カスミの釣り針二回目(後半)
カスミは、オーマに探りを入れた結果、オーマは黒幕に利用されていて、その黒幕はオーマの周囲にいるというクラースと同じ仮説を立てた。
そして____
(この黒幕がオーマを利用しているならば、挨拶しておきましょうか___)
そう考えたカスミは、タルトゥニドゥ探索の任務が終わった後、オーマに仕掛ける予定だった釣り針を黒幕に仕掛けるため、頭の中で慎重に言葉を選んだ。
「オーマ殿・・・」
「え?・・あ!?はい!申し訳ありませんでした!少し考えに夢中になってしまっていました!」
「いえ、構いません。オーマ殿の中でも思うところが有るのですね?」
「は、はい・・・実は副長のヴァリネスが同じ様に、ディディアルの背後にいる存在を感じ取っていました」
「へえ・・・」
オーマは、どうせ本国に戻ったら報告書に書く事になると思い、変に怪しまれないよう素直に本当の事を言った。
「そうですか・・・。それでしたら、この件の黒幕は勇者の件も知っている可能性が有ることは分かりますね?」
「はい・・・ベルヘラの魔獣事件にも関わっているなら、間違いなく知っていると思います」
加えて、反乱軍の事も知っている可能性が有ると感じていたが、勿論その事はカスミには言わない。
「そうですね、同意見です。そして、もしそうなら相手はこちらを知っていて、こちらは相手を知らずにいるという不利な状況です。加えて、かなり策謀に長けているでしょうから、尻尾を掴むのも難しいでしょう」
「はい・・・」
ディディアルの口封じと、この地の魔族とエルフとの間に不可侵条約を結ばせ、帝国が魔族に手出しできないようにした手際を考えれば、カスミの意見に同意だった。
「そこで相手より先んずるために、オーマ殿にお願いが有ります」
「はっ。何なりとお申し付けください」
第一貴族の“お願い”は“命令”なので、オーマは即答した。
「以前、作戦で大陸中を渡り歩く事になる貴方に“未知”の情報提供をお願いしましたが、それに加えて、見つけてほしい“もの”が有ります」
「は・・・一体なんでしょうか?」
「・・・“魔王”です」
「はぁあ!?」
意外なワードが出てオーマは驚き声を上げると、更に思考も停止した___。
カスミはそんなオーマを置いて、淡々とした口調で説明を始めた。
「ディディアルの背後にいるのは、間違いなく手練れの魔族でしょう。元魔王軍幹部のディディアルすら手玉に取るのですから。そんな人物が勇者の件で暗躍しているのなら、間違いなく次の魔王大戦に備えての事でしょう。ならば、魔王となる憑代も我ら同様に探しているはず。こちらもこれ以上、後れを取るわけにはいきません」
「・・・・・」
思考が停止していて上手く話を飲み込めないが、オーマは何とか頭を再起動させて、話を理解しようとする。
「この魔王探しは、クラースを含め第一貴族にも内密にお願い致します。私もクラース達に、オーマ殿に魔王探しを頼んだことは報告しません」
「え?ど、どうしてですか?」
頭を再起動させたばかりのオーマは、カスミの話にピンとこず、浮かんだ疑問をそのまま口にした。
「敵が勇者の件を知っている___。これは、第一貴族から情報が漏れている可能性を示しています。最悪、裏切り者がいるかもしれません」
「な、なるほど・・・」
妙な話になって来た______。
困惑しつつも、何とか話を理解できたオーマだったが、理解したら理解したで、また新たな理由で困惑する。
クラースにカスミが裏切る可能性が有るからとカスミの監視を命じられ、今度はカスミから第一貴族に裏切り者がいるかもしれないから、極秘に魔王を探せと言われる・・・。
スパイ活動がまた一つ増えたと言っても良い。
(・・・だが、望むところだ)
冷静に考えれば、第一貴族(特にカスミ)の分断を目論んでいるオーマとしては望む展開だった。
例えば、今現時点でもクラースに、“内緒で魔王を探せとカスミに言われた”と報告するだけで、カスミに不信感を抱いているクラースには効果的だろう。
将来的に帝国に代わって魔王と戦う事を含めて、オーマに断る理由は無い。
肝心なのは____
「分かりました。お引き受けします。それで、魔王を探すというのは、どのようにしてでしょうか?」
____そう。魔王を探すのは一向に構わないのだが、問題はどうやって探すのか?だった。
勇者と違って、魔王の憑代となる“もの”には決まりが無い。
人・物などの有機物・無機物の可能性は勿論、何かしらの理論、誰かの感情といったものまで、魔王の憑代になった過去がある。
人類の歴史上、色々な国や人が魔王の存在の特定を試みた事が有るが、魔王がこの世に誕生する前に特定されたことは未だかつて無い。
その結果、お互いに不信感を抱いて戦争に発展し、国が滅んだこともある。
そのため、世界は魔王を探す事は無用な争いを生む事だと理解し、魔王探しはしなくなっていた。
そういう訳で、魔王という存在を探す方法などオーマには見当もつかない。
オーマに問われてカスミは、一瞬だけ覚悟を決める様に目をつぶった後、先程と同じ口調で話始めた。
「ええ、分かっています。魔王を探し出すのは、憑代が人だと分かっている勇者を探し出すより困難でしょう。これまで魔王を誕生前に特定できたことは有りませんから。ですが、私には探し出す方法が有ります・・・・それは私の“神の予言”という魔法です」
「“神の予言”?」
「・・・自分の手の内を見せるのは嫌ですが、まあ、オーマ殿ならば良いでしょう。それに、この際仕方が有りません。これから話す私の力は秘密ですよ?」
「は、はい・・・」
値千金の情報をもらえる事に、オーマは表情こそ変えなかったが興奮し、カスミにバレないよう固唾を呑みこんだ。
「私の魔導士としての本当の実力は、RANK4、STAGE8の精神属性魔導士です」
「・・・・・・」
さらり・・・と、えげつない実力を言われて、興奮から一転してオーマは恐怖で絶句した___。
「私は、精神属性の融合魔法(STAGE8)の部分融合(肉体や精神の一部だけその属性と融合させる)で自分の意識を天界とリンクして神のお告げを聞くことができます。全知全能の神のお告げを得る事で、あらゆる物事の知識を得る事が出来るのです」
「・・・はあ?」
“お前が勇者なんじゃないのか?”_____。
そう言いたくなるほどのチート技を持っている言われて、驚きを通り越して呆れてしまった。
「勿論、これには色々な制約と制限が有るので、破格の能力では有りますが、そこまで便利に扱えるわけではありません。こんなことを何のリスクも無くできるたら、私こそが真の勇者です」
「せ、制約と制限とは・・・?」
「フフッ。さすがにそこまでは」
「あ・・・そ、そうですよね・・・申し訳ありません・・・」
探りを入れる気は無く、本当に素朴な疑問として聞いたので、カスミの当たり前の返しにオーマは自分が恥ずかしくなった。
「まあ、とにかく、神からの御告げで情報を得るのは、一つ得るのにも時間が掛かるとだけ言っておきます。その代わり、その情報の信用は絶対です。本物の“神の知識”なのですから・・・解読を間違えなければ、ですが・・・」
「解読?」
「神の知識なので、その言葉も言い表す表現も神の業____この世の物ではありません。だから“予言”と呼んでいます」
「なるほど・・・」
本当の予言なのではなく、解読の過程で不確かさが出る可能性が有るから“予言”という事らしい。
(カスミが言う様に、本当にそこまで便利な力という訳ではなさそうだな・・・)
オーマは、カスミが自身の力を“予言”という表現をしたことで、何となくその制約なんかのリスクをニュアンスで理解し、少しだけ安心した。
「神の予言で記された神託は以下の通りです____」
“長く、身が凍るような冬が終わって、春が訪れる
春の訪れを祝い、皆の心に光が差せば、ワインが落ちる
こぼれたワインが広がること無く、地にしみ込んでいけば、それは疫病の始まりだ
疫病は地獄の業火でも燃え尽きず、神の罰を受けても裁かれない
陽の光とは対立し、時に夢を見て、時に立ち止まる
そうして自殺の五芒星を描き、六つの星が欠ける夜を迎え、世に平穏をもたらす王が誕生する”
「・・・なんとも予言らしい、謎かけですね」
「フフッ。そうですね。ちなみにですが、この文章を言い表す存在に心当たりは?」
「ありません」
「そうですか・・・」
「申し訳ありません」
「いえ、気にしないでください。それが当たり前です。期待はしていませんでした・・・とにかく、この予言を頼りに魔王を探してください。あ、勿論、ろうらく作戦が最優先です」
「はい。かしこまりました。ろうらく作戦を進めつつ魔王捜索にも尽力いたします」
「よろしくお願いいたします。では、ご武運を____」
「は!失礼します!」
オーマは一度だけ丁寧に頭を下げると、そのまま静かに退室した___。
カスミは、オーマが退室した後も、観察するような目で部屋のドア越しからオーマを見据えていた。
「さて・・・。今垂らした釣り糸に、誰がどんな反応を見せるのでしょうかね・・・」
もし、オーマが魔族と繋がっていたら、今の話を聞いてどんな行動に出るだろうか?
もし、今回の黒幕がオーマの記憶を覗いて、魔王に関する神の予言を知ったらどんな反応が帰って来るだろうか?
オーマとその背後の黒幕を思いながら、カスミは不敵な笑みを浮かべるのだった_____。