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チート勇者ろうらく作戦  作者: 脆い一人
第四章:烈震の勇者ろうらく作戦
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ヤトリ、再びごねる

 ベーベル平原____。

ヤーマル砦から北に行ったところに位置する平原地帯。

特徴としては、アマノニダイの森や山からエリスト海へと流れる川が一番集中しているため、水辺が多いという点だ。

これに領主のバルドールが改良を加えて、同族のリザードマンなどが住みやすいように川を広げ沼地を増やしたせいで、現在では平原とは名ばかりの沼地の多い湿地帯と化している。

そのため地面は、並の体格の人間なら膝まで足が取られるほどぬかるんでいる地帯も多く、人にとっては歩くのにも苦労する地形だ。

 また、荒廃して枯れた大地が多いスカーマリスの中で水辺の多いベーベル平原は、草も人間の子供ほどの長さまで伸びていて、人間にとっては視界が悪く、獣にとっては身を隠しやすい。

人間が獣、魔獣と戦うには完全に不利な地形だ。

 おまけに今回の戦いでは、魔族側にも知性のある魔物が指揮官として配置されているため、魔物の群れではなく魔族軍だ。

知恵ある者が魔物の個性や地の利を活かして襲ってくるのだから、人間にとっては脅威だろう。

兵力も、帝国軍は約一万、魔族軍は約一万二千で魔族側の方が多い。


 苦戦は必至だろう____普通なら。


 帝国からすれば、全く問題にはならない。

いや、問題は問題なのだが、“そんな事はとっくの昔に分かっている”という事だ。

このベーベル平原の地形も、スカーマリスの魔族の能力も、すべて熟知した上で攻め込んだのだ。

帝国は問題を問題のままにして攻め込む馬鹿ではない。

 事実、帝国軍は、上の指揮官から下の兵士まで緊張している様子も、気負う様子も無く、“地形が悪かろうが魔獣が強かろうが今まで学んだ事と経験してきた事をすれば勝てる”と、冷静かつ余裕のムードだった。




「・・・・残念だ」


 冷静かつ余裕の帝国軍の中で、最も冷静かつ余裕な態度をしている総大将のジョウショウは、展開している自軍の後衛でぼそりと呟いた。

 理由は、敵指揮官が上級魔族のグレーターデーモンだったからだ。

スカーマリス魔族の長と思われる存在は出てきていない。

 これは、敵がこちらの様子を窺っている事を意味している。

であれば、当然こちらも全ての手の内を見せるわけにもいかず、直前の作戦会議で今回もジェネリーとレインの二人は温存することが決定した。

予想はしていたが、そのおかげで勇者候補の戦いを見られず、スカーマリスを支配する魔族の長も分からずで、ジョウショウは少しだけ残念に思っていたのだった・・・。


 「ジョウショウ閣下!」


そんな様子で、少しだけ胸に不満を抱えながら戦闘開始の時を見定めていたジョウショウに、一人の兵士が慌てて報告に来た。


「____ヤトリか?」


ジョウショウは、その兵士の慌てた様子だけで報告内容に察しがついた。


「え!?あ、ああ、はい!あの___」

「___放っておけ」

「は!?」

「ヤトリが戦闘前に駄々をこねたのだろう?放っておけ。オーマ・ロブレムがどうにかするはずだ」

「は、は・・・い、いえ、ですが、あの・・恐れながら、オーマ・ロブレムでも抑えられそうにない様子でして、このままでは作戦に支障が出るかと・・・」

「そのときは作戦を中止して撤退すれば良い」

「へ?」

「スカーマリス攻略はあくまで“捜査”だ。作戦に支障が出てまで無理に戦うことは無い。とにかく放っておけ。もめ事が収まったとき、また報告せよ」

「か、かしこまりました・・・」


兵士はそう言うと、少し腑に落ちない様子だったが下がって行った。



 今回の作戦において、スカーマリス攻略の優先度は低い。

というより、本当に攻略してしまっては、せっかくの“狩場”がなくなってしまう。

なので、帝国側にスカーマリスの魔族を殲滅する気は無い。

 今回の遠征での最優先の目的は、ヤトリを籠絡して帝国側に引き入れる事で、その次がタルトゥニドゥで暗躍した存在を見つける事だ。

最優先案件のヤトリの籠絡に支障が出るなら、スカーマリス攻略など中止しても構わないのだ。



 「オーマ・ロブレムには少し同情するな。あの小娘を相手に仲を深めるのは大変だろう・・・。ハツヒナにも標的にされているしな・・・」


 オーマが感じていたハツヒナの言動の違和感には、ジョウショウも気付いていた。

言動に違和感が有ったのもそうだが、何よりジョウショウはハツヒナの性癖を知っている。

ハツヒナ自身も第一貴族には自身の性癖を隠していない。


「あの悪癖さえなければ師団長より上にも行けるのだがな・・・」


惜しいと思うが、本人が自身の欲望を満たすのを優先していて、別に出世を望んでいないので仕方が無い。

 ジョウショウは、ハツヒナの悪癖を知った上で放置している。

理由は二つあって、一つは、さすがにクラースの作戦を台無しにするほど愚かではないと分かっているからだ。

陰湿な嫌がらせはするとは思うが、作戦を失敗させるほどオーマを追い詰めはしないだろう・・・多分。

 そして、もう一つの大きな理由が、帝国三大貴族にして自身の主であるマサノリの助言が有るからだ。


 今回の一件で、ジョウショウがハツヒナとウザネを連れて来たのは、単に戦闘力と指揮力が高いからだけではない。

たとえ戦闘力が高くても、トラブルを起こす可能性が有るハツヒナとウザネは、ジョウショウの判断だけならば連れて来なかっただろう。別に他の師団長たちの能力が低いわけでもないのだ。その者達でも十分に務まる。

 マサノリが、「この二人を連れて行け。ろうらく作戦はむしろ、その方が上手く行く」と言ってきたため二人を連れてきたのだ。

 ジョウショウには主のその言葉の意味するところは分からなかったが、ジョウショウは主の人間洞察力を信頼している。

 そういった訳で、ジョウショウは内心でハツヒナの言動に思うところは有るものの、主の助言を信じて傍観していたのだった____。






 「いやだーーーー!!」


ベーベル平原に展開している帝国軍中央で、ヤトリの叫びが木霊する。


「あら・・・ヤトリさんってば、そんなに私のことが嫌い?」

「大っっっっ嫌いだ!!気持ち悪いんだよ!!お前は!!」

「・・・・・」

「ちょ!?・・・おい!」


優しく問いかけたハツヒナに対して、ヤトリは容赦なく罵声を飛ばす。

オーマが恐る恐るハツヒナの様子を窺うと、ハツヒナが笑顔を顔に張り付けて無表情になっているのが分かり、胃に痛みが走る___。

 ヤトリが第一貴族に対しても遠慮がないことは知っていたが、実際に目の当たりにするとハラハラと気が気じゃなかった。


(サ、サレンが気を利かしてくれて良かった・・・)


前回ヤトリを止められなかった反省か、今回サレンはヤトリが何かをする前に静寂の力を発動して、ヤトリの声が他に聞こえないようにしてくれていた。

もし、ウザネにまで届いていたら、いい加減にオーマの胃に穴が開いていただろう。

 そんなオーマの気苦労など知らない、知っていたとしても気にしないヤトリの口は止まらない。


「何で私がこんな奴と一緒に戦わなきゃいけないんだ!絶っっっ対に嫌だ!!」

「・・・・・」

「い、いや、だから、そういう作戦___」

「今すぐ変更しろ!!」

「無茶言うな・・・」


 ヤトリが騒いでいたのは、今回のベーベル平原の戦いでサンダーラッツはハツヒナの師団と連携することになったからだった。

 ベーベル平原は、平原とは名ばかりの湿地帯と化しており、足場も視界も悪い。

ハツヒナの軍は、こういった地形での戦いに向いている。


 ハツヒナの東方防衛軍第二師団は、全騎士団が一つの属性で統一されており、その属性は土属性だ。

土、岩、砂、泥といったモノを錬成して戦える土属性は、基本の四属性の中で最も地形に対して適応力が有る。

 全軍を一つの属性で統一している防衛軍は、色々な属性で部隊構成されている遠征軍より汎用性は劣るが、その分型にハマったときの強さは遠征軍の比ではない。

特に集団魔法などで言えば、属性がバラつく遠征軍では数百人での集団魔法が限界だろうが、防衛軍ならば一騎士団千人で・・ないしはそれ以上の人数での集団魔法が可能だったりもする。

 事実、全体で合わせるのが難しいため今回は使用しないが、ハツヒナの第二師団は全騎士団の約四千人での集団魔法も可能だ。

故に今回の戦いでは、土属性で統一されたハツヒナ軍が中央で主力となり、汎用性のある遠征軍のウザネ軍は分散して両翼になっている。

 そしてサンダーラッツは、ハツヒナ軍のフォローとして、ハツヒナ軍と共にヤトリとサレンを有効的に使って、ハツヒナ軍の被害を減らすというのが役目だ。


 ハツヒナが嫌いなヤトリは、土壇場でこれを聞かされて、大いに反抗しているという訳だった____。

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