ハツヒナとオーマの女難の相(3)
三人そろうと姦しくなる勇者候補達を、最後の気力を振り絞って自分達の天幕へと帰したオーマは、早々に天幕の明かりを消して床に就いた。
それがきっかけという訳ではないが、他の天幕の明かりも同時刻に消え始める。
スカーマリス攻略の初戦を明日に控え、今日は早目に休もうという者達が多いのだろう。
ヤトリと交流を図っていた(酒盛りしていた)ヴァリネスの天幕も、深夜になる前にはお開きになって、今はしっかり明かりは消えていた。
だが、東方防衛軍第二師団の長を務めるハツヒナの天幕だけは、深夜を迎えても明かりが消えてはいなかった。
「____ッ」
「____ッ!?」
「____ッ__ッ」
「____ッ!」
第一貴族のハツヒナの天幕の前には、護衛として防衛軍騎士の男が二人立っている。
「____ッ」
「____ッ!?」
「____ッ__ッ」
「____ッ!」
防衛軍の鎧は、遠征軍の動きやすい汎用性に優れたレザーアーマーとは違って、防御力重視の鋼鉄製のフルプレートである。
銀色に輝く重量感のある防衛軍兵士の姿は、まさに“番人”、“守護者”といった風で、入口の前で無表情に立っているだけで何人も通れない様な威圧感を醸し出している_____筈なのだが、今の男二人にはそんな威圧感は無い。
「____ッ」
「____ッ!?」
「____ッ__ッ」
「____ッ!」
先程は無表情といったが、よくよく二人の表情を覗いてみると、顔を赤らめて強張った表情をしている。
無表情なのではなく、表情を変えないように気を張っている様子だった。
「____ッ」
「____ッ!?」
「____ッ__ッ」
「____ッ!」
防衛軍騎士の男二人がそんな状態になっているのは、先程から天幕から漏れている声が原因だった。
「フフッ♪___ッ」
「____あん♪」
「____ッ__ッ」
「あぁん♪____ん♪」
天幕の中から漏れているのは女性の甘い声____。
情事にふけり、快楽をむさぼってお互いの体を味わう声だった。
防衛軍騎士の男達は、かれこれ一刻以上もの間、入口の前で女性の喘ぎ声を聞かされていた。
二人共、興奮を抑えるのに必死だったのだ____。
漏れているのは声だけではない。
数刻もの間、快楽に溺れ続けたせいで、女の愛液と汗の混ざった淫靡な香りが部屋中に充満している。
それが天幕の隙間から漏れて、任務に忠実な男二人を試すかのように、男二人の鼻孔を刺激していた。
耳からも鼻からも雌の発情する刺激を受けて、男達は冷たい金属鎧の中で雄の熱を充満させていた。
更に、中にいるのが誰かを知っているため、その痴態を想像するのは容易だ。
耳と鼻を刺激されながら、自分達の良く知る“あの東方美人の二人”が乱れている様を想像すれば、もうそれだけで果ててしまいそうだった___。
天幕の中で、ウザネはだらしなく足を蟹股にして仰向けになっていた。
激しく絶頂を迎えたばかりなのだろう、ハァ・・ハァ・・と深く熱い吐息を漏らしていた。
ハツヒナは上半身だけ体を起こして、見下ろす様にウザネのその姿を眺めていた。
「ンフッ♪・・・満足いったかしら?ウザネ?」
「は・・・はい♪」
薄笑いを浮かべてそう問うハツヒナに、ウザネは愛情と欲情が混じった声と表情で返事をした。
「フフッ♪そう?・・・でも、あなただけ満足するなんてダメよ?今度は私を満足させなさい」
「・・・はい♪」
ウザネはその命令を心待ちにしていたようで、満面の笑みを浮かべた。
そして、何度となく絶頂を迎えて重くなった体を気怠そうに起こすと、ハツヒナの股に顔を埋める。
それから丹念に愛情の籠った“奉仕”を始めた。
ハツヒナは、そのウザネの従順な態度に支配欲を満たされ、サディスティックな笑みをしながらウザネの奉仕を眺めていた。
(フフッ・・・あのプライドが高くて反骨精神の塊だった娘が、すっかり従順ね・・・)
自分の命令に従い、自分の愛撫に素直に反応し、自分を喜ばせるために従順に奉仕する___。
そんな、雌奴隷とも言うべきウザネの姿にハツヒナは満足気な様子だった。
(でも・・・やっぱり、物足りなくなってきたわね・・・)
満足気な表情をしているというのに、物足りないとはどういう事か?
その答えは至って簡単で、満足している部分と、物足りない部分があるという事____。
昔のウザネは“こう”ではなかった。
ウザネは、基本的に真面目で自信家で気が強く、物事をハッキリ言う性格の女性だ。
そのため昔のウザネは、第一貴族や自分より身分の高い第二貴族に対しても率直に物を言う事が多かった。
身分と立場に関係無く、ダメなものはダメ、良いものは良い、という性格の持ち主だ。
おまけに実力も有る。
ウザネの指揮官としての技量も魔導士としての技量も第一貴族に匹敵するほど高い。
東方軍の第一貴族の二人、ジョウショウとハツヒナを覗けばウザネの軍が頭一つ抜けて優秀で、それだからこそ今回の作戦にも参加している。
だが、それであるが故、第一貴族、第二貴族どちらからも評判が悪かった。
性格だけなら“生意気なヤツ”だけで済むが、実力も伴うと、第一貴族にとっては面倒くさい奴で、第二貴族にとっては嫉妬の対象だった。
ヤトリほどではないが、昔のウザネは帝国東方地方では結構な問題児だったのだ。
そんな誰からも疎まれていたウザネに、ハツヒナは積極的にコミュニケーションを取っていた。
理由は、そんなウザネに欲情していたからだ。
故に、コミュニケーションというよりアプローチと言った方が正しい。
ハツヒナはウザネの様な“若くて気の強い娘”が大好きだった。
いや、これも正しく言うなら、“若くて気の強い娘を屈服させる”のが大好きなのだ。
そういう女を調教して従順にするのが、ハツヒナの人生の一番の楽しみで生き甲斐だった。
つまり、ハツヒナの満足している部分というのは、“あの第一貴族にも反抗する生意気な娘を従順に調教できた”事で、物足りない部分と言うのは、“従順になり過ぎて調教のし甲斐が無くなった”という事だ。
ウザネの奉仕を楽しみながらも、満足しきれないハツヒナはそんな気持ちだった。
(あのムカつく“ドブネズミ”を使ってこの娘を煽ってみたけど、やっぱりいまいちだったわ・・・そろそろ新しい玩具が欲しいわね・・・・・ねえ?ミクネ?)
“新しい玩具”____。
この言葉でハツヒナが真っ先に思い描く人物は、あのヤトリ・ミクネだ。
(あの生意気な顔・・・まだ未成熟な体を思う存分に嬲れたら____ッハァ!)
想像しただけで体に電気が流れて、ハツヒナは思わず体をくねらせてしまう。
それだけヤトリ・ミクネに欲情しているのだ。
ヤトリと初めて出会った時からそうだった___。
ヤトリ・ミクネはハツヒナにとって、“私にとって、これ以上の娘はいない!”というほど自分好みの女だ。
性格は生意気で傍若無人。おまけにアマノニダイの要職に就いて自分と同等の権力を持っており、勇者候補になるほどの自分以上の武力も持っている。
そのため、自分どころか帝国三大貴族のクラースやマサノリに対しても遠慮が無い。
ハツヒナ自身も、初対面で「気持ち悪いババアだな」と言われた・・・。
こんな言葉、ハツヒナは人生で一度も言われたことが無かった。
それだけに__いや、それだからこそ、ハツヒナは怒りと共にヤトリに対して欲望を掻き立てられたのだ___
“こんな娘を自分の閨で屈服させて、自分から離れられない雌に出来たらどれほど素晴らしいか!!”
___と。
その日からハツヒナは、ヤトリが自分に欲情し屈服する姿を想像しながら、虎視眈々とヤトリを手に入れようとしていたのだ。
経過は芳しくなく避けられてばかりだが、そういう態度を見れば見るほど虐めたくなって欲情し、“いつか必ず自分のモノにする”と、そのプロセスすら楽しんでいた。
のだが___
(____あのドブネズミがッ!!)
そのプロセスさえ楽しんでいるところに、思わぬ形で思わぬ邪魔が入った。
勇者ろうらく作戦____。
帝国にとって最重要案件であり、ハツヒナもその事と意味を理解はしていた。
だが、理解はしているが許せなかった。理解しているからこそ許せなかった。
(あんな男にミクネを渡さないといけないなんて!!)
最終的にオーマ・ロブレムに死んでもらうとはいえ、あのヤトリが平民軍人などに思いを寄せるという事自体が、ハツヒナにとって許容できる事では無かった。
それどころか、今現在ヤトリがサンダーラッツと一緒に行動している事すらも腹立たしいのだ・・・。
ハツヒナは、ウザネ同様に絶対にヤトリは同行を拒絶すると思っていた。
だが結果は違っていた。
これは、オーマ達が現時点でハツヒナよりヤトリとの距離を縮めている事実を物語っていて、自分がオーマ(平民)に嫉妬するという屈辱を味わう結果になったのだ。
避けられる態度すら楽しんでいるとは言っても、これでは楽しめるはずもない。
(この屈辱・・・絶対に晴らすわ。このまますんなりとは行かせないわよ、オーマ・ロブレム)
ハツヒナの怒りの矛先は勿論オーマだ。
オーマはこれからスカーマリス攻略で、魔族との戦い以上の戦いを強いられることになる。
オーマの女難は始まったばかりだったのだ___。