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チート勇者ろうらく作戦  作者: 脆い一人
第四章:烈震の勇者ろうらく作戦
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ヤーマル砦攻略(前半)

 オーマ達のスカーマリス攻略の初戦は、ヤーマル砦の制圧だ。


 ヤーマル砦____。

スカーマリスの南南西、オーマ達の居る前線基地から少し南東寄りのアマズルの森の近くにあり、今から二百年以上も前に前魔王によって滅ぼされた人間国家の防衛施設だ。

 二百年以上のも間、魔族の住処となっているため、“砦”とは呼ばれているが、実際は廃墟同然で防衛施設としては機能していない。

また、住み着いている魔族も知性の無い魔獣達であるため、砦というよりは魔物の巣といった感じだ。

 だが、それが却って人間にとっては危険な場所となっている。

荒廃して崩れた部屋や壁は、敵の侵入を阻むことは無いが、獣が身を隠すにはうってつけだ。

 ここに住み着いている主な魔獣も、“ハイエルフ・タイガー”といって、全長平均1.5メートルほどの猫型の魔獣だ。


 ハイエルフ・タイガーは、魔獣にしては細身で小さい方だが、非常に凶暴でその細身の見た目とは逆に力も有り、その見た目通り狭い空間に身を潜める事が出来る。

更に、体毛も樹木に似た茶系の色と、苔や草に似た草系の色が混じった迷彩柄をしているので発見しづらい。

“ハイエルフ”と呼ばれる由来になった大きく尖った耳も特徴で、聴覚が非常に優れており、獲物を視認できない場所に潜んでも足音や呼吸を聞き取って、正確に獲物の位置を把握して襲うことが出来る。

廃墟となった建造物などは、入り組んでいて隙間の多いため、ハイエルフ・タイガーにとって絶好の住処だ。

そんな厄介な魔獣が生息するヤーマル砦は、防衛施設としての機能を無くしたとはいえ攻略は非常に困難だろう。

 おまけに廃墟同然なので、制圧しても防衛施設としては使えず、手に入れても利用価値が無い。

戦うだけ損だが、戦略上仕方が無い。


 ヤーマル砦は人が造っただけあって周囲が良く見渡せて、これからスカーマリスを攻略していく上で無視できない場所に存在している。

更に、防衛施設としては使えないが、ここを抑えておけば、帝国からもアマノニダイからも前線に物資を送ることが出来る。兵站線を確保する上で重要な地点だ。

 更に、もしヤーマル砦を利用価値がないからと無視した場合、他の拠点を攻略する際に挟撃される可能性も有る。

今現在、ヤーマル砦には知恵を持たない魔獣達しかいないが、もし戦術を考える知恵を持つ魔族が利用すれば、ヤーマル砦とそこに住む魔獣達は恐ろしい伏兵になるだろう。

以上の事から、今後スカーマリスの中心部まで攻めるなら、砦として機能していなくても抑える必要が有る。

 魔族との戦いでは、こういう利益にならない戦いが多々ある。

戦争で金勘定もしなければならない上の立場の人間からすれば、頭の痛い事だろう。

いつもの様に、戦う前に全ての段取りを終えてお茶を啜るジョウショウもそれは同じのはずだった。

 だが、今日に限ってジョウショウはそこまで頭を痛めていなかった。

何なら少し楽しみにしているくらいだった。

 理由は言うまでも無く、ヤトリとその他の勇者候補の参戦である。

たった一人で万の軍勢に匹敵する彼女らは、金勘定すれば、すこぶるコスパが良いからだ。


「特にあの娘には日頃、被害を受けてばかりだからな・・・」


普段迷惑している分、こんな時くらいは役に立ってほしいものだとジョウショウは思う。


「他の娘たちもお手並み拝見だな___」


他の勇者候補の実力を見るという点でも、ジョウショウにとって楽しみな一戦だった____。






 「___フィットプット隊長。全小隊目標地点に辿り着いて、工作作業を開始しました」

「了解。ご苦労様」


部下からの報告を聞いて、ウェイフィーはいつも通りの態度で部下の対応をする。


 だが、その心の内では戦々恐々としていた。


(この子、本当にすごい・・・)


近くで岩場に座っているヤトリを横目で見ながら、心の底で文字通り心底感心していた___。


 今現在、ウェイフィー率いる工兵隊は、ヤーマル砦攻略作戦を遂行するため、勇者候補のヤトリとサレン、通信兵のシマズと共に本隊から先行して、ヤーマル砦の目の前まで来ていた。

その距離、約二百メートル。自分の目で中に居る魔獣達が確認できて、合図を出せば致命傷を負わせられる必殺の距離にまで間合いを詰めていた。

 砦内に居るハイエルフ・タイガーは、その発達した耳で数キロ先のウサギが飛び跳ねる音さえ聞き取る事が出来る。それだというのにウェイフィー達は、砦の中の魔獣達には一切気付かれていない。

 その理由がヤトリの力による所が大きいため、ウェイフィーは戦慄していたのだ。


 ヤトリの風魔法で起こす風で匂いを逸らし、同じく風魔法で起こした振動で音を操作して足音や作業音が届かないようにする。

後は工兵隊自らが土属性魔法で岩肌や地面に擬態すれば、魔獣の優れた目も耳も鼻も誤魔化す事が出来た。

ヤトリの力によって、帝国の隠密部隊バグスの最精鋭カラス兄弟さながらの隠密行動を可能にしているのだ。

 その能力も恐るべしと言ったところだが、ウェイフィーが何よりヤトリに恐怖したのは、それを部隊単位で行えているという事実だった。

 今現在、雷鼠戦士団工兵隊の五十人は、各小隊でヤーマル砦を半包囲するように展開しており、ヤトリの魔法の効果範囲はその全員に及んでいる。


(チート・・・)


超射程の魔術が行えるとは知っていたウェイフィーだが、実際に数百メートル先の味方の音と匂いを消し続けているというのには恐怖を覚える。


(団長が作戦会議で、ヤトリの力は隠密と工作でこそ活きると言っていたけど、本当にそう・・・)


 最初にオーマからそれを言われた時は、自分にヤトリを押し付けるための方便だと思っていたが、今はその考えを撤回している。

 数十キロにまで及ぶ超範囲攻撃や、単体を原子レベルに分解できる超破壊攻撃のインパクトが強すぎてそちらに目が行きがちだが、“広範囲で音を操作できる”というのは、集団戦、隠密・工作戦において圧倒的な力だ。

ここから更に成長して、人の声なども操作できるようになれば、集団戦では無類の力になるだろう。

いや、現時点でヤトリの力は、攻城戦において他の勇者候補を圧倒する優位性を見せていた。


これで性格が良ければ、言う事は無いのだが____


「おい、まだか!?早くしろ!いつ始めるんだ!?」

「・・・今配置に付いて仕掛けの準備に入ったところなので、もう少しお待ちください」

「はあ・・・ったく、トロイなあ・・・」

「ッ!・・・・・」


 早速不満を言い始めたヤトリをウェイフィーは宥めるが、盛大な溜息を吐かれる。

当の本人には嫌味だという自覚は無く、本当にただ退屈なだけなのだが、ウェイフィーは奥歯を噛み締めた。

小柄で美少女のヤトリが、岩場の段差に腰を下ろして足をプラプラさせる姿は愛らしいはずなのだが、嫌味を言われたウェイフィーにそんな感情は湧いてこない。


(ムカつく)


只々、ストレスなだけだった___。

 ここは戦場だ。たまの休日に皆でお出かけしに来たわけじゃない。

ウェイフィーには、クシナやイワナミほど真面目だという自覚は無いが、それでもヤトリの緊張感に欠ける態度にはイライラさせられる。

これはヤトリを紹介された時からだった____。



 ヤトリとアマノニダイ軍が帝国軍と合流したのは今作戦の前線基地でだ。

つまり数日前で、一戦士団の一隊長であるウェイフィーがヤトリと初めて顔を合わせたのは今朝の事だった。

 ウェイフィーのヤトリに対する第一印象は、思っていた通りの“生意気”だった___。

ヤトリの言動全てが、ウェイフィーには受け付けられないものだった。

 そんな不満な様子はハッキリと出ていたらしく、ヴァリネスから「慣れればカワイイものよ__」なんて慰められた。


(そんなのウソ)


だがウェイフィーは、そんな風にはこれっぽっちも思えなかった。



 ヴァリネスは自分勝手に見えて、実は誰に対しても“ノリ”を合わせられる人間だ。

それに対して、ウェイフィーは自分の“ノリ”しか持っていないマイペースな人間だ。

そのせいで、子供の頃や軍学生時代は思うように居場所を作れなかったこともあった。

ウェイフィーがサンダーラッツに対して仲間意識が強いのも、周りがこのマイペースを自然体で受け入れてくれているからでもある。

人見知りやマイペースといった、中々自分の居場所を見つけられない性格の人間は、一度見つけた居場所は大事にする者が多い。ウェイフィーもそれに当てはまる人物だ。

 だが、ヤトリがウェイフィーのペースに合わせる事は無い。

ヤトリも良く言えばマイペース(悪く言えば自己中)な人間だからだ。


(はあ・・・)


マイペースな者同士が共同で何かをするというのは大変だ。

スカーマリス攻略初戦___それも、まだ始まっていないにも拘らず、ウェイフィーは既に疲労を感じていた。


「なあ!まだか!?」


 そんなウェイフィーの心境と部隊の状況など“知った事ではない!”とでも言う様な態度で、不満の言葉をヤトリは遠慮なく投げつけて来る。


「・・・もうちょっとです・・・」


それに対してウェイフィーは、怒りを堪えて短い返事をするだけだった。


「ウェイフィー・・・」


 ウェイフィーの気苦労を感じ取っているサレンは、どうすれば良いのか分からないながらも、ウェイフィーの背中に手を置いて慰める。

その行為にハッとして、少しだけ元気と理性を取り戻したウェイフィーは、なんとか各小隊の準備が整うまでヤトリの愚痴に耐えるのだった。


 そして各小隊の準備が全て整うと、シマズに本隊へ報告をさせてから作戦を開始した___。

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