第二貴族ニジョウ・ウザネ
ジョウショウと面会してから、オーマ、ヴァリネス、ジェネリー、レイン、サレンの五人は和式の礼儀作法を習い、アマノニダイに訪問するための準備に入る。
そうして数日の間講習を行い、アマノニダイでの最低限のマナーを修得した五人は、案内役に連れられてアマノニダイに出発した___。
アマノニダイに向けて馬で出発した一行の口数は少なかった。
理由は簡単で、オーマ達一行の他に第二貴族の案内役と一行の護衛が二小隊付いているため、硬い空気(特に案内役の第二貴族との間に)があるからだ。
そのため、一行の意識と視線は自然と景色の方に向けられた。
紅葉と黄葉と褐葉で彩られたアマズルの森はどこか哀愁を感じ、穏やかな陽の光と澄んだ空気でノスタルジックな気分になり、気まずい空気を和らいでくれる。
おかげで、一行がその景色を堪能しているうちに、場の空気は相変わらず口数は増えないものの、気まずく硬いものではなくなっていった。
ただオーマ一人だけが、攻略対象のヤトリ・ミクネの事を考えていて緊張して、視線を景色に向けずに俯いていた・・・。
「緊張しているのか?オーマ・ロブレム」
「は?」
聞き慣れぬ声にオーマが顔を上げてみれば、声を掛けて来ていたのは案内役の第二貴族の女性。
艶のある長い黒髪をしていて、東方美人にありがちな涼し気な細い目を持ち、プルンとした色気のあるタラコ唇が特徴の女性____東方遠征軍第二師団師団長のニジョウ・ウザネだった。
「“は”あ?」
第二貴族のウザネは平民であるオーマの気の無い返事に、眉間にシワを寄せてオウム返しする。
ハッキリと、“お前と私との立場を知っているのか?”と伝わる怒気のある声だった。
「あ!も、申し訳ありません!ウザネ様!ウザネ様の仰る様に、任務の事を考えて緊張しておりました!」
「・・・ふん。まあ、返事の事はいい。だが、緊張というのはどうなのだ?同じく任務に就いているジェネリー殿やサレン様は落ち着いて堂々としていらっしゃるというのに・・・指揮官の貴様がそんな様でどうする?」
「も、申し訳ありません」
ニジョウ・ウザネの嫌味に明らかに空気が変わり、オーマはバツが悪そうな表情を浮かべ、内心で“しまった!”と先程の自分の態度を呪った。
ここ最近はベルヘラやオンデールなど、帝国から離れて第二貴族と接する事が少なかった。
第二貴族はジェネリーとしか接していなかったので忘れていたが、第二貴族はどいつもこいつも基本的に“こう”である。
いや、ウザネはむしろ第二貴族の中ではマシな方だと言える。
ジョウショウも今回の作戦で、オーマ達のサポート役は平民に対して当たりのきつくない人物を選ぶと言っていた。
つまり、このニジョウ・ウザネが、これでも東方軍の中で一番オーマ達のサポート役に向いている指揮官(第二貴族)なのだ。
実際に、今朝最初に紹介された時はそこまでキツイ性格に感じていなかった。
(だからって油断してんじゃねーよ!俺!今回はヤトリ・ミクネや魔族だけじゃなく第一貴族・第二貴族の事だって気に掛けなきゃならないんだろ!クソッ!)
そう自分に叱咤しつつも、うんざりする様なプレッシャーに思わず“助けてくれ!”と叫びそうになる。
だが、ニジョウ・ウザネはこれからスカーマリスでも行動を共にする事になる人物だ。
ジョウショウにウザネを紹介された時、スカーマリスへ軍事行動を起こす際の東方軍と雷鼠戦士団との橋渡し役でもあると紹介されていたのだ。
だから今後の作戦を円滑に進めるため、なんとか宥めなければならない。
オーマは必至に頭をフル回転させて弁解しようとするが、良い言葉が出てこない。
だが、オーマがそう焦っているとき、意外にもジェネリーが先にオーマを助ける為に割って入ってきた。
「ウザネ殿。オーマ団長と私達とでは、この任務で背負っている責任の重さが違います。私達はオーマ団長のサポート役でしかありませんから」
「ッ・・・そうだとしても、こ奴は少し弱気に感じませんか?・・・それと、前から思っていましたが、ジェネリー殿は何故、こ奴の下に付くような真似をしたのです?何故、この男に尽くすような事を?」
「・・・私はただ、自分の力を存分に振るえる環境を選んだだけです」
「ほう・・他の軍団では振るえないと?」
「そうは言いません。ただ、オーマ団長の下に付くのが最適と判断したまでです。そしてそれは、ウザネ殿も詳細を教えられていない任務をオーマ団長が受けている、という事実が証明しています」
「ッ・・・・・」
「尽くすにしても、オーマ団長の背負っている責任は、第一貴族の方々の期待でもあるわけですから、尽くし甲斐があるというものです」
ウザネの責める様な物言いに、ジェネリーは淡々と冷静に返す。
オーマはその様子を、表情を変えぬまま感心しながら聞いていた。
(腹芸が上手くなったな、ジェネリー。シルバーシュ復興という大義が出来たってのも有るのか?ただ、“ウザネ殿も詳細を教えられていない任務をオーマ団長が受けている”ってのは余計だったが)
案の定、その一言が引き金になって、ウザネの表情に少しだけ険しさが浮かび上がっていた。
恐らく、ウザネは自分も知らされていない任務を平民のオーマが知っているのが面白くなくて、嫌味を言ったのだろう。
「そうですか。まあ、ジェネリー殿が納得されているのでしたら、私がとやかく言う事ではないですね。要らぬ詮索をして空気を悪くしてしまいました。申し訳ない」
ウザネはジェネリーに馬に乗ったまま首だけ曲げてジェネリーに謝った。
明らかに不機嫌になっていたはずだが、意外にも平静に戻り、冷静な対応を見せてきた。
オーマには謝っていないが、オーマは、そのウザネの空気を悪くしたという自覚がある態度に感心していた。
(へぇ・・・確かに他の第二貴族よりはマシだな)
同じ第二貴族のジェネリーや、第一貴族の客人のサレンが居るというのも有るのだろうが、この分ならウザネとの会話は、今回の様に油断しなければ大丈夫だろうと思えた。
「いえ、お気になさらず。私の雷鼠戦士団の加入を不思議に思う方は多いですから」
「そうですか・・・」
そう言って、ウザネはバツが悪いと感じたのだろう、前に出てオーマ達と距離を置いた。
その態度にも、“第二貴族にしては”気が利くとオーマは感心した。
ウザネが距離を置くと、ウザネとジェネリーのやり取りを聞いていたヴァリネスが、ジェネリーに近づいて小声で話しかけた。
「やるじゃない。ジェネリー」
「ありがとうございます。これでも貴族社会で生きて来ましたから、これからの事(シルバーシュ復興)を考えれば、これ位の掛け合いはできないと」
「フフッ♪良い傾向ね。でもそれだったらお節介焼くけど、“ウザネ殿も詳細を教えられていない任務をオーマ団長が受けている”ってのは嫌味よ?駆け引きが上手くなりたいなら、嫌味は使う場と相手を選ばなくては駄目よ?」
どうやら、ヴァリネスもオーマと同じところに引っ掛かってアドバイスしたかったらしい。
「それは・・・はい。そうですね。副長の仰る通り、余計でした。すいません」
「いや、謝る必要はないけどね。・・・自覚あったの?」
「はい・・・。その、オーマ団長が嫌味を言われているのを見ていたら悔しくて、つい・・・」
「へえ~~♪」
ジェネリーの気持ちを聞いて、ヴァリネスはニンマリと笑みを浮かべて、オーマにいつものアイコンタクトで“モテるわねぇ♪”と言った。
(うるせーよ・・・)
そのヴァリネスの物言いをオーマは視線をそらして突っぱねる。
ジェネリーの言葉が嬉しくなかった訳じゃない。
照れくさかった訳でもない。
「「ッ_____」」
ただレインとサレンの二人に、後ろから冷たい目線でジト―っと射貫かれていて、どう反応すれば良いのか分からないだけだった・・・。
結局、空気を悪くしたウザネが気を利かせて距離を置いても勇者候補達の恋の鞘当てのせいで、空気が回復することは無く、一行は気まずい空気のまま、アマノニダイの首都アズマに辿り着くのだった____。