リデルの新たな手駒
スカーマリスの北西にあるオータム城____。
つい先ほどまでこの城の地下の広間で、軍事侵攻してきた帝国への対策会議が集まった准魔王たちによって行われていた。
その会議も終わり、他の准魔王たちが城を後にすると、オータム城の主人にして准魔王の一人であるシーヴァイスの絶叫が鳴り響いた。
「くそがぁあ!!何なんだアイツらは!!あれでも魔族の長か!?揃いも揃って間抜けしかいないのか!?」
我慢の限界だと言わんばかりにシーヴァイスは目を血走らせ怒りを顕わにする。
他の准魔王たちの体たらくに、シーヴァイスは会議中、ずっとストレスを感じていた。
しかし彼らの態度は、シーヴァイスがそこまでストレスに感じるほど酷いものだっただろうか?
今回の一件が帝国だけの事じゃなく、勇者にも関係する事と分かってからは、全員が真剣になっていたはずだ。
「遅い!遅いんだよ!!全てが!!」
だが、シーヴァイスは納得していなかった。
「バルドールめ!勢いだけで物事を進めようとしやがって!帝国と西方連合の戦争を知らないだと!?自分達を脅かす敵国の動向に関心が無いとか、それでも一軍の長か!?暴れるしか能が無いのか!?あの爺もだ!賢いフリをしやがって!怠けてきたツケが回って来ただと?当たり前だ!!敵対しているんだぞ!怠けていたら殺られるに決まっているだろ!!・・あの女に至ってはディディアルが死んだことすら知らなかった・・・論外だ!どいつもこいつも、自分の尻に火が点いてから騒ぎやがって!!」
___そう。シーヴァイスからすれば、魔族の長たる者達が、会議が始まって“から”真剣になっているのが許せないのだ。
シーヴァイスとしては・・・いや、まともな軍の長ならば、もっと前から連携し、帝国の動向を探り、戦力を増強して対策を“し続けている”べきなのだ。
だが、メテューノは奔放で政治にも軍事にも興味無し。
バルドールは血の気が多く、考えが足りない。
ジェイルレオはそれなりに情報収集していたが、特に対策を立てるといった事はせず、魔法研究に没頭してしまい行動に繋げない。
死んだディディアルも、味方さえ出し抜こうとするため信用できなかった。
魔王のため、スカーマリスの魔族のため、一軍の長として真面目に動いていたのはシーヴァイスだけだった。
シーヴァイス一人が奮闘したところで帝国相手では状況が良くなることは無く、今回も結局何も分からないまま攻め込まれるという事態になってしまった。
以前から全員で連携して動いて帝国の動向に注視していれば、攻め込まれても相手の目的くらいは判明していたかもしれないし、少なくとも戦力は増やせていただろう。
シーヴァイスにとっては、悔やんでも悔やみきれない事態だ。
「あいつら絶対、自分達の状況を分かっていないぞ・・・」
上級魔族としてのプライドか、本当に自分の腕に自信が有るのかは分からないが、他の准魔王たちはどこかまだ帝国を格下に見ている節がある。
だが、それは大きな間違いで、准魔王たちのうぬぼれだとシーヴァイスは思っている。
シーヴァイス自身の考えでは、はっきり言って帝国は自分たちの各上の相手だと思っている。
帝国が格上でありながら、これまでスカーマリスを攻め込んで来なかったのは、自分が帝国の弱点になっているからだと思っていた。
シーヴァイス自身が弱点___つまり、海軍戦力だ。
シーヴァイスが高い海軍戦力を持っているから、海軍を持たない帝国はスカーマリスに攻めきれないのだろうと判断している。
つまり、もし今回の帝国の軍事侵攻がスカーマリス制圧を目的とした“本気”なら、帝国はエリスト海を治める力を用意して来ていると考える事もできる。
格上の相手が、自分達の勝利を確信して攻めてきているという事だ。
もし、これが事実なら、それはシーヴァイスの死を意味する。
シーヴァイスにとっては恐るべき事態で、この事態を招いたのが身内の体たらくだというなら、怒りを通り越して殺意すら湧いてくるのだった。
「・・・いつか読んだ人間の兵法書に、無能な味方は有能な敵より恐ろしいとあったが本当だな・・・。どうする?このまま奴らと一緒に戦っても、この状況を打破できるとは思えん。どうすれば・・・」
「___なら、いっそのこと切り捨てちゃえば?」
「___ッ!?」
この広間に自分一人だと思っていたシーヴァイスは、天井からの陽気な女性の声に、弾ける様なリアクションで身構えた。
その反応こそ戦える者のそれだったが、心の中には驚きと恐怖が入り混じる。
表情からも構えからも、それは現れていないように見えるが、冷たい汗が眉間に流れているのが見えた。
「フフッ♪そんなに怯えないで、シーヴァイス。“貴方を”襲いに来たわけじゃないわ」
シーヴァイスの反応を強がりと理解している声の主は、天井からゆっくりと翼を広げて下りながらシーヴァイスを宥めた。
「貴様・・・リデルか?」
目の前に下りてきた美しい悪魔に動揺しながらも、百年ぶりに再会する元同僚だと分かった。
「そうよ。久しぶりね」
「リデル・・・貴様、一体どういう・・・いや、一体いつの間に____」
“いつの間に居た?”と、“いつの間にそんなに強くなった?”の両方が頭に過り、声が詰まってしまった。
「ここに貴方とバルドールが来た時から居たわよ?」
「なっ!?」
「会議も見ていたわ。大変だったわねぇ~。あいつらの所為で、ほとんど場当たり的な対応になっちゃって・・・同情するわ」
リデルは心底可哀想といった口調でシーヴァイスを慰める。
だが、シーヴァイスの表情には緊張、驚き、恐怖といった感情が残ったままだった。
(最初からだと!?気付けなかっただと!?それに、この女から感じる魔力はあの戦巫女と同等かそれ以上!?どうして、ここまで強くなれた?)
他の准魔王たちとは違い、自分自身に油断は無いとシーヴァイスは思っていた。
戦いから離れても訓練を怠りはせず、戦いの感と実力は養ってきたつもりだった。
だが、目の前に現れた元同僚からは、それらの日々が茶番であったとでも言う様に巨大な力を持っていた。
その事実が中々自分自身に入ってこず、シーヴァイスは未だに混乱している。
「____いい加減にしろ」
「うっ!?」
突然低い声で恫喝してきたリデルに、シーヴァイスは心臓を鷲掴みにされたような気になったが、そのおかげで意識が戻ってきた。
「・・・そうそう。驚かせるつもりで声を掛けたから驚いてくれて楽しいし、ちゃんと私の力量を量れて恐れてくれるのも嬉しいけど、いつまでもその調子じゃー話が出来ないもの」
「・・・話?」
「そう、お話。この状況で、ただ会いに来た訳がないでしょう?」
「この状況・・・知っているのか?帝国が侵攻して来ている事を?」
「ええ。その理由と目的まで全部知っているわ」
「なっ!?・・・何だと。何故お前がそんな事・・・」
「そんなに驚く事かしら?本来これが普通でしょ?貴方は他の奴らより“まし”だから分かると思うけど?」
「あ?・・・・・ああ、そうだな。魔王軍の長を務めるならば、それが普通で、そうあるべきだ」
「でしょ?」
「・・・・・」
目の前のリデルの力、そして言動で、リデルがこの百年程の間どれほど濃密な時間を過ごしてきたかをシーヴァイスは直ぐに理解した。
(俺自身も甘かったという事か・・・帝国だけでなく、かつての同僚にまで追い抜かれているとは・・・)
昔は自分の方が強かったが、今戦えばリデルが圧勝するだろう。
シーヴァイスは心の中で素直に白旗を上げ、リデル相手には強がらない事にした。
「それで?話とは何だ?落ちぶれた我らを笑いに来た訳でも、助けに来た訳でもないのだろう?」
「いいえ。助けに来たのよ?」
「はあ?」
リデルの意外な答えに驚き、シーヴァイスは妙な声が出てしまった。
「ただし、貴方だけね。貴方はまだ見どころが有るから、私の“狩り”に協力してくれたら助けてあげる」
「狩り?・・・戦巫女か?」
「いいえ、違うわ。私が狩りたいのは身内」
「ッ!?・・・准魔王を狩るのか?」
「そう♪フフッ、察しがいいわね。一人狩りたい奴がいるのよ。まったくアイツときたら、落ちぶれて魔王軍の足を引っ張るくせに、狩るとなると面倒なんだから・・・ね?だから協力して?」
「・・・何のために狩る?」
「うーーん・・・協力を約束してくれないと、詳しくは話せないわ。でも、そうねぇ・・・一言でいえば、“魔王軍の勝利”の為かしら」
「・・・いいだろう。俺は貴方の下に付こう」
「はあ?」
即答したシーヴァイスに、今度はリデルの方が驚いて妙な声が出た。
「悩まず即答するのね・・・」
「悩む必要が有るのか?あいつ等なんて、むしろ切り捨てたいとすら思っていた。それに、貴方にどんな考えが有るかは分からないが、今の貴方は力も言動も最も魔王軍幹部らしい」
「ふーん・・・・こっちを騙そうって訳でもなさそうね」
「俺が貴方を騙したところで、なんの益が有る?それに、最終的に信じるかは話を聞いてからでよいのだろう?」
「・・・そうね。今のは気にしないで、もっと怪しまれて説得に苦労すると思っていたから、すんなり事が運んで逆に怪しく感じただけだから」
「分かった。それで、さっそく貴方の考えをお聞かせ願いたいのだが?全部話してくださるのだろう?」
「ええ、いいわよ。全部話してあげる。貴方にはこれから私の代わりに表舞台で動いてもらうのだから、聞いてもらうわ」
こうして、リデルは今回の一件についてシーヴァイスに全てを話した。
全ての話を聞いた上で、シーヴァイスは改めてリデルの力になる事を決めた。
ボロスの代わりなる新しい手駒を手に入れたリデルは、再びオーマ達のろうらく作戦の裏で暗躍するのだった____。