駆け引きの相手は?(3)
ビルゲイン本部、娼館“昏酔の魔女”___。
クラースとの駆け引きを終えて城を出たオーマは、その足でまたいつもの様にリデルの店へと顔を出した。
そして、そこでリデルと甘い一時を過ごす____。
リデルとの約束を律義に守っている訳だが、オーマ本人としては、第一貴族との駆け引き、勇者候補のろうらく、反乱軍の今後と、不慣れで重圧のキツイ仕事が盛りだくさんで、中々に“くる”ものがあり、約束を守るというより、溜まる性欲を抑えられないというのが本心だった。
そうして一夜明けて、心と体をリフレッシュさせたオーマは、またいつもの様に気怠い体を引きずって軍の宿舎に戻って行くのだった___。
リデルはオーマを見送った後、先程まで淫らで激しい行為が行われていたVIPルームで苛立ちを爆発させていた____。
「くそぉ!あのエルフの婆ぁ!!何て嫌味な奴なの!?」
「い、如何なさいましたか!?リデル様!?」
いつもの様にオーマを店の外まで見送った後、リデルから話を聞きくために部屋を訪れていたボロスは、不快感を露にする己が主人に困惑した。
「如何も何もないわ!!あいつ等に気付かれた!くそぉ!!危ない橋を渡る時期ではないと思って、慎重になり過ぎたわ!!」
「・・・・・」
全然ボロスの質問の答えになっていないのだが、その事で自分の主人がどれだけ取り乱しているかは理解できたので、ボロスは黙ってリデルが納まるのを待つことにした。
リデルはベッドの上でバフンッバフンッと枕を殴り、“昨晩、夫に満足させてもらえなかった妻”の様に怒りをぶつけている。
リデルが本気で殴れば簡単にベッドにも床にも風穴が空くのだが、そうはしない理性は残っているらしい。
リデルは暫く、“冷静に加減して本気で怒る”という器用な事をして、自分のストレスを発散させていた。
「はぁ、はぁ・・・はぁ・・・仕方が無いわ・・・まだ完全に尻尾を掴まれた訳じゃないし・・・仮に尻尾を掴まれても、それまでに目的を達成すれば良いのよ・・・」
ブツブツ言いながらも、冷静さを取り戻したリデルは、ようやくボロスと顔を見合わせた。
「悪かったわね、ボロス。主人としてみっともない姿を見せたわ」
「どうかお気になさらないでください、リデル様。このボロスはリデル様のその憂いを払拭するべく、身を粉にしとうございます。どうか、このボロス目にもリデル様の知った事を教えて頂けないでしょうか?」
ボロスは口調も態度も丁寧に、リデルにそう告げた。
「やめて、ボロス。そこまで気を使う必要は無いわ。主人として余計に情けなくなるわ。顔を上げなさい」
「ハッ」
顔を上げたボロスに、リデルは改めて冷静になってオーマから得た情報を伝えた____。
話を聞き終えたボロスは、難しい顔をしたまま、リデルの逆鱗に触れない様に恐る恐る質問した。
「・・・申し訳ありません、リデル様。私ごときでは、その話を聞いて何故リデル様がお怒りになられたのか、見当がつきません。帝国はこちらの思惑通り、スカーマリスに捜査の手を伸ばすようですし、勇者に関しても、次のターゲットと能力が判明し、サレンの能力の情報も手に入りました。更には、カスミの“神の予言”で、魔王様となられる憑代の情報も手に入ったので、大変喜ばしい限りかと思うのですが____」
「___ッ!!」
「ぅ!?」
話を聞いて理解できないボロスに一瞬苛立つリデルだったが、怯えるボロスを見て、直ぐに先程の自身の醜態を思い出し、深い息をして怒りを抑えた。
そして、カワイイ部下が怯えない様に気を使って、ゆっくり理由を話し始めた。
「その魔王様の件が不味いのよ・・・。この魔王の憑代探しは、オーマにした命令じゃなく、私に仕掛けた罠なのよ・・・いえ、駆け引きといった方が良いかしら?」
「何故、そう言い切れるのですか?」
「この魔王の憑代の話を、タルトゥニドゥ探索を終えたタイミングでオーマに教えるのはおかしいのよ・・・。そもそも勇者の籠絡を任せているオーマに探させるのも、各地を回るついでにしてもおかしいわ。魔王様の憑代がどんなものか分からないのだから、隠密に探させるのが常套手段でしょ・・・帝国のバグスは有能だしね。それでもオーマに探させるなら、もっと前、最低でもベルヘラに行く前に伝えるべきだったはずよ・・・」
「その頃は、まだ“神の予言”の解読が済んでいなかった可能性も有るのでは?」
「有るには有るけど、それでも、タルトゥニドゥ探索前には話していなきゃおかしいわ。まさか、大使としてゴレストで外交の仕事をしている最中に解読したってことは無いんだから」
「なるほど・・・」
大使として、ゴレストやタルトゥニドゥで仕事をしている時に解読したという事は無いはずなので、この“神の予言”は、ゴレストに出発する前には知っていたという事なる。
その上で、タルトゥニドゥ探索後に、オーマに命じるのは確かにおかしい。
オーマとカスミはタルトゥニドゥで別行動だったのだから、オーマにタルトゥニドゥ探索前に教えていないと、万が一、タルトゥニドゥに魔王の憑代があったなら見逃す事になるからだ。
「恐らく、ディディアルの背後に誰かいると感じて、それをオーマと疑ったのね・・・・いえ、それか、ディディアルの死体から、私が精神属性魔法で記憶を消した痕跡を見つけたのかも・・・・。そうね、オーマの記憶に私への罠を仕掛けたという事は、精神属性魔法の使い手がいるのは分かっているという事だから、そちらの方が可能性が高いわね・・・。迂闊だったわ・・・判別できない様に、ちゃんと痕跡は消したつもりだったのに・・・あの女も勇者候補ほどじゃないけど、それなりに成長しているわね・・・今回は私の失態だわ・・・」
そう言って、リデルは下を向いて落ち込んでしまった。
主人の失態と落ち込む姿に、ボロスは掛ける言葉を見つけられない。
だがボロスは、こういうときの主人は、慰めるより話題を変えた方が早く立ち直ると知っている。
なので、さっさと次の話に進むべく、話題を振った。
「魔王様の件がこちらへの罠なら動きづらいですね。“神の予言”自体がウソの可能性も有りますし・・・」
「・・・そうね。下手に動けば見つかってしまうでしょう。かといって動かなければ、それはそれで怪しまれるわ・・・」
リデル達に魔王の憑代の話を掴ませた上で、スカーマリスを捜査するという事は、そういう事だ。
クラースとカスミは、リデルがオーマの記憶を覗いているのを知っているのだから、オーマの周囲の人間関係も怪しんでいるはず。
もし、スカーマリスの魔族が関係無かったと分かれば、クラース達は帝国国内を捜査するだろう。
そうなれば、捜査の手がリデル達ビルゲインまで伸びるのは時間の問題だ。
今までビルゲインが帝国の第一貴族達に怪しまれずに済んでいたのは、リデル達の実力じゃない。
リデル達が第一貴族の敷いたルールに対して従順だったから、必要悪として認めてもらえていただけだ。
第一貴族達が本気になれば、ビルゲインの正体などあっという間に看破するだろう・・・。
(これは・・・最悪ここを手放すことになる可能性も有るわ・・・。まったく、アイツら・・・大層な駆け引きを要求してくれるわね・・・・・)
スカーマリス捜査にアクションを起こせば“網”に掛かり、アクションを起こさなければ、帝国内に“網”を張られる・・・。
この、“魔王の情報を掴ませた上で、スカーマリス捜査を行う”というのは、どっちに転んでもリデルの包囲網が出来上がる罠だった。
(こちらの正体も分かっていないはずなのに・・・)
敵の正体が分かっていないにもかかわらず、下手に出る事無くプレッシャーを掛けてくるクラース達のその智謀。
その悪魔のごとき所業は、本物の悪魔であるリデルの背筋をも凍らせるものだった。
「____ボロス」
「はい。リデル様」
「最悪、このビルゲインを放棄するわ・・・」
「!?」
「そしてその時、私は貴方を切り捨ててでも逃げ延びるわ」
「・・・畏まりました。その際は、このボロスがビルゲインを預かり、リデル様が帝国から逃げ切れるよう、囮となります」
ボロスは、リデルのビルゲイン放棄という言葉に一瞬驚くも、切り捨て発言には囮になると即答した。
自分の立場と役目を理解して、それを全うする覚悟と忠誠心がボロスには有るのだ。
「悪いわね・・・」
「お気になさらず。それが私の務め。魔王大戦後にリデル様に拾われ、付いて行くと決めた時から、覚悟はできておりました」
「必ず目的は果たして、仇は取るわ」
「ありがとうございます」
ボロスは深々と主人に頭を下げた____。
「では、行ってくるわ・・・留守をよろしく」
「行ってらっしゃいませ、リデル様」
ボロスはリデルが何処へ行くのか行き先も聞かずに見送った・・・。
切り捨ての選択肢が出た以上、リデルの行き先を聞くことはできない。
ボロス自身、自分の抹殺含めて上手く囮を務めるつもりだが、カスミにはリデル同様に相手の記憶を覗くことが出来る魔法がある。
しかもその精度は、リデルの魔法の痕跡を見つけるほどだ。
相手の魔術が自分の主人と同等以上となれば、自分の記憶も覗かれる可能性はゼロじゃない。
万が一に備えて、余計な情報は持っていない方が良いだろう。
ボロスは、勇者の抹殺も魔王の捜索も主人のリデルに任せ、自身は帝国の捜査がビルゲインに及ぶ時に備えて、準備に入るのだった____。