き捨てるだけでいい。
そんなことより、新たな主人に任された任務が有る____。
「あの二人はまた遅刻か?そろそろ、いい加減ヤキの一つでも入れるか?下に示しがつかんだろ?」
「いや、二人共今日は来ない」
「あ?」
「私がすでに指示を出した。さすがにメテューノはここに寄っていたら、軍を到着させるのが間に合わなくなるから、タルトゥニドゥから戻って来た時に報告は引き継いで、そのまま自領に向かわせた。ジェイルレオには別の仕事を任せてある」
「そうか・・で?次はどうする?」
「次はいよいよ、ここバルドール城での戦いになるだろう。帝国は侵攻を止めない。なら次はここ以外ありえないからな」
「“侵攻を止めない”というのは間違いないのか?」
「ああ。タルトゥニドゥから戻ったメテューノの報告でそう確信した。奴らはこちらを殲滅する気は無いが、中枢までは攻めてくるだろう」
「あん?どういうことだ?」
「人探しだ。メテューノの報告では、ディディアルは、どうやら帝国と共にいるダークエルフの力、“源流の英知”を手に入れるためにタルトゥニドゥに行き、そこでダークエルフと帝国に返り討ちに遭ったそうだ」
「力を独占するために抜け駆けして、ヘタこいたってワケか・・・奴らしい末路だな。だが奴は何でそんなこと知っていた?タルトゥニドゥの魔族から聞いたのか?」
「それだ。メテューノの話では、現地の魔族達は源流の英知を知っていたが、誰もディディアルに話していないらしく、ディディアルがタルトゥニドゥに現れた時にはすでに知っていたそうだ」
「・・・つまり、そのダークエルフの情報の出所が分からねぇと?」
「そうだ。そして、それが恐らく今回連中がスカーマリスに侵攻してきた理由だろう」
「ディディアルに源流の英知の事を吹き込んだ奴を探しに来たと言うわけか・・」
「ああ。オンデールのダークエルフは結界を張って自分達の力をひた隠しにして来た種族だ。そいつらの力を暴き、さらに元魔王軍幹部のディディアルを唆して手玉にとれる輩だ。帝国が警戒するのも頷ける」
「このスカーマリスにそんな奴いるか?」
「居ないな。もし、このスカーマリスに居て味方にできるものならしたいところだが、当てにはできないだろう」
「ふん!当てにする必要なんざねーよ!そんなコソコソした奴は!」
「そうか・・・。まあ、そういう訳だから奴らの目的がディディアルと繋がりが有った者の捜査なら、真相を掴むまで、ある程度侵攻してくるだろう。だから迎え撃つほかない」
シーヴァイスがきっぱりとそう断言すると、バルドールの表情と空気が変わった。
「・・・シーヴァイスよ、まさかここも“捨て戦”にするつもりじゃないだろうな?」
バルドールは静かな口調だが、怒気を強めてシーヴァイスに“警告”する。
本々負けず嫌いな上、自身の根城で敗北を許すなど、バルドールにとっては死んでも受け入れられるものではないのだろう。
「もちろんだ。ここでの戦いは勝ちに行く・・いや、負けられない」
「ハハッ!そうだろう!その言葉が聞きたかったぞ!シーヴァイス!ようやくだな!」
バルドールはシーヴァイスの宣言に、闘争心をむき出しにして喜んだ。
「准魔王の根城が落とされたとあっては、この地を治める者として示しがつかないからな・・・。というより、私は最初から勝つつもりだったのだがな?ベーベル平原の敗北もそのための布石だ」
「分かった分かった。お前が弱気だった様な言い方をしたことは詫びる。だからさっさと奴らを血祭りに上がる話に移ろうぜ」
「ふん・・。良いだろう」
シーヴァイスは、渋々といった表情を“見せて”納得したフリをする。
そして、ここまでの誘導は問題ないと確信し、次の話に進んだ____。
「今現在、私が3500の兵を連れて来た。そして、自領に戻ったメテューノが2500、ジェイルレオが2000を用意している。三日後にはここに8000の兵が集まるだろう。これにお前の残りの兵力3000を加えた11000で帝国を迎え撃つ」
「総力戦じゃないのか?何故ジェイルレオは2000だ?奴の軍は4000はいるだろう?」
「ジェイルレオの残りの2000は囮だ」
「ほう?」
「ベーベル平原の戦いでも、連中は人員を増やす様子が無かった。本国から送られているのは物資だけだ。奴らは今いる兵数だけで戦うつもりだろう。だが、一万では足りないはずだ。つまり、今回の奴らの戦力は戦巫女や源流の英知を当てにした戦力という事だ。なら、この二人を分断できれば、大きく戦力を割ける」
「なるほど?それで、釣れるのか?」
「ああ、間違いなくな。ジェイルレオと奴の配下2000で、オウミを襲う。あそこの地は戦巫女の故郷だ。郷土愛の強いあの娘ならば味方の制止を振り切ってでもやってくるだろう。万が一釣れなければ、そのまま奴らの背後に回って後ろを取るなり補給線を潰すなりする」
「残りの一人は?」
「一緒についてくるはずだ。先の戦いで、観測班が源流の英知が戦巫女に魔法を使ったのを観測している。恐らく、源流の英知が戦巫女の抑え役だからだろう。戦巫女は帝国を嫌っているからな」
「あの小娘が釣れれば自動的に付いてくるってワケか」
「こちらの囮部隊には私も同行する。さすがに老人一人にあの二人を任せるのは大変だろうからな」
「あのジジイだったら、適当な理由を見つけて逃げるんじゃねーか?」
「なら、なおさら監視が要るだろう」
「ハハッ!ちげーねえ!やっと“大災害”らしくなってきたじぇねーか、シーヴァイス!」
「・・・ふん」
シーヴァイスの心の温度を測れないバルドールは、シーヴァイスに向かって快活な笑みを見せている。
シーヴァイスの方は、“まんざらでもない”といった面の皮を用意して調子を合わせた。
「そっちこそ頼むぞ。当然この城の城主であるお前が総大将で、他の准魔王の兵士まで使っているのだ。敗北は許されんぞ」
「当然だ!誰に言っている?」
「一応な。敵の兵数と進軍速度からいって、十日後には戦闘になるだろう。しっかりと城の防備を固めておけよ」
「ハン!んなもん必要ねーよ!来たら全員まとめて平らげるだけだ。勇者候補のガキ二人が居ねーなら楽勝だ。物足りないくらいだ」
「・・・そうか。そこまで言うのならば“安心”だ」
リデルから計画を聞いて、オーマ達に負けてもらう訳にはいかなくなったシーヴァイスは、バルドールの自惚れた態度に“安心”する。
この様子なら、バルドールはしっかりと道化になって、ヤトリとサレン以外の勇者候補に葬むられてくれるだろう。
結局、シーヴァイスの作戦にバルドールは全く疑う事なく賛成し、シーヴァイスはリデルの指示通り、スカーマリス魔族軍を動かすことに成功した____。