静寂の勇者ろうらく作戦(2)
『静寂の勇者ろうらく作戦』作戦フェーズ___。
<フェーズ1>
タルトゥニドゥ探索にて、オーマとサレンを同じ組にしたり、会話をサポートしたりして、出来る限り好感度を上げる。
<フェーズ2>
サレンが反乱軍に加入するくらい好感度が上がったかをチェック(デティットとアラドが見極める)。
※1:フェーズ2が探索中にクリア出来ない場合、探索後にまた別の共同事業で行動を共にする大義名分得て、この作戦を実行する。
<フェーズ3>
フェーズ2をクリアしたと判断したら、デティットが合図(“お前らは所詮、帝国軍だろう?”と言う)を出して、サレンの前で口論を始める。
<フェーズ4>
ヴァリネスが口論中に口を滑らせ、オーマ達が反乱軍であることを、サレンの前でデティットに暴かせる。
<フェーズ5>
デティットとアラドが反乱軍への加入を希望し、その会話の中で、言外にオーマ達と手を組むしかないとサレンにアピールする。
※2:オーマ達と手を組むしかないというアピールは、その後も遠回しに続けていく。
<フェーズ6>
サレンに対して『君を巻き込みたくない』というスタンスを取りつつ、サレンが反乱軍に入りたくなるように促して、サレンに自分の意志で加入させる。
※3:サレンとのその後の信頼関係のために、直ぐに入りたがっても一度は拒否をして自立心を持たせる。
※4:※1と同じく、探索中にクリアできなかった場合、また別の機会を作り、同作戦を実行する。
以上が、この作戦の大まかな流れである___。
タルトゥニドゥ探索を行いつつ、初日から作戦フェーズ1を続け、サレンの中で生まれたオーマ達に対する仲間意識が本物だと判断したデティットは、次の作戦フェーズへ移行するための合図を出し、オーマ達が反乱軍の首謀者であることを暴露した。
その後も、反乱軍入りを希望し、立て続けに作戦フェーズを実行していき、一同は作戦を最終フェーズまで進めることに成功した。
そうして一夜明けて、先行討伐隊は、静寂の勇者ろうらく作戦フェーズ6と、タルトゥニドゥ探索六日目を迎えるのだった___。
太陽が少しだけ顔を覗かせたばかり____そんな、まだ薄暗い時間にサレンは目を覚ました。
“目を覚ました”は正確ではないかもしれない・・・。
目をパッチリと開けはしたが、頭の思考と体の動きは鈍い。
考え事や悩み事があって、自分でも寝ていたのか、ずっと起きて考え事をしていたのか分からない一夜だった。
昨晩、見張りをしている最中も、見張りが終わって床に就いている間も、オーマ達反乱軍の事を考えていた。
だが結局、具体的にどうしてオーマが反乱軍を作ったかなどの事情が分からない(サレンの方から興味を持って聞きに来てくれるよう、作戦上、あえて言わなかった)ため、自分の考えや気持ちを整理する事などできるわけもなく、こんな朝を迎えることになってしまった。
なので、正確に言えば、“目が覚めたことにした”だろう。
重い体と頭でボーっとしながら、モゾモゾと起き上がり天幕から出る。
天幕から出ると、優しく、ひんやりした風が身体を撫で、肺に新鮮な空気を送ってくれる。
魔物の巣窟での良くない目覚めとはいえ、山の朝の空気は心地良い。
少しだけ頭が覚醒すると、朝食の支度をしているアラドとヴァリネスが視界に入っている事に気が付いた。
「アラドー。野菜一口サイズに切ったわよー。次はぁ?」
「ありがとうございます、ヴァリネスさん。では、それはフライパンに入れてしまってください。それで、こっちの鍋の味見を___」
二人は連携しながらテキパキと調理を進めている。
その動きにも会話にも、昨日の事が尾を引いて気まずくなっている様子は無い。いつものノリだった。
「あら、おはよう。サレン」
「おはようございます。サレン様」
「へう!?・・あ、ああ、はい。おはようございます。ヴァリネス。アラド」
ボーっと二人の様子を見ていたため、急に自分に話しかけられて、一瞬慌ててしまった。
そして、自分に対しても二人がいつも通りのノリであることに、サレンは戸惑うのだった。
「どうしたの?サレン?」
「え?・・あ、いえ。何でもありません。少し頭がボーっとしてて・・・」
「起床時間までは、まだ時間がありますから、もう少しお休みになっていてはどうですか?」
「いえ、大丈夫です、アラド。目は覚めています。頭もその内冴えてくると思います」
「そうですか。では、お茶でも入れましょうか?」
「ありがとうございます。頂きます」
「では___」
「ああ。いいわよ、アラド。私がやるから、フライパンと鍋見てて」
「よろしいのですか?ヴァリネスさん?」
「ええ、丁度私も飲みたかったし」
「そうですか?では、お願いします」
「はーい」
やはり、いつも通りの二人。昨日の事など無かったかの様だ・・・。
(昨日、あんな事があったのに、なんでこんなにいつも通りなの?)
帝国に反乱するという暴露話があった次の日なのに、いつも通りに振る舞える二人に驚くサレンだったが、そんな様子だったのは、二人だけでは無かった。
ヴァリネスが入れてくれたお茶を飲んでいると、一人、また一人と、目を覚まして天幕から姿を見せる。
その全員がいつも通りの振る舞いだった。
皆で朝食を囲んでいる時でもそうだった___。
「ん!?・・・・・・う、美味いだと!?」
「フフーン♪美味しいでしょ?」
「マジか?・・・意外だ。ヴァリネスは絶対に料理が下手だと思っていたのに・・・」
「ぬわぁんですってぇ!?喧嘩売っているの、デティット!?」
「あ、いや・・・すまん」
「フフッ・・でも、デティット隊長がそう言いたい気持ちは分かります」
「副長は普段が“ああ”だからな」
「ちょっとー!?」
いつもの賑やかな朝食___。
昨日、一触即発の空気を作ったデティットとヴァリネスでさえ、冗談を交わしている。
サレンとしては、決して気まずくなってほしい訳ではないが、全員がこうだと、昨日の事を引きずっているのが自分だけな気がしてきて、取り残されている様な気持ちになって来る。
(・・・実際、そうなのかも)
実際、デティット達もオーマ達も、サレンを反乱に係わらせる気が無いと言っていた。
皆の自分に対する優しさと気遣いなのだと分かってはいるが、何となく蚊帳の外に置かれている気がして、少し孤独を感じるサレンだった___。
朝食を済ませ、テキパキと天幕の片付けを終えると、先行討伐隊は直ぐに出発した。
昨日と同じく、慎重に索敵しながらの行軍。集中するため、皆の口数は自然と減っていく。
時間が進んで疲労がたまり、集中力が切れてくると、人は頭の中で余計な事を考え始めるものだ。
気がかりな事が有れば尚更だ。
サレンは再び、オーマ達の事についてグルグルと頭の中で考え始めていた。
(オーマさんが反乱を起こす理由って何なんだろう?一緒に居て、私利私欲で戦争をするような人では無いと思うけど・・・でも、世のため人のために、というのでも無い気がする・・・)
オーマ達との付き合いは、一か月そこそこになる。
オーマ達に正義が無いとは言わないが、そういう、献身的というか、高潔な正義感は持ち合わせていない気がしていた。
もっと人間臭いというのがサレンの印象だ。
(あ・・それ以前に私利私欲だったら、帝国とは戦わないわね・・・大陸一の軍事大国だもんね・・・)
人間臭い彼らが、そんな危険を進んで冒すとはやはり思えない。
(大陸最強の国家・・・勝ち目は有るのかな?センテージやゴレストにオンデール・・・帝国以外の国々がまとまれば対抗できるのかな?・・・あ・・・デティットとアラドが反乱軍に入りたがっているのって、私のためでもあるのかも・・・帝国と対立している勢力が集結すれば、私が戦場に立つ必要が無くなると思ってそう・・・)
自惚れにも聞こえそうな考えだったが、二人との長い付き合いで、サレンはそう断言できた。
(気持ちは嬉しいけど・・・でも・・・)
オーマ達との仲間意識ができる前なら喜んでいた・・・というより安心していただろう。
全く戦いに参加しなくて良いというわけではないだろうが、少なくとも先頭に立って、期待と責任を背負わされずに済むのだから・・・。
(それとも勝ち目が有るとか無いとかの話じゃない?・・・アラドも帝国と手を組む事は有り得ないって言っていたし・・・戦うしかないと思っている?そこまで追い詰められている?帝国の人なのに?)
____他国の者達だけでなく、帝国の者達も虐げられているのだろうか?
だが、サレンが知る限りでは、そんな話は聞いたことが無い。
帝国は、第一貴族、第二貴族、そして平民と、厳しい階級社会らしいが、平民からの不満は少ないと聞く・・・・それとも本当は違うのだろうか?
サレン自身、世間知らずだと自覚しているので、自分の知っている事が全てとは思っていない。
(他国の者には分からないところで抑圧されている?確かに、配下にした国の宗教や文化を規制していると聞くし、ヴァリネスも“あんな奴らと一緒にしないで!”って言っていたし・・・)
自分の知らない帝国の実態が有るのだろうと思うと、興味が湧いてくる。
これは、帝国に興味があるのではなく、オーマ達の事をもっとよく知りたいという想いから来るものだった。
帝国の実態が分かれば、火中のオーマ達の心情も想像できるというものだ。
(普通に聞いて教えてくれるかな・・・?でも、知り合ってから、オーマさんやヴァリネスとは、よくお話ししているけど、帝国の不満は聞いたことが無かった・・・今考えると逆に不自然よね。反乱軍と疑われない様にわざと話題にしてこなかったんだろうな・・・。反乱軍と知られた今なら話してくれるかな・・・?)
____出来る事ならもっと話が聞きたい。
オーマ達の気持ちは勿論、反乱の状況も、帝国の実態も、聞けることは全部だ。
(でも・・・)
巻き込みたくないと言っていたオーマ達は、話してくれない気がしていた。
それに何より、今はタルトゥニドゥに居る。ここは、たとえサレンでも気を抜ける場所ではない。
アラド達も言っていたが、この探索中では余計な事を考えているのは危険だ。
そう思うと余計に話を切り出せず、サレンは只々モヤモヤするのだった____。