ヤトリ・ミクネとの初対面(1)
ミカワを出発して、オーマ達一行は二日目の昼に、アマノニダイの首都アズマに到着する。
そして、そのまま本城のアヅチ城に入る。
オーマはパッと見でミカワのナガシノ城と似ていると感じたが、アマノニダイの城についてジェネリーがウザネに聞いていた話によると、東方文化に馴染みが有る者から見ると、トウショウジンの城とは建材が似ているだけで、設備や内容はだいぶ違うそうだ。
宿泊部屋に案内されると、すでに豪勢な昼食を用意されていたり、食後の一休みの後は旅の疲れを癒す按摩のサービスがあったりと、一同はエルフからとは思えない温かい歓迎を受けた。
同盟国の要人というのも有るのだろうが、根本的に迫害の歴史があるオンデールとは違い、同じエルフでも人間に友好的で慣れているという印象だった。
一通りの歓迎を受けて昼から一刻ほど経つと、いよいよヤトリ・ミクネに会うために、一行はアマノニダイの巫女が常駐しているアズマ神社へと向かう事になる。
アズマ神社への案内は帝国の者は適任ではないらしく、ウザネではなくアマノニダイの高官のシュウゼンというエルフがしてくれることになった。
理由は、帝国東方軍とヤトリ・ミクネとの関係が良好ではないからだ。
ヤトリ・ミクネは帝国東方軍の高官達とはすでに面識があり、その全員を嫌っている。
ウザネもすでにジョウショウ同様に嫌われているため、同行してもヤトリ・ミクネを不機嫌にするだけだそうだ。
そのためウザネは同行せず、ヤトリ・ミクネにオーマ達を紹介する役もシュウゼンがすることになる____。
アズマ神社はアヅチ城の裏にある低山の山頂にある。
石段を上がって頂上に付き、大鳥居をくぐると、紅、黄、褐の葉を持つ木々が広い敷地が囲んでいて、幾つかの和式の建物が建っている。
本殿へと続く参道の両脇には、東方にしか生息していない狐の石像が置かれている。
その厳かで神聖な雰囲気と、心地良い澄んだ空気が肺に入って来るのと相まって、東方文化に疎いオーマ達でもこの地に神聖なものを感じて、つい足を止めてその情景を見入ってしまった。
「では、参りましょう」
「は、はい」
案内役のシュウゼンに促されて、オーマ達は再び足を動かす。
参道の半場くらいまで進んで、いよいよヤトリ・ミクネと対面することになるのだと思うと、先程までの景色に酔いしれた気分は何処かへ行ってしまい、オーマの中で沸々と緊張がこみ上げてきていた。
(くそぉ・・・初対面の女性の相手をするのはやっぱり緊張する・・・特に今回は今までで一番危険な相手・・・どうなっちゃうんだ?)
ヤトリ・ミクネの傍若無人なエピソードを思い出すと、心臓を鷲掴みにされたようなプレッシャーがオーマを襲い、黙って歩いているのが耐えられなくなってくる。
「あ、あのー、シュウゼンさん」
「はい?なんです、オーマ殿?」
「あの・・・ヤトリ・ミクネ様が、我々が訪れると聞いた時はどのようなご様子でしたか?やっぱり、その、不快に思われたのでしょうか?」
「ああ・・・ヤトリ本人には言っておりませんよ?」
「へ?」
予想外の返答に、一瞬反応できなかった。
我に返っても、もしかして文化の違いだろうか?と、そんな考えが頭に過ってしまい、どう解釈すれば良いか分からなかった。
「え、あ、あの・・いや、普通こういう場合、事前に話が行くものでは?」
「申し訳ありません。オーマ殿の仰る通りなのですが、オーマ殿もヤトリの性格は聞いているでしょう?もしヤトリに事前に伝えていたら、すっぽかす可能性が高いと考えて、伝えないで置いたのです。ヤトリは我々でも手に余りますから」
「なっ!?」
帝国の人間どころか、身内のアマノニダイの者でも手に余るという。
オーマは、顔を青くして絶句するしかなかった・・・。
「まあ、流石に帝国の要人の方を怪我させるような事はしないと思いますし、ヤトリに関する事は、どんな事でも咎めない、表沙汰にしないと、我々と帝国第一貴族の方達とで決めてありますから、オーマ殿がヤトリとの交渉でどんな結果を出したとしても、オーマ殿を我々が責める事は有りませんから、気負わなくても大丈夫ですよ」
「あ・・いや・・・・」
ありがたい話のように聞こえるが、只々ヤトリがそれだけ制御不能という事だろう。
そんな人物にアポなしで会うこっちの身にもなってほしかった・・・。
「という訳で、アポなしでの訪問ですが、出来る限りで良いので頑張ってください。応援しています。我々も、スカーマリスの捜査は支援しますので!」
シュウゼンの爽やかな笑顔の印象とは裏腹に、オーマは突き放されたような気分だった。
「い、いや、待って下さい!そんな!アポを取ってないなんて_____」
「聞いてないぞーーーーーー!!!」
「「ッ!?」」
____と、誰かがオーマの代わりにオーマの心の内を絶叫してくれた。
(ありがたい・・・叫びたくても叫べないし、だからって溜めこんでいたくも無かったんだよ____って!?)
どういう事かと声がした参道左手に在る社務所の方を向くと、ドタン!バタン!となにやら激しい物音がオーマ達の耳まで届いて来る。
「な、なんでしょうか?」
「獣か?」
「いや、獣は喋らないでしょう、ご主人様。子供っぽい声でした」
「ガキが騒いでるって事かしら?」
「もめ事でしょうか?」
オーマ以外の者達も、やや困惑気味に社務所の様子を窺っている。すると____
「____いい加減にしないと、ぶっ飛ばすぞぉおお!!」
先程と同じ声の主が、再び絶叫した____。
「“ぶっ飛ばす”ですって・・・」
「やはり子供か?」
「生意気そうな声ですね____って、ちょ!?」
「「_____ッ!?」」
社務所から聞こえてきた声の主について、皆で呑気に噂していると、強力な魔力が発生し、建物の中で魔法術式が展開されたのが分かった。
「危ない!!」
割とシャレにならないレベルの魔力反応に一同は焦り、即座に防御態勢に入る。
「ハイウィンド・ストーム!」
すると、それと同時に社務所から魔法が発動し、暴風が吹き荒れた。
「ちょ!?ちょーーーーー!?」
「な、なんなのよーーー!!」
一応全員が防護魔法での防御を間に合わせたが、事態が呑み込めず困惑しっぱしだった。
更に、社務所から吹いた暴風で、家具に交じって二人のエリストエルフがふっ飛んできた____。
「「のあ~~~~!!」」
_____ガンッ!
「なーーーーーー!!!」
「あーー!シュウゼンさーーーん!!」
そして、なんとか吹き飛ばされずに堪えていたシュウゼンと衝突して、シュウゼンもろとも三人でふっ飛んで行ってしまった___。
風が止んで、一同はホッと一息ついて防護魔法を解除する。
「皆・・・大丈夫だったか?」
「はい・・・」
「私達は大丈夫です。兄様」
「ただ、オーマ団長。シュウゼン殿が・・・」
「・・・無事かしら?」
「一応、彼も戦士らしいから大丈夫だろう」
オーマはそう言って、シュウゼンを放っておく事にした。
薄情にも思えるが、ただ相手を吹き飛ばすだけの魔法だったため、戦闘訓練を受けている者ならば、擦り傷程度で大事にはならないだろう。
「それより___」
それより何より、今のオーマにはシュウゼンを気にする余裕がない____。
「____ムッ!?なんだ貴様ら!?」
シュウゼン達が吹き飛ばされた方向から逆の社務所の方を向き直してみれば、先程の魔法を使用したであろう一人のエルフの少女が社務所から出て来ていた。
サレンと同じ位の背丈で、コーラルピンクの長い髪を両サイドで結んでツインテールにしている。
白を基調にした袖無し着物を羽織っていて、袴を膝下で括ってあり、他のエルフとは少し違う印象をオーマ達に与えた。
可愛く整った顔立ちだが、目つきがやや鋭く、攻撃的な印象も受ける。
良く言えば活発なのだろうが、今のオーマ達では彼女に対してそんな印象は持てない____生意気だ。
(___この子だ)
____烈震の勇者ヤトリ・ミクネ。
彼女は、オーマが何度も資料を確認してイメージしていた通りの雰囲気だった_____。