ハツヒナとオーマの女難の相(2)
会議を終えてサンダーラッツの天幕に戻って来た所で、オーマは突然ヤトリに“魔王”と出迎えられる。
もともと帝国貴族相手に気疲れしていたオーマは、あからさまに不機嫌になった。
「魔王言うな“焼き鳥”」
「んだとぉ!?」
「なんだぁあ?」
売り言葉に買い言葉で、二人はすぐに眉間にシワを寄せて睨み合う。
「寒っぶ・・・もういいわよ、それ。やめなさいよ、二人共」
その展開にすでに飽きが来ていたヴァリネスがやや冷めたツッコミで止めた。
「副長・・・何故こいつが居る?出迎えは副長一人だったはずでは?」
「うん、まあ、そうなんだけど、ミクネが一緒に出迎えるって言うから___」
“ターゲットからのそんな誘いは断れないじゃん?”と、続きはアイコンタクトで伝えてきた。
「当然だ。帝国の奴らは何を企んでいるのか分からんからな。で?どうだった?どんな内容だ?」
「どうもこうも無い。殆ど作戦は決まっていたから、それの最終確認をしただけで終わった。変更点は無い」
「本当か?私を嵌める算段を練っていたんじゃないだろうな?」
「してねーよ。信用しろ」
「嫌だ。魔王なんて信用できん」
____ブチッ。
「信用できねーなら聞くんじゃねーよ!焼き鳥!!」
「あーー!また悪口言った!!」
「先に言ったのはお前だろうが!!」
「はいはい。二人ともそこまでよ。団長も落ち着いて」
「ぬう・・・」
「そうだ。落ち着けバーカ。大人気ないぞ」
「何て嫌味な奴だ・・・!あーあー分かった、落ち着くよ。落ち着いた上で、言わせてもらうが、そんなに会議の事が気になるなら参加すりゃよかったじゃねーか」
今回の作戦において、ヤトリも会議に参加するように帝国側は申請してある。
ヤトリの立場と、今作戦における役割を考えれば当然で、オーマは参加すべきだと思っていた。
だが、ヤトリの返事は“NO”だった。
「私はあいつら嫌いだ」
「・・・・・」
「・・・何だ?」
気持ちは勿論わかるのだが、会議で何を話したのか気になるのに参加はしたくない、というのはどうにも腑に落ちない。
「うるさいなぁ」
「何も言ってねーだろ」
「その態度が言っているだろ。お前の言いたい事は分かっている。気になって疑うなら私も参加すればいいと言うのだろう?それは分かっている。だが・・・ホウジョウの奴が居るだろう?」
「ん?」
「あいつとは顔すら合わせたくないのだ」
「何故だ?」
「キモイからだ」
「・・・どういうところが?」
「分からん」
「・・・・・」
「・・・えーい!いいだろ!?何か良く分からんが、あいつの視線は気持ち悪いんだ。とにかく、私はこれからも会議には参加しない。けど会議の内容はウソつかずに私に教えろ!」
「・・・・・」
「分かったな!?」
「はあ・・・ったく、分かったよ」
ムカつく態度だが、ウソをつく理由も無いのでオーマは了承した。
すると、オーマが仕方なく折れたのを察して、ヴァリネスが直ぐにフォローを入れてくれた。
「まあ大丈夫よ、ミクネ。団長はあなたを嵌めようなんて思ってないから」
「・・・本当か?ヴァリ」
「本当よ。私達にあなたを嵌める理由なんて無いし、これからスカーマリスを攻略するのにそんな暇ないわ」
「む・・・確かにな」
「私が保証するわ」
「そうか。まあ、ヴァリがそう言うなら、今回は許してやる」
“一体、何を許されたのだろう?”とオーマはツッコミを入れたかったが、ヴァリネスが話をまとめてくれたので、心の中だけにしておいた。
そして、ヴァリネスの説得であっさり納得したヤトリの態度に驚いていた。
「んじゃーなー・・・って、そうだ、言い忘れてた。ヴァリ、今日も遊びに行って良いか?」
「ええ、構わないわよ。待ってる」
「・・・・・」
「おう。んじゃ、後でなー」
「はーい」
「・・・・・」
そう言って、ヤトリはヴァリネスに手を振って、立ち去っていく。
オーマはその様子を呆然と眺めていた。
「副長・・・」
「ん?」
「どういう訳だ?」
「何が?」
「いつの間に仲良くなった?副長も奴を“ミクネ”って呼んでたし・・・」
「あーん?あー、昨夜ちょっと一緒に飲んだだけよ」
「・・・・」
____それだけで、こんな直ぐに“あの”ヤトリ・ミクネと、距離が縮まるのだろうか?
そんな風に思いながら、ヴァリネスのコミュニケーション能力の高さに、オーマは驚きと感心を見せるのだった。
「いやー、それが飲み始めたら、帝国貴族の事で気が合ってさ。あれだけ嫌っているから、酒が入ったら会話も弾むんじゃないかと思っていたら、思いのほか二人で悪口が盛り上がちゃってー♪」
「ブーーーッ!!」
「ちょっと、大丈夫?」
「いや、こっちのセリフだ!この野営地には俺たち以外の人間もいるんだぞ!?誰かに聞かれたりして無いだろうな!?」
「あー・・大丈夫よ。ちゃんとサレンに“静かに”してもらったから」
「ほっ・・・」
一応対策はしていたらしく、オーマは安心した。
「でも、すげーな副長。それでもよくあんな風に仲良くなれるもんだな」
「そお?感情むき出しだから好き嫌いがはっきりしていて分かり易いじゃない。多分、慣れればあの子が一番楽よ?団長も頑張んなさい」
「全く自信が湧いてこないんだが・・・」
今のところ口喧嘩しかしていないオーマには理解しがたい話だった・・・。
「後、サレンと同じ位の年と言っても、サレンの時とは違って勢いも大事ね」
「・・・勢いならあると思うが?ちゃんと言い返せているぞ?」
「キレろって意味じゃねーよ」
「・・・スンマセン」
冷めたツッコミでたしなめられてしまい、オーマは素直に謝った。
そんなオーマの態度を見て、ヴァリネスは大きなため息を吐いた。
「はぁああ・・・今回の作戦で一番の問題はミクネじゃなくて団長かもね。どうしてミクネの前だと、ああも意地悪になっちゃうんだか・・・」
「それは・・・スンマセン」
謝りつつオーマは視線を落とす____オーマ自身も自覚が有るという事だ。
ファーストコンタクトで喧嘩したものだから、ついヤトリの言動に対して、ツッコミを通り越して煽りや挑発的な言葉が出てしまうのだ。
長い付き合いで、そんなオーマの気持ちを察したのだろう、ヴァリネスは“仕方が無いなあ”といった風な大きなため息を吐いた。
「はぁあああああ・・・まさかこの計画で、団長の方を“その気”にさせなきゃいけなくなるなんて・・・これ、上からの命令ってだけじゃなく、団長の計画でもあるのよ?・・・嫌々なのは知っているけど」
「本当・・・スンマセン」
ヴァリネスに対しては、謝る事しかできなかった____。
「もう多くの人を巻き込んでしまって、やらなきゃならないのは分かっているのよね?」
「はい・・。それは、もちろん・・・」
その返事に、ヴァリネスは再び“仕方が無いなあ”といった風な大きなため息を吐いた。
「はぁあああああ・・・まあ、私は思っていたよりミクネとは上手くやれそうだから、何とか橋渡ししてあげる。その時には、ちゃんとやる気出すのよ?」
「ありがとうございます。スンマセンでした・・・」
「ふぅ・・・なら団長は天幕に戻って休んでいいわ。今日は私がミクネの相手するから」
「申し訳ないです、副長。感謝します」
只々オーマはヴァリネスに感謝と謝罪しかできなかった。
「はい。それじゃ___」
ヴァリネスは、そう雑な返事をオーマ返すも、オーマの為(自分の為)ヤトリと交流を図るべく、自身の天幕へと足を向けてその場を立ち去った____。
「ふう・・・・」
ヴァリネスの頼りがいのある背中を最後まで見送った後、オーマは小さくため息をこぼした。
「そうだよな・・。喧嘩なんかしている場合じゃないよな・・・」
ヴァリネスに慰められて少し冷静さを取り戻したオーマは、自分の言動を振り返って大人気なかったと反省する。
「・・・正直まだ愚痴りたくは有るのだがな」
言い足りない本音を言えば、ヤトリの嫌味だけじゃなく、ハツヒナの煽りとウザネの嫉妬もストレスだ。
更に言えば、ジェネリー、レイン、サレンのオーマの取り合いも、嬉しい悲鳴のはずなのだが素人童貞のオーマにとっては気苦労でしかない。
そんな具合で、ヤトリとの会話だけではなく、この東の地に来た時からずっとオーマの気は休まることが無く、それが溜まっていて___というのも有るのだが、ヴァリネスに慰められもした事だし、そろそろいい加減にした方が良いだろう。
「よし!明日からは、いよいよ戦いなんだし、気持ちを入れ替えよう!」
いくら勝率の高い戦いとは言っても、こんな調子では事故が起きてしまうかもしれない。
オーマは、今日のところはヴァリネスに甘えて、明日からは気合を入れようと心に誓った____のだが、
「オーマさん、お帰りなさい♪」
「お疲れ様です。オーマ団長」
「もう!遅いですよ、兄様!」
「へうっ!?」
オーマが自分の天幕に戻ると、何故だか勇者候補の三人が出迎えてくれ____られてしまい、オーマからは妙な声が出た。
「どうしたんです、兄様?変な声を出して・・・会議で何かあったのですか?」
「いや、変な声が出たのは、お前が騒がしくしたからだろ。会議でお疲れだというのに・・・やはりお前は戻っていろ、オーマ団長の相手は私がする」
「何ですか!それ!?宣戦布告ですか!?ご主人様!?上等ですよ!」
「ご主人様って言うな!こっちこそ上等だ!」
「へう・・・」
オーマからまた妙な声が出た・・・もう、止める気力も湧いてこない・・・。
「お二人共、何でそんなに直ぐ喧嘩するのですか?しかもオーマさんの前で・・失格です。やはりオーマさんの相手は私が一番相応しい様ですから、お二人ともお帰り下さい」
「「失格ぅう!?」」
「へう・・・」
オーマからまたまた妙な声が出た・・・もう、止める気力も湧いてこない・・・。
そして、オーマの心の底でポキッと気持ちが折れる音がした。
(やっぱり、明日からも副長達に頼ろう・・・)
三人の姦しさに心が折れてしまい、オーマは先の誓いをあっさり撤回した____。