野心家ディディアルの末路
ドワーフ居住区のとある廊下____。
「何と言う事だ・・・・」
ディディアルは、ケルベロス三体の異常事態を察して援護に向かっていたが、ケルベロス三体の反応が消失すると、愕然として立ち尽くしてしまった。
「何故・・・こんなにもあっさりと・・・」
サレンとオーマが死を乗り越えて魔力を回復させた事を知らないディディアルは、ジェネリーとレインに見つからない様に慎重に向かっていたとはいえ、十分に援護が間に合うと思っていた。
だが、結果は間に合わず、勝敗は決し、最早ディディアルに勝機は無くなっていた。
「どこで計算が狂った?何を間違えた?・・・・やはり本体から援軍に来たあの二人か?」
ディディアルは、雷鳴と共に現れた女騎士とメイドを頭に思い浮かべる。
サレンとオーマがケルベロス三体を倒した事は意外だったが、可能性はゼロではないと思っていた。
場合によっては自分自ら援護に行く必要が有るとも考えていた。
だが、ジェネリーとレインが来たことで、援軍に向かうのが遅れてしまった。
だから、ディディアルの中で計算が狂った最も想定外な出来事は、ジェネリーとレインが援軍として一瞬で現れた事だった。
もし、あの二人が現れなければ、地上に残った敵部隊は容易に殲滅できていただろう。
そして、逃げ隠れるために魔力を必要以上に消耗する事も無かった。
二人が居なければ、ケルベロスが倒される前に援軍を向かわせ、オーマとサレンを仕留めていただろう。
「あんな一瞬で援軍に来れるなんて・・・・・」
ディディアルは敵本隊の分析を怠った事を後悔する。
ジェネリー達の力を見て、戦闘を回避する判断をしたまでは良かったが、本隊がどれくらいの戦力をどれくらいの時間で援軍に回せるか?という、本隊と別動隊の連携を確認しなかった。
それができて、レインが属性融合の技(STAGE8)が使えると分かっていたなら、また別の策も立てられていただろう。
ディディアルは、その場から撤退を始めながら、そう分析する。
だがこの分析は間違っている。
いや、分析の内容自体は間違ってはいないが、ディディアルの敗因はそこではない。
何故なら、ディディアルにサレンの力の事を教えたリデルは、レインのその力の事も知っていたからだ。
もし、リデルがディディアルに勝たせるつもりだったなら、その事を教えていただろう。
だが、そうはしなかった。
理由は簡単で、ディディアルに勝たせる気が無かったからだ。
リデルはディディアルの力だけでなく、その性格もちゃんと知っていたのだ。
ディディアルは野心家だ。
一度は自らを魔王と名乗ったこともあるディディアルが、サレンの力を手に入れたなら、どうなるだろうか?
間違いなく、新たな魔王軍を立ち上げて、そして必ず、リデルとビルゲインを配下に加えるだろうとリデルは思っていた。
今現在なら、ディディアルとリデルの個人の力も、ディディアル軍とビルゲインの組織の力も、リデル側が圧倒的に上だ。
だが、サレンの力を手に入れたならば、その立場は逆転するだろう。
ディディアルがリデルにとって、手に余る存在になる。それはリデルにとって都合が悪い。
リデルにとって、サレン、そして他の勇者候補達は、野心家のディディアルや、一番の障害である帝国第一貴族の下にあるより、自分が監視できるオーマの管理下に居てもらった方が都合が良いのだ。
だからリデルは、この戦いの勝敗を左右するであろう勇者候補の情報をディディアルに渡さなかった。
リデルは、ディディアルを勝たせる気が最初から無かった・・・だから、敗因も何も、最初からディディアルには勝機が無かったというのが正しい。
そして、ディディアルに勝たせる気が無いのだから、ディディアルが帝国軍に捕まって自分やビルゲインの存在が第一貴族たちに知られない様にするため、後始末もリデルは考えていた____。
「ディディアル殿!」
「ひぃ!?・・・お?・・おお!貴方はハムイガン殿!?何故ここに!?」
ドワーフ遺跡から撤退しようとする中で、ディディアルに声を掛けてきたのは、このタルトゥニドゥを住処とする魔族達の長の一人、ハムイガンという老いたグレーターデーモンだった。
「ディディアル殿を助けに参ったのです。この辺りから遺跡の外に出ようとすれば、見つかってしまうでしょう。この住居区画の奥から我らの住む別の区画へ移動できる抜け道が有ります。そこへ行けば奴らは追って来られないでしょう。案内いたします」
「おお!かたじけない!世話になる!」
前に協力を求めた時は断られ憤ったディディアルだったが、この助け舟には感謝して、ハムイガンの案内を受けるのだった____。
「・・・あの人間共は思っていた以上に強敵だったようですな」
「ああ。舐めていた訳ではないが、それでも見通しが甘かったようだ・・・私の望みは潰えてしまった・・・・」
「なんと!?それは困る。せっかく我々は貴殿の勇姿を見て希望を抱いたというのに」
「どういうことだ?」
ハムイガンの後を歩きながら疑問を口にするディディアルに、ハムイガンは先程と同じ静かな音量ながらも、強い意志を感じる口調で語り出した。
「我々も戦いたくなったのだよ、貴殿の戦いぶりを見てな・・・。貴殿に協力すれば、あの“源流の英知”にも次は勝てるはず!とな・・・」
「次?」
「奴らは、このドワーフ遺跡の調査をするために基地を作るのだろう?なら、まだ“源流の英知”を手に入れるチャンスはあるでしょう。今回の戦闘データと共に、我々の戦力を結集すれば、勝機があるのでは?」
「きょ、協力してくれるのか?・・敗者である私に?」
「それはこちらのセリフよ、ディディアル殿。我らの方こそ、一度は貴殿の誘いを断った立場。今更協力するなど、おこがましいと思う。だが我らとて魔族の端くれ。この地でいつまでも燻っていて良いとは思っておらん。勝機があるなら勝って、かつての栄光を取り戻したいのだ」
「ハムイガン殿・・・」
「ディディアル殿。今更ではあるがまだ望みは潰えておりません。どうか我々この地の魔族を貴殿の軍の末席に加えてはくださらないだろうか?」
老いたグレーターデーモンはディディアルを案内しながら、そう説に訴えた。
この訴えに、ディディアルは嬉々として応じるのだった。
「こちらこそ、申し出に感謝する。ハムイガン殿。貴殿の言う通り、まだチャンスはある。このタルトゥニドゥの魔族の方々の協力が有れば、必ずや勝利できるだろう。共に戦おうではありませんか!」
「おお!何と寛大お言葉!感謝いたします!」
ハムイガンはよほど嬉しかったのか、老いた者とは思えぬ覇気の有る声で感謝を述べた。
ディディアルはその言葉を聞きながら、一人内心でほくそ笑んでいた。
(ふん!ようは勝ち馬に乗れそうだから戦うというのだろう?腰抜け共らしい考え方だ。だが、これを利用しない手はない。こ奴の言う様に、奴らの目的は遺跡の調査。この地に長期滞在するならチャンスはまだある。次こそは必ず“源流の英知”を手に入れてやる!こいつら腰抜け共は、それが済めば用無しだ。戦力はリデルのビルゲインがあれば一先ずは良かろう。“源流の英知”を手に入れたなら、あの女も私の配下に加わるしかないからな!フハハハハハ!)
次への展望が見えてきたディディアルは、心の中で高笑いし、弾むような足取りでハムイガンの後に続いた。
幾つかの施設と隠し通路を抜けると、魔族の気配が漂い始める。
どうやらハムイガンの言う、魔族達が住処としている区画に入ったようで、暫く進んで到着した大扉を開けると、大きな広間に出た。
「ここは?」
「元はドワーフの王族区画だった場所を改良して作った我らの根城だ。さあ!」
ハムイガンの案内で大広間を進むと、この地に来た時に会った悪魔や、見たことも無い魔族が二十体ほど、ディディアルを歓迎するために出迎えてくれた。
「このタルトゥニドゥに住まう魔族達をまとめ上げている魔族長達です。ディディアル殿」
「おお!」
ディディアルはワザとらしく歓喜の声を上げつつ、魔族長達を値踏みした。
(こいつらが、このタルトゥニドゥを仕切る魔族達・・・ふん。弱くは無いが、強くも無いな・・・一応“源流の英知”との戦いの役には立つか?)
その場に居る魔物達は皆、上級・最上級の魔物達で、老いたとはいえ破格の力を持っていた。
とはいえ、ディディアルの言う様に、全員サンダーラッツの隊長達よりは強く、団長のオーマと同じ位ではあるが、勇者候補には勝てないだろう。
元魔王軍幹部のディディアルからすれば強者という扱いにはならない。
(私以上の存在が居ないから、統率は取り易くて良いのかもな・・・)
そう前向きに解釈した。
心の中でそんな風に考えるディディアルの横で、ハムイガンが魔族長達にディディアルを紹介するために一歩前に出た。
「皆の者、聞けぇ!この方が、我らが再び表舞台に立つべく、我らの長となってくださるディディアル様だ!」
ハムイガンに促され、ディディアルは堂々とした立ち振る舞いで前に出て、演説を始めた。
「諸君!私がディディアルだ!私は魔族がこの大陸を支配するために立ち上がった!そして、今より皆の長となる!私は今回人間とエルフ共に敗北したが、同時に勝機も得た!諸君が力を貸してくれたならば、必ずやこの地に足を踏み入れた人間とエルフを打倒し、この大陸を支配できるであろう!一度敗北した私を長とすることに不満を持つ者も居るだろうが、どうかついて来てほしい!」
ディディアルは覇気のこもった演説を唱え、腕を広げてアピールした。
タルトゥニドゥの魔族長達は、少しの間静観していたが、暫くすると各々口を開いた。
「ディディアル様、“敗北した身”などと、己を下卑する必要はございません」
「その通り。勝負はまだついてはいないのですから」
「あの戦いぶりを見て、貴方様を長とする事を反対する者などおりません」
「おお!誠か?」
「それは勿論。皆、ディディアル様が長となってくださる事に感謝しております・・・・何せ、我らが再び世界に君臨するための“生贄”になってもらえるのですから___」
「・・・生贄?」
___ズバンッ!!
「ッガァア!?」
突然背中を斬りつけられて、ディディアルの背中に焼ける様な痛みが走る。
何事かと振り向いてみれば、そこには東方のエリストエルフの民族衣装にも似た、黒装束を身に纏った悪魔が居た。
「か、閑々忍者!?」
暗殺が得意と言われる、上級悪魔の閑々忍者に不意を突かれ、ディディアルは膝を折る。
何とか召喚魔法で応戦しようとしたが、魔力を消耗しているためその速度は遅く、魔法発動前にハムイガンからファイヤーボールで追撃されてしまった。
「グゥウアア!?」
「大人しくしろ、ディディアル殿。無用な手間が増えるだけだ」
「な・・・何故だ!?これは一体どういうことだ!?」
自体が呑み込めないディディアルに、ハムイガンは呆れるような溜息を吐いて答えた。
「何故だとぉ?・・・はん!当たり前だろう?同じ魔族だからと言って、我らの地に勝手に足を踏み入れて暴れた挙句、人間どもに敗北するなど・・・。よくぬけぬけと生きていられるな?魔族の恥さらしが!___フン!」
___ゴウッ!!
「グワァアア!!」
語気を強めながら、更に追撃のファイヤーボールを叩き込む。
ディディアルは、ここに来てようやく自分の立場を理解した。
「ま、待て!!待ってくれ!今ここで私を殺したとて、お前達に益は無かろう!?共に戦って、あの小娘から“源流の英知”を手に入れた方が良いはずだ!そうだろう!?」
痛みと死の恐怖に怯えながら、ディディアルは必死に訴える。
だが、魔族長達に心の変化は無い。
そのことにディディアルは怒りを覚え、苛立ち混じりに声を上げた。
「バカか!?貴様らぁ!!この地に何百年も居て、本当に腑抜けたのか!?このままずっとこの地に潜んで暮らすつもりかぁ!?」
大広間にディディアルの怒号が響き渡る。
だがやはりタルトゥニドゥの魔族長達の心に変化は無い。
いや、少し顔を歪めて嘲笑するような表情を浮かべていた。
その表情を見て、ディディアルは何事かと不可解に思っていると、再びハムイガンが代表して口を開いた。
「それは誤解だ、ディディアルよ」
「ご・・誤解?」
「そうだ。我々もずっとこの地に伏せっていて良いとは思っておらん」
「な、ならば、何故・・・」
「かつての栄光を取り戻すために貴様には死んでもらうのよ」
「は、はあ?・・・そ、それはどういう・・・」
「我らの新たな主の命だ」
「新たな主?」
「そう・・・ビルゲインの長であるリデル様が、貴様の命を奪えば、その傘下に加えてくださると言うのでな」
「なっ!?」
タルトゥニドゥの魔族からリデルの名前が出て来てディディアルは驚いた。
「知っているか?ディディアル?貴様の勝敗を分けた二人・・・あの赤髪の女騎士と金髪のメイド。あの二人は、“源流の英知”の力を持つ娘と同様に、勇者の素質を持った勇者候補だそうだ」
「なんと・・・」
勇者候補という言葉は初耳のディディアルだったが、あの二人の実力をサレンと同等と評価していたため、同各と聞いても驚きは無かった。
「・・・だ、だが、それが何だというのだ?」
「・・・何故私がそんな事を知っていると思う?この地に潜んでいただけの私が」
「リデルから聞いたのだろう?」
「その通りだ。では何故、貴様には話していないと思う?リデル様はあの二人について何処まで知っていたと思う?」
「・・・・・・」
言われてディディアルは考える。
リデルはあの二人が、サレンと同格だと知っていた・・・。
そして、どうして二人をサレンと同格と見たかと言えば、同格と判断できる“力”を知ったからだろう。
(あのメイドの雷融合の魔術も知っていた?一瞬で私の前に現れたあの技を?・・・知っていて私に教えなかった?・・・・っ!)
ディディアルはそこに気が付くと、今の自分の立場だけではなく、この戦いの自分の役目にも気が付いた。
「あ・・・あの女ぁ!!おのれぇ!!私をあの小娘の力を量る噛ませ犬にしたなぁ!?ば、馬鹿にしおってぇ!!」
「バカにはしておらんと思うぞ?実際、貴様はあいつ等を全滅寸前まで追い詰め、その実力を十分に引き出したのだからな?」
「適材適所の名采配でしょう」
「我らに貴様の後始末を任せた事を含めてね」
「く、くそぉ!貴様らぁ!!」
「そういう訳だ。貴様の挙げた成果はちゃんとリデル様が役立ててくださる。貴様は安心して死ね___」
ハムイガンがそう言い終わるや否や、その場にいる魔族長達は魔法術式を展開し、処刑の準備に入った。
「お、おお・・。おおぉ!!こ、こんな・・・こんな・・・・・こんなのあんまりだぁあ!!あの女ぁ!!くそぉおおおお!!!___!?」
___ドゴォオオオオオオンン!!!
ドワーフ遺跡の大広間。
そこで自身の運命を悟ったディディアルの嘆きが響き渡ったが、直ぐに魔族長達の魔法の爆撃音と共にその声は消え失せ、ディディアルの命の火も消えたのだった__。