部隊訓練:本隊と突撃隊(前半)
オーマは、サレンを部隊で運用する際の第一候補は工兵隊にほぼ決定にする。
だが一応、他の隊の可能性も考える。
ヴァリネスとも仲好しだが、ヴァリネスは本隊だ。
本隊にはオーマとヴァリネスという、サンダーラッツの指揮官ツートップが居る。
勇者候補を除けば、この二人が最も強いし、一緒に居れば大抵の相手には負けない。
それこそ勇者候補や、魔王軍の幹部クラス、クラース達一部の第一貴族といった者達じゃないと、このコンビを打倒する事は出来ないだろう。
それに本隊ゆえ、戦場での一番の役目は司令塔であることだ。
剣や魔法を使う仕事は、全隊中で最も少ない。
そこにサレンを置くのは、宝の持ち腐れのようにも思える。
その点、工兵隊ならばサレンの活躍の場は多いだろう。
サレンの一番の特徴は、相手の魔法を封じる静寂の力だが、それだけがサレンの武器じゃない。
基本の四属性を全て扱えるというのも唯一無二の力だし、その扱いも上手い。
さっきウェイフィーが見せた情報を遮断する防護魔法など、隠密に向いている魔法もお手の物だ。
工兵隊に加われば、その四属性の魔法で多彩な罠を仕掛け活躍して見せるだろう。
それに、工兵隊は優秀でウェイフィーも実力者だが、如何せん数が少ない。かといって隠密行動が多いため、簡単に人数を増やすこともできない。
そんな弱点も、サレンが加われば解消するだろう。サレン自身もラルスエルフで、そのカワイイ見た目とは違って、サバイバルや隠密も得意分野である。
(考えれば考えるほど向いている気がする・・・)
他の隊で言えば、クシナの砲撃隊も悪くは無いだろう。
砲撃隊は帝国の兵種の中で、通信兵の次に高い魔法技術が求められる。工兵隊とは別の理由で、人数が増やしづらい。
そして、数も多くない上、直接の殴り合いが一番脆いため、工兵隊と同じくサレンが加わる事でその弱点を補える。
だが、元々その役目上、危険な場所に配置する事は無い。
オーマかヴァリネスどちらかが直ぐにフォローしに行けるように、本隊近くに配置する事が一番多い。
そう考えると、サレンを砲撃隊に置くのは悪い考えでは無いが、工兵隊に置く方が利点が多いだろう。
(重装歩兵隊も悪くは無いが、サレンよりジェネリーの方が向いているだろうし、遊撃隊は隊の相性は悪くないが、隊長との相性が良くない。それに____)
オーマは視線を後一つ残った“あの”部隊に向ける。
(あの部隊に入れるのは、論外だろうしなー・・・)
オーマの視線の先には、ヴァリネス率いる本隊とロジ率いる突撃隊の光景があった。
両隊とも個々の訓練を終えて、これから一緒に実戦訓練をするため集まって準備しているようだ。
オーマがその一点を見つめている事に気付いたサレンは、そのオーマの視線を追って、訓練を始めようとしている両隊に気が付いた。
「あっ!あれはヴァリネスの隊と、ロジさんの隊ですね!?」
「ああ。これから実戦訓練を始めるみたいだな」
「うわぁ!楽しみです!私、秘かに気になっていたんですよ!ロジさんのこと!」
「き、気になっていたのか?」
「はい!だって、ロジさんの能力って回復や防護が多くて、どちらかと言うと後衛向きで、あまり突撃隊に向いてないじゃないですか。それに、失礼かもしれませんが、性格も突撃隊長って感じではないですし・・・」
「ま、まあな」
オーマもそこには完全同意である。
「だから、突撃隊を率いたら、どんな戦い方をするのか気になっていたんですよ!」
「な、なるほど・・・」
「ロジさんが能力も性格も突撃隊に向いていないのに突撃隊長をしているのは、オーマさんの事だからきっと訳があるんですよね!?」
「ま、まあな・・・」
「隊員の皆さんも、正直見た目はパッとしませんが、人を見かけで判断するのは良くないですよね!?」
「ま、まあな・・・」
ロジの突撃隊に対して期待値をどんどん上げていくサレンに、オーマはどんどん冷汗を垂らし、顔を引きつらせていく・・・。
突撃隊の戦う姿を目の当たりした時、サレンはどんなリアクションをするのだろうか?
考えただけで、オーマは胃に穴が開いた気分だった。
ゴレストに出発する前に模擬遠征をした時に、レインが突撃隊の姿を目の当たりにした時は、ジェネリーと違い引くことは無く、むしろ面白がってくれた。
だが、そんなリアクションをサレンに期待できるとは到底思えない。
オーマの心配という言葉を絵で描いたような瞳と、サレンの期待と好奇心に満ちた瞳が注がれる中、ヴァリネス本隊とロジの突撃隊の戦いが始まろうとしていた___。
ロジの突撃隊とヴァリネスの本隊との間の距離は凡そ100メートル。
両軍が走りながら魔法を発動できるギリギリの距離で、魔法を発動しながらではぶつかるタイミングを合わせるのが難しいだろう。
指揮官にとっては、魔法の発動タイミングと敵との距離の間合いを量るのが難しい絶妙な距離だ。
ロジはその距離と集団魔法の発動タイミングを測りながら、どう戦うかを考えつつ兵士達に声を掛ける。
「皆さん!数の上ではこちらが有利ですが、副長も本隊の兵士の皆さんも実力は確か!戦い方も巧みです!気を抜かない様に!」
「「おー」」
ロジのはきはきした声に対して、まだ“スイッチ”が入っていない突撃隊の返事はやや軽い。
他の隊の隊長なら檄が飛ぶところだが、ロジは始まる前はいつも“こう”だと知っていて、“スイッチ”が入れば変貌する事も分かっているので気にしない。
ロジの突撃隊約250人、対するヴァリネスの本隊は約100人。
ロジが言う様に、数の上では2.5倍の差があり、その上戦いが始まれば、突撃兵達は怖いもの知らずの“スイッチ”が入る。
それによる突進力は凄まじい。
砲撃隊と戦えば、嬉々としてその砲撃の弾幕の中に飛び込んで、砲撃隊に食らいつく。
重装歩兵隊と戦えば、その堅い防御に己の体ごとぶつかり、その防御を打ち砕く。
工兵隊と戦えば、トラップに掛かって数が減って最後の一兵になっても、戦い続ける。
遊撃隊と戦えば、遊撃隊が翻弄して突撃隊を混乱させようとしても、元々錯乱しているようなものなので効果が無い____といった具合で、サンダーラッツ最強部隊の名をほしいままにしている。
だが、突撃隊は決して無敵という訳ではない。敗北することだって有る。
そして、このロジの突撃隊に最も敗北を味合わせているのが、サンダーラッツ本隊だった。
突撃隊の本隊との勝率は55%位で、余り差が無い。
殆ど五分の相手ゆえ、ロジの心に油断や慢心といったものは無く、気を抜く様子は無かった。
気が抜けている様子なのは、むしろヴァリネスの方だった____。
「あー!ったく、めんどくさいわねぇ!私達がロジくん達みたいな隊と戦う事なんて殆ど無いんだから、別に戦わなくても良くない?」
ヴァリネスはめんどくさそうに、周りにいる本隊の小隊長達に愚痴っている。
確かに、もし、本隊に敵の突撃隊などといった部隊が切り込んで来たら、それは他の隊が突破されたことを意味しており、その時点で敗色濃厚、戦わずに撤退する事を考える必要が有る。
やる気のないヴァリネスの言い分は、あながち間違いではないが____
「副長・・・。兵士達の前で、そんな気の抜けた事を言わないでください」
「そうです。士気が下がります」
「それに、戦う可能性が無い訳ではないでしょう?」
「特に、今度の遠征先では魔族と戦闘になるのですよね?だったらレンデル隊長の部隊との手合わせは、良い訓練になると思われます」
「一番魔獣に近いからな。あの部隊・・・」
「近いってか、魔獣そのものですよね・・・普段は大人しい方達ですが・・・」
「確かに突撃隊と訓練すると、技術云々ではなく、度胸が付きます」
「何より、副長の好きなレンデル隊長のためにだってなります」
「まー、そーだけどぉ・・・」
本隊の小隊長達に説得されて、ヴァリネスはしぶしぶ了解する。
彼女との付き合いが長い小隊長達にとって、ヴァリネスの説得はお手の物だった。
そもそも、ヴァリネスが副団長にも拘らず、情けない姿を見せているのも、単に小隊長達に愚痴って甘えているだけだ。
小隊長達も、長い付き合いでそれが分かっているため、本気で怒ったり幻滅したりはしない。
「ふぅー・・・まあ確かに、いつまでも愚痴っていてもしょうがないわね。やるわよ!あんた達も気合入れなさい!今回は団長が居ないから、こちらが大分不利よ!」
ヴァリネスの“団長が居ないから不利”というのは本当の事である。
突撃隊と本隊が戦う場合、オーマが居るのと居ないのとではかなり違う。
理由は属性の相性だ。
雷属性を扱えるオーマは、水属性の突撃隊に対して有効に戦えるのだ。
水は電気を通しやすい。
例えば、突撃隊が水属性の集団魔法を使用した場合、STAGE3(連結)で兵士同士が繋がっているため、雷を流せば一網打尽にできる。
加えて、たとえ突撃隊が狂信的であっても、電撃魔法がしっかりと決まれば、感電させて相手を麻痺させることができる。
そうなれば、痛み知らずの突撃隊といえども動けなくなり、どうにもならなくなってしまうだろう。
オーマが居ないと不利になって、突撃隊との勝負の勝率は2割程度になってしまう。
だから、ヴァリネスも愚痴りたくなったのだ。
「本気で気張らないと勝てないわ!たとえロジくんが相手でも負けるのは嫌よ!」
「「了解!!」」
やる気を取り戻したヴァリネスに続いて、小隊長達も気合の入った返事をして、持ち場につく。
そして、それを確認したヴァリネスが指示を出すと、一人の兵士が旗を上げて、準備完了の合図を出した。
突撃隊の方はすでに旗が上がっているので、これでお互い戦う準備が整い、ヴァリネスの本隊対ロジの突撃隊の戦いが始まった____。