ドワーフ遺跡の決戦(7)
惨劇が起こっていた。
惨劇を起こしたのは、たったの二人。それ以外の者達は、身を守りながらそれを見ているだけだった。
ヴァリネス達とディディアルの居る戦場にジェネリーとレインが現れると、二人は魔獣相手に獅子奮迅の戦いを見せていた_____。
アイアンモール____。
中級の魔獣ながら地中を移動できて、索敵魔法にも掛かりづらいため、上級魔獣より使い勝手が良いと評判だ。
鉄の硬度を持つ体毛と爪があり、攻守も優れている。
地中に潜ませて強襲させれば、人間相手なら自分達の数倍の人数差でも勝利を収める凶悪な魔獣だ。
だが今は、レインの手によって、芝刈りついでに鎌で刈り取られる虫けらの様に殺されている___。
マーダーパイソン____。
人を数秒で死に至らしめる猛毒の牙を持ち、丸太の様に太い胴体は頑丈だ。
その体で締め上げられれば、並の防護魔法では防護魔法ごと人間を拉げさせる。
“マーダー”の名を持つに相応しい獰猛な魔獣だ。
だが今は、ジェネリーによって、料理人に包丁で刻まれる肉か何かの様にスパスパとその太い胴体をスライスされていた___。
ストーンバジリスク____。
硬く大きい肉体と、相手の動きを止める即効性の有る神経毒のブレスを吐く。
上手く扱えば、たったの一匹で人間の一つの町、或いは一軍団を殲滅できる。
人間が一対一で勝つのは不可能とまで言われていて、人間が相手にするには強すぎる、魔界でも上位に位置する魔獣だ。
だが恐らく、雷鳴と共に現れたジェネリーとレインに容易く葬られてしまうだろう____。
実際にジェネリーがストーンバジリスク二体を秒殺しているところを見ているディディアルは、自身が召喚できる魔獣の中で最強の一角であるはずのストーンバジリスクが、この二人相手に勝利するとは全く思えていなかった。
この二人相手では、防御力と体力自慢のストーンバジリスクでも、ディディアルが魔法を一回使う時間を稼ぐので精一杯だろうと思われる。
ならば、ディディアルに迷っている時間は無い___。
ディディアルは直ぐに魔法術式を展開し、ジェネリーとレインが魔獣達を殺しきる前に、次の召喚魔法を発動した。
「出でよ!エレメンタルフォッグ!」
召喚したのは、炎と水のエレメンタルフォッグ二体。
例によって、濃霧を作り出し、身を隠そうという魂胆だ。
(べ、別にあの二人と戦う必要は無いのだ!地下のケルベロス達が、“源流の英知”を仕留める間、時間を稼げれば良いのだ!)
そう考えたディディアルは、エレメンタルフォッグ二体に霧を発生させて敵を足止めするよう命令する。
そしてすぐさま、また新たな魔法術式を作り出した。
「そうはさせないわ!!クシナ!フラン!」
「「了解」」
エレメンタルフォッグが霧を発生させる___。
だが、ジェネリーとレインが来たことで安全になったヴァリネス達が、これに反応していた。
ヴァリネス達は、風魔法でエレメンタルフォッグの位置を特定し水と炎の攻撃魔法で殲滅という、これまでのエレメンタルフォッグとの戦いで作り上げた必勝パターンで、エレメンタルフォッグを狩りに行く。
如何に戦いづらい上級魔族のエレメンタルフォッグとはいえ、これだけの頻度で戦っていれば必勝パターンも出来るし、その一連の流れもスムーズだった。
____ボジュウウウウウ!!
召喚されたばかりのエレメンタルフォッグは、その真価を発揮する間も無く霧散した。
だがそれでも、ディディアルはその間にアイアンモールを召喚し、穴を掘らせ、地下のドワーフ居住区の中へと逃げ隠れる事に成功していた。
「何処へ行った!?」
「逃げられましたね・・・」
「ちくしょー・・・以外に対応が早かったな」
「むかつく」
ディディアルに逃げられて、メンバーは各々愚痴をこぼしている。
全滅寸前まで追い詰められたため、腹の虫がおさまっていない様子だった。
「すいません、副長。ここに来た瞬間に、あいつが指揮官だと直ぐに分かったのですが・・・」
「いいわよ。私達の救助を優先してくれたんでしょ?それにあいつ、二人が現れた瞬間に直ぐに逃げの一手だったわ。あれじゃー追撃は無理よ・・・」
「レインさんの力で一瞬で合流できることは知らなくても、お二人の強さは本隊との戦闘を見て知っていたようですね」
「判断が早かったですね。さすが、元魔王軍幹部というところでしょうか」
「ムカつくぜ」
「どうしますか、副長?探しますか?」
「いえ、団長とサレンを探しましょう。敵がサレンの力を諦めていないなら、恐らくサレンの近くに潜んでいるでしょうから」
「先に合流した方が安全」
「レインは直ぐに遺跡に入って。私達も魔力と体力を回復させたら直ぐに後を追うわ。ジェネリーは万が一ディディアルが戻って来た時のために私達と居て。アラドは遺跡に入ったこと有るのよね?ならアラドは回復を後回しにして、レインを案内してほしいのだけれど」
「分かりました。案内は私がします。後から来る皆さんが迷わない様に印も残しておきますから」
「ありがとう。じゃあ、二人ともお願いね」
「分かりました。お任せください」
「兄様達は私達が無事に助け出しますよ」
そういうとレインとアラドは、ドワーフ遺跡の中へと消えて行った。
そしてヴァリネス達も、危機を乗り越えた無事を祝う間も無く、すぐに回復に努めて、数分遅れで二人の後を追うのだった___。
ドワーフ遺跡の地下、ドワーフ居住区の一室___。
「「グルルルゥウオオオオオ!!」」
「おうっ!!」
___ガキィイイイン!!
オーマが襲い来るケルベロスの凶悪な牙を自身のハルバードで受け止めると、硬い金属がぶつかる高音が室内に鳴り響く。
「___っはあ!」
そして、その金属音が鳴り止む前に、オーマは雷属性の魔法を発動すると、ハルバードからケルベロスの肉体へ電気を流し、バチバチと音を鳴らしてケルベロスを感電させた。
「「ガァアアアア!?」」
この一連の流れを、オーマは考えずに行う。
ケルベロスが追撃してくるか?電気ショックを与える必要が有るのか?など、そんな事を考えて使用するかどうかの判断をしようとすれば、その動作もその次の動作も遅れてしまう。ケルベロス相手では、それでは間に合わない。
____いや。一体ならともかく、ケルベロス三体では、それでも間に合わなかった。
「「グガァアアアア!!」」
「チィ!」
感電した一体とは別の一体が、前足の爪でオーマを襲う。
オーマは防御が間に合わないと見るや、その攻撃を受けると、その力に逆らわず、飛ばされる方向へ自ら飛んで攻撃の威力を殺した。
「___ぐっ!?」
だが、受け流しで威力はある程度殺せても、その鋭利な爪の切れ味は変らず、肩から胸へとかけてザックリと赤い爪痕ができる。
そしてオーマが転げると、そこからぽたぽたと赤い血が滴り落ちる。
今すぐ治療が必要な損傷だが、勿論それどころではない。
オーマが直ぐに起き上がり、顔を上げると、目の前には既に次の攻撃が用意されていた。
(くそぉ!!速すぎる!!)
魔族でトップクラスの速度を誇るケルベロスの攻撃___。
オーマにとっては、万全の状態で一対一の状況で戦っても、凌ぐのに苦労するものだ。
それを、消耗している状態で防がなければならない・・・。
当然防ぎ切れるはずも無く、傷は負うし、もう何回か死んでもおかしくない状況に追い詰められてもいた。
「エアロナイフ!」
「「ゴォコオオオ!!」」
それほど追い詰められながらも、今だオーマが生きていられるのは、ここぞというときにサレンが低級魔法で牽制してくれるからだ。
だが、これは言い方を変えると、サレンでさえオーマのピンチの時に簡単な援護をするくらいしか出来ないという事だ。
実際、オーマを援護したサレンは、直ぐに別のケルベロスに襲われ、その攻撃を防がなければならず、一向に戦いの流れを変えられない。
その事にオーマは悔しさと申し訳なさを抱いて顔を歪めていた。
(クソォ!!こんな事初めてだ!!俺が完全に足手纏いになっている!これじゃ連携になっていない!向こうの方が連携が取れている!)
ケルベロスとの戦いが始まってからずっと、その攻撃速度に苦戦させられているが、それと同じ位に三体の連携に悩まされていた。
三体のケルベロスいずれも野生がむき出しで、理性や知性を感じられないが、その動きは召喚主のディディアルの命令で機能的かつ効率的な連携がなされている。
一体がオーマかサレンどちらかに攻撃すれば、必ずその後ろに一体付いて追撃できる態勢を取っていたり、一体がオーマかサレンどちらかに足を止められれば、一体が必ず援護に入り、もう一体がもう一人を牽制したりといった具合で、オーマとサレンは全く突破口を見出せず、ジリジリと魔力体力を消耗していく羽目になっていた。
消耗戦ともなれば、益々ケルベロス側が有利だった。
オーマとサレンは消耗している上、戦う際は潜在魔法で肉体を強化しながら、攻撃も防御も信仰魔法を使わなければ戦いにならない。
二人は普通に戦うだけでも消耗が激しい。
これに対してケルベロス側は、肉弾戦しかしていないので、消耗するのは体力だけだ。
そして、その体力は魔獣故、人間とは比べ物にならないほどタフだ。
この戦いは、始まって数分でケルベロス側が体力を残しつつ、オーマとサレンを限界に追い詰める展開になっていた____。