スカーマリスの准魔王たち(後半)
魔王亡き後、スカーマリスを支配してきた准魔王の四人は、シーヴァイスの居城オータム城にて、領土侵攻してきた帝国への対策を迫られていた____。
「それで、帝国は“どこまで”本気なの?戦力は?」
最初はやる気の無かった放蕩魔族のメテューノも、帝国の侵攻と聞いて真剣になり、会議に積極的だった。
「目的が判明していないため、どこまで本気かは分からないが、戦力は約一万といったところだ」
「一万!?たったのそれだけで私達の相手しようってのかい!?舐めてんの!?」
「ヒャッ・・シーヴァイスよ。その数なら奴らは本気とは言えんのではないか?」
「そうでもありません老公。数は少ないですが、出てきたのは帝国東方軍の精鋭の第二師団。総大将も東方軍団長のジョウショウですし、何よりも“あの”戦巫女が居たと報告がありました」
「ほう・・・」
「___ッチ!」
“あの”戦巫女と言われて全員が誰かを理解し、また表情を強張らせる。
普段からスカーマリスで暴れているわけなので、当然全員がヤトリのことは知っていた。
特にバルドールは、自身の領内で毎年魔獣達を大量虐殺されているので、苛立ちを隠せなかった。
「実際に、ヤーマル砦は彼女の魔法によって跡形も無く潰れてしまいました」
「はあ・・・あの小娘は相変わらず無茶苦茶ね。私達より物騒だわ」
「ヒャッヒャッ!惜しいのぉ。あの性格にあの実力ならば、我らの良き眷属に成れるというのに」
「下らねぇ事言ってんじゃねぇ!ジジイ!要は、数は少なくとも俺達を潰しに来たって事だろ?ならぶっ潰すまでだ!!」
(___チッ!)
荒ぶるバルドールに、シーヴァイスは表情には出さずに内心で舌打ちをする。
そして冷静に、なるべく諭す様な口調で話した。
「落ち着けというのだ、バルドールよ。まだ、そうとは決まっていない。それに“どこまで”本気かより、“どこに”本気かを知る必要が有る」
「わしらを潰す以外の目的が有るというのか?シーヴァイスよ?」
「その可能性が有ります。そして、その目的次第で我らの戦い方は変わるでしょう」
「何を知っているの?シーヴァイス」
「私の放った斥候からの報告によると、ヤーマル砦を攻略した部隊にダークエルフが居たそうだ」
「・・・ダークエルフ?」
「ああ。しかも、そのダークエルフは、戦巫女がヤーマル砦を潰す直前に、それと同等の魔力量で七色の魔法術式を展開したそうだ」
「あの小娘と同等!?嘘でしょ!?」
「七色の魔法術式なんぞ聞いたことが無いぞ。その報告は確かなのか?」
「待て。わしは知っておるぞ、その力」
「本当かよジジイ」
ヤトリと同等の力というのも、七色の魔法術式というのも信じられないといった様子のメテューノとバルドールに対して、最年長で一番魔導に関する知識が豊富なジェイルレオには心当たりが有るようだった。
「“源流の英知”・・・じゃったかのう。そんな名で太古の魔界にも実在した力じゃ。基本の四属性を全てマスターした者だけが到達できるという魔導の極みじゃよ」
「へー・・・」
「はん。そんなもんが有るんだな」
「まったく、最近の若いもんは無知じゃのう。シーヴァイスよ。さすがに主は知っとるじゃろ?」
「はい。そして、歴代の勇者にもその力を持つ者が居たという事も知っています」
「「___ッ!?」」
“勇者”という新たなキーワードに、バルドールとメテューノは興味が無いといった態度を一転させて、相手を睨み殺せるほどの殺意と眼光を見せた。
「・・・じゃー、そいつはあの小娘同様に、次の勇者の可能性が有るって訳か?」
「そうだ。そして私は、ディディアルの死はその娘と何か関係していると思っている。ディディアルがタルトゥニドゥで命を落とし、その後に歴代の勇者と同じ能力を持つダークエルフが帝国と共にここに来たというのは偶然だとは思えん」
「「・・・・・」」
今回の事態が、“勇者”というキーワードで単なる帝国と自分達の領地の奪い合いでは無いと分かり、一同に重い空気が流れる。
魔王を除いて、およそ自分達の行いを止められる者などいない准魔王たちではあるが、その魔王に匹敵する勇者が出てくるというのならば話は変わってくる。
「・・・・ディディアルの奴は、何しにタルトゥニドゥに行ったんだい?誰か聞いてないの?」
「誰も・・。我々どころか、奴の配下の悪魔達にすら行き先しか伝えていなかった」
「ヒャッヒャッ、ならば良からぬ事をしようとしたんじゃろ。あ奴は味方でさえ出し抜こうとする野心の塊じゃからのう」
「帝国の目的同様に確かめる必要が有る」
「なら、私が行って来ようか?」
「そうしてくれると助かる、メテューノ。お前が行くのが一番時間の短縮になる」
「それで、わしらはどうする?」
「敵部隊と一戦交えて、奴らの目的を探るべきです」
「おお!なら、俺に任せろ!ついでに奴らをぶっ潰してやるからよ!」
「いや、バルドールよ。次の一戦に、我らは出るべきではない。我らが出るのは敵の目的を見極めてからだ」
「はあ!?何弱気な事言ってんだよ!あの“大災害”とまで呼ばれたシーヴァイスが臆病風に吹かれたか!?」
「勇ましいのぉ、バルドールよ。だが落ち着け。かの小娘とそれに比肩する者がおるのでは、貴様とて危うい。もし、どちらかが本物の勇者ならば、魔王様とでさえ渡り合える相手じゃ」
「だからこそだろう!?あのガキが強いといっても、まだ魔王様や勇者のクソッたれほどじゃねぇ!今の内にぶっ潰すべきだ!奴らはこちらの懐に入って来たんだ、考え様によっちゃチャンスだろ!?」
「良い意見だ、バルドール。向こうが攻めてきたのを逆手にとって、勇者の可能性が有る人物を消す・・・できれば、そうしたいものだ」
「そうだろう!俺達と傘下の上級魔族の精鋭を集めれば、二人くらい殺れるはずだ!」
「確かに、できるかもな」
「なら、これで良いだろう!」
「ああ、相手が“二人”ならな」
「あ?」
「バルドールよ。何故、勇者の素質を持つ者が二人だけだと決めつける?」
「な・・・」
「シーヴァイスの言う通りじゃ、バルドール。現在判明しておるのが二人というだけで、他に居ないという保証が有るわけではないぞ?」
「バカな!?あんな力を持った奴が、人間やエルフなんぞに何人もいてたまるか!お前ら慎重すぎやしねーか!?確証でもあるのかよ!?いつまでも可能性なんぞ言っていたら何もできねーだろ!!」
「それはそうだが、今回に限れば帝国が他にも勇者候補を抱えているという推理は立つ」
「な!?・・何だよ、それ」
「帝国と共にいる勇者候補がダークエルフであるという事だ」
「あ?」
言われてもバルドールには、ピンと来るモノが無かった。
そのリアクションを見て、シーヴァイスは内心で呆れつつ、自分の推理を一から説明することにした。
「ダークエルフ。オンデンラルの森に住むラルスエルフは、自分達を土の神マガツマの使徒と仰ぐゴレスト神国と同盟を結ぶまで、人間に迫害されて来た。エルフ族の中でも大の人間嫌いになっているエルフで、そのうえ宗教国家だ。帝国に力を貸すなんて、まずありえない」
「アマノニダイとの繋がりを使って帝国が説得したんじゃないのか?」
「アマノニダイ経由でも無理だ。ラルスエルフの人間嫌いは根が深い。それに、帝国自体はエルフを迫害した歴史は持たないが、少し前までゴレスト神国と対立していて、間接的に武力衝突もしている」
「そうなのか?」
「半年ほど前に帝国が西方連合と大戦をしたろ?」
「知らん」
(___チッ!)
シーヴァイスは、また心の中で舌打ちをした。
「・・・とにかく、ゴレスト神国も連合に参加して帝国と戦っている。自国の一番の盟友と敵対している国に協力なんぞしない筈だ」
「じゃー何で、ダークエルフは帝国に協力しているんだ?」
「理由も方法も分からん。だがそれは重要じゃない。大事なのは、“何故、帝国はダークエルフ達と協力したか?”という事だ。先の大戦で西方連合は撃破され、西方諸国の力は無くなっているんだ。わざわざ“協力”なんて立場に甘んじる必要は無いし、あの帝国貴族共はお人好しじゃない」
「勇者に成り得る奴がいるからだろ?そんな奴がいれば俺達と同じで、帝国でもそう簡単には手が出せまい」
「そうだな。では、帝国は何故その事を知っていた?」
「・・・あの帝国貴族の糞エルフが見つけたんだろ?」
「そうだろうな。あんな辺境に居る人物の素質を見抜くなんて、カスミ・ゲツレイ位しか出来ないだろう。で?何故カスミは、そんな素質を持った人物を探していた?」
「・・・次の魔王様が誕生された時の為、勇者を探している?」
「そうだ。帝国は間違いなく大陸に侵攻している裏で、勇者に成りそうな人物を探し自国に取り込んでいる。帝国軍と共に、ダークエルフの勇者候補が居たのも、戦巫女が居たのも、偶然では無い筈だ」
「じゃろうな。そして、結界が敷かれているオンデンラルの森から勇者の素質を持つ人物を探せるなら、他所に居る勇者の素質を持つ人物を探すのは容易じゃろう」
「・・・・・」
「そういう事だ。だから、帝国が他にも勇者候補に上がるほどの才を持つ人物を抱えている可能性は十分に有り得る」
「・・・・・」
「そいつらが何人居て、この戦場に何人来ているのか?そいつらを使って、ここで何がしたいのか?そこを知らずに武力衝突しても、戦の勝敗は決まるが人間対魔族の勝敗は決まらん」
「・・・・・」
「ヒャッヒャッ!案外、わしらを噛ませ犬にして、腕試ししたいだけじゃったりしてな?」
「ジジイ!!」
「ヒャッヒャッヒャッ!怒るな怒るな、ただの可能性ぞ?」
(___チッ!)
ジェイルレオの軽口にバルドールは声を荒げたが、シーヴァイスはまた心の中で舌打ちするだけだった。
「そういう訳だから、我らはまだ戦場には出ない。いいな?」
「ああ・・・分かったよ」
説明を聞いて、バルドールは渋々了解した。
バルドールが状況を理解できたのを確認して、“我慢の限界”に来ているシーヴァイスはさっさと話を進めることにした。
「では、指揮官は適当な上級魔族に任せるとして、場所は地理的にベーベル平原が良いだろう。数は各々から三千ほど出してもらって、一万二千を差し向ける」
「ヒャッ!?」
「各自で三千!?ただの様子見に半分も出せってのか!?」
「ちょっとぉ・・・」
准魔王たちの各戦力は、シーヴァイス軍が約六千五百、バルドール軍が約六千、ジェイルレオ軍が約八千、メテューノ軍が約四千五百で、合計約二万五千といったところ。
次の一戦でスカーマリス魔族勢力の約半分を投入する計算になる。
一同が難色を示すのも仕方が無いだろう。
「だが、これ位の数を動員しなければ敵の目的を探れまい」
「チッ!分かったよ」
「はあ・・・とんだ出費だわ」
「今まで怠けていたツケかのう・・・」
(___チッ!)
シーヴァイスはまた苛立つが、もうすぐ会議も終わりだと自分に言い聞かせて堪える。
「では、この数でベーベル平原に向かわせ、帝国軍の相手をしてもらい、我々は秘密裏に動いて帝国の目的を探る。異論は無いな?」
「ああ」
「心得た」
「それでいいよ」
「では、解散だ____」
帝国への対策会議が終わると、准魔王たちは直ぐにその場から立ち去って行った____。
そして、広間に一人残ったシーヴァイスは、ふう・・・と大きく長いため息をこぼす。
それから____
「ふざけるなぁ!!あのクソ共ォ!!」
ため込んでいた仲間への不満を爆発させた____。
この場に自分以外は誰も居ないと思って羽目を外したわけだが、その様子をニヤ顔で天井から眺めている人物が居た。
「ハハッ♪その気持ち良く分かるわよ、シーヴァイス♪」
リデルだった____。