静寂の勇者を加えて
カスミの部屋を出たオーマは、タルトゥニドゥを下山するために皆の居る集合場所へと向かう。
その足取りは、考え事を優先しているためタラタラとしてゆっくりだった。
「魔王を探せとはな・・・・」
改めて考えれば必要な事だし、誰にでも話せる話ではないので、勇者の件を知っている自分に話が来るのも理解できる。
「ふぅ・・・」
だが、理解はできても、勇者の件と同じく世界の命運が掛かった案件故、それだけで両肩にずっしりと重いものが乗っかりオーマの気持ちを圧し潰してくる。
勇者の件、魔王の件、帝国の件と、色々頭を悩ませて歩いていると、オーマの首周りにシュルっとやわらかいものが滑り込んできて、オーマの鼻に甘く爽やかな香りを送って来た。
「___兄様!」
「うおッ!?レイン!?」
下を向いて考え事をしていた為、自分が集合場所に到着している事に気が付かなかったオーマは、レインの出迎えに面食らってしまった。
「お、脅かすなよ、レイン・・・」
「兄様が下を向いているからですよ!あんな落ち込んだ様子で歩いて来たら誰だって心配しますよ」
「そ、そうか・・・」
「でもだからって、馴れ馴れしくオーマ団長に飛びつくな。はしたない」
そう言って、レインに続いてジェネリーも眉間にシワを寄せながら近づいて来た。
「ぶー・・・意地悪ですねぇ、ご主人様は」
「うるさい。主人命令だ。オーマ団長から離れろ」
「うわ!?パワハラです・・・」
「フン!どうせ言う事なんて聞かないだろ。この不良メイド」
「む~~~!こんな優秀なメイド捕まえて“不良”とはなんですか!ご主人様こそ横暴主人でしょ!」
「うるさい!そもそも主人じゃない!後、自分で優秀とか言うな!」
「いいじゃないですか!ほんとの事なんですから!」
「自惚れるな!」
「何ですってぇ!?」
「なんだぁ!?」
ジェネリーとレインが、いつもの調子で睨み合い、喧嘩を始めようとしている。
オーマが止めるべきか迷っていると、その二人をスルリと抜けてオーマの手を取る小さい影があった。
「オーマさん、大丈夫ですか?」
「サレン?」
「元気が無いなら私が一緒に居ますから、二人の事は放っておいて行きましょう」
「「____ちょ!?」」
喧嘩を始めようとしていた二人を置いて、サレンはオーマと腕を組んで歩き出した。
「ちょ!?ちょっと待ちなさい!サレン!」
「抜け駆けは無しですよ!」
「抜け駆けじゃありません。オーマさんが落ち込んでいると分かっていながら喧嘩を始めるからです。二人は“失格”です。私がオーマさんを連れて行きます」
「お、おい!」
「「し、失格~~?」」
苛立つ二人を他所に、サレンはオーマと腕を組んだままメンバーの所へと案内する。
オーマもサレンのその積極的な態度に戸惑った。
「ちょっとサレン!“失格”とは何ですか!?“失格”とは!?」
「そうだ!私はちゃんとオーマ団長に気を遣おうとしてだなぁ!悪いのは、ノリで出し抜こうとした、このメイドだ!」
「ちょ!?人の所為にするのですか!?それでもご主人様ですか!?」
「だから、ご主人様なわけないだろ!私をご主人様と言うな!」
「ちょ、ちょっと待て!二人共!」
「オーマさん、良いのです。あの二人は喧嘩がしたいのですからさせておいて、オーマさんは私と行きましょう」
「お?」
「「ちょっとぉ!」」
「ふふん♪」
ぷりぷりと怒る二人の事をまるで意に介さず、サレンはぐいぐいオーマをリードする。
そこに出会ったばかりの頃の消極的な面影はもう無い____。
タルトゥニドゥの魔族との条約を結んだ後、オーマは改めてジェネリーとレイン、それにナナリーをサレンに紹介した。
そして、オーマ達は基地が出来上がるまでの間、建設現場の護衛や周辺の調査任務をこなしつつ、サレンと三人の仲を取り持っていた。
その最中で三人ともサレンを気に入って、サレンを妹のように可愛がり、サレンも直ぐに懐いた。
そうして短い間に意気投合したサレン達だったが・・・・・いや、意気投合したからこそ、オーマの事となると、サレン、ジェネリー、レインは激しい戦いを繰り広げるようになっていた。
その戦いの中で分かったことだが、サレンはオーマの事(恋愛)になると、意外と積極的だった。
普段は大人しいが、オーマの事となると、レインに負けず劣らず積極的に絡んで来るのだ。
これには、付き合いの長いデティットとアラドも驚いていた。
オーマだけ、ケルベロスとの戦いで、ヴァリネスばりの強気な態度を見ていたので、もしかしたらという予感が有った。
(見た目と肩書だけなら、ジェネリーが一番押しの強いイメージなんだけどな・・・)
サレンに腕を引っ張られながらオーマはそんな事を考えて、なんやかんやで三人のやり取りのおかげで元気が出て下を向くのを止めていた。
頭を上げて歩いていれば、ヴァリネスが何やらニヤニヤしながらオーマを迎えてくれた。
「モテモテね。団長」
「冷やかすなよ。火に油を注ぐ事になったらどうするんだ?」
「三人が本当の喧嘩を始めたらって事?そんなの気にする必要無いわよ。三人ともバカじゃないんだし、本気の喧嘩はしないわよ。仮にもし、本気の喧嘩を三人がしたら、その時は___」
「___その時は?」
「その時は、私達の手に負えないから放っておきましょう♪」
「おい・・・」
「まあまあ(笑)・・それより元気がない様子だったけど大丈夫?カスミに何か言われたの?」
「言われた・・・というか頼まれた・・・・かなり面倒な事をな・・・」
「どんな事?」
「・・・いや、今ここでは言えない。道中で話すよ」
「む・・・何だ?それでは私達は聞けないという事か?」
「気になりますね・・・」
一緒にいるデティットとアラドは不満気な様子を見せた。
と、いうのも、二人とはここで別れることになっている。
二人は、この基地の防衛指揮官としてタルトゥニドゥに駐屯するよう上からの打診があったのだ。
不可侵条約が結ばれたとはいえ、その約束が果たされる保証が無い以上、ゴレストとオンデールにとってこの基地が一番危険な場所なのは変わらない。
帝国との外交が良好で、争いが回避されている今、優秀な指揮官の置き場所はここなのだろう。
反乱軍リーダーのオーマとしては、二人にカスミの監視を頼めるため、ありがたい決定だった。
「すまない二人共、だが二人はまだ聞かない方が良い話だ。時期が来たら必ず話すよ」
魔王の件まで知って、この地でカスミや魔族のそばに居るのは危険だ。
万が一にもカスミやこの地の魔族にその事を知られたら、どんな目に遭うか分からない。
デティットとアラドが魔王の件を知るのは、そのあたりの状況が変ってからの方が安全だと判断した。
「そうか・・・。まあ、それがリーダーの判断なら従おう」
「仕方が無いですね。いずれきちんと説明してください」
「ああ。約束する」
軍人として、情報開示のタイミングの大切さを知る二人は、しぶしぶ了承するのだった。
「じゃー、そろそろ出発する?」
「そうだな。サレン」
「はい」
オーマの腕から離れて、サレンはデティットとアラドの前に立った。
二人はここに残り、サレンは国に一旦戻った後、オーマ達と行動を共にするため国を離れる。
二人とは長い間、離れ離れになる。
ちなみに、サレンは外交特使として帝国に来て、カスミの研究の協力者という立場になる。
これは、サンダーラッツとサレンが行動を共にするために用意された筋書きだ。
“カスミの魔法研究の協力をするため帝国に来て、カスミの指揮下のオーマ達と行動を共にする”という理屈で、サンダーラッツとサレンが共に行動する大義名分を作ったのだ。
別れの挨拶で二人を前に、サレンは二人を心配させない様に堂々と胸を張って、別れを告げた。
「・・・デティット。アラド。二人と離れ離れになるのも国を出るのも初めての事で、正直怖いですけど行ってきます。オーマさん達と色々な物を見て、色々な経験をして勉強してきます。そして、必ず成長して帰ってきますから、二人共必ず無事でいてください」
以前とは違い、堂々として真っ直ぐなサレンの言葉___。
サレンの姉であり兄であるデティットとアラドは、サレンのその成長した姿に胸を震わせる。
そして、優しい笑みを見せて、サレンを送り出す言葉を並べた。
「恐れる必要はありません。サレン様。貴方はここ数か月で驚くほど成長しました。もう魔法だけの弱気なサレン様ではありません。きっと外の世界でも通用しますし、成長できるでしょう。次にお会いするのを楽しみにしています」
「私も成長したサレン様のお力になれるよう、この地で修行に励みます。どうかお元気で!」
「はい!」
「オーマ。サレン様を頼む」
「ああ、勿論だ。デティットとアラドも、布教活動気を付けてな」
「分かっています。カスミを監視しつつ、少しずつオンデールとゴレスト内で反乱軍の勢力を拡大していきます」
四か国外交が上手く行って、帝国との関係が良好な今、反乱軍の布教活動をするのは難しいだろう。
だが、それでもオーマは上手く行くと思っている。
それは、両国が宗教国家であるというのも有るが、デティットとアラドをプロトス同様に信用しているからだ。
だから、オーマはプロトス同様に、この地での活動は完全に二人に任せることにした。
「よーし。じゃー、出発よ!!」
「「了解!!」」
こうしてオーマ達は、デティットとアラドと別れ、タルトゥニドゥの下山を始めた。
そして、ゴレストに戻って雑務を片付けると、サレンを連れて帝国へと帰国するのだった___。
____静寂の勇者ろうらく完了。